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第3章 噛み合わない歯車
第11話~意地のぶつかり合い~
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過去から未来へ。――めまぐるしく変化を遂げる毎日に飽きる事無く、朝、目を覚ませば又今日という日が訪れる。これから見る未来への期待は出来ても、必ずしも結果とは結びつかない。過去の過ちを振り返ったとしても、塗り替える事は出来ない。
ただ、ただ、人は訪れる日々を何となくやり過ごしていく。
ジャックと出会ってしまった事で叶子自身だけでなく、周りの人間にも変化を及ぼしている事にふと気付く。
健人は彼と出会った事により叶子に夢中になり、藍子は彼に出会った事により叶子を陥れる計画を企てる。
叶子の知らぬ間に物事がどんどん進んで行っている様で、少なからずの恐怖を覚えた。
――彼は一体何者なのだろう?
いつしか彼の事をそんな風に思うようになってしまった。
◇◆◇
「では、そういう事でこれからも宜しくお願いします」
打ち合わせ室で皆が一斉に席を立つ。窓際に立って外の景色を見ていたジャックは、皆が席を立つのを見計らって声を掛けた。
「ああ、君はちょっと残ってくれる?」
「……はい」
あからさまに嫌悪の表情を浮かべている健人を見て、ボスがそっと耳打ちする。
「(くれぐれも粗相の無いようにね!)」
「……」
健人の肩をポンポンッとボスが叩くと、打ち合わせ室の扉がバタンッと音を立てて閉ざされた。それと同時に、窓の外を見ていたジャックはくるりと振り返ると腕を組んで軽く足を交差させ、そのまま窓枠にもたれかかって鋭い視線で健人を射抜いた。
窓の外から差し込む橙色の光がジャックを包み込む。ゆるく結んだ肩ほどの長い髪。タイトなスーツを品良く着こなし、ノーネクタイのシャツはボタンが二、三個外されていて、覗かせた喉仏に大人の男の色香を漂わせている。ルーズにおろされた前髪の隙間から、人を見極める様な大きなブラウンの瞳で物言いたげにじっと健人を見つめていた。
“男でさえも見惚れる男”
ジャックにはそういう言葉が良く似合う。自分には無い大人の男の魅力を醸し出すジャックに、イラツキを覚えた。
「健人君……だったかな?」
「健人でいいです」
今回の件で、彼とは同じスタートラインに立っていると自負していた健人は、“君”付けされるのを拒んだ。相手はクライアントではあるが、今のこの瞬間はきっと、野嶋叶子と言う一人の女性を賭けた男と男でしかないのだと、対等である事を望んだ。
「君、この間僕があっちこっちの女性に手を出してるって言ってたよね? あれ、どういうことか説明してくれるかな?」
「そのままですけど……。カナちゃんがそう言ってたし。実際、藍子先輩にも手ぇだしてたでしょ?」
「アイコ……ああ、アイコちゃんの事か。手を出すって、僕はただ仕事の話を電話でニ、三回しただけだけど? それが君の言う“手を出している”って言う行為に当てはまるのなら、僕は君の言った通りあちこちの女性は愚か、男性にまでも手を出している事になるね」
クックックと含み笑いをして、遠まわしに健人の言う事を全否定した。
「カナといい君といい、何か勘違いしてないかい?」
「……」
叶子の名前が出た瞬間、ジャックの表情が急変し眉間に皺が寄る。口元は笑っているが、細められた目はまるで見えにくいモノを見るような、健人と言う人間を観察しているようだった。
「君はカナのなんなの?」
「“今は”後輩です」
「『今は』? もしかして、これからカナとどうにかなるつもりでいるの?」
フンッと鼻で笑うジャックにむっとした健人は、自分の置かれている立場を忘れジャックに食って掛かった。
「今はそうかもしれないけど、いつか絶対振り向かせて見せるよ!」
急に声を荒げた健人を見て、ジャックは腹を抱えて笑い出した。
「っ! なっ何が!?」
「はははっ……! あのねぇ、言ったでしょ? カナは僕の恋人だって」
「カナちゃんはあんたと別れたって言ってたよ!」
その台詞に一瞬ジャックの顔が凍りついた。
「カナがそんな事言うわけが無い。昨夜だってあんなに何度も愛し合ったんだからね」
「っ!?」
瞬きをも忘れ、一段と低い声で健人に戒めるように昨晩の情事を語る彼の目は又、生気を感じられない。
「ん? 何? 悔しいの? はっ、悪いが君の出番は回ってこないよ」
仕事上での立場だけでなく、ここでも優位に立とうとするジャックは健人を罵倒し、どんどん感情的にさせていく。その様はまるで、相手を感情的にさせる事により相手のミスを引き起こそうとする戦術にも見て取れた。
健人はそんな彼の策略にも気付かずに、まんまとぬかるみに自分から足を踏み入れてしまった。
「か、勝手に言ってろよ! 遠くのステーキより近くの鯖の味噌煮が良いって事があんたにもわかる日がすぐにやって来るから!」
健人の苦し紛れとも言える言葉を聞き、ジャックは大きな目を更に拡大させてパチパチと瞬きをしている。一気に笑いがこみ上げてきたのか、手を叩いて健人を嘲笑った。
「な、何がおかしいんだよ!」
「あ、あのね、君。人と話をする時はちゃんと相手に話が伝わる様な物の言い方をしないといけないよ? それが社会人としての常識だと思うけどね」
笑われた事が余程悔しかったのか、それとも彼の言っていることが正論過ぎて恥ずかしくなったのか、健人の顔が少し赤くなった。
「つ、つまり、あんたみたいなお高い人間と一緒に居るよか、俺みたいな同じ視線でものを見れる……って言うか。と、兎に角っ! 砕けた付き合いが出来る男の方が良いに決まってるって事だよ! この間だって見ただろ!? 彼女の心底楽しそうなあの笑顔」
“よし!言ってやった!”と思ったのも束の間、腹を抱えていたジャックがピタリと笑うのを止めた。窓枠にもたれていた身体を反動をつけて起き上がり、健人の前につかつかと歩みを進める。健人の前でその足を止めると絶対零度の冷ややかな眼差しに射抜かれ、健人は思わず身体を仰け反らせた。
「なっ、なんだよ」
「君は彼女に何を与えて上げられるんだ? 地位・名声・権力・財力。全て持っている僕には、彼女に与えて上げられるものが沢山ある。それだけじゃない、彼女に対する愛情は人一倍……いや、何十倍、何百倍も惜しみなく注いでいるつもりだ。これ以上のものはないだろう? こういうのも男の魅力の一つになるんだ。いいかい? 君は僕と彼女を取り合うゲームのスタートラインにすら立ててないんだ。参加する事すら出来ないんだからね、いい加減身の程を知るがいいよ」
「っ!」
――「ケント君」
最後にそう付け加えると、ジャックは打ち合わせ室から姿を消した。
一気に捲くし立てられてしまった健人は、昨晩凄まれた時と同様に言い返す言葉が見つからず、ただその場に立ち尽くしていた。彼の言っている事は的を射ていて、ぐうの音も出なかったと言うのが本当のところだ。
叶子につく虫を自ら排除しようとするジャックの叶子に対する愛情は本物だ。昨日今日、彼女の事を本気で気になりだした程度の健人には、到底太刀打ち出来そうにもない。その事を、他でもないこの男に、ことごとく思い知らされる羽目となった。
「くっそ!!」
ジャックに対し、完全に負けを喫した健人はその場で硬く拳を握り締め、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
ただ、ただ、人は訪れる日々を何となくやり過ごしていく。
ジャックと出会ってしまった事で叶子自身だけでなく、周りの人間にも変化を及ぼしている事にふと気付く。
健人は彼と出会った事により叶子に夢中になり、藍子は彼に出会った事により叶子を陥れる計画を企てる。
叶子の知らぬ間に物事がどんどん進んで行っている様で、少なからずの恐怖を覚えた。
――彼は一体何者なのだろう?
いつしか彼の事をそんな風に思うようになってしまった。
◇◆◇
「では、そういう事でこれからも宜しくお願いします」
打ち合わせ室で皆が一斉に席を立つ。窓際に立って外の景色を見ていたジャックは、皆が席を立つのを見計らって声を掛けた。
「ああ、君はちょっと残ってくれる?」
「……はい」
あからさまに嫌悪の表情を浮かべている健人を見て、ボスがそっと耳打ちする。
「(くれぐれも粗相の無いようにね!)」
「……」
健人の肩をポンポンッとボスが叩くと、打ち合わせ室の扉がバタンッと音を立てて閉ざされた。それと同時に、窓の外を見ていたジャックはくるりと振り返ると腕を組んで軽く足を交差させ、そのまま窓枠にもたれかかって鋭い視線で健人を射抜いた。
窓の外から差し込む橙色の光がジャックを包み込む。ゆるく結んだ肩ほどの長い髪。タイトなスーツを品良く着こなし、ノーネクタイのシャツはボタンが二、三個外されていて、覗かせた喉仏に大人の男の色香を漂わせている。ルーズにおろされた前髪の隙間から、人を見極める様な大きなブラウンの瞳で物言いたげにじっと健人を見つめていた。
“男でさえも見惚れる男”
ジャックにはそういう言葉が良く似合う。自分には無い大人の男の魅力を醸し出すジャックに、イラツキを覚えた。
「健人君……だったかな?」
「健人でいいです」
今回の件で、彼とは同じスタートラインに立っていると自負していた健人は、“君”付けされるのを拒んだ。相手はクライアントではあるが、今のこの瞬間はきっと、野嶋叶子と言う一人の女性を賭けた男と男でしかないのだと、対等である事を望んだ。
「君、この間僕があっちこっちの女性に手を出してるって言ってたよね? あれ、どういうことか説明してくれるかな?」
「そのままですけど……。カナちゃんがそう言ってたし。実際、藍子先輩にも手ぇだしてたでしょ?」
「アイコ……ああ、アイコちゃんの事か。手を出すって、僕はただ仕事の話を電話でニ、三回しただけだけど? それが君の言う“手を出している”って言う行為に当てはまるのなら、僕は君の言った通りあちこちの女性は愚か、男性にまでも手を出している事になるね」
クックックと含み笑いをして、遠まわしに健人の言う事を全否定した。
「カナといい君といい、何か勘違いしてないかい?」
「……」
叶子の名前が出た瞬間、ジャックの表情が急変し眉間に皺が寄る。口元は笑っているが、細められた目はまるで見えにくいモノを見るような、健人と言う人間を観察しているようだった。
「君はカナのなんなの?」
「“今は”後輩です」
「『今は』? もしかして、これからカナとどうにかなるつもりでいるの?」
フンッと鼻で笑うジャックにむっとした健人は、自分の置かれている立場を忘れジャックに食って掛かった。
「今はそうかもしれないけど、いつか絶対振り向かせて見せるよ!」
急に声を荒げた健人を見て、ジャックは腹を抱えて笑い出した。
「っ! なっ何が!?」
「はははっ……! あのねぇ、言ったでしょ? カナは僕の恋人だって」
「カナちゃんはあんたと別れたって言ってたよ!」
その台詞に一瞬ジャックの顔が凍りついた。
「カナがそんな事言うわけが無い。昨夜だってあんなに何度も愛し合ったんだからね」
「っ!?」
瞬きをも忘れ、一段と低い声で健人に戒めるように昨晩の情事を語る彼の目は又、生気を感じられない。
「ん? 何? 悔しいの? はっ、悪いが君の出番は回ってこないよ」
仕事上での立場だけでなく、ここでも優位に立とうとするジャックは健人を罵倒し、どんどん感情的にさせていく。その様はまるで、相手を感情的にさせる事により相手のミスを引き起こそうとする戦術にも見て取れた。
健人はそんな彼の策略にも気付かずに、まんまとぬかるみに自分から足を踏み入れてしまった。
「か、勝手に言ってろよ! 遠くのステーキより近くの鯖の味噌煮が良いって事があんたにもわかる日がすぐにやって来るから!」
健人の苦し紛れとも言える言葉を聞き、ジャックは大きな目を更に拡大させてパチパチと瞬きをしている。一気に笑いがこみ上げてきたのか、手を叩いて健人を嘲笑った。
「な、何がおかしいんだよ!」
「あ、あのね、君。人と話をする時はちゃんと相手に話が伝わる様な物の言い方をしないといけないよ? それが社会人としての常識だと思うけどね」
笑われた事が余程悔しかったのか、それとも彼の言っていることが正論過ぎて恥ずかしくなったのか、健人の顔が少し赤くなった。
「つ、つまり、あんたみたいなお高い人間と一緒に居るよか、俺みたいな同じ視線でものを見れる……って言うか。と、兎に角っ! 砕けた付き合いが出来る男の方が良いに決まってるって事だよ! この間だって見ただろ!? 彼女の心底楽しそうなあの笑顔」
“よし!言ってやった!”と思ったのも束の間、腹を抱えていたジャックがピタリと笑うのを止めた。窓枠にもたれていた身体を反動をつけて起き上がり、健人の前につかつかと歩みを進める。健人の前でその足を止めると絶対零度の冷ややかな眼差しに射抜かれ、健人は思わず身体を仰け反らせた。
「なっ、なんだよ」
「君は彼女に何を与えて上げられるんだ? 地位・名声・権力・財力。全て持っている僕には、彼女に与えて上げられるものが沢山ある。それだけじゃない、彼女に対する愛情は人一倍……いや、何十倍、何百倍も惜しみなく注いでいるつもりだ。これ以上のものはないだろう? こういうのも男の魅力の一つになるんだ。いいかい? 君は僕と彼女を取り合うゲームのスタートラインにすら立ててないんだ。参加する事すら出来ないんだからね、いい加減身の程を知るがいいよ」
「っ!」
――「ケント君」
最後にそう付け加えると、ジャックは打ち合わせ室から姿を消した。
一気に捲くし立てられてしまった健人は、昨晩凄まれた時と同様に言い返す言葉が見つからず、ただその場に立ち尽くしていた。彼の言っている事は的を射ていて、ぐうの音も出なかったと言うのが本当のところだ。
叶子につく虫を自ら排除しようとするジャックの叶子に対する愛情は本物だ。昨日今日、彼女の事を本気で気になりだした程度の健人には、到底太刀打ち出来そうにもない。その事を、他でもないこの男に、ことごとく思い知らされる羽目となった。
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