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⑧ 妹の腹の底

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「えっ……ええええ――――!!」

 なんてことだ。
 朝、カーテンの隙間から差し込む暖かな光と小鳥のさえずりにより目覚めた私は、なんとも豪奢な部屋の豪奢なベッドの上で、下着だけを着用していた。

「起きたか。朝から騒々しいな」
「エ、エ、エ、エルネスト様……」

 私はともかく肌を隠そうと毛布にくるまった。彼は身支度整った風体で、椅子に腰かけ小さな書本を読んでいたようだ。

「こっこれはいったい……。どうして私は下着姿なのですか……?」
「ああ? ドレスのまま寝るわけにいかないだろう?」
「そ、それはそうだけど……」

 そこで私はベッドの頭にあるふたつ枕に気付く。
「!?? ~~~~~~!!」

 もう、まったく声にならない悲鳴を上げてしまった。

「ちゃんと帰してくれるって言ったじゃないですかっ!」
「だってお前の家、鍵かけてきただろう? 入れねえよ」
「貴重品はあなたの家来の方にお預けしました!」
「そうだったか?」

 彼は薄ら笑いを見せた。絶対わざとだ!

「まぁ男の前で安易に寝顔を見せたなら、こうなっても仕方ないと心得るんだな」
「こっ、こうなってもって、どうなってしまったのでしょう!?」

 自分の身体を確認しようにも、どうにかなってしまっていたら私はどうなっているものなのか?? 分からないんだから仕方ない!

 また彼はにやりとした。そして私の面前にやってきて、フェイスラインを撫で――。

「昨夜のお前は可愛かったよ」
「っ……!!?」
「なわけあるか。完全熟睡でひとかけらの可愛げもなかったわ」

「へ? なにもない? “新婚初夜に伴侶へ捧げる私”は無事だったのですね!?」
「……本当に可愛げねえな」
「?」
 いったん離れたと思った彼の顔が、私のすぐ目の前に迫ってくる――?

 その時だ。部屋のドアをノックする音が聞こえたのだった。

「エルネスト様。おはようございます」
 私の、身体中の血の気が引いた。

 来客のようだ。こんなところに私がいると知れたら、あの噂がまぎれもない事実だと太鼓判を押されてしまう。

「ゾーエ・スカーレットですわ。開けてくださる?」

────え???

「どうしてゾーエが? お部屋まで訪ねてくるなんて、まさか、そういう仲なのですか?」

 私、何も聞いてないわ。何も知らない。

「お前はクローゼットに隠れろ」
「ク、クローゼット? どこ?」
 彼は私の手を引っ張り、その戸を開けた。

「バレない様に息を潜めておけよ」
 こう指示し、彼女を出迎えに扉へ向かった。

 私は隠れたが、空間もギリギリで緊張してしまう。するとすぐに声がはっきり聞こえるようになった。

「うふふ。エルネスト様」
 クローゼットの通風口から覗いてみたら、ゾーエがエルネスト様に寄り添って……。どういう関係なの?

「近い」
「あら」
 彼は寄っていった彼女を拒んだふうだ。ロマンスがありそうな関係には見えないけど……。

「何の用だ」
「ご報告に参りましたわ。アルフレッド王太子に正式にプロポーズをいただき、月末の晩餐会で挙式の日取りを発表いたしますの」

 え……。

「良かったじゃないか。しかし別に、報告はいらないぜ」
「そんなことおっしゃって……。もっと私に興味を持って?」
「くだらない」
「もういいかげんジョゼフィーヌ様のことはお忘れになったら? いつまでも亡き方を思われていても、未来はありませんわ」

 ゾーエとエルネスト様の会話は続いているが、私は頭の中、真っ白になっている。

 だめよ、しっかりしなきゃ。彼らの話をちゃんと聞かなくては。

「あいつのことを忘れようと忘れまいと、お前とどうこうなる気は毛頭ない」
「相変わらずはっきりおっしゃいますのね。まぁそういうところが他の男とは全く異なり、あなたのことは放っておけませんの」
「放っておいてくれ」

 えっと、今、アルフレッド王太子と婚約??って言ったのに、彼女はエルネスト様を誘惑していている? どういうこと? 彼は歯牙にもかけないといった様子だけど……。

「しかし本当にアルフレッドの婚約者であった実姉を退けたんだな。お前に赤い血は通ってないのか」

 そこでゾーエが薄笑いを浮かべ、勝ち誇ったように彼を睨んだのを私も見てしまった。

「だって存在が鬱陶しいのだもの。お姉様」

 !! そんな……。ゾーエは私のことをそんなふうに……。どうして?

「いったいお前たち姉妹の間で何があったんだ。何か確執を生むようなことが?」

 何もないわ。少なくとも私は、ゾーエに対して何も……。

「これといって何も。ただ、私はなんでも“いちばん”がいいの。両親は私たち姉妹を“平等”に愛していたから、生まれた時からそれが納得いかなかった」

 ええ?? なにそれ……。


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