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第4章 甘い時間
第3話~繋いだ手~
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「あの人、素敵じゃない?」
「足なっがーい!」
彼を見つめる視線が歩数を増やすごとに増え、明らかに釣り合わない自分と繋がれた手が申し訳なく思えて振りほどきたくなる。きっと、自身に向けられた視線や黄色い声にジャックも気付いているはずだが、当の本人はそれを気にする様子も見せないどころか、目を奪われている女性たちに対してにこりと笑顔を振りまいていた。
「うーん、一年いないだけで随分様変わりしたな。僕が知ってる顔がいないや。――ん?」
「社長? お久しぶ、り――! ……で、す」
ジャックが知っている顔はいなくても、彼の事を知っている者は沢山いる。時折話しかけられはするものの何か異変を感じるのか相手はすぐに視線を落とし、二人の繋いだ手を見ると皆一様に最後の語尾が消える。その後、繋がれた手を伝って視線を上げるが、次の言葉を出す事が出来ない相手に、ジャックは「やぁ」とだけ告げそのまま素通りする、といったやりとりを何回か繰り返した。
その度に顔に熱が集まってくるのがわかる。流石の叶子もこの羞恥に耐え切れず、程なくして限界を感じた。
「ね、ねぇ。手、離そ?」
「何で?」
彼女の問いかけもちゃんと聞こうとせず、横顔を見せるだけでスタスタと歩いていく。
「だって、ここは貴方の仕事場でしょ? みんな変な顔で見てるもの、視線が痛いよ」
「却下」
「いや、冗談じゃなくて」
やっと話を聞く気になったのか、彼が突然ピタッと立ち止まり振り返る。キョロキョロと周囲を気にしながら、引っ張られるようにして彼の後をついて歩いていた叶子は、勢い余って彼の胸に飛び込む形となった。
「ひゃっ!」
すぐに離れようとしたが、背中に手が回されてどうやら離れる事を許して貰えない様だ。彼の胸元に手を置くと、頭の上にかかる甘い吐息の出所を見上げた。
長い前髪の隙間から大きな瞳が彼女をじっと見つめている。何の迷いも無さそうなその目は、周りの雑音さえも掻き消していた。
「あのね、カナ。別に僕はここで君を抱きしめる事も出来るし、なんならキスだってしてもいいんだよ」
「ばっ! そっ! ダメに決まってるでしょ!?」
真剣な表情で何を言い出すのかと、彼女は顔を真っ赤にして首を何度も横に振った。
ただでさえ注目を浴びやすい容姿、しかもここは彼のホームグラウンド。そのロビーのど真ん中で抱き締められた状態から抜け出せずにいると、次第に周りの視線やざわつく声が酷くなっていった。
恥ずかしさで気が狂いそうになる。もう許してとばかりに叶子は目に涙を潤ませた。
「何で? さっき、君の会社の前ではキスしてくれそうだったのに」
「あ、あれは」
「思いがけず僕がいて嬉しかったんじゃないの? それで周りが見えなくなったんじゃないの?」
「う、ん……だと思う。……けどっ! それとこれとは――」
「違わないよ。僕はいつもそんな感情を君に抱いてるんだ。だからいつでも何処でも君を抱きしめて、君に触れて君にキスしたいって思ってる」
彼の気持ちが嬉しかった。
そんな事を真顔で言ってくれる人なんて、例え血の繋がった親兄弟でもいなかったのだから。
「だからさ、手を繋ぐ位許してよ? でないと僕、おかしくなっちゃいそうだ」
彼は片手で自分の目を覆うと、天を仰いだ。視線をまた彼女に戻すと淀みの無い大きな双眸でじっと見つめ、叶子に許可を求めた。
「……わかった。我慢する」
「酷いなぁー。我慢なの?」
叶子の顔を覗き込むようにしながら彼女の手を掬い上げると、二人はまたしっかりと手を繋いで歩きはじめた。
「……」
――ずっとこのまま手を繋いでいたい。
漠然と思ったその願いは、一見、簡単に叶えられそうに思えるが、相手が彼ではそう易々とはいかない。すぐにまた会えなくなるのだと思うと、離したくないとばかりに繋いだ手につい力が入った。
「足なっがーい!」
彼を見つめる視線が歩数を増やすごとに増え、明らかに釣り合わない自分と繋がれた手が申し訳なく思えて振りほどきたくなる。きっと、自身に向けられた視線や黄色い声にジャックも気付いているはずだが、当の本人はそれを気にする様子も見せないどころか、目を奪われている女性たちに対してにこりと笑顔を振りまいていた。
「うーん、一年いないだけで随分様変わりしたな。僕が知ってる顔がいないや。――ん?」
「社長? お久しぶ、り――! ……で、す」
ジャックが知っている顔はいなくても、彼の事を知っている者は沢山いる。時折話しかけられはするものの何か異変を感じるのか相手はすぐに視線を落とし、二人の繋いだ手を見ると皆一様に最後の語尾が消える。その後、繋がれた手を伝って視線を上げるが、次の言葉を出す事が出来ない相手に、ジャックは「やぁ」とだけ告げそのまま素通りする、といったやりとりを何回か繰り返した。
その度に顔に熱が集まってくるのがわかる。流石の叶子もこの羞恥に耐え切れず、程なくして限界を感じた。
「ね、ねぇ。手、離そ?」
「何で?」
彼女の問いかけもちゃんと聞こうとせず、横顔を見せるだけでスタスタと歩いていく。
「だって、ここは貴方の仕事場でしょ? みんな変な顔で見てるもの、視線が痛いよ」
「却下」
「いや、冗談じゃなくて」
やっと話を聞く気になったのか、彼が突然ピタッと立ち止まり振り返る。キョロキョロと周囲を気にしながら、引っ張られるようにして彼の後をついて歩いていた叶子は、勢い余って彼の胸に飛び込む形となった。
「ひゃっ!」
すぐに離れようとしたが、背中に手が回されてどうやら離れる事を許して貰えない様だ。彼の胸元に手を置くと、頭の上にかかる甘い吐息の出所を見上げた。
長い前髪の隙間から大きな瞳が彼女をじっと見つめている。何の迷いも無さそうなその目は、周りの雑音さえも掻き消していた。
「あのね、カナ。別に僕はここで君を抱きしめる事も出来るし、なんならキスだってしてもいいんだよ」
「ばっ! そっ! ダメに決まってるでしょ!?」
真剣な表情で何を言い出すのかと、彼女は顔を真っ赤にして首を何度も横に振った。
ただでさえ注目を浴びやすい容姿、しかもここは彼のホームグラウンド。そのロビーのど真ん中で抱き締められた状態から抜け出せずにいると、次第に周りの視線やざわつく声が酷くなっていった。
恥ずかしさで気が狂いそうになる。もう許してとばかりに叶子は目に涙を潤ませた。
「何で? さっき、君の会社の前ではキスしてくれそうだったのに」
「あ、あれは」
「思いがけず僕がいて嬉しかったんじゃないの? それで周りが見えなくなったんじゃないの?」
「う、ん……だと思う。……けどっ! それとこれとは――」
「違わないよ。僕はいつもそんな感情を君に抱いてるんだ。だからいつでも何処でも君を抱きしめて、君に触れて君にキスしたいって思ってる」
彼の気持ちが嬉しかった。
そんな事を真顔で言ってくれる人なんて、例え血の繋がった親兄弟でもいなかったのだから。
「だからさ、手を繋ぐ位許してよ? でないと僕、おかしくなっちゃいそうだ」
彼は片手で自分の目を覆うと、天を仰いだ。視線をまた彼女に戻すと淀みの無い大きな双眸でじっと見つめ、叶子に許可を求めた。
「……わかった。我慢する」
「酷いなぁー。我慢なの?」
叶子の顔を覗き込むようにしながら彼女の手を掬い上げると、二人はまたしっかりと手を繋いで歩きはじめた。
「……」
――ずっとこのまま手を繋いでいたい。
漠然と思ったその願いは、一見、簡単に叶えられそうに思えるが、相手が彼ではそう易々とはいかない。すぐにまた会えなくなるのだと思うと、離したくないとばかりに繋いだ手につい力が入った。
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