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メテオの章

⑧ もっと家族らしく

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 三連休二日目。晴天。

『ピクニック日和ですねぇ~~』
『そうね、晴れてよかったわ』

 眩しい朝日が地上を温めてくれていた。
 この陽気の中、私たちは涼し気な服装でサンドイッチの入ったバスケットと共に馬車に乗り込む。

 馬車は2台用意して、1台めにダインスレイヴ様と私、いちおう数に入れる御霊ルーチェ。もう1台には、ラス、アンジュ、そして今から学生寮の前でピックアップするロイエ。
 ロイエとルーチェは現地で引き合わせることに。彼女の体調を考慮し、出来る限り彼らの接触時間を短く、濃密にするためだ。

『ピクニック先の森へは2時間ほどで着くようです』
『……そうか』

 本日のダインスレイヴ様も、またご機嫌斜めでいらっしゃるの……。でも今日は理由がちゃんと分かっている。

 昨日、この連休の初日ということで、彼が日帰り小旅行に誘ってくれたのだ。だというのに────


『あら、ごめんなさい。今日は学校へ行かなくては』
『なに!? 教師だって休日のはずではないか!』

『この3日間、天文部が合宿をすることになっていまして。ほら先日、お話ししましたでしょう? 私は明日ピクニックで参加できないので、今日ぐらいはちゃんと彼らに付き添わないと』

 この時点で彼はむくれた顔になった。

『あなたも天文部の一員なのですから、今から参加しましょう。制服にお着替えになって』

 彼の怪訝な様子などお構いなしに、私は合宿先に引っぱって連れていった。

『合宿中、総務課からお借りした広いホールでシアルヴィ開発の惑星運行儀を試運転するのですよ。手応えがあるといいですよね』

 もはや何も言葉を発せずにいたダインスレイヴ様を、1日中、その手伝いに駆り出してしまったのだ。────


 そういえば、ふたりでお出かけなんて、まだしたことがなかった。初めてのお誘いであったにも関わらず、私ってば。
 でもこれもやっぱり、仕事の一環だから……。

 そして今日もこうして、彼は生徒、私は教師の装いで子どもたちの引率。なんやかんやと付き合ってくれてとても嬉しいけれど、むっとした彼にお礼を言うのも少し難しい……。

 とくに私は微笑めわらえないから、ありがとうの言葉をうまく伝えられる自信がない。

 どうしてうまくいかないの……。

“まさかまさか、こちらの超絶美男があの! 一騎当千で名高い! ダインスレイヴ第三王子殿下だったなんて──!”

 唐突な叫び声にびっくり。
 相乗りしているルーチェはこの重い空気に無頓着。馬車内にて私たちの隙間をぐるぐる飛び回っている。
 こんな愉快な御霊もいるのね。それはそうか。生前のパーソナリティのまま存在するのだものね。

“殿下! 僕の日記帳にサインをお願いできないでしょうか!?”

 私の手元のそれを差し出したが、殿下には無視されている。

『ねぇルーチェ。殿下のことは何もかも、ロイエに内緒にして欲しいの』

“大丈夫です。僕、意外と口は固いので。あれ? でも殿下はご結婚されているのに、先生に襲い掛かってましたよね? どういうこと? はっ。まさか先生は……”

 この子、意外と好奇心旺盛なのかしら。

“殿下のお妾さんですか!? あ、大丈夫です、僕、口は固いので!”

 !?

つ・ま・だ!!』

 あっ、わざわざ言ってしまうなんて!

“えっえええ! まさかのお妃さまでしたか~~”

『これも内緒ね。約束できるわね?』

“はい! 先生が妃殿下だという事実は秘密~っと。でもなんだかおふたりの間がよそよそしいですね。むむっ……もしや倦怠期ですか!?”

 僕、鋭い。と得意げな様相の彼を、ダインスレイヴ様は掴んで馬車の窓から放り投げた。

“冗談ですってば~~。どうも不機嫌でいらっしゃいますね……”

 半分くらいはあなたのせいなのよ。

“あ、奥様のほうも泣きそうな顔で睨んできます……”

『なんで私たちの馬車にこいつが相乗りしているんだ』
『はぁ……』
 彼の不機嫌さに引きずられて、先ほどお話ししましたでしょう? と、私も歯がゆさを表に出してしまった。

『3台用意して、サーベラスとアンジュが分かれてふたりを連れて行けば良かったではないか』
『2時間の道中ですから、ふたりは一緒のほうが退屈しないかと……』
『あいつらだって仕事だろう?』

 またこちらを見てくれない。

『本当は、この連休にお休みをあげたかったのです……。だけど私がこうして予定を入れてしまったので。せめてこのお出かけを楽しんで欲しくて』

『君は本当にサーベラスに甘いな』

 とうとうそっぽを向いてしまった。

『ラス……??』

 なんで、ここでラスが?
 意思疎通がままならなくて、私はぽつんとひとり遠くにいるような、そんな気持ちになった。

“もぅ~奥さんニブいなぁ~”

 奥さん?
 茶化すように霊体ルーチェは私の周りを飛び回る。そして私の耳元で、こっそりこう囁いた。

“ダインスレイヴ殿下の旦那、ありゃ~やきもちですよ”

「えっ……」
 やきもちって? 私、不貞を疑われる行いなんて何も……。
 でも、私がラスとアンジュについて言ったことでも、なぜか彼はラスのことだけに言及して。

『あ、あの』

 私は勇気をふり絞り、彼の衣服の肘あたりを軽く引っ張った。

『ラスは従者ですが、小さい頃から連れていますので、弟みたいなもので』

 もし“やきもち”が見当違いだったら、恥ずかしくて仕方ないけれど……。でもなんであれ言葉にして、探って歩み寄って、できることはすべて表さなくては。

 素直にならないと何も進まないのよね、今までの私たちが。

『あなたを思い悩ませるようなこと、私は何もしていません。他の男性なんて、一瞬たりとも、考えたことありません。何かご不満があるならおっしゃってください』

 語気が強くなってしまった。でも裾を引っ張ったらこちらを向いて、この目を見てくれたから。

『サーベラスは、君を愛称で呼ぶ』
『……アンジュもですが?』

 もしかして、そう呼びたいの?

『あなたもユニと呼んでください、……ダイン様』

『!』

『それに、私に対してもラーグルフ様に接するように、話し方とかもっと気楽に。もっと家族みたいにしてください。……あっ!』

 彼は急に私に抱きついて。また後ろ頭を撫でてきて。そして、ふっと笑った。

『俺たち正真正銘の家族だもんな』

 ……!

 家族。
 どこからどこまでが本当の家族というのだろう。私にとっては、この人が初めてかもしれない。

 温かい。家族って響き、嬉しい。

 そんなふうに胸の温度が高まるこの瞬間、彼が顔を寄せてきて……。

 あっ、あの、ここ馬車内ですが……夫婦だから、普通……?

“おっ、おおぉぉ~~……”

 また、あと少しで唇が触れる、という直前、御霊の声でびくっ! となる私たちだった。

『『…………』』

 出歯亀ルーチェを絶対零度の伏し目で睨んだダイン様が再度、彼を窓からぶん投げた。

 ただ、今の仕切り直しは無理みたい……。まぁここは馬車の中だし……ふぅ。

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