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メテオの章

④ 夫が突然、豹変して……??

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「起立! 礼!」
「「「ありがとうございました!」」」

 ふぅ、今日も一日無事に……

──ガターン!!

「な、なに? ……あっ、ロイエ!」

 終礼でみんなが立ち上がった時、椅子から転げ落ちた彼女。
 昨日心配したとおりのことが……

『大丈夫? どこか打ったりは』
『だいじょうぶです……』
『保健室で休みましょう。さ、私に掴まって』

 彼女は私の腕に手を添えた。その時だった。

『えっ? ルーチェ!?』
 虚空を見上げた彼女が誰かの名を呼んだ。

『ロイエ? どうしたの?』

“ええっ。ぼ、僕がみえるの……!?”

 ここで私の耳にも、ハスキーな青年の声が聞こえて。
 その声のほうを振り向いたら、17歳ほどか、貴族青年の……御霊が。

 目が合ってしまった。彼は表情に困惑の色を浮かべる。

『ルーチェっ……ルーチェ!!』
『あっ。ロイエ、落ち着いてっ』
『やっぱりあなただったのねルーチェ!』

 彼女は空に向かって震える手を伸ばした。が。

『ロイエっ?』
 ふっと意識を失った。私は彼女を抱きかかえ、まず脈を確かめる。そしてもう一度彼女が手を伸ばした先の空を見上げたら、そこでおずおずしていた青年は。

「消えた……」
 背中を見せ、逃げるように空気に溶けていったのだった。




「今日もいつの間にか終わったわ……」
 日々は目まぐるしく過ぎてゆく。

 自室の大きな窓から見える月は、明々と地上を照らし、月光を浴びる庭園の植物は神秘的な美しさを見せている。

「ユニ様、どうぞこちらへ」
 ベッドでラスの丁寧なマッサージを受け、少し微睡みかけた私はふと、ダインスレイヴ様の面影を脳裏に映した。

「ねぇラス、あの、ええと。今夜、彼はお帰りにならないかしら」
「お帰りになるというご予定は聞いておりませんが」

「そうよね。ここ数日はとりわけお忙しいと……」
「しかしあのお方は、執事室でどう伺っていようと、突如お帰りになられることもしばしば」
「ううん。いいの。今日は疲れているから、もう寝るわ」

 眠気が心地いい。ああ私、ふんわり暖かな空気に包まれている。ラスの焚いてくれた香がもう効いてるのね……。



「ん……」
 眠りが浅かったのか、私はしばらくしてふと覚醒した。

 真上のベッドボードをふと見やると、
「? 伸びた影……。どこから?」

誰もいないこの部屋に不審な黒影が。私は真正面に向き直した。そこに、ぬおぉぉっと現れ、私を覆う、大きな幻影。

「きゃっ……きゃぁむぐっ」

 口を押さえつけられた。化け物? 不審者? どうしましょう。絶体絶命……

『静かに! ユニヴェール、ただいま』

 ん? その声は。

『◎▼@※△☆▲ひゃひゃ?』
『そうだ。私だ』

 な、なぁんだ……。今宵はお帰りにならないと思っていたから。

『おかえりなさいませ、ダインスレ……えっ?』

 な、なに!?

 無言で私の寝巻の、胸元のリボンをほどく彼。

『何をなさるの、突然……』

 私に覆いかぶさったままで。いつもなら隣に横たわるのに、様子がおかしい?

『たった今、障害を跳び越えようか。ユニヴェール』
『……は?』

 暗がりの中、彼の大きな手が私の肩や腰を捕まえに忍び寄る。

『ちょ、ちょっと待ってくださいっ。どういうことですかっ』
『どうもこうもない。私たちは夫婦だ』

 でも今までこんなこと一度も!

 私は手足をばたつかせた。暗いので何がどうなっているか分からず、彼の手が触れそうになったら避けるように、身体をねじらせて。

『夫婦でも、心の準備というものがっ……』
『いつになったらできるんだその準備は! もう挙式から二月近くたっているんだぞ』

 確かに初夜の日は、据え膳として役割を果たそうと心を決めていました。でもあの頃と今は少し違うというか、あんな気持ちでいられた自分が今では信じられないというか、とにかく、

『恥ずかしいですっ……』

『…………』
 ぴたりと一瞬、彼は動きを止めた。

『あ、あの……。!?』

 落ち着いて話をしてくれるのだと思ったら、先ほどより早急な手が私の寝巻の、スカートの裾をたくし上げてきて。

『ななな、何するんですかっ。待ってくださいと言って……』
『声が大きい!』
『えええ!?』

 私の腰を掴んで寝巻を剥がそうとする。男性の圧倒的な力で。

 ただし、私の抵抗を抑えつけながらだから、彼の大きな手も思い通りにならない様子。そんなおぼつかない手でまさぐられた私の脚とかお腹とか、声を我慢できないほどくすぐったい。

 もう逃げられそうにない。どうすれば、……あぁっ、そこはダメっ……。

『いっ、いやあああああ』
『!!』

 天蓋ベッドのカーテン内に私の叫びが響き渡る。

 無我夢中であったが、ほどなくして私は彼の手が止まったことに気付いた。この衣服の中から、ごつごつした大きな手は退いてゆき……

『い、いやなのか……?』
 彼は力なく、後ろによろめくのだった。

『ユニヴェールは……俺が嫌なのか……』

 声からも悲壮感が漂う。

『待ってください。話を聞いてください』

 項垂れた彼、身体は大きいのに雨にぬれそぼった子犬のように見える。

『嫌ではないのです。ただあまりに早急ではないですか。結婚して何日とかではなくて、まずその、か、会話といいますか……』

 待って、私、何を言っているの? この期に及んでこんなこと言いだす自分、なんなの?

 だって本来なら初夜の時点で、もう彼の好きなようにされていても……。

『ん。ああ……つまり、それはやっぱり、アレか』
『アレ?』

 彼はこの場の緊張感をほぐすためか、一度咳払いをした。

『え、えい……』

『??』
『えいえええ、えっえいえ……』

 どうしたんだろう。冷や汗をかかれている。目線も下に下がっている。

『エイ(魚)?』
『えいえいえん……』
『ダインスレイヴ様?』

『ああっダメだ……』
 体格の立派な、この大きな方が、なんだか塩をかけられたナメクジのように弱々しく……

『言葉をあえて用意して発するだなんて、なんかダメだ!』

『どうしたのですか、ダインスレイヴ様、お具合でも? もう休まれたほうが』

『俺はっ、それを思った瞬間にしか言葉が出ないんだ!』

 ちょっとよく分からない脳筋宣言と共に、両手を掴んで押し倒された。

「???」

 ……今日のダインスレイヴ様はやっぱりおかしい。決して嫌ではないけれど、このような状況で関係を進めてしまうのは……

『怖いのです……』

 そう、怖いの。だって、こんなふうに自分以外の誰かと、これほど真剣に向き合うことは、私、生まれて初めてで。

 身体だけではなくて心も、私のすべてを知られたら、受け入れてもらえるのかも分からなくて。

 この頃では彼についてひとつ知るたびに、胸がジリジリと焦がれていく。心地よい焦燥感。私、まだこの場所に留まっていたいのかしら。

 関係性に焦って、今、不用意に触れ合ってしまったら、自分が自分ではなくなってしまいそう。そんな気持ちを、どのように言葉にすればいいのだろう。

『やっぱり、サーベラスのがいいのか?』

 ん?

『ラス??』

 会話が成り立たないままで、彼は私の首筋に口づける。

「あっ……んん」

 触れたところが急速に熱を帯び、想像していた以上に気持ちよくて、激しく打つ鼓動は私の奥の“真実の私”を目覚めさせようと揺さぶる。

『だっ、だめですっ』

 耐えられないほどくすぐったい。なのに嫌じゃない。

 彼からあふれる、これが男の人なんだと知らせる香りが、私の期待をかき立てて、どんどん抵抗する力を奪っていく。

 彼の熱意を拒む理由が分からなくなる。

 もう任せてしまっても……いいかしら。

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