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② 片目

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 いつの間にか絶望していた。私の壮健や寿命に何ら関与しない、ちょっとしたたんこぶのようなもの。

 足の小指なのだ、誰がそこに気付くわけでもない。しかし私はこのように通常の人とは違うせいで、きっと年頃になっても人として女性として、誰にも愛されることがないのではと、そう思いつめた。

 それからは塞ぎ込む日々だった。社交場には欠席するようになる。靴が他のご令嬢とは違うと見つけられたら、もう生きてはいけないから。

 代わりに、勉学に打ち込んだ。家で家庭教師と話をしている時間が最も落ち着く。

 その家庭教師のひとりで、医師を志す女性と出会ったのは10の頃。学問のかたわら、興味深い話を多く聞けた。人を救いたい、そんな彼女の志に私は憧れを募らせる。

 私もそうでありたい。人の役に立ちたい。人を慰めたい。心を癒したい。


「お父様、お母様。私、看護婦になると決めました」

 ある日、私は両親にこう打ち明けた。貴族の身分を捨ててでも、と。当然父は大反対だ。しかし彼は私を猫可愛がりする立場、私の突拍子もない考えを叱りつけることはしない。

 が、了承しなければそのうち諦めるだろうと高を括っていたようだ。


 結局、時を経て、根負けしたのは両親の方であった。もちろん貴族の娘という肩書を捨てるのは許されず。だが、父の紹介する施設への実地訓練生としてなら、期間限定で認めるとのこと。

 つまり「そこで音を上げて現実を思い知れ」というのだろう。実際、私は甘やかされて育った娘、自分でもちろん分かっている。私はまず人の役に立つことよりも、そこで職務に耐えられる、と証明することを目下の課題とした。

 それでも未来への扉が大きく開いた気がしたのだ。



 14の私が遣わされた所は、紛争地域の負傷者を収容する野戦病院であった。

 思っていたよりよほど過酷な現場だ。これは父が「一日も早く帰るよう」と膳立てした結果。ここで看護婦長を除く職員は、私の出自を知らない。甘やかされる余地もない。もちろん構わない。私はこの熱意ゆえに、どんなところでもやっていけると自負があった。

――と意気込んでいたが、とんでもない。どんなに忙しくても、身体に疲労が溜まっても、それには耐えた。しかし負傷者の目を覆いたくなるような状況に、家に帰りたいといつも隠れてむせび泣く。そのたびに「もう帰るところはないと思え」と自分に暗示を掛けてみた。

 そんな頃、とある病室の前を通りがかる。少し開いた扉が気になり閉めようと私は寄っていった。その前に、ふっと中を覗いてしまったのだ。

「きゃっ……」

 私は驚き、後退あとずさりする。そこで一瞬、目に映ったのは、金色の髪の、鋭い目つきの、碧色した瞳の虎……、手負いの虎であった。いや、断定することではない。そこに獣など存在するわけないのだから。

 ただ今にも噛みついてきそうな眼光で睨まれたので、私の脳裏にそう映ってしまったのだ。きっと戦場から運ばれた負傷者であったのだろうが……。私はそれから二度と開いた扉を覗かないようにしていた。



 そこに派遣され三月が過ぎ、仕事にもなんとか慣れたという頃、看護婦長に私は呼ばれた。

「特別室の患者様、ですか?」

「ええ、あなたに任せるわ」

 特別に個室を与えられているクラスの方なら少尉以上か。身分がどうあれ、一患者には変わりない。ただ心を尽くすのみ、だが。

「私はまだ若輩者ですが……」

 なぜわざわざ私のところにそんな仕事が回って来るのか。

「正直に話すと……もはや誰一人としてそこに入室したがらないのよ」

「えっ。どうしてでしょう」

「そこのお方、ご身分は伏せるけれど、いい御家の方で、気難しいのよね」

 気難しい、で済む話ではないのだろう。

「正直におっしゃってください。暴力がおありなのですか?」

「いえ。ただ叫ばれたり、物を投げられたり……。彼はここに運ばれてきてからも絶望と戦っているようね。心の持ってゆき場がないのよ。まだお若い方だし」

「絶望……どうして」

 この病院には、運ばれても治療の甲斐なく、命の灯消えゆく患者、死ぬに死ねずもがき苦しみ、挙句に死神の迎えの来る患者も多い。

「彼はね……」



――片目を戦場で失ったのよ。

 私はその病室に向かう途中、考えていた。片目を失い、いつしか完全に光を失う恐怖を思う。絶望の淵から逃れられずに? でも、命の灯は消えていない。

「ここは……」

 私はその病室の前に立ち止まり、思い出した。

「あの時の……」

 息を呑み、ノックをして入室した。

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