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最終章:勇者と魔王

第11話:最凶最悪の魔王

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「不快じゃな……」

 地面に身体を叩きつけられて、身をよじっている父と兄を見下ろしながら女神が呟く。
 さらに手を振ると、闇色の斬撃が放たれる。
 兄はすぐに起き上がり、それを躱すために後ろに飛び退っているが。
 父の方は、反応すらできていない。
 アイゼン辺境伯がとっさに馬から飛び降りて、父の元に向かおうとしているが間に合わないだろう。
 即座に短距離転移を使って、父をその場から離れた位置へ連れ去る。

「なぜ、かばう? 貴様が苦しんだ人生の元凶ともいえる人間を」

 女神が不思議そうな表情を浮かべているが。
 今世では子煩悩な良い父親だからな。
 こっちが本質だったのだろう。
 父の人生を狂わせたのも、また俺だ。
 父の取った手段はまずかったし、自業自得ともいえるかもしれない。
 でも、あの時は俺を救うことに必死だったのだ。
 そう……父は、ただただ俺の命を救うために、俺の魔力を封じたのだ。
 そのことで父を憎むのは、ただの逆恨みだな。

 父自身も、だいぶ苦しんだはずだ。
 その後、母を亡くし……間違った方向へと進んでしまったが。
 それでも、あの時の父は間違いなくルークの父親だった。

「そうか? 俺は、別に恨んでいないからな」
「俺……か。やはり、同じようで違うのだな。お主は……ルークとは」

 女神が少し悲しそうな表情を浮かべた後、天を仰ぐ。
 何やら耐えるような仕草だな。

 俺に対して、思うことがありそうだ。

「ルーク……これは、無理じゃないかな? 私では太刀打ちできそうにない。時間を稼ぐから、父を連れて逃げるんだ」

 体勢を整えたアルトが、女神の前に立ちはだかっているが。
 時間稼ぎができるかどうかすらも怪しい。
 それほどまでに、目の前の女神は強いと分かる。

「私の時は、誰も助けてくれなかったというのに……なぜ、こうも違う! まるで、私が間違えていたみたいではないか!」

 それから、吐き捨てるように言い放つと、無作為に攻撃魔法を放ってくる。
 兄が剣でそれらを切り捨てているが、防ぎきれずに体に傷が増えていっている。

「ぐぅ……ルーク! 逃げろ!」
「逃げるな! ここで、見るがいい! お前を……私を虐げてきた、残酷な兄の死ぬ様を!」

 女神が何を言っているのかが分からない。
 まるで、自分を俺と重ねているかのような。
 記憶の混濁が起こっている?
 あの女神は、ルークの記憶に侵されているいのか?
 それほどまでに同調の事象というのは……

「兄も父も……誰も殺させない!」
「貴様が、望んだことではないか! 一度は、全てを滅ぼしておいて、何をいまさら!」
「あれは、俺がやったことじゃない……貴様の身勝手な行いの結果だろう!」

 兄の使っている持続回復魔法に、時間加速を付与する。
 流石は軍神の加護による、火系統特化の兄が使った回復魔法。
 少し加速させただけで、時間をおかずに傷が癒えている。
 新たについた傷も、数秒と経たずに回復されている。

「なぜ皆して、私を悪だというのですか! 私が何をしたと……」
「何をした? 本当に分かっていないのか?」
「何より……私自身が、自分を悪だと。声が聞こえるのだ、世界を滅ぼせと……人を全て殺せと! そして憎い……魔王ルークを生んだ全ての者どもが! そう、妾自身すらその憎悪の対象なのだ!」

 時折、最初の世界の光の女神のような喋り方に戻っているが。
 完全に全てが魔王の核に染まっているわけじゃないのか?

「私は怖い……人の苦しむ姿を、平気で笑って視ている妾自身が……」

 そう言って、顔を覆って泣き出してしまった。
 情緒不安定にもほどがある。

 クックッと泣き声漏らしていたかと思えば、それが笑い声のようにも聞こえてくる。
 手を広げて顔を上げた彼女は、涙を流しながら歪に口角を上げて笑っていた。

「リカルドが……勇者リカルドが不遇な目に合えば合うほど、愉悦がとまらんわ。心の底から、胸がすく思いじゃな」
  
 あー……完全に悪い顔をしている。
 もう少し女神なら頑張れそうなものだが。
 根底にはあのクソ女神がまだいるなら、そこに糸口がありそうだが……

 女神を見上げる。
 魔力が可視化できるほどに迸っている。
 格が違いすぎる。

『アマラ』
『あれは、わしでもちょっとことじゃな……消せぬことも無いが』

 神の兄が物騒すぎる。
 名前を呼ぶたびに、根本的過ぎる解決案しか提案してこない。
 確かにそれが一番手っ取り早いとは思うが、光の神がこの世界から消えた場合に不具合とか。

『しばらくは闇の世界になるじゃろうな。わしやフォルスには、過ごしやすい世界じゃ』

 とりあえず神に対して、神をぶつけるのが正しい形なのだろうが。
 それはアマラじゃない。

『フォルスに加護を与えたりできないか?』
『わしの眷属じゃから、力を貸し与えることはできるぞ?』

 ぶつけるなら、やはりこの世界の神だろう。 
 しかも相手は魔王だ。
 魔王を倒すのは、勇者だと相場が決まっている。

『フォルスの力を借りたい。頼む』
『素直じゃない弟じゃな……わしの力を借りておきながら、借りるのはフォルスじゃと?』
『じゃあ、いいや。こっちでなんとかしよう』
『分かった! やる! やるから! 存外、子供っぽいところがあるのじゃなお主も』

 ちょっと拗ねたフリをしたら、アマラは簡単に動いてくれた。
 どっちの兄も、弟に甘くて助かる。

「つまらぬことを考えているみたいじゃな……お前が、邪神に助けを求めるなら……世界をお前の敵にしてやろう!」

 こっちのやろうとしていることは、筒抜けか。
 流石は神様。

 女神が空に向かって手を翳すと、光と闇が入り混じったカーテンのようなオーラが広がっていく。
 何を!
 これは……

 俺の頭の中に、最初の世界のルークが受けた仕打ちが走馬灯のように流れ込んでくる。
 そして、記憶が書き換えられていくのを感じる。
 それどころか、その光は兄や父の元にも降り注いでいる。
 彼らも、頭を抱えて何かを振り払うように振っている。
 
 周囲の兵士たちにも、影響が広がっているのが分かる。
 徐々に悪意が俺に向けられているのを、敏感に感じ取れる。
 身勝手な連中だ……

 元はといえば、貴様らが俺を虐げてきたのが原因だろう?
 俺に恨まれるようなことをしておきながら、俺に対してそのような目を向けるなど……

「ルーク……」

 アルトが、私に向かって手を伸ばしている。
 白々しい。
 散々に無能扱いしてきたくせに、何をいまさら。 
 父の苦しそうな表情をいまさら見せられたところで、何を思えばいい?
 私を無能に仕立て上げた張本人の分際で!

 貴方たちが最初に私を見捨てたのでしょう?
 リカルドの間抜け面だけが、今も昔も変わらない。
 変わらなさ過ぎて、笑いがこみあげてくる。
 そう、この人は昔からこうだったんだ。
 私のことを友だと言いながら、下に見ていた。
 クズだな。
 離れて、魔王となって分かった。
 最初から、こいつは私を都合のいい存在としか思ってなかった。

 許せるわけがない。
 全てを奪った、こいつを……

「良い顔になったではないか」

 あの、上から見下ろして来てるやつも気に入らない。
 あいつが……あんなやつが、光の女神か……

 とりあえず、軽く剣を振るって闇の斬撃を放つ。

「ほう? 流石だな。意識的にブレーキを掛けなければ、今の妾すら傷つけるか」

 ちっ……腐っても、神ですか。
 片手であっさりと防がれたことで、少しばかり歯がゆい気持ちになる。
 それでも手のひらに、線上の傷をつけられたことで多少は気が晴れる。

「ルーク……手を……そっちに、行くな! こっちに……」

 兄であるアルトが必死に、私の方に手を伸ばしているが。
 何がしたいんだ、このクズは?
 その手を掴んだところで、あっさりと振りほどいて背中を斬り付けるような男でしょう貴方たちは?

 その顔……必死過ぎて、笑えない。
 何が兄を突き動かしているのか、分からないけども……そんな希望、抱くだけ無駄ですよ。

「ジェファード、何をしている? そこの無力どもを、殺せ……私は、あの光の勇者を名乗るものから、全ての希望を奪い絶望を刻み込むのだ。邪魔なものは、いらん」

 少し離れた位置で、すました顔して成り行きを見守っている黒騎士に声を掛ける。
 途端に喜色にあふれた表情で、鎧を具現化させて剣を握る。
 光の剣? なんの皮肉だ。
 お前には、闇を纏った剣を与えただろう?

「何をふざけている? そんなおもちゃを振り回して、遊ぶつもりか?」
「なるほど……確かにそうですね」

 ジェファードが剣をあっさりと手放すと、即座に漆黒の刀身の剣を作り出す。
 最初から、そうしておけ愚図が。

「待て……前はこの国の狸親父に取られてしまったからな……今回は、私が自ら手を下そう」

 そうだ、兄も父もこの国の王に殺された。
 今思えば、私自身の手で殺すべきだった。
 その方がスッキリできただろう。

 あの女神の思惑通りに動くのは杓だが、あいつは最後のデザートみたいなものだからな。
 全てが終わったら、魂の存在すら残さずに消してやる。

 まずは、その鬱陶しい手から切り刻んで……

「アルト下がれ! あれは、ルークじゃない! あれは……」

 なんだ、父上の方がよく分かっているじゃないか。
 そうさ……私はもうルーク・フォン・ジャストールではない。
 あなた方が産み出した、魔王ルーク。
 世界を滅ぼす者だ!
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