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第十四章 価値

④ 大集団かくれんぼ

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 邑人むらびとから聞いた役場に辿り着いたユウナギは、そこの門番に、とにかく誰でもいいから高官か、その関係者に会わせて欲しいと願い出た。当然だが、番をする者が身元の分からぬ者の、突然の申し出に応えられるわけもない。それでも彼女は引かず押し問答をしていたら、館の中を通りかかる男性が寄ってきた。
 身分のある者なのだろう。ユウナギに向かい、こう言い放つ。

「よく見ると、ずいぶん身なりの良い女子おなごだな。この邑の者ではなさそうだ」
 ユウナギはこの人に取り入るのがいいと感じ、頭を下げた。

「私はツバメと申します。中央から来ました。出自は明かせませんが、こちらの高官にお願いしたいことがあります」
「私がそれに当たる者だが。まぁ、話を聞くだけ聞こう」

 高官の彼は見抜いた。彼女の身のこなしや話しぶりなど、かなりいいところの娘だと。しかし話はその場でのようだ、ユウナギは中に入れてもらえず。もちろん話さえ聞いてもらえれば、彼女はそんなこと構いやしない。

「男子をひとり、引き取っていただきたいのです」
「男子……訳ありの子か? 君の子か?」
「いえ、歳は12ほど。親を亡くし、この邑の者に育てられた子です」

 彼は少し鼻から息を抜いた。
「何の見返りもなく、子をひとり引き取れと言うのか。奉公人を引き渡すというでもないのだろう?」
「衣食住は下働きの者と同様で構いません。年相応のことならどんな仕事もこなせると思います。ただ、その合間に手習いをさせてください。文字を教え、字を書き書を読める大人にしていただきたいのです」

 より深く頭を下げるユウナギを彼がじっと見つめるのは、不審がっているからだろうか。ユウナギはもっと彼の気を引く何かがないものか、と考えた。考えすぎて、それが声に出てしまう程だ。
「でも、見返りは何も……私は持ち合わせもこれといって……」

 この瞬間ユウナギははっとした。今、彼女は水晶と白珠の首飾りを着けている。ふたつとも衣服の中に隠れている、彼女にとっては装飾品というより、身体から片時も離したくない守護石の様なものだ。

「……これぐらいしか」

 彼女はおもむろに、水晶の方を首から外し、差し出した。

「おお、これは美しい。良い物だとは思うが……見知らぬ平民の子を育てるというのには、さすがに釣り合わぬかな」

 それを聞いて彼女は心が沈んだ。しかし直後、高官の彼はその飾りを、彼女の手からするりと取り上げた。
「まぁ良いか。この水晶の飾り、妻が気に入りそうだ。中央の物はとても人気が高い、婦人の間ではな。ツバメと申したか、善処しよう」
 その言に、一気に浮上するユウナギだ。
「ありがとうございます!」
 高官は門番に後を頼み、中に戻って行った。

「上手くいけばいいな」
 それをずっと横で聞いていた、高官の部下が口を挟んできた。
「あの方は最近、ご自分の幼子を亡くしたばかりなんだよ」
「え……」
「そのみなしごが大事にされるかどうかは……神のみぞ知るかな」

 ユウナギは、まさしく神の引き合わせのように感じた。そこで彼女は役人に暦を聞いてみた。やはり調べなくてはと言われ、さらに女王の名を尋ねたら、彼女の知らぬ名が返ってきた。矢継ぎ早だが、次の問いはこのむらの位置だ。

 その答えを聞いたら、ユウナギは何かを察したのだった。



 そのまま少年のところに、この件を伝えに走った。もしかしたら余計なことをしたと機嫌を悪くされるかもしれない。彼はまだしばらく、多くのことを考えられないだろう。高貴な家のところでどういう暮らしが待っているかも分からない。苦難の日々が待ち受けているかもしれない。それでも学びは必ず彼の、「人の役に立ちたい」を叶える。その機会が少しでも得られるのなら、これは今、ユウナギが彼らのためにできる最大のことだったのだ。彼女はそう信じるしかない。

 一応家を覗いてみたが、ダイチはいなかった。やはり洞窟だろうか、そう思って顔を出したがそこにもいない。また森の中に入ってしまったのでは、と不安になった。あの川はまだ近付くべきではない。彼女は森に入り、彼を連れ戻すべく走ったが、そこはさすがのユウナギである。すぐさま滑って転び、次に顔を上げた時、そこは「元いた」森の中だった。


 元の世に戻ってきてしまった。少年に話もできずに。心配ではあるが、もう仕方のないこと、あとはただ祈るのみだ。

「女王!」
「ご無事ですか!?」
 それらの声は一の隊の兵士だった。どうやらナツヒを探しにいったと彼自身に報告が行き、隊がその周辺を捜索していたようだ。すぐにも隊長が呼ばれる。

「まったく無謀だな、お前は。用があるなら呼びつけろ! ……もしかして、またどこかへ飛んでたのか?」
 言いながら手を差し伸べると、約束していたかのように彼女は彼に抱きついた。

「おい。みなが見てる」
 胸が詰まると、すぐに抱きついてごまかす彼女なので仕方ない。

 ユウナギは空を見上げた。
「もうすぐ月が上るわね」



 兵士らに連れられ女王の屋敷に戻った。そこでトバリと実務を行う数名の者が女王の言葉を聞く。

「そのむらの役人たちに伝えてください。まず率先して避難させるのは、齢15より年若の子どもたち、その父母、祖父母、養育する者」
 それはみなの考える通りだろう。

「次は足腰の立たない老齢の者、病人、その面倒をみる者」
 これにはざわっとした。わざわざ脆弱な者を救うというのだ。

「残りはまた年若の者から、いち早く邑を出るように。そして残った者に伝えなさい。決して諦めないで。敵兵に捕まらず、耐えて。生き延びてください。神が必ずあなたたちを守るから、と」

 トバリも他の者らも、明確にこう応えた。
「仰せの通りに」



 その後、ユウナギは夜明け前に立つナツヒと話した。

「そこにいる敵兵と戦うことに?」
「避難が首尾よくいけば敵の軍隊はいったん引くだろう。今回は土地より現地民ひとじちを得ることが目的らしいからな」
「それに合わせた規模の軍勢ってことね」
「だが残兵がいれば戦うことになる。あとは邑の確認だ。主な仕事は避難のできなかった邑民おうみんの保護になるはずだが……。どうなっているか俺には見当がつかない。捕らわれていれば最悪、切り捨てるしか」

「彼らはきっと、彼らの方法で避難してる」
「ん?」
「着いたらすぐ、森の方をよく探索して!」
「森?」
 ユウナギは布に図を書いた。この辺が高官の屋敷で、それに対しこの辺にある集落の方から行くとこの辺の~~……といった具合に説明しながら。

「“この辺”とかいう曖昧な位置が多すぎるぞ」
「分かって! なんとなくでも。大事なことよ」
 大事なことならなんとなくとか言うな……と彼は思ったが、これが彼女の精一杯なのだろう。

「ナツヒも気を付けて」
 ユウナギは彼の目を見た。やはり心配だ。
「ああ」
 彼は彼女を慰めるような、穏やかな笑顔で返した。



 東のむらから通達がきたのは、その8日後だった。

 まずナツヒ率いる先発隊がその邑に着いた時、目に映る景色に人は存在しなかった。

 その先日、邑の民がすべて消え去っていたのを怪奇の目で見た敵兵らは、その日のうちにほとんどが退去したようだ。しかしいくらかの輩はそこに居座り、人がいないのをいいことに田畑を荒らすなどやりたい放題でいた。それらを隊は見つけ捕えた。
 その捕虜からまたいくらか情報は得られるだろうということだ。そして隊はナツヒの指示で、残された邑民の捜索を始める。大部分は女王のめいの通り、森へ向かった。するとその手前の洞窟で、人の気配がした。隊の者らはそこに集った。

 確認してみたら、百数十の人々が大きな大きな壕で身を寄せ合っていたのだ。兵らはみな驚いた。そこにひとり、その壕の持ち主だという者が現れる。彼は邑の役人だった。

 彼の言うには、敵軍はやはり邑に民が存在しないことで、到着したその日は捜索し回っていたらしい。この付近にもやってきたが、争いになるのは避けるべきだと、みなで息を潜めていた。ただ忍ぶしかなかった。しかし百名以上であるというのに、ものすごい団結力だ。
 そしてこの大きな壕はいったいと尋ねると、その役人は少々得意げに言う。

「日々の役目の片手間に、仲間と共に作りました。30余年かけて」

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