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第7章 確執
第16話~拉致~
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パーティーも終盤になり、幹事を任されている健人は人混みを避けながら叶子を探して会場内をウロウロと歩き回っていた。
(ったく! カナちゃんの奴、そろそろお開きになるっつーのに、何処で油売ってんだよ!)
「――あ、先輩。カナちゃん何処行ったか知りませんか?」
「ああ、野嶋マネージャーならあそこで潰れてるぞ?」
「……はぁっ!?」
指差された方向に目を向けると、会場の一番目立たない隅っこのテーブルに突っ伏している叶子を見つけた。
「――なっ? 自分が幹事だっつー事、ぜってー忘れてやがる!」
健人は幹事という立場上、当然の如く呑気に飲食などする暇もなかった。料理や飲み物がスムーズに出ているか、進行は時間通りに進んでいるかなどずっと走り回っていた。なのに、同じ幹事な筈の叶子が酔いつぶれているのを見て、思わずカッとなりそう叫んだ。だが、取り乱した健人に掛けられた先輩の言葉が、今日のこの忙しさのせいですっかり忘れてしまっていた“ある事”を思い出させた。
「まぁ、でも仕方ないよな、あんな事があった後だし。飲みたくもなるわ」
「――、……」
当の本人は秘密にしているつもりの様だが、JJエンターテイメントの前社長ジャックと叶子が恋人同士だという事は、もはや誰もが知る周知の事実。アメリカに行った後も英会話を習い始めたりしている彼女を見て、誰もがまだ上手くいっているものだと思っていた。
しかし、つい一ヶ月程前。小さくではあったが、新聞雑誌でジャックとAPA通信の重役の娘との婚約報道が流れ、それと時期を同じくして叶子も数日会社を休んでいた。
久しぶりに出勤して来た時には誰もが声を掛けるのも躊躇してしまう程に頬は痩せこけ、泣き腫らしたであろう窪んだ目がとても痛々しかった。
誰も口に出して言わなかったが、相当辛かったに違いない。流石の健人も何て声を掛けていいのかわからず、仕事以外の話はしない様そっと見守っていた。
正直に言うと、こういう時こそ落としやすいという事は、健人も十分わかっていた。だが、そこに付け込んで彼女を手に入れたとしても、それは一時の寂しさ故の感情に過ぎない。ちゃんと自分と言う人間を認めて欲しくて、叶子の気持ちが落ち着くまで待とうと決めていた。
(……なのに、何だよこのザマ? いつになったら浮上するんだ? 俺は、いつまで待ったら――)
口の端をギリッと上げながら、叶子の元へと近づいていった。
「カナちゃん! ったく、何やってんだよ! そろそろお開きになるから、出口でお見送りやってくれよ!」
テーブルに突っ伏した彼女の肩を揺さぶるが、どうにも反応が薄い。
「だぁっ、もう! ――あ、ユイ。カナちゃんどんだけ飲んだか知ってる?」
「えー、全然飲んで無かったと思いますよー? さっき、ウェイターさんからお水貰って一気飲みしてから、何故だかそんな状態になったんですぅー」
そう言って、ユイが指差したグラス。水が入っていたというそのグラスを手に取って臭いを嗅いでみれば、アルコールの臭いがツンと鼻を刺した。
「ちょっ、これ、日本酒じゃんかよ。何でこんなグラスに日本酒入れてんだ!」
「ああー、それボス用じゃないですかね? お猪口でちまちま飲む人じゃないから」
「あの、おっさんのせいか……」
何が起こっているかも知らず、真っ赤な顔で陽気に「ガハハ!」と大笑いしているボスを離れた所からギロリと一睨みする。ボスは健人とユイの視線を感じたのか、嬉しそうにこちらに手を振ってきた。
(あんのクソ親父……)
「あー、もうっ、ほらっカナちゃん! ……――?」
ふと、急に入り口付近がざわつき始めたのに気付き、健人もその方向へと視線を向ける。
「っ、」
するとそこには、今日出席するかどうかの返事も無かった、JJエンターテイメント御一行様が姿を現していた。
先頭を歩くのは言うまでもなく現社長のブランドンで、三つ揃いの艶のあるダークシルバーのスーツに、ノーネクタイの喉元を惜しげもなく晒し、それが更に男の色香を醸し出している。
まるでどこかのモデルのような出で立ちに、会場内の誰もがブランドンに熱い視線を向けていた。
「――? おい、健人。来てやったぞ」
「ありがとうございます」
急いでブランドンに駆け寄った健人に、ブランドンが一早く気付き声を掛けた。絶対来るとは思っていなかった人物を目の前にしながら、健人はどこか腑に落ちないでいた。今日仮に来たとしても社長であるブランドンがわざわざ来るとは思っておらず、何か別の目的があるのかと変に勘繰らせる。
(別の、目的――)
「おい、カナコは何処だ? 招待状にあいつの名前が載っていたがまだいるんだろ?」
(――やっぱり、そういう事か)
ブランドンの目的が叶子であると知った途端、健人は警戒し始めた。
「あ、はい。ちょっと……今は」
「ん? 何だ?」
「いえ、……実は間違って日本酒を一気飲みしたみたいで、今ダウンしてるんです。すみません、ご挨拶も出来ず失礼だとは思いますが――」
「何処だ?」
「え?」
「カナコは何処にいる?」
「あ、いえ、本当に声を掛けても反応が無いので、申し訳ないんですが」
「――っ! 反応が無いなら、このまま放っておいたらマズイだろ!?」
急にイラつき始めたブランドンに、周りの人間が一斉に振り返る。健人が何かしでかしたのかとざわつき始め、遠巻きにボスもおどおどとしている様が視界に入った。
「あ、いえ、ちゃんと意識はありますのでご安心下さい。ここがお開きになれば、僕がちゃんと送って行きますから」
何としてでもブランドンを近付けさせてはいけないと、必死でその場を収めようとする。頑なに居場所を教えようとしない健人にブランドンが大きなため息を吐くと、会場内の空気がピンッと張り詰めた。
「もういい。お前じゃ話にならん。――おい、そこのお前。カナコは今何処にいるか教えろ」
「あ、はい! ええっと、そこのテーブルに突っ伏しております」
指差された方に目を向けると、ブランドンは大きく息を吐きながら叶子の方へと近付いていった。
「カナコ、しっかりしろ」
「んー、……」
「……チッ」
「え? あ、ちょっ」
次の瞬間、叶子を抱きかかえたブランドンは颯爽と出口に向かって歩き出す。慌てて駆け寄る健人に目もくれず、真っ直ぐ出口に向かっていった。
「あ、あの!」
「カナコを家まで送り届けてくる。後始末はお前がちゃんとやっておけ」
「は? え? いや、それは困ります!」
ブランドンはピタリと足を止めると、ギロッと健人を睨み付けた。
「あのなぁ、くたばってる奴をこのままここに居させても何の役にも立たんだろ? うちの連中はここに残しておくから、――お前はせいぜいそいつらをもてなしておけ」
そう吐き捨てると、ホテルのスタッフに扉を開けさせ、叶子を抱きかかえたままブランドンは会場から姿を消した。
(ったく! カナちゃんの奴、そろそろお開きになるっつーのに、何処で油売ってんだよ!)
「――あ、先輩。カナちゃん何処行ったか知りませんか?」
「ああ、野嶋マネージャーならあそこで潰れてるぞ?」
「……はぁっ!?」
指差された方向に目を向けると、会場の一番目立たない隅っこのテーブルに突っ伏している叶子を見つけた。
「――なっ? 自分が幹事だっつー事、ぜってー忘れてやがる!」
健人は幹事という立場上、当然の如く呑気に飲食などする暇もなかった。料理や飲み物がスムーズに出ているか、進行は時間通りに進んでいるかなどずっと走り回っていた。なのに、同じ幹事な筈の叶子が酔いつぶれているのを見て、思わずカッとなりそう叫んだ。だが、取り乱した健人に掛けられた先輩の言葉が、今日のこの忙しさのせいですっかり忘れてしまっていた“ある事”を思い出させた。
「まぁ、でも仕方ないよな、あんな事があった後だし。飲みたくもなるわ」
「――、……」
当の本人は秘密にしているつもりの様だが、JJエンターテイメントの前社長ジャックと叶子が恋人同士だという事は、もはや誰もが知る周知の事実。アメリカに行った後も英会話を習い始めたりしている彼女を見て、誰もがまだ上手くいっているものだと思っていた。
しかし、つい一ヶ月程前。小さくではあったが、新聞雑誌でジャックとAPA通信の重役の娘との婚約報道が流れ、それと時期を同じくして叶子も数日会社を休んでいた。
久しぶりに出勤して来た時には誰もが声を掛けるのも躊躇してしまう程に頬は痩せこけ、泣き腫らしたであろう窪んだ目がとても痛々しかった。
誰も口に出して言わなかったが、相当辛かったに違いない。流石の健人も何て声を掛けていいのかわからず、仕事以外の話はしない様そっと見守っていた。
正直に言うと、こういう時こそ落としやすいという事は、健人も十分わかっていた。だが、そこに付け込んで彼女を手に入れたとしても、それは一時の寂しさ故の感情に過ぎない。ちゃんと自分と言う人間を認めて欲しくて、叶子の気持ちが落ち着くまで待とうと決めていた。
(……なのに、何だよこのザマ? いつになったら浮上するんだ? 俺は、いつまで待ったら――)
口の端をギリッと上げながら、叶子の元へと近づいていった。
「カナちゃん! ったく、何やってんだよ! そろそろお開きになるから、出口でお見送りやってくれよ!」
テーブルに突っ伏した彼女の肩を揺さぶるが、どうにも反応が薄い。
「だぁっ、もう! ――あ、ユイ。カナちゃんどんだけ飲んだか知ってる?」
「えー、全然飲んで無かったと思いますよー? さっき、ウェイターさんからお水貰って一気飲みしてから、何故だかそんな状態になったんですぅー」
そう言って、ユイが指差したグラス。水が入っていたというそのグラスを手に取って臭いを嗅いでみれば、アルコールの臭いがツンと鼻を刺した。
「ちょっ、これ、日本酒じゃんかよ。何でこんなグラスに日本酒入れてんだ!」
「ああー、それボス用じゃないですかね? お猪口でちまちま飲む人じゃないから」
「あの、おっさんのせいか……」
何が起こっているかも知らず、真っ赤な顔で陽気に「ガハハ!」と大笑いしているボスを離れた所からギロリと一睨みする。ボスは健人とユイの視線を感じたのか、嬉しそうにこちらに手を振ってきた。
(あんのクソ親父……)
「あー、もうっ、ほらっカナちゃん! ……――?」
ふと、急に入り口付近がざわつき始めたのに気付き、健人もその方向へと視線を向ける。
「っ、」
するとそこには、今日出席するかどうかの返事も無かった、JJエンターテイメント御一行様が姿を現していた。
先頭を歩くのは言うまでもなく現社長のブランドンで、三つ揃いの艶のあるダークシルバーのスーツに、ノーネクタイの喉元を惜しげもなく晒し、それが更に男の色香を醸し出している。
まるでどこかのモデルのような出で立ちに、会場内の誰もがブランドンに熱い視線を向けていた。
「――? おい、健人。来てやったぞ」
「ありがとうございます」
急いでブランドンに駆け寄った健人に、ブランドンが一早く気付き声を掛けた。絶対来るとは思っていなかった人物を目の前にしながら、健人はどこか腑に落ちないでいた。今日仮に来たとしても社長であるブランドンがわざわざ来るとは思っておらず、何か別の目的があるのかと変に勘繰らせる。
(別の、目的――)
「おい、カナコは何処だ? 招待状にあいつの名前が載っていたがまだいるんだろ?」
(――やっぱり、そういう事か)
ブランドンの目的が叶子であると知った途端、健人は警戒し始めた。
「あ、はい。ちょっと……今は」
「ん? 何だ?」
「いえ、……実は間違って日本酒を一気飲みしたみたいで、今ダウンしてるんです。すみません、ご挨拶も出来ず失礼だとは思いますが――」
「何処だ?」
「え?」
「カナコは何処にいる?」
「あ、いえ、本当に声を掛けても反応が無いので、申し訳ないんですが」
「――っ! 反応が無いなら、このまま放っておいたらマズイだろ!?」
急にイラつき始めたブランドンに、周りの人間が一斉に振り返る。健人が何かしでかしたのかとざわつき始め、遠巻きにボスもおどおどとしている様が視界に入った。
「あ、いえ、ちゃんと意識はありますのでご安心下さい。ここがお開きになれば、僕がちゃんと送って行きますから」
何としてでもブランドンを近付けさせてはいけないと、必死でその場を収めようとする。頑なに居場所を教えようとしない健人にブランドンが大きなため息を吐くと、会場内の空気がピンッと張り詰めた。
「もういい。お前じゃ話にならん。――おい、そこのお前。カナコは今何処にいるか教えろ」
「あ、はい! ええっと、そこのテーブルに突っ伏しております」
指差された方に目を向けると、ブランドンは大きく息を吐きながら叶子の方へと近付いていった。
「カナコ、しっかりしろ」
「んー、……」
「……チッ」
「え? あ、ちょっ」
次の瞬間、叶子を抱きかかえたブランドンは颯爽と出口に向かって歩き出す。慌てて駆け寄る健人に目もくれず、真っ直ぐ出口に向かっていった。
「あ、あの!」
「カナコを家まで送り届けてくる。後始末はお前がちゃんとやっておけ」
「は? え? いや、それは困ります!」
ブランドンはピタリと足を止めると、ギロッと健人を睨み付けた。
「あのなぁ、くたばってる奴をこのままここに居させても何の役にも立たんだろ? うちの連中はここに残しておくから、――お前はせいぜいそいつらをもてなしておけ」
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