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第一章 あなたのそばにいたい
① 王女ユウナギの憂鬱
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ここで目が覚めた。大量に汗をかいている。
たった今、目を覚ました王女の名は、ユウナギ。
黒々しい長い髪をかきあげ、朝の支度をけだるそうに始める。
夢の中の女王は非常に美しかったが、鏡に映る自分はいつも十人並みの娘。
「あの人から生まれたわけではないのだから、はなから期待していないけどね」
今日も髪を後ろ頭でふたつに分け、その根元で輪を作り結んだ。
この国は比較的温暖なので、1年のうち3季は袖の短い衣をまとい過ごす。ユウナギにしてみたら動きやすくて良いことだ。
また彼女は王女らしからぬお転婆ぶりで、いつも裳ではなく袴を愛用している。
さて。彼女の心を四六時中占めて、眠っている間も離れることのない悩みとは。
「見た目のことで悩めてるうちはまだましよ」
そう、彼女には求められている力がない。
代々の女王は神に示され、次のその座に就く娘を探し当てる。
その時点で娘はたいてい幼く、力に目覚めていない者が多いと伝えられているが、ほどなくして選ばれし少女は覚醒し、女王交代の時を待つ。
ユウナギはすでに14。
この歳で未覚醒の歴代王女など存在しない。
このまま力に目覚めることなく、時が過ぎたらどうなるだろう。
「追放される? それか処刑? いったいそれは誰が決めるの?」
自身だけのことならともかく、その役に立たぬ自分を選んだ現女王の力すら疑われる。
女王が神の使いだと民が信じるからこそ、平穏な時の流れる国だ。
「民が女王の存在を無視し始めたらどうなるんだろう?」
力を持つ女王が不在となった時、かつてのように、豪族の男たちによる権力を獲り合う乱戦が巻き起こるのか。
不安、焦燥、恐怖。
それらを打ち払うため訓練場に向かい、今日も無心を努め弓を引く。
バスッ! と涼しい音が立つ。
よい具合に的の中心を射抜いたその時、背後からひとりの少年が声をかけてきた。
「さすが中央1を誇る命中率だな。いや、中央2か」
丞相次男のナツヒだ。
「俺が1だからな」
かつてのやんちゃ少年ナツヒは現在16歳。兵を束ねる隊の長として、日々立派に役目をこなしている。
緑の黒髪をうなじで束ね、相変わらずの力強い眼光で、自信満々にユウナギの前に立ちはだかる、が。
ユウナギはそんな彼をちらりと横目にして、ため息をつく。
「なんだよ」
「ううん、ナツヒ見てると、ちょっとは気分が上がるよ」
「ん?」
事実、彼はユウナギが女王の屋敷に連れてこられてからずっと、共に学んで共に成長した唯一の幼馴染だ。
そのおかげで彼だけは、態度も口調も王女に対するそれでなく、時に孤独を思わせるこの屋敷でユウナギはいつも心が救われている。
「命中率はいいが、なんていうか、精神ぐらぐらなのを技術で覆ってなんとかしてるような矢だな。何があった?」
「何もないわ。どうせ戦場には出してもらえないんだから、私に射られた矢もクサるってものでしょ」
そう言いながらまた引き始めた。
「そんなの当たり前だろ。何をそんなに苛立ってるんだ? 兄上が忙しくて相手にしてくれないとか?」
「兄上」という言葉にぴくっと反応するユウナギ。
「どーせ! ど──せ!! トバリ兄様は私なんか妻にしてくれませんよ!!」
すごい形相で食いついていった。
「そんなこと一言も言ってねえよ。だいたいそれも当たり前だ!」
この返しで彼女は大人しく引き下がり、縮こまる。
「私が王女だからじゃなくて、兄様にとって私なんて、面倒みてる子どものうちのひとりだもん……」
今度は指で地面をいじいじし始めた。
「そんなことないだろ。とっくに跡継ぎもうけてなきゃならない兄上がさ、妻を娶るのを拒んで養子を迎え育てているのは、お前のためなんじゃないのか?」
「私のため……?」
幼い頃から兄と慕い、そのうち特別に想う相手となったあの人は、誰に対しても分け隔てなく寛大で誠実だ。そんな優しい人の心のうちを想像しても仕方ない。
「丞相はよく受け入れたわねそんなの。そういえば、あなたももう娶ってていい歳なのに」
「んっ?」
ふっと思い出したかのようなユウナギに、急に自分の話題をふられて、ナツヒは少し戸惑った。
「俺は……。女は無理だ、って神妙な顔で父上に言ったら、それ以後何も言われなくなった」
「え? そうなの?」
「嘘だけど」
「うん?」
そこにひとり、少年がやってきたのにふたりは気付く。
「よっ。やっぱりここかナツヒ」
ナツヒのいとこで、租税を管理する官にいるアオジだった。
彼もかなり子どもじみた見てくれだが、ナツヒとひとつしか年が違わない。
政治中枢の役はこの一族で成っていて、彼らの年頃の男は多くが、次期長として現長を補佐している。
そこで、アオジが何を慌ててナツヒを探していたのかという話になった。
何やら、先日の地震を予知していたと噂のあった娘を、ここ中央に連れてきたとのこと。
その娘は幼いが賢しく話し、本人曰く、力のあった巫女の生まれ変わりだと。
ふたりは顔を見合わせ、今すぐその子どものところに案内するよう言った。
たった今、目を覚ました王女の名は、ユウナギ。
黒々しい長い髪をかきあげ、朝の支度をけだるそうに始める。
夢の中の女王は非常に美しかったが、鏡に映る自分はいつも十人並みの娘。
「あの人から生まれたわけではないのだから、はなから期待していないけどね」
今日も髪を後ろ頭でふたつに分け、その根元で輪を作り結んだ。
この国は比較的温暖なので、1年のうち3季は袖の短い衣をまとい過ごす。ユウナギにしてみたら動きやすくて良いことだ。
また彼女は王女らしからぬお転婆ぶりで、いつも裳ではなく袴を愛用している。
さて。彼女の心を四六時中占めて、眠っている間も離れることのない悩みとは。
「見た目のことで悩めてるうちはまだましよ」
そう、彼女には求められている力がない。
代々の女王は神に示され、次のその座に就く娘を探し当てる。
その時点で娘はたいてい幼く、力に目覚めていない者が多いと伝えられているが、ほどなくして選ばれし少女は覚醒し、女王交代の時を待つ。
ユウナギはすでに14。
この歳で未覚醒の歴代王女など存在しない。
このまま力に目覚めることなく、時が過ぎたらどうなるだろう。
「追放される? それか処刑? いったいそれは誰が決めるの?」
自身だけのことならともかく、その役に立たぬ自分を選んだ現女王の力すら疑われる。
女王が神の使いだと民が信じるからこそ、平穏な時の流れる国だ。
「民が女王の存在を無視し始めたらどうなるんだろう?」
力を持つ女王が不在となった時、かつてのように、豪族の男たちによる権力を獲り合う乱戦が巻き起こるのか。
不安、焦燥、恐怖。
それらを打ち払うため訓練場に向かい、今日も無心を努め弓を引く。
バスッ! と涼しい音が立つ。
よい具合に的の中心を射抜いたその時、背後からひとりの少年が声をかけてきた。
「さすが中央1を誇る命中率だな。いや、中央2か」
丞相次男のナツヒだ。
「俺が1だからな」
かつてのやんちゃ少年ナツヒは現在16歳。兵を束ねる隊の長として、日々立派に役目をこなしている。
緑の黒髪をうなじで束ね、相変わらずの力強い眼光で、自信満々にユウナギの前に立ちはだかる、が。
ユウナギはそんな彼をちらりと横目にして、ため息をつく。
「なんだよ」
「ううん、ナツヒ見てると、ちょっとは気分が上がるよ」
「ん?」
事実、彼はユウナギが女王の屋敷に連れてこられてからずっと、共に学んで共に成長した唯一の幼馴染だ。
そのおかげで彼だけは、態度も口調も王女に対するそれでなく、時に孤独を思わせるこの屋敷でユウナギはいつも心が救われている。
「命中率はいいが、なんていうか、精神ぐらぐらなのを技術で覆ってなんとかしてるような矢だな。何があった?」
「何もないわ。どうせ戦場には出してもらえないんだから、私に射られた矢もクサるってものでしょ」
そう言いながらまた引き始めた。
「そんなの当たり前だろ。何をそんなに苛立ってるんだ? 兄上が忙しくて相手にしてくれないとか?」
「兄上」という言葉にぴくっと反応するユウナギ。
「どーせ! ど──せ!! トバリ兄様は私なんか妻にしてくれませんよ!!」
すごい形相で食いついていった。
「そんなこと一言も言ってねえよ。だいたいそれも当たり前だ!」
この返しで彼女は大人しく引き下がり、縮こまる。
「私が王女だからじゃなくて、兄様にとって私なんて、面倒みてる子どものうちのひとりだもん……」
今度は指で地面をいじいじし始めた。
「そんなことないだろ。とっくに跡継ぎもうけてなきゃならない兄上がさ、妻を娶るのを拒んで養子を迎え育てているのは、お前のためなんじゃないのか?」
「私のため……?」
幼い頃から兄と慕い、そのうち特別に想う相手となったあの人は、誰に対しても分け隔てなく寛大で誠実だ。そんな優しい人の心のうちを想像しても仕方ない。
「丞相はよく受け入れたわねそんなの。そういえば、あなたももう娶ってていい歳なのに」
「んっ?」
ふっと思い出したかのようなユウナギに、急に自分の話題をふられて、ナツヒは少し戸惑った。
「俺は……。女は無理だ、って神妙な顔で父上に言ったら、それ以後何も言われなくなった」
「え? そうなの?」
「嘘だけど」
「うん?」
そこにひとり、少年がやってきたのにふたりは気付く。
「よっ。やっぱりここかナツヒ」
ナツヒのいとこで、租税を管理する官にいるアオジだった。
彼もかなり子どもじみた見てくれだが、ナツヒとひとつしか年が違わない。
政治中枢の役はこの一族で成っていて、彼らの年頃の男は多くが、次期長として現長を補佐している。
そこで、アオジが何を慌ててナツヒを探していたのかという話になった。
何やら、先日の地震を予知していたと噂のあった娘を、ここ中央に連れてきたとのこと。
その娘は幼いが賢しく話し、本人曰く、力のあった巫女の生まれ変わりだと。
ふたりは顔を見合わせ、今すぐその子どものところに案内するよう言った。
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