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第三章:王都学園編~初年度後期~

閑話:3-1 ジェーンの困惑

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 目の前でエルザ様とオリビア様がもめている。
 というか、エルザ様がのっけから全開で喧嘩を買ってるんだけど。
 なんで、こんなにやる気満々なのだろう。

 横でジェイが普通の表情でそれを眺めているけど、止めなくていいのかな?
 テレサ嬢と、フローラ嬢も参戦してオリビア様の旗色がかなり悪くなってる。
 にもかかわらず、ジニー様たちは遠巻きに見ているだけ。
 どうしたら良いものか。

 事の発端は……どれだったんだろう。
 いま、エルザ様は身分至上主義派閥の増長っぷりを説教しているけど。
 最初はカーラ様がオリビア様に絡まれた部分かな?
 それとも、私たちの汚された机のことかな?

 登校して講堂で学園長の話を聞いて、教室に戻ったら机の上が汚されていた。
 泥やゴミが置かれ、その下にはインクがブチまかれていた。
 拭いても拭いても、取れないくらいに汚い。
 そもそも、拭く物がハンカチくらいしかなかったし。
 
 犯人はおそらく、ジニー様たちのグループの誰かだと思う。
 けど、現場を見たわけじゃないし。
 そもそも誰か分かったところで、相手がジニー様のグループなら泣き寝入りするしかない。
 
 ジェイは、まったく掃除する様子も見られなかった。
 不思議に思って聞いたら、なんとも言えない返答だった。

「たぶん、今日はエルザ様が来ると思う。だから、このままにしておいて大丈夫」

 何がどう大丈夫なのだろうか。
 付き合いは長いけど、いまいち掴みどころのない友人の態度に首を傾げるしかなかった。

「なんでエルザ様がここに来るの? もしかして、合宿の件で報復に?」
「そんなわけない。エルザ様は私たちのことを心配していた。だから、様子見に来るんだよぉ」

 なんて楽観的な。
 あれほどの迷惑を掛けた相手なのに。
 いやでも、ジェイは早々にエルザ様に寝返ってたし。
 特にこれといって、何かしたわけじゃない。

 ということは、エルザ様の目的は私か……
 凄く辛くなった。
 学園を辞めてしまおうかと思うほどに。
 でも、来年には弟が入学してくる。
 私と学園に通えることを、とても楽しみにしていた。
 それに、私がいないと彼を守ってくれる人もいなくなる。
 弟のためにも、頑張らないと。

 とりあえず、この机を綺麗にしないと……拭きながら、情けない気分になってくる。
 こんな私が、弟のために何が出来るのか。
 身分至上主義派に加わることも失敗し、それどころかジニー様に目の敵にされた状態。
 私たちが失敗したせいでジニー様は、学園に事情を聞かれることに。
 その際に三度目の呼び出しに応じたギリー伯爵から、彼女自身も相当に怒られたらしい。

 自分の責任を棚に上げて、なじられた。
 それに、何度も頬を叩かれた。
 正直、教室にいるのも辛い。
 唯一の救いは、ジェイが一緒にいてくれることだけだけど。
 仕切り屋で、なんでも率先してやってくれたジェシカがいなくなった寂しさを、改めて実感した。
 こういった時に矢面に立って、対応してくれていたのはジェシカだ。
 今回の件の責任を取らされて、修道院に送られてしまったらしい。
 投獄や死刑にならなかったことを、喜ぶよう言われたらしいけど。
 正直、十分に辛い思いをしていると思う。
 私たち以上に。
 だったら、私も頑張らないと。

 そう思って、一念発起して……も、何もできないけどね。
 ただ、学園に通うことを続けることしか。

「しかし、それにしても暇な子もいるんだね。朝礼よりも先に来て、人の机を汚すことに手間を掛けるなんて……勉強でもしてた方が、よっぽど有意義だろうに。こんなことばかりしてたら、勉強が出来なくて当然ね。きっと、補習を受けるような子の仕業かな?」
「私たちがやったと言いたいのですか?」
「そうは言ってないけど、そう聞こえたのなら……自覚があるってこと? 勉強もせずに、超絶くだらないことに無駄な時間と熱意を使ってるって」

 意外と辛辣なことをおっしゃる。
 いや、言われてみたら確かにそうなんですけどね。
 凄い家の方が、誰よりも早くに来て私たちのために机を悪戯してたのですか。
 少し申し訳ない……気持ちにはなりませんね。

「そもそも、私たちが何をしたというのですか?」
「何をしたとも言ってないけど……何かしたの? いや……強いて言うなら、私のカーラを馬鹿にしたよね?」
「はあ? それにどこに問題が」
「というか、私たちとか言ってるけど……いま、オリビアさん一人しかいないけど?}

 エルザ様の言葉に、オリビア様がジニー様の方を振り返ってました。
 ジニー様の方は、助ける気は無さそうですね。

「騒がしいこと……何を騒いでらっしゃるの?」
「オルガ様」
「オルガ!」

 あっ、もう一人増えた。
 身分子女主義派の筆頭格貴族の一人、オルガ様。
 何故か、エルザ様の横に立ってますが。
 そういえば、合宿でもエルザ様と一緒に行動してたし。
 仲が良いのかな?

「エルザ様が、言いがかりをつけてくるのです」
「何を馬鹿なことを。エルザ様が、そんなことをするわけないでしょう」
「オルガ様は、エルザ様の味方なのですか?」
「味方? 友達だよ」

 エルザ様の言葉に、オリビア様が絶句している。
 それから、パクパクと口を開け閉めさせながらオルガ様を見ていたけど。
 オルガ様は、困ったように扇子で口元を隠して微笑みながら、首を傾げていた。

「何か問題でも? 身分至上主義を謳うならそのトップにいらっしゃる公爵家ご令嬢のエルザ様と、誼を結ぶのは当然のことでしょう」
「ですが、その方は私たちの敵ですよ!」

 オリビア様の言葉に、オルガ様は不思議そうに目をぱちくりさせていた。
 なんだか、想像よりも可愛らしくて親しみやすそうな人だ。

「さあ? 貴女にとっては敵なのですね。ですが、エルザ様が私たちの派閥に敵対するようなことをしたわけでもありませんし、私は敵だと思ってませんわ」
「でも、私たちの行動の邪魔ばかりして。そのせいで、ジニー様だって何度も学校に注意される羽目になったのですよ」

 急に名前を呼ばれたジニー様が嫌そうな顔をしている。

「誰かを巻き込まないと物も言えないなら、最初から大人しくしていればいいのに」
「そんな大人数で私を囲んで、偉そうなことを言わないでください」
「別に、オリビアが変なことばかり言うから、私の周りの子たちの不興を買っただけじゃん」

 エルザ様は、別に本気で相手にするつもりはないのかな? 
 何を言われても、まるで堪えていない感じがする。

「あなた達の邪魔と言いますが、目に余る行為を注意されてるだけでしょう……私は、ああいった恣意的な行動は好きじゃないですのよ」
「おっしゃってる意味が分かりません」

 オルガ様の言葉を受けての言葉のようでしたが、オルガ様は本当に困った子を見るような視線を向けて首を横に振りました。

「身分あるものが、下を導くという信念は素晴らしいものですけど……だからといって、下のものを虐げていいことにはならないでしょう」
「そうだそうだ! もっと、言ってやって!」

 エルザ様、楽しんでますね。
 というか……怖くないのかな?
 エルザ様……滅茶苦茶強いけど。

「私たちはその分、国に役立っているのです。他の貴族よりも重要な役職につき、広い領地を管理し、国のために貢献しているのですから、私たちが気持ちよく過ごすために他の方が気を遣うのは当然です。私たちが、なぜ気を遣わないといけないのか」
「ブーメラン、ブーメラン! じゃあ、私に気を遣ってよ」

 ……凄く、煽りますね。
 
「というかさ……私たちとか言ってるけど、貢献してるの貴方たちの親や祖父でしょう……じゃあ、貴女は国にとって何の役に立ってるのかな?」
「そっ……それは、今後のために、学園で勉強を頑張ってます」
「どうせ、家を継がないのに? それに、みんな勉強を頑張ってるから条件一緒じゃん。というよりも、むしろ補習組がたくさんいるその派閥に、その言い訳が通用するのかな?」

 あっ、物凄く効いてますね。
 オリビア様が見えない何かに殴られたかのように、のけぞりました。
 カーラ様とオルガ様とフローラ嬢にも、ダメージが入ったようですが。

「それを言ったら、エルザ様だっていっしょでしょう!」
「ん-……私は、全教科満点だったからねぇ。それに、領地でも色々な事業に手を出しているし。他には、治安維持や軍備増強、雇用促進に福利厚生……あとは、開拓事業も手掛けてますね」
「えっと、あの……」
「インフラの整備に、人材育成のための領民教育の導入、他には孤児救済の慈善事業に経済発展のための施策……他にも色々とやってますよ」
「あっ、はい……申し訳ありません」

 あっ、オリビア様が素直に謝った。
 頭の上に不思議と思っていそうなマークが、見えてきそうな顔で。

「ちなみにこれらの結果として、領民の生存率が上がったことと寿命が延びたことで、人口が増加してますね。他には教育や様々なことを行ったことで、領民の所得が大きく上がってます。減税したにも関わらず、領内の税収は増加傾向にありますよ? 無論人口が増えたことで、支出も増えてますが……将来の投資ですし。使った分以上は回収できます。結果として、王国にも貢献してますよ」

 エルザ様……凄すぎるでしょう。
 そこまで実務に携われることもですが、成果をあげていることにも驚きます。
 自分が、情けなく思えるくらいに。

「まあ、ミッシェル嬢も学生時代から、似たようなことをやられてたみたいですし。あまり、珍しい話でもないか」

 いや、おかしい方だと思います。
 ミッシェル様といえば、ズールアーク子爵家の至宝と呼ばれた方。
 そして、ステージア王立学園の麒麟児としても有名な方ですね。

 天才っていうのは、こういう方たちのことを言うのでしょうか。

 なんだかんだで、オリビア様はすごすごと退散……いや、意気消沈して去っていきました。
 色々と、有耶無耶になってしまったような気もしますけど。

 私の机の問題とか。
 いや、机は綺麗なんですけどね。
 エルザ様が手を翳しただけで、綺麗になりました。
 不思議な力ですが、魔法でしょうね。

「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「えっ?」

 なぜか、当たり前のような流れでエルザ様たちと下校する流れになった。

「それで、レイチェルは?」
「先生に、昼食の件で色々と話があると呼ばれてました」
「あぁ……食べすぎって注意されるのか、それとも何か意見を求められているのか」

 エルザ様とテレサ嬢の話の内容はよく分かりませんが、このまま付いて行っていいのでしょうか?
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