上 下
112 / 141
第十三章 未来

③ 誰しも戻りたい“あの地点”がある…

しおりを挟む
 ユウナギはトバリの話にたじろいだ。
「え? えっと、どどどういう意味?」

「たとえばあなたは今日、市に出かける。または狩りに出かける。ふたつの選択肢があるとしますね。そして狩りに行く方を選ぶとする。その力があれば、市に出かけていた方の夢をみられるのです」

「? それって未来の夢をみる予言とどう違うの? ふたつの選択肢があって、どちらが正解か夢でみてから決められるってことでしょう?」

「いえ、選択し終わってから、選ばなかった方の夢をみるそうです」

 ユウナギは混乱している。代わりにサダヨシが口を出した。

「しかしそれでは意味を成しませんよね。選択した地点は過ぎているのですから、満足するか、もしくは後悔が残るかです。こちらの道を選んで良かった、または、あちらを選んでおけば良かった」
「そうだな。しかし、それにはまだ続きがあるのだ」

 彼はサダヨシの目を見て伝えた。そしてまた、ユウナギにも理解できるように、穏やかに語り始める。

「女王は一度だけ、その意味のない力に意味を持たせました」
「ん?」
「時をその地点まで戻したのです。それを知る人々の記憶を残したままで。そうしたことで、国を受難より救った」
「神が味方されたのですね」
「そんな……」

 ユウナギにはとても信じられなかった。彼女は長いこと悩まされていたせいか、国を救う神というものに、まだ信心を寄せられない面がある。

「そして女王の最後の言葉が、当時の丞相より記されています」
「! なんて?」
「私はまた、百年を超える時の後に還りくる、と」
「その、強大な神の力を持つ巫女が、またこの地に……?」

 場が張り詰めた。

「この地にかどうかも分かりません。そして百年前の女王の遺言です。その巫女が降り立つのは未来……」
「私が、その未来に行けば……?」
 トバリは彼女に切実な視線を投げかける。

「その巫女をこの世に連れてきて、かつて彼女が力を開放するため行った儀式を、記録どおりになぞらえば……。実現する可能性は低いと分かっています。が、皆無ではない」
 ユウナギは、いつものように前向きな気持ちにはなれなかった。雲を掴むような話である。

「兄様、いろいろ調べてくれてありがとう。私……、私にできることなら何でもするわ」
「ユウナギ様、あなたを追い立てるつもりはありません。ただ話さずにおくべきでもないかと」
「分かってる」
 ユウナギは外の空気を吸いたくて、今日は彼らの元に戻らないと言って出ていった。


 そこにはふたりきりとなり、トバリはサダヨシをじっと見た。このところ、自分よりずっと多く長く女王の言葉を聞いている男だと、複雑な思いを抱えている相手だ。

「何か疑っておられるようなお顔ですね」
「いや……まぁ、彼女の言葉に、親身に耳を傾けてくれていることには感謝する。彼女が信頼を寄せられる人物を得られたことは、私にとっても喜びだ」

「しかし、それには何か企みがあるのでは、ということでしょうか?」
「我々がこの世を去った後で、お前が敵国の王に取り入り、この地を導く立場となる……それに関してまったく異存はない。国の民が豊かに暮らしていけることを望むが、それももう私には……。ただ、彼女の思いに背くようなことだけはしないで欲しい。それだけだ」

 サダヨシは彼の目を見る。彼の心からの願いを知る。

「事実ユウナギ様の命ですら、風前の灯なのだ。彼女だけは私の命に代えても、と思っているが……戦場で私は大して役にも立たない」
「私も同じです」

 トバリも彼の目を見た。

「私は戦場に出る兵士を志しておりましたが、やはり役には立ちそうもなく。そんな私にあの方は、違う場での役目を与えてくださった。国をどうしたいとも民のためにとも、私はそれほど大層なことを考えておりません。ただ頼りにしていただいたので、それにお応えできればと思っている次第です」
「なら安心だよ」
「しかし丞相、あなた様は私などよりずっと、頼りにされているではないですか。それはあなたがあなたであるだけで、あの方にとっては、心の拠り所として。きっと最後の時まで……」

 その慰めに、何も返す言葉がないトバリであった。


「それにしても、先ほどの話ですが」

 彼の話題転換に後ろめたいことがあるのだろうか、そこでトバリはゆっくり顔を背けた。それに気付かないサダヨシではない。

「もし、運よくその、力のある巫女が見つかったとしましょう。しかもそれが«次の女王»であったとしたならば。あなたはそのお方をどうしようとお思いで?」
「…………」
 当然すぐには応えてこない。
 巫女はごく希少な存在だ。その話題の中、トバリがあえて「次代女王」の言葉を出さなかったことに、彼は訝しんでいた。

「少し前から、どうして勝ち目のない戦を起こす運命なのだろうと、考えてみたのですが。あなた様はご自身や一族の方のみが刑に処されることで済むならば、一般の民までも巻き込むだろう戦など望まれないでしょう。それはやはり自身だけで済むわけはなく、女王であるユウナギ様の処刑も免れないから」

「…………」

「あなた方はまったく同じことを考えておられるのですね。しかし違うのは、あなた様はひとつでも多くの手立てを模索したい」

 ただ彼女だけは、その運命から逃がしたい一心で。

「そして先ほどユウナギ様に、暗に次の女王を探すよう仕向けた」
「仕向けたというほどのことでもない」

「戦の起こることは、もはや変わりようのない現実。しかしユウナギ様の言は、“女王はその戦にて果てる”という伝聞のみ。それがユウナギ様とは限らないわけです。その一縷いちるの望みに託したと私が勘繰っても、ふしぎはないでしょう?」

 彼は“他者を身代わりにしてでも”ユウナギを生かしたい、と考える己の罪深さを分かっている。サダヨシは愚かしい考えだと責めるつもりもない。

 トバリは重い口を開いた。
「彼女は運命を変えられるかもしれないと、その巫女を探そうとする。それが次の女王かどうかは分からない。ただ神の目を持つのだから、次代に関してはいつ見つけられてもおかしくないだろう? 推察した私の思惑は、胸の内に秘めておいてくれ」

「承知しております。力のある巫女を探し当てることは、損失にもなりえませんし」



 ユウナギは夜が更けるまで考えていた。その巫女は神に導いて頂かなくては会えない未来にいる。都合よく彼女に会えるはずもない、会ったところでそこからこの世に連れてくるというのも、どう頼めというのか、想像できない。
 時を戻すなど、信じ難い、強すぎる力だと思う。ただ確かに、現在まで民が女王の神通力を信じ奉るのは、そういった力を誇示した歴代女王の功績によるものが大きい。

 本当に生まれ変わりが存在するなら、どういった人物なのだろう。そんな強大な力を持ちながら、普通に暮らしているのだろうか。コツバメのように虐げられていないだろうか。興味本位で会ってみたくはあるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

処理中です...