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第十三章 未来

② 確信的愚王

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 それからユウナギは知るところをすべて話した。彼は覚悟をしていたようだが、やはり顔が曇っていくのをユウナギは早いうちに感じ、以降は視線を落として話し続けた。

 彼はまたそんな彼女を抱き寄せる。ずっとこのような事実をひとり溜め込んでいた、その辛さを思うと堪らないようだ。

 しばらくそこは静まり返っていた――、が。

「あなたの代でこの国を亡きものにする私を許して」
 彼の胸で、ユウナギが沈黙を破り呟いた。

「そのようなこと、あなたは苦にしないでください」
 彼は困惑する。彼女がそんなふうに悩んでいたことに、考えが及んでいなかった。

「私が、何かもっと違う力を持っていれば、もっと強い力を持っていれば、この運命を捻じ曲げることができていたのかも……」
「あなたは神の力でもって未来を予言してくれた。とても有難いです。私は今から私の子らを中央から出します」
 彼はまっすぐに彼女を見つめた。

「セキレイたちを?」
「ええ。彼らもこの一族の男子、国が敗れる頃までここにいたら捕えられる運命だ。それを回避すべく全力を尽くします。それができるのは、あなたのおかげです」
「……死に支度をするということ?」
「今ほど神のお告げを有難いと思ったことはありません。あの3人は我が子ですから、どんな苦難にさらされようとも、生き延びてほしい」
「それだけ、ではなく……あなた自身に逃げてほしい……。逃げ道を……どうにか……」
 その声はだんだん小さくなった。彼がそのような道を選ぶはずがない、これはとうに考え抜いたことだ。まして以前頭を過ぎったような、「ふたりで逃げよう」と命を賭して懇願することなど、実際に直面すると一言も声にならない。自身も既に女王なのだ。

「私は国の中枢に生まれついた者です。そのように死にゆくことも覚悟の上。今までが平和で平穏で、恵まれ過ぎていただけです」
「あなたが心からそう思ってるのは分かる。私も同じ気持ちだもの! でも怖いわ、どうしようもなく怖い。あなただってそうでしょう!?」
「そうですね、怖いです。でもそれよりもっと怖いのは、あなたを守れず死ぬことです」
「兄様……」

 ふたりはまたひと時言葉を失った。

「それにしても、我々は……戦地において潰えるということなのですね……?」
「え? それも伝聞で知った一般の民の言だから、確実なことは……。それが何か……?」
「私は……戦場で命を落とすというのなら、ただの男としては……。刑に処されて絶えるよりも……」

 そこでトバリは息を呑んだ。言葉にしてはいけないことを口走ったと気付いたから。

「……今のは、忘れてください……」
 滅多にない己の失言に、目を逸らす。やはり彼も、動揺の加減が尋常ではなかった。

 それでもユウナギは聞いてしまった。
 戦は不可避な事実だと思っていた。しかし、もしも国の、高位高官全員の処刑を甘んじて受け入れたら?

 戦になれば多くの者が犠牲になる。敵国の兵ですら。仮に女王とこの一族の命を差し出せば、それ以外の多くの命が助かる可能性がある。負けると分かっている戦を死に場所求め回避しないのは、為政者の壮大な身勝手だ。

 だがユウナギはこの瞬間、覚悟した。愛しい人のために、愚王になると。



 翌日からトバリは、ユウナギから見たら“死に支度”である作業に専心した。
 ユウナギはサダヨシに、自分たちがいなくなった後、この地で大王おおきみに仕え、ここの民を守って欲しいと頼んだ。それだけが彼女の策であり希望だった。

「大王は権力を振りかざし圧政を敷くような愚かな王じゃない。彼は、民が善良である限りは守る気概のある、という面で良き王なのよ。彼になら、ここを明け渡すのは構わないわ」
 まるで見てきたかのようなおっしゃりぶりだ、とサダヨシは感じたが、彼女の話を続けて聞いていた。

「愚かなのは私。兄様とナツヒを大王に差し出すことは絶対にできない。何百の、もしかしたら敵兵含め千を超える命を犠牲にしても」

 それでもまっすぐな彼女の瞳に変わらぬ決意の色を感じ、サダヨシは年長の者が諭すように話し出す。

「それが人の心ですから仕方ない」

 ユウナギはそれを言ってほしかった。今は詰られたくなかった。

「私だってたとえば、見知らぬ5つの子と40の私の母が同時に溺れていたら、脇目も振らず母を助けます。もう何年生きるか分からない母と未来ある5つの子、もちろん後者を助けるべきでしょうが、私は母を見殺しにできません。たとえその未来ある命がどれだけ増えたとしても、たったひとりの母が大事です」

 慰めを言われたいのは確かだった。が、そう優しくされると神にでも叱責してもらえたらと思う。彼女はその罰が自分の落命だけで済めばいいのにと願っていた。

「戦に出る命は諦めるしか……。だけどそれ以外の命を、それからの平和な暮らしを、あなたに委ねるから。大王の信頼を勝ち取って。そのための策をこれから練っていきましょう」
「力の限りを尽くします。ですが大王にとって私など、敗戦国の一残兵でしかない。出会い頭に、一目で重用したいと思われる何かを出さなくては」
「あなたならやってくれる気がするから」
 そうは言われても、策のない現状だと楽観が過ぎるように彼は思う。

「それは神の力に依るものですか? その、根拠が?」
「根拠は今のところ……顔!」
「は??」

 しかしユウナギは己の中で“根拠”が他にもあると感じている。でもそれは、今は分からないのだ。



 それからユウナギはサダヨシと話を詰める日々を送る。そこにトバリもたまに加わるのだが、あるとき彼が切り出した。彼はしばらく過去の、女王に関する記述の書を読み漁っていたようだ。

「現状を打破する方法がまったくない、とは言えないのではと」

 歴代女王に関する記録、それは歴代の丞相ですら、目を通すことは必要最小限だという。
 歴代の丞相は女王と国の記録を数種に分けて記述する。そして次世代に読ませるべきのものとそうでないものに丁寧に分ける。すべてであれば後世になるほど膨大な情報量となってしまうから。しかしその内容の是非は、各々の考え方に大きく左右されるようだ。

 以前からトバリは好奇心ゆえに、時間の許す限り多くを読み込もうとしていた。今回のことで、むしろ歴代丞相によって隠されている側の情報を得るのはどうかと、それらの書に手を伸ばしたのである。

「打破……それは?」
「我々の命を、または国を存続する方法が、もしかしたら……」
「あるの!?」
「可能性は……限りなく低いと思いますが」
 ふたりは固唾を飲んでトバリの話に聞き入る。

「どうしてこれが奥の方に押し込められていたのか分かりません。歴代でも5本の指に入るほどの、特殊な力を持つ女王の記録です」
 あるいは、特殊だからこそ、か。

「どういうものなの?」
「巫女は神の言葉を、主に夢から伝えられる。あなたも記録書を一部読みましたよね?」
 神の憑依は頻度が少なく、最も高度な能力だと考えられている。

「うん……でも私は、夢で言葉や像を直接賜ったことがなくて。過去の夢を手掛かりとして、提示はされるんだけどね……」
 ユウナギはその方法で未来をみることがないので、自信を持って言えない。

「およそ百十年前に即位したその女王は、未来だけでなく、現在の夢をみることができたそうです」
「現在??」
「ええ。現在の、“選ばれなかった道”の夢を」
「……!?」

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