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第6章 侵食
第3話~素っ気無い優しさ~
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「――」
――まるで、水の中にいるみたいにブランドンの声が遠くに聞こえる。もうとっくに叶子の意識は外で、ブランドンから聞かされる真実を一度で理解するのが困難になっていた。
エレベーターが来るのを待ちながら、混乱する頭の整理を始めた。
「つまり……JASONが倒れたのを、彼のせいにしようとしてるって事ですか?」
「そう。ジャックがカナコに会いたいが為に無茶なスケジュールを組んで、それに付き合わされたJASONが倒れたってストーリーに仕立て上げたいらしい。なんせ、うちは嫌われてるからな。うちを潰そうと思ってる連中が裏で糸引いて、なんとか日本から追い出そうとしてるんだろう。外資なんてそんなもんだ」
「……」
ブランドンが何気なく吐いた言葉を聞いて、以前、ジャックが言っていた言葉を思い出す。
彼は自分がこれだ! と思うものには時間も金も惜しまないと言う。自分が見込んだものは必ずと言っていいほど、何倍にも膨らんで見返りがあるのだと。
そして、悲しいことにその大胆なやり方が、“共存共栄と言う言葉を知らず、平気で他人の家に土足で上がりこむ様な礼儀も何も知らない輩”と国内の同業者から批判を浴びているのも事実。彼はその事にも触れていて、
『何故、日本人は自分の直感を信じないの? もたもたしてたら、チャンスの神様は通り過ぎてしまうのに』
と、なんだか寂しそうな表情を浮かべていたのを思い出した。
今、ジャックは何処で何をしているのだろう。彼が私情を挟んだせいでこんなことになったのだと謂れの無い疑いをかけられ、怯えて肩を震わせているのではないのだろうか?
今すぐ彼の元へと飛んで行き、『大丈夫だよ』と優しく声を掛けながら、ぎゅっと力強く抱き締めてあげたい。
「……っ、」
彼の事を思うと、きゅうっと胸が締め付けられた。
「しかし、あいつは潔いよな。マスコミの矛先が自分とカナコに向いてるって感づいたが早いか、カナコとプッツリ連絡絶ってたなんて。俺なら到底我慢出来んな」
エレベーターが到着し、ゆっくりと開いていく扉をこじ開けるようにして中に乗り込んだブランドンがそう言って苦笑いする。
「あいつ、カナコを守るために連絡を絶ってたんだと思う。……勿論、それが自分をも守ることでもあったんだろうが、――カナコを巻き込みたく無かったんだろうな」
「あ……、――」
本当に自分は愚かでどうしようもない人間なのだと、改めて思い知る。自分の事しか考えていなかったのだと言う事を、ブランドンのその言葉を聞いて初めて気付かされ、自己嫌悪に陥った。
ジャックはいつも自分の事だけではなく、周りの人間の事も常に気に掛けてくれている。一年前も仕事が波に乗ってきた彼女を気遣って、彼だけがアメリカへ発つ事を望んだのだ。
彼の事を何でもわかっているようで、全然わかっていない自分に無性に腹が立った。
「まぁ、でももう大丈夫だろう。あんだけアピールすれば」
「?」
「さっき下で写真一杯撮られただろ? あれでカナコは俺の恋人って事になってるはずだ」
「ええっ!? な、何でそんな事に!」
「――お前、ひょっとして馬鹿か? そんな事もわからないのか?」
「ちょっ、ば、バカ、……って!」
地下駐車場に到着し、二人はエレベーターを降りた。ブランドンはすぐ側にある守衛室へと入り、何やらゴソゴソとロッカーから出している。守衛室から出てくると、
「奴らは俺の恋愛事情を知りたいんじゃない。ジャックの足元を掬うネタが欲しいだけなんだよ」
そう言うと、ボスッと彼女の前にジェット型のヘルメットを突き出した。
「良かったな、コレでお前も晴れて自由の身だ」
「……?」
理解したのかしていないのか、判別付けがたい表情でブランドンに渡されたヘルメットを素直に受け取った。
「ほれ、行くぞ」
「え? あの、一体何処へ?」
ブランドンは、着いてくりゃわかるとでも言いた気な表情を浮かべると、“No,7”に停められているアメリカンな大型バイクに向かって歩き出した。
その場所は彼が帰国した日、そう、初めてブランドンと顔を合わせ、ジャックとのあられもない姿を目撃されてしまったあの“悪夢の様な出来事”があった日だ。ジャックの車で送ってもらう為に彼の車が停められているであろう場所に向かってみると、そこにはジャックの車ではなく大きなバイクが鎮座しており、それを見た彼が奥歯をギリッとかみ締めていたあの場所だった。
(……あのバイクって、ブランドンさんのだったんだ)
ブランドンは長い足でそれを跨ぎエンジンをかけようとすると、横でボーっと突っ立っている叶子に少しイラついた表情を浮かべた。
「ジャックに会いたいんだろ? いいから乗れ!」
「――は、ははははは、はいっ!」
相変わらず強引な物言いのブランドンだが、ジャックと会いたがっている叶子の為に一役買ってくれたのだろう。彼の口の悪さですら、どこか“守られている”ような気がした。
◇◆◇
「只今、到着致しました…… …… ……」
コツ、コツ、コツ、とタラップからリズム良く鳴り響くヒールの音。その音の主は手に持ったパスポートで、パタパタと仰ぎながら辺りを見回している。
「はぁー、相変わらずねっとりした空気ね」
携帯電話をバッグから取り出すと、歩きながら発信ボタンを押した。
「ああ、グレース? 私、カレンよ。……うん、予定より少し早く着いたんだけど、迎え寄越してくれる?」
赤い口紅、綺麗に整えられたブロンドの髪をなびかせるカレンを見た人達は皆、そんな彼女に目を奪われている。
「――」
注目されていることに気付いたカレンは、怪訝そうに眉をひそめるとおもむろにバッグの中からサングラスを取り出し、周囲の視線を遮断した。
――まるで、水の中にいるみたいにブランドンの声が遠くに聞こえる。もうとっくに叶子の意識は外で、ブランドンから聞かされる真実を一度で理解するのが困難になっていた。
エレベーターが来るのを待ちながら、混乱する頭の整理を始めた。
「つまり……JASONが倒れたのを、彼のせいにしようとしてるって事ですか?」
「そう。ジャックがカナコに会いたいが為に無茶なスケジュールを組んで、それに付き合わされたJASONが倒れたってストーリーに仕立て上げたいらしい。なんせ、うちは嫌われてるからな。うちを潰そうと思ってる連中が裏で糸引いて、なんとか日本から追い出そうとしてるんだろう。外資なんてそんなもんだ」
「……」
ブランドンが何気なく吐いた言葉を聞いて、以前、ジャックが言っていた言葉を思い出す。
彼は自分がこれだ! と思うものには時間も金も惜しまないと言う。自分が見込んだものは必ずと言っていいほど、何倍にも膨らんで見返りがあるのだと。
そして、悲しいことにその大胆なやり方が、“共存共栄と言う言葉を知らず、平気で他人の家に土足で上がりこむ様な礼儀も何も知らない輩”と国内の同業者から批判を浴びているのも事実。彼はその事にも触れていて、
『何故、日本人は自分の直感を信じないの? もたもたしてたら、チャンスの神様は通り過ぎてしまうのに』
と、なんだか寂しそうな表情を浮かべていたのを思い出した。
今、ジャックは何処で何をしているのだろう。彼が私情を挟んだせいでこんなことになったのだと謂れの無い疑いをかけられ、怯えて肩を震わせているのではないのだろうか?
今すぐ彼の元へと飛んで行き、『大丈夫だよ』と優しく声を掛けながら、ぎゅっと力強く抱き締めてあげたい。
「……っ、」
彼の事を思うと、きゅうっと胸が締め付けられた。
「しかし、あいつは潔いよな。マスコミの矛先が自分とカナコに向いてるって感づいたが早いか、カナコとプッツリ連絡絶ってたなんて。俺なら到底我慢出来んな」
エレベーターが到着し、ゆっくりと開いていく扉をこじ開けるようにして中に乗り込んだブランドンがそう言って苦笑いする。
「あいつ、カナコを守るために連絡を絶ってたんだと思う。……勿論、それが自分をも守ることでもあったんだろうが、――カナコを巻き込みたく無かったんだろうな」
「あ……、――」
本当に自分は愚かでどうしようもない人間なのだと、改めて思い知る。自分の事しか考えていなかったのだと言う事を、ブランドンのその言葉を聞いて初めて気付かされ、自己嫌悪に陥った。
ジャックはいつも自分の事だけではなく、周りの人間の事も常に気に掛けてくれている。一年前も仕事が波に乗ってきた彼女を気遣って、彼だけがアメリカへ発つ事を望んだのだ。
彼の事を何でもわかっているようで、全然わかっていない自分に無性に腹が立った。
「まぁ、でももう大丈夫だろう。あんだけアピールすれば」
「?」
「さっき下で写真一杯撮られただろ? あれでカナコは俺の恋人って事になってるはずだ」
「ええっ!? な、何でそんな事に!」
「――お前、ひょっとして馬鹿か? そんな事もわからないのか?」
「ちょっ、ば、バカ、……って!」
地下駐車場に到着し、二人はエレベーターを降りた。ブランドンはすぐ側にある守衛室へと入り、何やらゴソゴソとロッカーから出している。守衛室から出てくると、
「奴らは俺の恋愛事情を知りたいんじゃない。ジャックの足元を掬うネタが欲しいだけなんだよ」
そう言うと、ボスッと彼女の前にジェット型のヘルメットを突き出した。
「良かったな、コレでお前も晴れて自由の身だ」
「……?」
理解したのかしていないのか、判別付けがたい表情でブランドンに渡されたヘルメットを素直に受け取った。
「ほれ、行くぞ」
「え? あの、一体何処へ?」
ブランドンは、着いてくりゃわかるとでも言いた気な表情を浮かべると、“No,7”に停められているアメリカンな大型バイクに向かって歩き出した。
その場所は彼が帰国した日、そう、初めてブランドンと顔を合わせ、ジャックとのあられもない姿を目撃されてしまったあの“悪夢の様な出来事”があった日だ。ジャックの車で送ってもらう為に彼の車が停められているであろう場所に向かってみると、そこにはジャックの車ではなく大きなバイクが鎮座しており、それを見た彼が奥歯をギリッとかみ締めていたあの場所だった。
(……あのバイクって、ブランドンさんのだったんだ)
ブランドンは長い足でそれを跨ぎエンジンをかけようとすると、横でボーっと突っ立っている叶子に少しイラついた表情を浮かべた。
「ジャックに会いたいんだろ? いいから乗れ!」
「――は、ははははは、はいっ!」
相変わらず強引な物言いのブランドンだが、ジャックと会いたがっている叶子の為に一役買ってくれたのだろう。彼の口の悪さですら、どこか“守られている”ような気がした。
◇◆◇
「只今、到着致しました…… …… ……」
コツ、コツ、コツ、とタラップからリズム良く鳴り響くヒールの音。その音の主は手に持ったパスポートで、パタパタと仰ぎながら辺りを見回している。
「はぁー、相変わらずねっとりした空気ね」
携帯電話をバッグから取り出すと、歩きながら発信ボタンを押した。
「ああ、グレース? 私、カレンよ。……うん、予定より少し早く着いたんだけど、迎え寄越してくれる?」
赤い口紅、綺麗に整えられたブロンドの髪をなびかせるカレンを見た人達は皆、そんな彼女に目を奪われている。
「――」
注目されていることに気付いたカレンは、怪訝そうに眉をひそめるとおもむろにバッグの中からサングラスを取り出し、周囲の視線を遮断した。
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