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第二章
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おずおずと、フィルはリースへと振り返った。きょとんと首を傾げられ、確かな違和感が込み上げる。
「ときに、フィル。これはあくまで伝説に過ぎないんだが……」
もごもごと口にしたウォーレンの言葉に、フィルは半信半疑で耳を傾けた。
「かつて、古記で読んだことがあるんだ。『満月が血で染まる夜、一頭の馬を生贄にし、悪魔との契を交わすことで、亡くなった魂を呼び覚ますことができる』と……」
「何っ⁉」
咄嗟に、フィルはウォーレンを見た。
満月が血で染まる夜。一頭の馬。一致する条件に、ぞくりと背筋が寒くなる。
「そ、それはどういうことです! つまり、今坊ちゃまの肉体に入っておられるのはっ――」
「いや、しかしこれは単なる伝説だ。そのような非科学的なことが本当に起こるとは思えない。きっと、ただの偶然――」
「ではこの瞳の色はどう説明するのです!」
思わず声を荒げたフィルに、ビクリとリースの体が跳ねた。
はっと我に返り、フィルは慌てて声を落とす。
「も、申し訳ございません坊ちゃま。私としたことが、取り乱してしまいました……」
「僕、大丈夫だよ! それより僕、何か悪いことしちゃったの……? おじさんたちに怒られちゃう?」
ぽそぽそと口にする姿を見て、違和感が確信となった。この少年は、リースではない――
「おやめください、リース様。今は気が動転しておられるのかもしれませんが、あなた様の名はリース・ローズドベリー――この国の第四王子で間違いありません。亡くなった人間の魂が蘇るなど、ありえないのです。そのような幼い喋り方はやめて、王子として然るべき威厳を示してくださいませ」
「う……僕、そんなこと言われても……」
現実主義であるウォーレンに詰め寄られ、怯えたようにリースが肩を竦める。
「その辺にしとけよウォーレン。アイル様が困っちまってるじゃねえか」
ふと部屋の戸を開けて割り込んできたのは、かのクラウスだった。片手片足にぐるぐると包帯が巻かれており、右頬には大きなガーゼが貼ってある。
「クラウス! 目が覚めたのか!」
今日一番の大声を、ウォーレンが上げた。リース同様、クラウスも昨晩から意識を失ったままだったのだ。
「これだけ騒がしけりゃ目も覚めるさ。さておき、その坊っちゃまの正体だが……俺はアイル様に一票だな」
「何っ?」
問い返したウォーレンと揃って、フィルは眉を顰めた。
フィル自身、直感的にこの少年はリースではないと思っているが、そう言い切れる根拠はどこにもなかった。しかし、それを言うクラウスの態度はどこか確信じみている。
「どういうことです、クラウス。何か根拠があるのですか」
尋ねると、クラウスはひょいと肩を竦めた。
「いや、そこまでのものじゃない。――ただ、見たのさ。崖から落ちて意識が覚醒する直前、リース様の体に向かって真っ赤な月の光が差し込んでいるのをな。よくわからねえが、ただならぬ気配だったぜ」
――月の、光……。
「はっ、馬鹿馬鹿しい。単に頭をぶつけて幻覚を見ていただけだろう」
取り付く島もないといった態度で、ウォーレンは切り捨てた。何を信じればよいのやら、フィルは困惑した瞳で二人を交互に見る。
ふいに、ちょんちょんとタキシードの裾を引っ張られリースへと振り返った。
「どうなさいましたか、坊ちゃま。どこかお体が痛まれるのですか」
優しく尋ねると、リースはふるふると頭を横に振る。間もなく、ぐううという音がリースのお腹から聞こえてきて、フィルははっとした。
「坊ちゃま……」
「あ、あのね、僕ね……ちょっぴりだけ、お腹が腹ぺこになっちゃったんだ」
もじもじと告げて、リースはフィルの服の裾を掴んだまま、上目遣いにこちらを見上げた。あまりにも幼気なその瞳に、フィルは頭痛が痛くなるような思いがした。
「ときに、フィル。これはあくまで伝説に過ぎないんだが……」
もごもごと口にしたウォーレンの言葉に、フィルは半信半疑で耳を傾けた。
「かつて、古記で読んだことがあるんだ。『満月が血で染まる夜、一頭の馬を生贄にし、悪魔との契を交わすことで、亡くなった魂を呼び覚ますことができる』と……」
「何っ⁉」
咄嗟に、フィルはウォーレンを見た。
満月が血で染まる夜。一頭の馬。一致する条件に、ぞくりと背筋が寒くなる。
「そ、それはどういうことです! つまり、今坊ちゃまの肉体に入っておられるのはっ――」
「いや、しかしこれは単なる伝説だ。そのような非科学的なことが本当に起こるとは思えない。きっと、ただの偶然――」
「ではこの瞳の色はどう説明するのです!」
思わず声を荒げたフィルに、ビクリとリースの体が跳ねた。
はっと我に返り、フィルは慌てて声を落とす。
「も、申し訳ございません坊ちゃま。私としたことが、取り乱してしまいました……」
「僕、大丈夫だよ! それより僕、何か悪いことしちゃったの……? おじさんたちに怒られちゃう?」
ぽそぽそと口にする姿を見て、違和感が確信となった。この少年は、リースではない――
「おやめください、リース様。今は気が動転しておられるのかもしれませんが、あなた様の名はリース・ローズドベリー――この国の第四王子で間違いありません。亡くなった人間の魂が蘇るなど、ありえないのです。そのような幼い喋り方はやめて、王子として然るべき威厳を示してくださいませ」
「う……僕、そんなこと言われても……」
現実主義であるウォーレンに詰め寄られ、怯えたようにリースが肩を竦める。
「その辺にしとけよウォーレン。アイル様が困っちまってるじゃねえか」
ふと部屋の戸を開けて割り込んできたのは、かのクラウスだった。片手片足にぐるぐると包帯が巻かれており、右頬には大きなガーゼが貼ってある。
「クラウス! 目が覚めたのか!」
今日一番の大声を、ウォーレンが上げた。リース同様、クラウスも昨晩から意識を失ったままだったのだ。
「これだけ騒がしけりゃ目も覚めるさ。さておき、その坊っちゃまの正体だが……俺はアイル様に一票だな」
「何っ?」
問い返したウォーレンと揃って、フィルは眉を顰めた。
フィル自身、直感的にこの少年はリースではないと思っているが、そう言い切れる根拠はどこにもなかった。しかし、それを言うクラウスの態度はどこか確信じみている。
「どういうことです、クラウス。何か根拠があるのですか」
尋ねると、クラウスはひょいと肩を竦めた。
「いや、そこまでのものじゃない。――ただ、見たのさ。崖から落ちて意識が覚醒する直前、リース様の体に向かって真っ赤な月の光が差し込んでいるのをな。よくわからねえが、ただならぬ気配だったぜ」
――月の、光……。
「はっ、馬鹿馬鹿しい。単に頭をぶつけて幻覚を見ていただけだろう」
取り付く島もないといった態度で、ウォーレンは切り捨てた。何を信じればよいのやら、フィルは困惑した瞳で二人を交互に見る。
ふいに、ちょんちょんとタキシードの裾を引っ張られリースへと振り返った。
「どうなさいましたか、坊ちゃま。どこかお体が痛まれるのですか」
優しく尋ねると、リースはふるふると頭を横に振る。間もなく、ぐううという音がリースのお腹から聞こえてきて、フィルははっとした。
「坊ちゃま……」
「あ、あのね、僕ね……ちょっぴりだけ、お腹が腹ぺこになっちゃったんだ」
もじもじと告げて、リースはフィルの服の裾を掴んだまま、上目遣いにこちらを見上げた。あまりにも幼気なその瞳に、フィルは頭痛が痛くなるような思いがした。
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