上 下
31 / 141
第三章 あなたの役に立ちたい

⑮ 一夜語り合えば我らマブダチ(※一方通行

しおりを挟む
弩弓いしゆみとその矢。気になるかしら?」

 続けて説明してくれるようだ。壁に弓と、その矢が一本飾られている。

の国の書でよく出てきた、兵士の主力武器でしょう? 実物を見たことはなかった」
 ユウナギは興味深く眺め、優しくなぞる。

「かつて3人の強力な戦士がこの館を家族と建てた、と話したわよね」

 アヅミの話は、また近隣の者から聞いた逸話だ。

 この館には3人の屈強な戦士の、いつも共にあったという武器がのこされている。

 彼らはこの地に着いてから他者と争うことなく、終わりの時まで静穏に過ごしていたようだ。

 しかし実際その心はどうであったのか。また3人の持つ武器は、更なる戦いを求めていたのだろうか。

「戦士の死後、武器に闘魂を求める霊が宿り、それを扱う者の、持ち得るすべての力を引き出してくれる。そう伝えられている」

「そんな素晴らしい武器が?」

「ただしそれにはもちろん代償が……。殺意をもって他者を攻めた者は、心身をむしばまれ不幸の底に陥る、と」

「不幸? 死ぬ……とか?」
 ユウナギは完全に信じ込んで、真っ青になった。

「さぁ? 真かどうかも。今はただの古美術品として、3室に分けて飾っているだけだし。持ち運びするくらいなら問題ないんですって」

 ここでふと、ユウナギの脳裏をかすめる、ある一場面が。

「あれっ、ちょっと待って。その武器のひとつに鎌ってあるよね?」
「ええ、それは向こうの室に飾ってあ」
 ユウナギは彼女の言葉を遮る。
「あなたのあるじ、昼間振り回してたよね!?」

 ふたりで一瞬止まった。

「あっ。そうね」
「そうねじゃないでしょ、蝕まれて死ぬよ!?」

 本気で心配していそうなユウナギを横目に、アヅミは大きな溜め息をつく。

「本当に浅はかな人よね。まぁ、信心なければただの鎌だもの。私もそれほど信じちゃいないわ」

 しかしユウナギは、あの鎌から禍々しい何かを感じた。説明はできないものだが。

「……ねぇ、私に付いてこられないのは、やっぱりあの男のそばを離れられない? それとも私が信用できない?」

 その問いに、アヅミはか細い声でこぼす。

「こんな脚になったのを良いことに、主はもう、奴隷の女と同様に私を廃棄するわ。もう飽きられているの。私の努力やその結果の奏功なんて、彼にとって大した価値はなかった」

「そこまで分かってるなら!」

「でも国の地は踏めない……任務を怠ったばかりか裏切った間者なんて、生きる道理はない。私の命はもう詰んでいる」

 ユウナギには彼女が泣いているように見えた。

「でもどうせ死ぬなら、一時でも長く、好きになった人のそばにいる方を選ぶ。だから私はここを動かない」
「……そう……」

 ユウナギは立ち上がる。
「ならもういいわ。説得できそうにないし、もう行くね」

 寂し気な目でアヅミを見る。しかし暗がりで互いによくは見えない。きっと彼女も同じ表情かおなのだろう。

「いろいろ話してくれてありがとう。楽しかった。もう会うことはなさそうね」
「屋敷から抜け出せそう?」

「夜明け前に、兵舎まで逃げればいいんでしょ。護衛兵同士の喧嘩は大目に見てよね。まぁ、どうせこれからいくさになるのかな。交渉決裂だし」

 ユウナギは扉を開け、室外へ出る。

「じゃあね」
 振り返り最後の一言を向けた後、扉を閉めた。



 そして殿を出てすぐに、心の中で叫ぶ。「あ――引き過ぎちゃったかな――!」と。

 とはいえ押そうが引こうが、今は説得できないのに変わりない。これからやるべきことの方向も、会話を経て定まった気がしたので、これは前向きな撤退だった。


 
 西側の川辺に戻ると、ナツヒが大の字になって寝ていた。
 ユウナギは彼の頭の向こうに自分の頭が来るよう寝転び、そのまま眠りについた。



 夜明け前、目覚めたナツヒの目に入ってきたのは、大の字で熟睡するユウナギであった。
 はぁぁ??と呆れながら、手前にあるその額をバシっとはたいた。

「ん~~、なによもう~~あと1刻~~」
と寝ぼけて物言い、また寝に入るので、彼は5発連続ではたいてみた。

「っいた! った! った!」
「お前なんでここにいるんだよ!」
「もうなにするの――……。まだ眠いのに……」

 ようやく起きた。起こされたユウナギはどうして戻ってこれたのか、説明をする。

「というわけで、普通に扉からお邪魔すれば良かったみたい」
 ナツヒは脱力する。

「夜明けまでまだ1刻はあるでしょ……寝させて……」
 そのまま倒れ込み、ユウナギは有無を言わさず二度寝した。



 さて、夜が明けた。
「で、塩梅はどうだった?」
「うん、やっぱり説得は無理だった」

 それなら、とナツヒは帰る努力をする方向で動き出す。

「あ、待って。だからもう、力づくで連れ帰るしかないなって」
「なんでそうなるんだ! 本人が嫌だと言ってるんだからほっとけ!」

 ユウナギはやはり、味方であるはずの彼女を、わざと傷付け人質としたあの男を許せないこと、一刻も早く卑劣な男から彼女を引き離したいことを、切々と訴えた。

「彼女はもう先を諦めている。どうせ死ぬなら男の元でと言っていたけれど、そんなこと聞いたら私としては、望みどおりになんてさせないわ。国で刑に処しましょう。それが、川に突き落とされた私の意趣返しよ」

 どうせ死なれるなら僅かでも逃がせる可能性のある方を、だろ。それで失敗して落胆するまでがいつものやつ。と、彼は面倒くささを思ったが、反発しても仕方のないことだ。

「じゃあ、あれをぼっこぼこの再起不能にして、その隙にアヅミを拉致するでいいな?」
「あなた武器ないでしょう? あの男は伝説の武器を手にしてる。近寄れないよ」

 しかもふたりとも丸1日なにも食べていないので、体力に自信がもてない。

「まぁ武器は欲しいな、屋敷の中に警備兵の鉾でも一本、転がってねえかな」
「あの道具倉庫に棒があるくらい……」

「ん。伝説の武器? なんだそれ」
と、脳内巻き戻ったナツヒが聞いたと同時に、ユウナギが声を張り上げた。

「あ、あった! 使い手を待ってる武器が……」
「ん?」

「でも私、使ったことない……使い方分からない……」
「何の武器だ?」

弩弓いしゆみ!!」

 ナツヒも同じく使ったことがない。しかし弓があるなら遠距離から戦える。

「やってみる価値はある。それどこにあるんだ?」

 ユウナギは、アヅミのいる書斎に、と話す。

 そして自分が囮になって男を殿に引き付けるから、書斎に潜み、そこから彼の脚を撃ってほしいと。

 しかしナツヒにとっては、ユウナギを囮にするのも不服だ。

 あくまで引き付けるだけ、戦わないと約束するなら、と、ひとまず彼女の策を聞くことにした。
 それはこうだ。

 まずナツヒが綱を使って窓から侵入する。そこにいるアヅミは何としてでも黙らせる。
 ナツヒの準備が整うまでに、ユウナギが男をできるだけ応接間の中央に寄せる。

「書斎から、というのは?」
「書斎の扉を開けずに不意打ちする。脚を撃って動けなくなったら捕らえる。そしたらアヅミも諦めるでしょ」

 あいつの片足は確実に再起不能にして、と付け加えた。

「開けずに?」
「扉の上が格子窓になってる。その隙間から……。斜めになんとか」
「扉の上高すぎるだろ」

「そこに使えそうなものがあった。確か、名前は……か……く? ……こ? こたつ?」

 彼女は次々に文明の品を見せつけられ、名称まで記憶中枢に及ばなかった。

「こたつっていう梯子があるの。2つの梯子が支え合ってて、そこに乗って高いところで活動ができる」

 ナツヒは想像が追いつかないが、とりあえず使ってみるとした。

「あっ!」
「今度はなんだ」
「やっぱりダメだわ……」

 なぜと問うナツヒ。

 ユウナギは、その武器が力を引き出してくれる最強の武器であるのと同時に、使用者を不幸にする呪いのそれであることを話した。

「そんなの信じてるのか? 現にあいつは使っていたじゃないか」
「殺意を持って使った場合、って話だったから、あの時はどうだろう。死闘はしてない」

「そういえばあいつ、あのとき様子がおかしかったが、まさかそのせいで?」
「それはどうだろう。呪いってあんな騒々しいもの? よく分からない」

 ユウナギも思い返してみた。あれの出だしはよもぎが散らばった折りか、と一応思い出したが、ナツヒは話を進める。

「とにかく、俺は力を引き出すという利点は信じるが、呪いは信じない。こっちは任せろ。でもお前が危なくなったら、中断だからな」
「うん……」

 ふたりは準備に入った。綱を用意してナツヒは窓からの侵入を試みる。

 ユウナギは倉庫から持ち出した棒をまた護身用に、殿への扉を開けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

浮遊霊は山カフェに辿り着く ~アロマとハーブティーで成仏を~

成木沢ヨウ
キャラ文芸
高校二年生の死にたがり、丸井 恵那(まるい えな)は、授業中に遺書を書き上げた。 この授業が終わったら、恵那は自殺しようと計画していたのだった。 闇サイトに載っていた自殺スポット『一ノ瀬山の断崖絶壁』へと向かった恵那は、その場所で不思議な山小屋を発見する。 中から出てきたのは、ホストのような風貌をした背の高い男で、藤沢 椋野(ふじさわ りょうの)と名乗った。 最初は恵那のことを邪険に扱うも、ひょんなことから、恵那はこのお店を手伝わなければいけなくなってしまう。 この山小屋は、浮遊霊が行き着く不思議な山カフェで、藤沢は浮遊霊に対して、アロマの香りとハーブティーの力で成仏させてあげるという、謎の霊能者だったのだ。 浮遊霊と交流することによって、心が変化していく恵那。 そして、全く謎に包まれている藤沢の、衝撃的な過去。 アロマとハーブティーが、浮遊霊と人を支える、心温まる現代ファンタジー。

後宮の臨時画家は陰陽を描く〜その画家は崑崙山を追い出された道士につき、はかりごとの際は要注意を〜

だるま 
キャラ文芸
都で評判の画家である菜春菊は幼い時に父親に捨てられ、道士に育てられた。しかし、その経験のおかげでいくつかの仙術を扱える。 皇帝の従兄弟にその特殊な才を見込まれ、国の支配者である朱氏が住む静水城で働くこととなった。 皇帝やその妃達の求めに応じて画を描くことにより、臨時画家の立場でありながらも静水城になくてはならない人物となるのだった。 本作の無断転載・加工・設定・内容&タイトルパクリ&AI学習ツールの使用は固く禁じております(悪質性に応じて対処します)。 Reproduction is prohibited. 禁止私自轉載、加工 복제 금지. カクヨムにも同作品を掲載しております。

許嫁〜現代の悪役令嬢は、死んでも婚約破棄は致しませんっ!!〜

風雅ありす
恋愛
男子高校生の富瀬 奏也(とみせ そうや)は、スポーツが得意で明るく社交的な性格な上にルックスも良く、学校の人気者。 そのため、女子から告白されることも多いが、実は彼には、全校生徒が周知の許嫁がいる。 柏崎 紫(かしわざき ゆかり)。 美人でスタイルも良く成績優秀な彼女は、陰ながら〝現代の悪役令嬢〟と呼ばれている。 その理由は、自分という許嫁の存在を周囲に見せつけ、奏也に近づく女子を片っ端から追い払うからだ。 例え、奏也が自分以外の女子を好きになったとしても、紫は、決して許さない。 奏也が自分と婚約破棄することを――――。 ※短編小説です。

神様のひとさじ

いんげん
キャラ文芸
ラブコメから始まる、各要素もりもり恋愛中心の小説。 人類は、一度絶滅した。 神様に再び作られた、アダムとイブ。  地下のコロニーでAIに作られた人間、ヘビ。  イブは、ヘビを運命の相手だと勘違いして、猛アタックを開始。しかし、本当のアダムと出会って。 「え? あれ? 間違ってかも」  その気になりかけていた、ヘビはモヤモヤする。  イブこと、ラブも、唯一の食事を提供してくれる、将来が想像出来るアダムと、心動かされたヘビとの間で揺れる。  ある日、コロニーで行方不明者が出て、彼を探すコロニーのメンバーだったが、AIが彼の死した映像を映し出す。彼は、誰かに殺されたのか、獣に襲われたのか、遺体が消え真相は分からず。  しかし、彼は帰ってきた。そして、コロニーに獣を引き入れ、襲撃を開始した。  変わり果てた彼の姿に、一同は困惑し、対立が始まる。  やがてコロニーの一部の人間は、外の楽園へと旅立つアダムとラブに着いていく事に。  その楽園では、神の作り出した、新たな世を創造していくシステムが根付いていた。  偽物の人間達の排除が始まる。

婚約破棄したい敏腕悪女は冷徹エリート宝石商に振り回されたりしない。

陽海
恋愛
「悪女である」という噂を真に受けた婚約者に婚約破棄された帝都有数の商家の娘、白羽鏡花(しらはきょうか)は2回目の婚約も失敗してしまったようだった。 新しい婚約者で勢いのあるエリート宝石商である碧澄玲(あすみれい)はいわゆる”宝石まにあ”というやつで、出会ってすぐに「宝石と過ごす時間を邪魔しないでほしい」と言われてしまった。 ......この際、とことん利用させてもらいましょう。 百貨店経営には欠かせない宝石の知識をごっそりいただいて、目指せ婚約破棄! お互い自分の利益のために婚約をしたけれど、案外良いビジネスパートナー!?お互いを振りまわしまくる同棲生活スタート!? ■やり手お嬢さま×美形宝石オタク×じれじれ(?)ラブコメディ■ ※小説家になろう様で掲載しているものを加筆・修正しています。

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

悪役令嬢の性格を引き継いだまま、聖女へ転生! ~悪態つきまくりですけど、聖女やってやりますわ~

二階堂シア
ファンタジー
前世の自分が大好きだった小説の悪役令嬢・ジェナに転生した私は、小説の世界を壊さないために悪役令嬢を演じきって処刑された。 そして次に目を覚ましたら、今度は全く知らない世界の聖女・アイヴィに転生していた!? 処刑時に首をはねられたのがトラウマになった私は、今回の人生は穏やかに生きたいと願っていた。 だから問題を起こさず、人とトラブルを起こさずにいたいのに──。 「いきなり聖女だとか言われても訳わかんないのよ! 冗談じゃないわ! そんな面倒に巻き込まれるくらいなら、聖女なんて辞めてやるわ!」 「私は一切聖女としての役目は果たさないわ。あなた達が私のことを尊重出来ないのならね」 自分の意思とは裏腹に、ジェナを演じすぎて染み付いた悪態が止まらない! このままじゃまた処刑されてしまう──! 悪役令嬢の性格を引き継いだ聖女という難易度の高い今度の転生、果たして上手くいくのか。 そして聖女アイヴィに課された過酷な運命を、私は後に知ることになる……。 悪態をつく聖女が歩む道は、再びバッドエンドか、それとも──? ※他サイトにて掲載したものを、加筆修正しながら投稿しています。

こんこん公主の後宮調査 ~彼女が幸せになる方法

朱音ゆうひ
キャラ文芸
紺紺(コンコン)は、亡国の公主で、半・妖狐。 不憫な身の上を保護してくれた文通相手「白家の公子・霞幽(カユウ)」のおかげで難関試験に合格し、宮廷術師になった。それも、護国の英雄と認められた皇帝直属の「九術師」で、序列は一位。 そんな彼女に任務が下る。 「後宮の妃の中に、人間になりすまして悪事を企む妖狐がいる。序列三位の『先見の公子』と一緒に後宮を調査せよ」 失敗したらみんな死んじゃう!? 紺紺は正体を隠し、後宮に潜入することにした! ワケアリでミステリアスな無感情公子と、不憫だけど前向きに頑張る侍女娘(実は強い)のお話です。 ※別サイトにも投稿しています(https://kakuyomu.jp/works/16818093073133522278)

処理中です...