運命の人

まる。

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第3章 噛み合わない歯車

第8話~誤解~

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 健人を一人残したまま、走り去った車の中では沈黙が続いている。そんないつもと違う二人の様子を、時折ビルがルームミラー越しに窺ってはやれやれと言わんばかりに頭を振った。
 狭い路地裏に車を停めていたのもあり、二人が乗り込んだ途端車を出すには出したが行き先はまだ告げられていない。ビルはやっかいごとに首を突っ込みたくないのか、あてもなく走り続けるのだけは何とかして避けたいと思っている様子だった。

「ジャック、家でいいのか?」
「ああ」

 ジャックは肘をついた状態で、外の景色を瞬きもせずにじっと見つめている。窓ガラスに映るジャックの表情は険しく、とても声をかけれる様なものではない。きっとジャックが何か勘違いをしているのだと叶子は思っているものの、結局彼の家に着くまでお互い一言も言葉を発する事が無かった。

 ジャックの家の扉の前に到着する。いつもならば叶子側の扉をジャックが開けてくれるのだが、今日は車から降りるとさっさと一人で玄関へと向かった。その態度が、今の正直な気持ちなのだという事をよく表していた。

 遠ざかっていくジャックの背中を見て一気に不安になってしまったのか、叶子は身体が拒否反応を起こし車から降りる事が出来ずにいた。一つの視線を感じて前を向くと、ミラー越しにビルが苦笑いを浮かべている。何か言葉をかけられるわけでもなく、叶子から声を掛けるでもない。ビルには悪いと思いながらもそれでも車から降りるのを躊躇していると、突然ガバッと扉が開かれた。いつまで経っても車から降りようとしない叶子にどうやら痺れを切らしたのか、彼女の手を掴むと車から引き摺り下ろした。

「い、痛いよ、手を離して」
「――」

 叶子の言葉を聞くつもりはないのか振り返りもせず家の中へと足を進める。引っ張られる様な状態で、暗くて長い廊下をどんどん歩いていく。足の長いジャックの大きなコンパスでは、叶子はついていくのがやっとだった。

 握られた手首が痛い。引っ張られる腕が痛い。
 何を言ってもジャックの耳には届かなかった。

 ジャックの部屋に入ると、右手は叶子の手首を握りしめたまま左手に持っていたコートをソファーに向かって放り投げた。そして、一直線にベッドルームへと足を進め、コートを放り投げたのと同じ様にして叶子を広いベッドの上に突き放した。

「っ」

 弾みで目を固く閉じていた叶子だったが、すぐにジャックが自身の上に覆いかぶさって来たのが目を瞑っていてもわかる。

「ち、ちょっ、……な、に」

 問いかけに一切応じようとしないジャックの顔は無表情で、絶対に目を合わせようとはしなかった。
 淡々と叶子の首筋に顔を埋め、舌を執拗に這わせている。相手の気持ちなど構わず、ただ己の欲望を満たそうとしているかの様に思えた。

「ね、ねぇ、やめて、話を聞いてよ!」

 ジャックの肩を必死で押し返したところで、本気になった男の力の前では非力な女の抵抗など何の意味も無さない。幾ら細身とは言え、服の上から手で触れただけでもわかる筋肉質な彼の肢体。どうあがいても敵うわけが無いのだ。
 それでも何の話し合いも無くただ身体を差し出すだけでは、彼の家に初めて来た時と同じだ。

(ちゃんと本当の事を話せばわかってくれるはず)

 しかし、その願いは叶子の独りよがりでしかなかった。
 シャツのボタンにジャックの手が伸びた時、叶子は更に激しく抵抗した。叶子の腹部に跨っているジャックは一度上体を起こすと、首元のネクタイをするすると解いた。

「ねぇ、お願い。ちゃんと話し合おうよ。こんなのおかしいよ、ね?」
「……」

 叶子が何を言おうが顔色一つ変わらない。彼女の細い手首を両手で掴むと頭上でその手首を重ね、片方の手だけで彼女の両手首を掴んだ。

「――っ! やっ! 何するの!?」
「……」

 終始無言でその重ねた手首を先ほど解いたネクタイで縛り付けていく。もがけばもがくほどジャックから与えられる手の圧迫が強くなる一方で、次第に手首に痺れを感じだした。

「……と、――、の……?」
「え?」

 ジャックがやっと口を開いたものの、蚊の鳴くような小さな声で上手く聞き取れない。思わず聞き返してしまったことを叶子はすぐに後悔することとなった。

「彼と……。――あの男とセックスしたのかって聞いてるんだ!!」

 突然鋭い目つきで大声で怒鳴りつけられ、思わず肩を竦めて目を閉じた。
 ゆっくりと目を開けてみれば、気が狂ったかのように怒りを露にしているジャックが、奥歯をギリッと噛み締めながら叶子を見下ろしている。

「な、何を言って……勘違いだよっ!」
「勘違い? ……はっ、そうだったらどんなに良かった事か!」
「本当よ! ちゃんとわけを話すから! お願いだからこんな事しないで!」

 ――これ以上、不信感を抱かせないで。

 彼にまつわる噂話のせいで、疑心暗鬼になっていたこと。信じたいのに追い打ちをかける様にまた新たな話を聞かされ、つい嘘を吐いてしまった事。
 全てを打ち明け、わかり合いたい叶子だったが、ジャックは怒りの余り周りが見えなくなっているのかどんどん感情的になっていった。

「やっとわかったよ、僕を避けてた本当の理由が。あんな奴が君を……許せない」
「――っ!?」

 完全に健人との仲を疑ってしまったジャックは、かなり混乱していた。そんな彼の言葉に叶子の顔が一気に青ざめる。叶子の髪を撫でながら微笑むジャックの目は、生気を感じる所か正常な人間とは思えなかった。

 叶子の身体を舐めるように見つめながらジャケットを脱ぐと、それをベッドの外に放り投げる。激しく抵抗したためにずり上がってしまったスカートは、もはや本来の役割を果たしていない。程よく肉付いた艶かしい太腿が無造作に投げ出され、それが逆にジャックを誘っているようにも見えた。

「カナ、綺麗だよ」
「やっ――!」

 叶子の抵抗も虚しく、情け容赦なく内腿にその大きな手を伸ばしていった。




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