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第十一章 恋心

④ そこに〇〇があったから。などと供述しており……

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 またまたこちらは中央――。
「兄様、事件って何が起こったの?」
 ユウナギは神妙な顔つきになってしまった。そんな彼女の様子をトバリはくすっと笑って続ける。

「そういえば、あれについて話していませんでしたね。あのふしぎな力を持つ少女の言葉で見つかった、何代か前の丞相の、記録書きの話を」
 彼の話は急にどこぞへ飛んだ。
「え?」
 ずいぶん前の話だ。思い起こすのに時間がかかる。

「そういえば、そんなものもあったわね。何が書いてあったの?」
 それは彼がここまで話題にしなかったので、取り立てて新しい情報があるわけではないと彼女は踏んだのだが。

「それは彼の日記の様なものでした」
「日記?」
「公式にするほどでもないが、仕える女王について、その日常をありありと書き留めておこうという秘密の日記です。しかも、最初は本当に“記録”のつもりで書き始めたのでしょうが」
「?」
「次第に、彼の感情の発露が盛り上がりを見せていったと言いますか……」
 ユウナギはきょとんとした。

「その女王はあなたがここに来たのと同じぐらいの年頃に、中央に迎えられたそうです。そのころ彼の齢は30半ば。まるで孫をみるような心持ちで世話を始めたのです」
「へぇ」
「可愛くて可愛くて仕方ない、という思いが文面に溢れています」
 ユウナギは読んでみたいなと思った。

「彼は彼女が即位するまで自身は生きていられるか、丞相としての体力を維持できるだろうかと不安だったようですが、彼は十分に壮健で、女王となった彼女を変わらず支え続けました」
「いい話だわ」

「その女王は利発で才気溢れ、明朗快活で悠然とした、非常に魅力的な女性であった」
「それも彼の談よね?」
「まぁそうですね。公式の記録にもそうなっていますが、やはり彼の感性に因るところでしょう。女王は持ち前の行動力と類まれな手腕で、各地の権力者にこの国の力を誇示して回りました」
「あ、そういえば事件の話だったわね!?」
 丞相が孫のような王女を愛でていた想像でユウナギの思考回路は止まっていた。

「彼女の訪問先で何が?」
「女王の人としての魅力は、疑いようもないものでした。隣の、海沿いの国の王はすっかり彼女に夢中になってしまった」
「でもこの国の女王は、慕われても応えることもできないのだし……」
 ユウナギはトバリをじっと睨んだ。

「もちろん女王が受け入れることはありませんでしたが、それでもその王は構わなかったようで。隣国であるし、何度か交流を持ったようです」
 事件の話が今来るかもう来るかと待つユウナギを、トバリは流し目で見ながら話す。
「そしてその日、彼女がそこから国に帰るという時に、事件が起こったというのです。王の妃が嫉妬に駆られ、王を撲殺してしまった」
「ぼ、撲殺!?」
 魅力的な女王のうっとりするような話から急展開だ。そんな物騒な話はあまり聞きたいものではない。

なにで、か分かりますか?」
「え? え??」
「それがですね、こちらが献上した銅鏡で、なのですよ」
「なんてこと……」
「そこに凶器があったから、といった話でしょうが、とにかくそのようなことが起きたせいで、長く断交状態だったのです」
 ユウナギは身も蓋もない思いを噛みしめた。

「しかしもういいでしょう。80年もたっています。実は発破をかける意味もあり、今回の献上品も銅鏡にしました」
「それは大丈夫なの……?」
「そもそも、こちらにこれといった落ち度はありませんので」
 確かにそうだ、とユウナギも思った。

「そういえば、丞相の記録書にはこうも書かれていました」
 その女王が王女として中央に迎えられた頃、彼女は猜疑心の強いいじけた少女だった。家族に疎まれ、外に出ても同じ年頃の子らにひどくいじめられていたからだ。
「え? どうして……」
「彼女には生まれつき、身体中にまだらの青あざがあったとのことです」
「青あざ……」
 ユウナギは何かを思い出した。

「そして強大な、ふかしぎな力を持っていた。そのどちらかひとつであれば、虐げられることもなかったかもしれませんが……」
「それって!」
「そう、やはり彼女を思い出しますね」


***

 その夜、ナツヒは珍しくうなされていた。
 夢の中で苦々しい思いに駆られていた。昼間あんなものを見てしまったせいか。しかし、ある瞬間、ふわっと身体が軽くなった。憑き物がやっと飛んでいったような開放感を覚え──。

「ユウナギ?」
 ふと、目の前に彼女が現れた。だから気が軽くなったのか、と理解した。そして彼女がふわりと纏わりついてきたので、温かさと柔らかさを存分に感じる。だが、ほんのり幸せな心地になったその時、彼女はこうただしてきた。

「私と、ああいうことしたいの?」
「!??」
 ナツヒは後ろに転がった。
「いてっ……」
 尻もちをついたので痛いのだと思った、だから声をあげてみた。が、実際痛いのかどうかよく分からない。

「たはははは!」
「!? …………」
 ぼぉっとしたナツヒの目の前に、ひととき感じたユウナギは消えていて。代わりに見覚えのない女人が立ちはだかり、しかも高笑いの声を上げている。

「誰だ、お前……」
「どうじゃ、私の幻術は? 見事じゃろ? ユウナギに似ておったじゃろ??」
 すぐ目の前でまったく愉快そうに尋ねるは、巫女装束の女。

「お前誰だよ……いやその声、喋り……」
 確かに覚えがある。
「でも、お前は小さな子どもで……。いやその姿、見たことある、ような……1度だけ」

 彼女は混乱した彼の言葉を吐き出させるため黙っていたが、やはり口を挟まずにはいられない、といった様子。

「ほほう。1度見かけただけの姿の方を、おぬしは今みておるのか。さてはおぬし……」
 彼女はナツヒの面前に、顔をぐっと突き出した。

「幼女よりお姐さんのが好ましいのじゃな!?」
「逆なら大問題だ!」
 ナツヒはそんな彼女の顔を平手で張り出した。

「あん。……なんじゃおぬし。かつての女王に対し無礼じゃのう!」
「女王……??」
「まぁ良い。今はただの霊魂じゃ」
 彼女はつんとすました。霊魂なりに自意識が高そうだ。

「俺、霊と口きくような特殊な力は持ち合わせてないんだが」
「私が力を持っておるから、私は夢枕に立ち放題じゃ」
 ナツヒは彼女の浮かれた調子になかなか乗っかれず、どうしたものかと考えあぐねる。これが夢なら早く覚めたいと。

「さて、話を急ぐぞ。他でもない、私がおぬしの夢枕にたった理由はじゃな。おぬしの今滞在しておるこの国と、我らの国の関係を、どうか良くして帰ってと頼みにきたのじゃ」
「は? お前と国間の事情に、どういった関係が?」
 彼は中央を立つ時、詳しいことをろくに聞かされていない。

「実は、我が国とこの国が隣どうしであるにも関わらず、80年も縁が途絶えておったのは、私にも多少の責があるのじゃ」
「そうなのか?」
「当時の王が殺されたのは、私に関係がないわけでもなかったりするでのう……。今の王は彼の子孫なのじゃ」
 少し顔を背ける彼女を尻目に、ナツヒはアオイに案内された慰霊碑の王の話を思い出した。ただ面倒なので自分から細かい話は聞かない。

「いうて80年も経過しておる。難しい話ではあるまい。しかし、こたび無事に国交が回復したら、おぬしには礼として、1度だけユウナギの仕事を手伝ってやろうぞ」
「は? なんで礼があいつの仕事手伝うになるんだよ?」
「おぬしは自分が何かを得るより、ユウナギの助けになった方が嬉しいじゃろ? 違うか?」
 ナツヒは二の句が継げなかった。

「上手くいったら帰ってユウナギに伝えると良い、自身の功績を。私がよろしくと言っておったと、話しても良いぞ」
「いや、あいつとは、顔を合わせることも別にないし……」
 合わせる顔がない、とは、まだ素直に言えないようだ。

「なんじゃ、けんかでもしたのか? いつもそばにおったおぬしたちじゃ、少し離れれば次第に恋しうなって、仲直りもできよう。おなごには何か贈ればすぐ機嫌を直すぞ。衣裳なんかどうじゃ?」
「…………」
 ナツヒは何を思い出してか顔を赤くした。
「いや、俺そんなつもりは」
「?」
「……他なら?」
「なら、装飾品じゃの」
「装飾品……」


「きゃぁぁ!!」
 叫び声が聞こえて、ナツヒは目覚めた。
「この声は、アオイ?」

 アオイはナツヒの泊まる客室の向かい側に寝ている。ナツヒが駆け付けたら、彼女は戸を開け出ていた。
「どうした!? こんな夜中に」
「化け物が……」
「化け物?」
 彼女は何か得体の知れない大きな影を見たと言った。しかしナツヒがその室を確認しても、何も見つからない。

「ご迷惑をおかけしました……」
 彼女はとても申し訳なさそうだ。
「いや、また何かあったら言ってくれ」
 ナツヒは真剣な顔で彼女にそう告げた。

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