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二章 大精霊と巫女
第17話 新たな力と金銭事情
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「――そんな感じで、今は何も分からなかったんだ。いや、分からないことが分かったっていうか……」
「機械仕掛けの大精霊……大精霊って、なんなんだろうね」
話を終えた俺にヒナがもっともな疑問を述べた。大精霊は普通の精霊とは全く違う。意思のようなものを持ち、一定の人間しか対話できない。しかしそれを知るのは巫女家の人間だけなのだ。普通の人は疑問にすら思わないだろう。
「大精霊の役割は国を守る事って言われてるけど、そもそも何をしてるのかも知られてないんだよな。今更だけどそれも聞けばよかったか」
「お兄ぃは肝心な所で抜けてるからねー。あとはイレアちゃんのことも気になるけど」
「うっさい。まあイレアとリギスティアさんの話は俺達が口出す事じゃないよ。二人で解決するべきだ」
「やっぱドライだねーお兄ぃは」
そう言うヒナだが、リギスティアさんの立場では仕方ないことも分かっている。
「ともかく、次のターゲットを決めよう。他の大精霊とも対話すれば何か分かるはずだ。リギスティアさんもそう言ってたし」
「やけに信頼してるね」
「うん。あの人は俺達が知らない事を知ってる。それに向こうが俺を信用してくれてるからこっちも信じられるんだよ」
「まあ実際に会ったお兄ぃが言うなら間違いないかあ。で、次はノーミオ家かな?」
「そうだな。学長に頼めればいいけど……」
「直接言うのもちょっとね?」
二か月かからず大精霊に接触できたのはクラスにイレアがいたからだ。それに加えてウンディーノ家の巫女が俺の事を知った上で招いてくれた。次も同じようにはいかないだろう。
「でも隠すべき事と言っていい事は分かった。最低限絶対に知られたくないのは俺が大精霊と対話できるって事くらいだな。巫女と関わる分にはいくらでも理由は作れるし、次はヒナのコミュ力にも頼ることになりそう」
「うん、その辺は任せて。……でもほんとにスパイみたいな事してるね、わたしたち」
「やましい事は無いから大丈夫だよ。多分」
「あはは、そこは言い切ってよ」
今後の方針を決め、その日の話し合いは終わった。ヒナが言った「スパイみたい」という言葉が胸の奥に引っ掛かったまま、それぞれの部屋へと帰るのだった。
■□■□
「おそいおそーい、今のでリオ君もう三回くらい死んでるよー?」
「はあ、はあ、っ……!」
週末、寮の裏庭。ティフォ先輩との久しぶりのトレーニングだ。最近になってようやく俺の攻撃が通用すると思ったら、「じゃあ今度は俺からも攻撃するからね~」と無慈悲な言葉をいただいたのである。
「来るっ……!」
先輩が放つのは圧縮空気の弾丸。当たれば膨大な空気で吹っ飛ばされる!
「精霊よ!」
だから、炸裂する前に包み込んで抑える。止める。イメージしろ。水の壁で受け止め、包んで勢いを殺す!
「食い止めろ――流泡!」
「おおっ?」
手元に触れるギリギリ。精霊術で生み出した泡で包み、そのまま投げ返す!
「あっぶねっ!」
まさか戻ってくるとは思わなかっただろうティフォ先輩だが、言葉の割に危なげなく跳ね返した。投げた俺は勢いを抑えきれずに尻もちをついてしまう。
「いやー、返されるとは思わなかったよ。それに『水』なんて珍しいね?」
どうやら一時休戦のようだ。芝生に大の字になる俺に先輩の声が近づいてきた。
「いえ、咄嗟に出たって感じですよ。今日は調子が良いんです」
「ふーん、他の系統は?」
「他のは……普通かな」
火、風、土と精霊術を試してみる。どれも今までと同じで単体では使い物にならない精度だ。
「うーん、まあ使えるに越したことはないか。急に使えるようになた心当たりってある?」
「いいえ、さっぱり」
嘘だ。思いっきりある。水の大精霊と対話した時に感じた、何か力が流れ込んでくる感覚。あの時に俺の中で何か変化があったのだろう。だとすれば良い副作用だな。
「ふうん……」
意味ありげにこちらを見つめるティフォ先輩。いや、先輩は俺がウンディーノ家に行った事も大精霊と対話した事も知らないはずだ。翌日に帰った時は何も聞いて来なかったし、そもそも寮に一日帰ってないのも知らないかもしれない。
「ちょっと他にもなんか使ってみてよ」
「分かりました。精霊よ――」
今度は水系統の基本的な術、水弾だ。近くの水場や空気中から水分を集め、圧縮して撃ち出す!
「撃ち抜け、アクアショット!」
指先で紡錘形に集まった水を、勢いよく発射する――!
「……飛距離、一メートルってとこ?」
ぴしゃん、と音を立てて先輩の足元の芝生が濡れた。いけると思ったのに……
「くくっ……いや、笑っちゃ駄目だけどさ、うん、やっぱリオ君下手だね」
「へ、下手って……もうちょっとオブラートに包んでくれませんか?」
「下手っていうかセンス無い感じ?」
うっ、一番言われたくない言葉だ……確かにセンスの欠片も無いけどさ! でもさっきのはマグレだったのか?
「ごめんごめん。今までのも見てて思ったんだけどさ、リオ君は射程ってのがゼロに近いんだよね。体からちょっとでも離れると精霊術が全く維持できない。俺とトレーニングして風系統は多少使えるようになったけど、飛ばす系はからっきしだよねー」
「射程……なるほど……!」
確かにそうだ。今まで全然考えていなかったけど、複合系統でも無意識に遠距離の術は避けていた。純粋な系統は元々使えなかったが、水の精霊術は至近距離なら使えるようになったのか?
「精霊よ――食い止めろ、流泡」
さっきと同じ術。流水が球状に広がり、薄い膜の泡となる。成功だ。先輩の予想は正しかった。
「やっぱりね。いやーホント俺って天才!」
「それ自分で言わなきゃいいのに。先輩ってこういう時だけ真面目っていうかスパルタっていうか、ちゃんとしてますよね。普段からそんな感じにできないんですか?」
「んー、無理。精霊術に関してはだいたい全部師匠の受け売りだからさ」
「前も言ってた師匠ですか。どんな人なんです?」
以前俺にアドバイスをくれた時にも出てきた、先輩の師匠とやら。もしこんな酒飲みを生み出した原因なら一言言ってやりたいな。
「そうだねー、師匠は俺の……あー、地元の人でね。私生活からテーブルマナーから精霊術まで超厳しい人でさ、正直大っ嫌いだったよ」
少し言い淀んだが、地元――ドラヴィド国の事だろう。どうやら駄目人間になった直接の原因ではなさそうだ。
「でも精霊術はめちゃくちゃ強かった。いや、今は俺の方が強いかもしれないけど? 教わった事も多いし、何度も助けてもらったから尊敬はしてるんだけどね」
「今はもう会ってないんですか?」
「そうだね、地元出てからは一回も。あー今会ったらめっちゃ怒られるな~」
「なら私生活を正したらどうですかね」
「あはは、無理無理。さあリオ君の特性も分かったことだし再開するよー」
話を切り上げられたな。これ以上小言を言われたくないのか、やはり過去に触れられたくないのか。探るのは難しそうだ。……そう言えばヒナに何か聞き忘れた事があったっけ?
「よっし、今日は一発俺に当てられるまで終われないぞー!」
バッチ来いと構える先輩。結局トレーニングが終わったのはお互いに集中力が切れた夕方頃だった。攻撃までしてくる先輩に不意打ち以外で当てるのは当分無理そうだな。
「ふうぅー、食った食った……リオ君お会計よろー」
「酒代以外ですからね……ん?」
ティフォ先輩と何回か来た歓楽街にある小さなレストラン。常連の先輩と一緒に来ているせいか、マスターには顔を覚えられてしまったくらいだ。
「おっちゃん、お代わりー!」
「先輩、ちょっと問題が」
「うん? リオ君も飲む?」
「未成年ですから! いえ、ちょっと深刻な問題が」
さらっと酒を勧める先輩。だが俺にとってはそれどころじゃない。
「……お金がありません」
「ほえ?」
グラスを傾けながら間抜けな声で返されるが、俺は至って真面目だ。そう、金欠。金が無いのだ。
「マジ?」
「マジです。今日の分はギリ足りますけど、そしたらすっからかんです」
ここでミヅカ家の家計の話になるが、極東にいた頃からその管理はヒナが担っているのだ。忙しい母さんに代わって家事は俺とヒナで分担していたのだが、お金の管理に関しては食費生活費、俺と母さんのお小遣いまでヒナが管理していた。まさに主婦である。
そしてエレメント公国に来る際も生活費などはヒナに預けられており、寮で住む場所が離れるにあたって月々の資金を俺はヒナから貰っているのである。部屋に月々の分とは別に多少の額は残してあるのだが、今後を考えるとそれでは足りないだろう。
「てな訳で、なんかバイトを紹介して貰えませんか?」
「あー、それ言うと思った」
前から気にしていたのだが、ウンディーノ家からの招待などもあって先送りにしてしまっていた。本格的に始めないと不味いぞこれは。
「――なら、うちで働いてみるかい?」
「うお、おっちゃんいつの間に! あ、お代わりありがと」
先輩の背後からグラスを持って現れたのは初老のマスターだ。今は他の客もいないので話を聞いていたようだ。
「いいんですか? そちらが良ければ大歓迎なんですけど」
「ティフォが連れて来てんだし怪しい奴じゃないだろう。リオって言ったか、料理はできるか?」
「あ、はい。自分で作って食べる程度なら」
「なら明日から来てくれ。丁度最近辞めた人がいるんだ」
まさかの即決である。そのまま厨房に戻るマスターだが、先輩に目配せするとこちらも首を縦に振った。
「いいんじゃない?」
「マジすか」
「それに次来る時からはリオ君の給料から払ってもらえるし」
「だから酒代は別ですからね」
その後マスターに色々と確認したが、明日から週三回ほど働くことになった。トントン拍子とはまさにこの事である。
■□■□
「あーーつかれたー先シャワーしていい?」
「どうぞ」
部屋に帰るなり、着替えを掴んでシャワールームに駆け込む先輩。今日は珍しくそんなに飲んでないな。
「明日からアルバイトか……」
最初は皿洗いと掃除くらいしか任せないから、と言われたが初めてなので緊張はする。それより金欠の危機を乗り越えられそうという安心感の方が強いな。まあ何とかやっていけるだろう。明日の授業の支度や簡単な掃除をしていると、先輩のシャワーが終わったようだ。
「空いたよー」
「はーい」
さて、今日は疲れたしシャワー浴びて早く寝よう。そう思っていると、タオル一枚を腰に巻いた先輩が部屋に戻ってきた。確かに最近暑くなってきたけどパンツくらい履いて来い。
「そう言えばリオ君さー」
「なんですか?」
またしょうもない事聞いてきたら無視してシャワーに行くか。
「この前帰って来なかった日さ、どっか行ってたん?」
ヒヤリと背中が冷えた。先輩の目は時々見透かされているように感じることがある。ここは嘘を吐いても意味が無いな。
「そういや言ってませんでしたね。実はイレアに呼ばれてて……あ、クラスメイトの人です。ウンディーノ家の本邸に招待されたんですよ。色々助けられたお礼がしたいって」
「おー、イレアーダス・ウンディーノね。知ってる知ってる。可愛い子じゃん」
「あはは、まあそうですね」
なんだ、それだけかと安心した時、
「リオ君さ、もしかして水の大精霊に会ってない?」
空気が固まった。その瞳には、いつものヘラヘラした雰囲気が無かった。
「機械仕掛けの大精霊……大精霊って、なんなんだろうね」
話を終えた俺にヒナがもっともな疑問を述べた。大精霊は普通の精霊とは全く違う。意思のようなものを持ち、一定の人間しか対話できない。しかしそれを知るのは巫女家の人間だけなのだ。普通の人は疑問にすら思わないだろう。
「大精霊の役割は国を守る事って言われてるけど、そもそも何をしてるのかも知られてないんだよな。今更だけどそれも聞けばよかったか」
「お兄ぃは肝心な所で抜けてるからねー。あとはイレアちゃんのことも気になるけど」
「うっさい。まあイレアとリギスティアさんの話は俺達が口出す事じゃないよ。二人で解決するべきだ」
「やっぱドライだねーお兄ぃは」
そう言うヒナだが、リギスティアさんの立場では仕方ないことも分かっている。
「ともかく、次のターゲットを決めよう。他の大精霊とも対話すれば何か分かるはずだ。リギスティアさんもそう言ってたし」
「やけに信頼してるね」
「うん。あの人は俺達が知らない事を知ってる。それに向こうが俺を信用してくれてるからこっちも信じられるんだよ」
「まあ実際に会ったお兄ぃが言うなら間違いないかあ。で、次はノーミオ家かな?」
「そうだな。学長に頼めればいいけど……」
「直接言うのもちょっとね?」
二か月かからず大精霊に接触できたのはクラスにイレアがいたからだ。それに加えてウンディーノ家の巫女が俺の事を知った上で招いてくれた。次も同じようにはいかないだろう。
「でも隠すべき事と言っていい事は分かった。最低限絶対に知られたくないのは俺が大精霊と対話できるって事くらいだな。巫女と関わる分にはいくらでも理由は作れるし、次はヒナのコミュ力にも頼ることになりそう」
「うん、その辺は任せて。……でもほんとにスパイみたいな事してるね、わたしたち」
「やましい事は無いから大丈夫だよ。多分」
「あはは、そこは言い切ってよ」
今後の方針を決め、その日の話し合いは終わった。ヒナが言った「スパイみたい」という言葉が胸の奥に引っ掛かったまま、それぞれの部屋へと帰るのだった。
■□■□
「おそいおそーい、今のでリオ君もう三回くらい死んでるよー?」
「はあ、はあ、っ……!」
週末、寮の裏庭。ティフォ先輩との久しぶりのトレーニングだ。最近になってようやく俺の攻撃が通用すると思ったら、「じゃあ今度は俺からも攻撃するからね~」と無慈悲な言葉をいただいたのである。
「来るっ……!」
先輩が放つのは圧縮空気の弾丸。当たれば膨大な空気で吹っ飛ばされる!
「精霊よ!」
だから、炸裂する前に包み込んで抑える。止める。イメージしろ。水の壁で受け止め、包んで勢いを殺す!
「食い止めろ――流泡!」
「おおっ?」
手元に触れるギリギリ。精霊術で生み出した泡で包み、そのまま投げ返す!
「あっぶねっ!」
まさか戻ってくるとは思わなかっただろうティフォ先輩だが、言葉の割に危なげなく跳ね返した。投げた俺は勢いを抑えきれずに尻もちをついてしまう。
「いやー、返されるとは思わなかったよ。それに『水』なんて珍しいね?」
どうやら一時休戦のようだ。芝生に大の字になる俺に先輩の声が近づいてきた。
「いえ、咄嗟に出たって感じですよ。今日は調子が良いんです」
「ふーん、他の系統は?」
「他のは……普通かな」
火、風、土と精霊術を試してみる。どれも今までと同じで単体では使い物にならない精度だ。
「うーん、まあ使えるに越したことはないか。急に使えるようになた心当たりってある?」
「いいえ、さっぱり」
嘘だ。思いっきりある。水の大精霊と対話した時に感じた、何か力が流れ込んでくる感覚。あの時に俺の中で何か変化があったのだろう。だとすれば良い副作用だな。
「ふうん……」
意味ありげにこちらを見つめるティフォ先輩。いや、先輩は俺がウンディーノ家に行った事も大精霊と対話した事も知らないはずだ。翌日に帰った時は何も聞いて来なかったし、そもそも寮に一日帰ってないのも知らないかもしれない。
「ちょっと他にもなんか使ってみてよ」
「分かりました。精霊よ――」
今度は水系統の基本的な術、水弾だ。近くの水場や空気中から水分を集め、圧縮して撃ち出す!
「撃ち抜け、アクアショット!」
指先で紡錘形に集まった水を、勢いよく発射する――!
「……飛距離、一メートルってとこ?」
ぴしゃん、と音を立てて先輩の足元の芝生が濡れた。いけると思ったのに……
「くくっ……いや、笑っちゃ駄目だけどさ、うん、やっぱリオ君下手だね」
「へ、下手って……もうちょっとオブラートに包んでくれませんか?」
「下手っていうかセンス無い感じ?」
うっ、一番言われたくない言葉だ……確かにセンスの欠片も無いけどさ! でもさっきのはマグレだったのか?
「ごめんごめん。今までのも見てて思ったんだけどさ、リオ君は射程ってのがゼロに近いんだよね。体からちょっとでも離れると精霊術が全く維持できない。俺とトレーニングして風系統は多少使えるようになったけど、飛ばす系はからっきしだよねー」
「射程……なるほど……!」
確かにそうだ。今まで全然考えていなかったけど、複合系統でも無意識に遠距離の術は避けていた。純粋な系統は元々使えなかったが、水の精霊術は至近距離なら使えるようになったのか?
「精霊よ――食い止めろ、流泡」
さっきと同じ術。流水が球状に広がり、薄い膜の泡となる。成功だ。先輩の予想は正しかった。
「やっぱりね。いやーホント俺って天才!」
「それ自分で言わなきゃいいのに。先輩ってこういう時だけ真面目っていうかスパルタっていうか、ちゃんとしてますよね。普段からそんな感じにできないんですか?」
「んー、無理。精霊術に関してはだいたい全部師匠の受け売りだからさ」
「前も言ってた師匠ですか。どんな人なんです?」
以前俺にアドバイスをくれた時にも出てきた、先輩の師匠とやら。もしこんな酒飲みを生み出した原因なら一言言ってやりたいな。
「そうだねー、師匠は俺の……あー、地元の人でね。私生活からテーブルマナーから精霊術まで超厳しい人でさ、正直大っ嫌いだったよ」
少し言い淀んだが、地元――ドラヴィド国の事だろう。どうやら駄目人間になった直接の原因ではなさそうだ。
「でも精霊術はめちゃくちゃ強かった。いや、今は俺の方が強いかもしれないけど? 教わった事も多いし、何度も助けてもらったから尊敬はしてるんだけどね」
「今はもう会ってないんですか?」
「そうだね、地元出てからは一回も。あー今会ったらめっちゃ怒られるな~」
「なら私生活を正したらどうですかね」
「あはは、無理無理。さあリオ君の特性も分かったことだし再開するよー」
話を切り上げられたな。これ以上小言を言われたくないのか、やはり過去に触れられたくないのか。探るのは難しそうだ。……そう言えばヒナに何か聞き忘れた事があったっけ?
「よっし、今日は一発俺に当てられるまで終われないぞー!」
バッチ来いと構える先輩。結局トレーニングが終わったのはお互いに集中力が切れた夕方頃だった。攻撃までしてくる先輩に不意打ち以外で当てるのは当分無理そうだな。
「ふうぅー、食った食った……リオ君お会計よろー」
「酒代以外ですからね……ん?」
ティフォ先輩と何回か来た歓楽街にある小さなレストラン。常連の先輩と一緒に来ているせいか、マスターには顔を覚えられてしまったくらいだ。
「おっちゃん、お代わりー!」
「先輩、ちょっと問題が」
「うん? リオ君も飲む?」
「未成年ですから! いえ、ちょっと深刻な問題が」
さらっと酒を勧める先輩。だが俺にとってはそれどころじゃない。
「……お金がありません」
「ほえ?」
グラスを傾けながら間抜けな声で返されるが、俺は至って真面目だ。そう、金欠。金が無いのだ。
「マジ?」
「マジです。今日の分はギリ足りますけど、そしたらすっからかんです」
ここでミヅカ家の家計の話になるが、極東にいた頃からその管理はヒナが担っているのだ。忙しい母さんに代わって家事は俺とヒナで分担していたのだが、お金の管理に関しては食費生活費、俺と母さんのお小遣いまでヒナが管理していた。まさに主婦である。
そしてエレメント公国に来る際も生活費などはヒナに預けられており、寮で住む場所が離れるにあたって月々の資金を俺はヒナから貰っているのである。部屋に月々の分とは別に多少の額は残してあるのだが、今後を考えるとそれでは足りないだろう。
「てな訳で、なんかバイトを紹介して貰えませんか?」
「あー、それ言うと思った」
前から気にしていたのだが、ウンディーノ家からの招待などもあって先送りにしてしまっていた。本格的に始めないと不味いぞこれは。
「――なら、うちで働いてみるかい?」
「うお、おっちゃんいつの間に! あ、お代わりありがと」
先輩の背後からグラスを持って現れたのは初老のマスターだ。今は他の客もいないので話を聞いていたようだ。
「いいんですか? そちらが良ければ大歓迎なんですけど」
「ティフォが連れて来てんだし怪しい奴じゃないだろう。リオって言ったか、料理はできるか?」
「あ、はい。自分で作って食べる程度なら」
「なら明日から来てくれ。丁度最近辞めた人がいるんだ」
まさかの即決である。そのまま厨房に戻るマスターだが、先輩に目配せするとこちらも首を縦に振った。
「いいんじゃない?」
「マジすか」
「それに次来る時からはリオ君の給料から払ってもらえるし」
「だから酒代は別ですからね」
その後マスターに色々と確認したが、明日から週三回ほど働くことになった。トントン拍子とはまさにこの事である。
■□■□
「あーーつかれたー先シャワーしていい?」
「どうぞ」
部屋に帰るなり、着替えを掴んでシャワールームに駆け込む先輩。今日は珍しくそんなに飲んでないな。
「明日からアルバイトか……」
最初は皿洗いと掃除くらいしか任せないから、と言われたが初めてなので緊張はする。それより金欠の危機を乗り越えられそうという安心感の方が強いな。まあ何とかやっていけるだろう。明日の授業の支度や簡単な掃除をしていると、先輩のシャワーが終わったようだ。
「空いたよー」
「はーい」
さて、今日は疲れたしシャワー浴びて早く寝よう。そう思っていると、タオル一枚を腰に巻いた先輩が部屋に戻ってきた。確かに最近暑くなってきたけどパンツくらい履いて来い。
「そう言えばリオ君さー」
「なんですか?」
またしょうもない事聞いてきたら無視してシャワーに行くか。
「この前帰って来なかった日さ、どっか行ってたん?」
ヒヤリと背中が冷えた。先輩の目は時々見透かされているように感じることがある。ここは嘘を吐いても意味が無いな。
「そういや言ってませんでしたね。実はイレアに呼ばれてて……あ、クラスメイトの人です。ウンディーノ家の本邸に招待されたんですよ。色々助けられたお礼がしたいって」
「おー、イレアーダス・ウンディーノね。知ってる知ってる。可愛い子じゃん」
「あはは、まあそうですね」
なんだ、それだけかと安心した時、
「リオ君さ、もしかして水の大精霊に会ってない?」
空気が固まった。その瞳には、いつものヘラヘラした雰囲気が無かった。
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