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⑬ ノリノリ聖女

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 ここはさすが国で屈指の建築である王宮、久しぶりに戻ってくると豪華絢爛さに目がくらむ。バルコニーが広々とした庭園となっている。
 私は今エルネスト様とコソコソ物陰から、逢引き中のゾーエとアルフレッド様を見張っているのだが。

 いつチャンスが訪れるか分からない。エルネスト様に気持ちよく動いてもらえるよう、しっかり打ち合わせておかねば。

「あなたは彼女を舞台の方に連れていって、恋の罠を仕掛けてください。舞台袖が、あそこ物がごちゃごちゃ置いてありますし、ちょうどいいです」
「恋の罠ァ?」
「やっぱり俺と結婚して継承権4位から王座を狙おうぜ~~とか言って」

「今後言質とられたらどうしてくれるんだ」
「気が変わりました~~男心と秋の空ァ~~で逃げてください。証文は造っちゃだめですよ」
「造るか!」

「そして私がアルフレッド様をあなたたちのところに連れて行って、ゾーエの浮気現場を見せつけます。怒った彼は怒鳴って去ってゆく。それを追いかけた彼女に、私が幕の陰からアルフレッド様の声で問い詰めます」

「声? どういうことだ?」

「ふふーん。私、声を変えるふしぎな道具を持っているんです! じゃーん!」

 ぱっと見は何の変哲もないチョークを、自信満々に見せつける私。

「チョーク? 何か黒板に書くのか?」
「声を変えるって言ってるでしょ。これを食べると声色変わるんですよ! 異性の声だって出せるんです」

「……チョークを食うのか?」
「ん? ああ大丈夫! カルシウムだから!」
「…………」

「あ、ゾーエが彼から離れた! チャンスね。エルネスト様、お願いします! あ、この貝殻を持っていて」
「なんだこれは」

 やれやれと言った顔で彼は立ち上がり、彼女の方へと向かう。私は早速、「ゾーエの声になぁれ~~」と念じながら、チョークをボリボリ食べてみた。

「あああ~~。……なってる! 他人の声が自分から出るっておもしろい!」

 なんて喜んでいる場合じゃないわ。アルフレッド様を彼らとは反対側の舞台袖に連れていかなきゃ。

 私はスパイの如く気配を消し、彼の後ろに忍び寄っていった。そして背後に立ち────。

「だ~~れだっ?」
「うわっ。……なんだ、びっくりした。ゾーエだろう?」
「うふふ。あたり! 私の声は間違えませんよね」
 でも目は隠したままよ。まだ視界は返してあげない、しばらくね。

「君もこんな可愛いいたずらをするんだね」
「あら、知らなかったです? 私、意外と可愛い少女なのですよ」
「いやもうすべてが世界一可愛い! そんな君の新しい一面を知れて嬉しいよ」
「嬉しい? それならもっともっと教えてあげますわ」
 耳元で囁いてみた。
「うん。君のことなら何でも知りたい!」

 そこで一瞬だけ彼の目を塞いでいた手を放し、ポケットからナフキンを取り出したら、またそれで覆った。
「もっと新しい私を教えてさしあげますから、誰にも見つからない処へ行きましょう」
「えっっ? こんなパーティーの最中でかい? それは、なんというか、燃えるなぁ」
 分かりやすく心拍数上がりましたね? 何を期待してるんですか……。

「ところで、この目隠しは?」
「誰にも内緒のステキな処だから、辿り着くまでのお楽しみに。私が寄り添って歩くから大丈夫ですよ。つまずかないようにゆっくり行きましょうね」
「本当にドキドキさせてくれるね君は。いいさ、すべて君に委ねるよ。そしてふたりでまた新しい扉を開こう!」

 ……さすがにアルフレッド様への気持ちが萎えてしまった自分がいます……。こんなにゾーエへの気持ちをあらわにされても、悲しいとか悔しいとかいう感情が湧いてこない。
 全然未練がないのよ。だって、ひやひやさせてくれるのはエルネスト様の方が……って、あら。どうしてここでエルネスト様のこと考えてしまうの。

 もう、ちゃんと今の仕事に集中しなくちゃ。



 こうして左の舞台袖に、アルフレッド様を連れてきた。向こうの袖にゾーエがエルネスト様といる。

 そろそろ会話が聴こえてくる。エルネスト様はうまく貝殻の殻口をこちら側に向けてくれている。

「着きましたよ。目隠しを外しますね」
「ああ」
 私はナフキンをさっと取って、ぱっと後ろの物品の陰に身を隠した。
「うっ。暗くて周りがよく見えないな。あれ、ゾーエ、どこだい?」


────「本当に、私があなたの妻に?」
「ああ。そしてふたりで王座をものにしよう。アルフレッドをはじめ、継承権2位3位のあいつら全員引きずりおろしてな」
 向こうの声が貝殻の効果ではっきりと聞こえてくる。アルフレッド様にも聞こえているはず。

「それ絶対楽しいですわ! 私とあなたならきっとできる!」
 またずいぶん無謀なこと言ってるわね……。
 ちらりとアルフレッド様の様子をのぞき見ると……こんな密談を彼女がしていると知った彼は、どうやら時が止まってしまったようだ。
 そりゃ信じられないだろうなぁ。

「でもお前、さすがに婚約したアルフレッドに情も湧いてきただろう?」
「何のために宰相やその他高位貴族の面々と長きにわたり交流し、顔と恩を売ってきたと思いますの。王太子殿下ですら不要になれば引きずり下ろすほどの準備を整えていたのよ。あちらになんらかの罪を被せて、向こうの有責で離縁することも不可能ではありませんわ」

「酷い女だな。王家に何か恨みでもあるのか」
「彼を選んだ理由はあくまで“姉の婚約者だったから”。王太子妃の地位はそのついでしてよ。でも姉の相手が美しき王太子であって良かった。幸せの絶頂でいただろうから、そこから堕とすのが……もう快・感で!」

「お前にとって、王族貴族はみな手駒なんだな」
「その私が、あなたのことは認めていますわ。継承権4位なんてもったいないほど。私があなたを押し上げてあげる」
「そのために他の男と平気で寝るのか?」
「あら、やきもち?」

 こんなえげつない話してるんですよ──。こんなののために私を捨てたアルフレッド様だけど、やっぱり同情してしまう。そろそろ正気になって! そして向こうの袖に勇んで行って、婚約破棄を突き付けたら、もう彼女を振り返らずこっちに戻って来て。そうすればあなたは自由ですよ。あんな女狐じゃない優しい女性と巡りあって、ちゃんと幸せになって!

 で、そうしたら私はあなたの声を借りますから。あの子がこちらの方に出てきたら、対峙の時。

 ゾーエ、この舞台上で天の声を相手にひとり芝居をするがいいわ。

 エルネスト様が黒子のように、貝殻を今度は舞台前方に置くことになっている。そして幕を開ける。ある幕、一枚だけを残して。

 残った幕とはエルネスト様の部屋から頂いたカーテン。晩餐会の招待客からは丸見え、だけどゾーエからは依然、不透明な幕が降りたまま。

 さぁ、私と会話劇を始めましょう!

 “王太子の声にな~れ~”と念じ、私は再びチョークをボリボリ食べた。

「あ──あ──」
 おおっ、低い男性の声が自分から出るってふしぎ~~!

「ゾーエ!!」
 おっ!? 飛び出していったアルフレッド様が、舞台中央にさしかかる辺りで大声を張り上げた。

 向こう側まで行ってまず彼女をエルネスト様から引き離すかなぁと思っていたけど、どうやら怒り心頭らしい。さすがのアルフレッド様もやっと目が覚めた!?

「アルフレッド様!?」
 彼女は驚いて振り向き、舞台の方に出てきた。

 この隙にエルネスト様も貝殻の殻口を客席に向けて置いてくれたようで。

 準備は整った。私は今この場において、透明カーテン以外の幕を開けた。そして、

「さぁ、観客のみなみなさま! 刮目せよ!」

限りなく小声で堂々と叫んでみたのだった。

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