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第22話~自制心~
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テレビもまだ無いリビングで、僕達は離れて座っている。いつもだったら雑音に紛れて聞こえないのに、ダンボールの上に無造作に置かれた掛け時計がカチコチカチコチと時を刻む音が、今日はやけに目立った。
一定のリズムを刻む針の音はまるで催眠術のようだ。引越しの作業で疲れ果てていた僕の頭を、否が応にももたげさせた。
「せめて本でもあれば、時間を潰す事が出来るのに」と、積み重ねられたダンボールの前でひとりごちる。掠れた声で「そうね」と呟くスージーもまた、降りてくる瞼と戦っていた。
◇◆◇
「え?」
僕は息をするのを忘れるくらい呆然となった。
余計な事を考えて後で沈むよりかは、何も考えない方が身の為だと自分に言い聞かせ、スージーが話し出すのをただじっと待っていた。
スージーは両手の指先同士をあわせ、視線を逸らす。僅かに頬が紅潮していた。
「あの、私がちょっと他の部屋に行ってる隙にね、二台ともこの部屋に入ってたの。ちゃんと私が説明してなかったから、おじさん達間違えちゃって」
ほら、やっぱり。
スージーが僕と“そうなりたい”と思ってそうしたのかなとか、変に勘繰らなくて良かった。幾らなんでも勘違い甚だしい。
「ああ、そっか。それじゃあ仕方ないね。今度ウィルでも呼んで手伝ってもらうよ」
スージーはまだ下を向いたままで、なんだか落ち着きが無い。その様子を不思議に思った僕は、彼女にもう一度尋ねてみた。
「何? まだ何かある?」
すると、更に顔を真っ赤にして、コクンと頷いた。
「あ、あの……本当はね、ベッド離れてたんだけどね、おじさんに『奥さん達、新婚さんでしょ? ベッドくっ付けときましょうか?』って言われて。奥さんって言われたのが嬉しくて、つい『お願いします』って言っちゃったの」
「……」
そう言うと、スージーはもう無理と言わんばかりに両頬を押さえ、部屋から飛び出していった。
「――え?」
改めてピッタリと仲良く寄り添っているベッドを見ると、僕の顔は一気に火が着いたみたいに顔が熱くなった。
◇◆◇
頭を何度ももたげさせている僕を見かねて、スージーが声を掛けてきた。
「先生? 疲れてるなら、もう休んだ方がいいんじゃない?」
「ん? ああ、そうだね。僕はこの辺で寝るから、スージーは――」
そう言い掛けてスージーに目をやると、眉間に皺を寄せて悲しそうな顔をしていた。
「スージー?」
「先生。昨日、ウィルさんに言った事は嘘なの?」
「昨日?」
昨晩、スージー、ウィル、直海の三人の前で『スージーを愛している』と啖呵を切った事が脳裏に蘇り、顔中に熱が集まるのを感じた。
「い、いや、嘘じゃないよ。でもね」
「じゃあ、どうしてそんなに私を避けるの? 好きだったら、その人の側に居たいって思うものじゃないの?」
「さ、避けてるんじゃないんだよ? 困ったなぁ、何て言ったらいいのか」
「だって、今でも避けてるじゃない! こんなに離れて座って」
僕は改めてスージーとの距離を見ると、確かにスージーの言う通り、彼女を避けてると思われても仕方が無い程、僕達は離れて座っている。
彼女を避けているつもりは毛頭無かったが、この落ち着かない空間に彼女と寄り添うように座るのもどうかなと思った僕は、あえて離れて座っていたのだった。
彼女への気持ちを露にした事で、僕一人だけ意識してしまったのか、今まで通り接する事が出来なくなっていた。
誤解を解くために、僕は立ち上がりスージーのすぐ側に座り込んだ。拗ねた風の彼女の顔を覗き込むと、「これでいい?」と尋ねた。一瞬、首を縦に振ろうとしていたが、慌てて口を尖らせながら横に振りなおした。
「ふむ」
組んだ手を何度も顎に打ち付け、どうすれば彼女のご機嫌を直すことが出来るのかと考える。やがて一つの答えにたどり着いた僕は、思いきってスージーの肩に腕を回すとそっと引き寄せた。
「どう?」
コツンッと、スージーの頭が僕の鎖骨に当たる。僕の腕の中でニッコリと微笑むと、そのまま僕にもたれかかってきた。
良かった、これが正解だったんだ。と、ホッと胸を撫で下ろした。
さて、スージーの機嫌も直った事だし、今後の為に今の内に彼女に僕の思っている事を理解してもらわなければ。
コホン、と一度咳払いをすると、僕の肩で目を閉じながら微笑んでいるスージーの顔を覗き込むようにして声を掛けた。
「あの、スージー? もう昨日、あんな事言ってしまったから洗いざらい言うけど。僕は君の事を意識し過ぎてしまって、以前の様に添い寝する事はもう不可能なんだよ。――僕の言ってる意味、わかる?」
「……うん、なんとなく」
「冷静な振りしてるけど、それは照れ隠しで。今だって実はね、心臓が口から飛び出そうなんだよ?」
スージーの手を取り、自分の胸にあてた。
「ほんとだ、手が跳ね返ってきそう!」
笑顔で顔を上げたスージーと、彼女を見下ろす僕との視線が交差する。僕は一体、今、どんな顔をしてるんだろうか。僕の顔を見た途端、スージーの笑顔が徐々に消えていくのがつぶさに感じ取れた。
しばらく、お互い目を離す事が出来ないで居ると、スージーの視線が徐々に僕の口元へ下がっていく。
「ほ、ほら! そんな顔されちゃあ、もう、僕どうしていいかわからないよ」
いつからスージーはこんなに艶っぽい表情をするようになったんだろう。僕と離れている間に、誰かを想っていた事があったのだろうか?
場の雰囲気を変えるためにたまらずおどけてみたものの、明らかに僕が動揺しているのはバレていた。
やけに男性に慣れてる風なスージーを感じて、やきもきする自分がどうしようもなく情けなく、もう、どっちが年上なのかもわからない。
混乱している僕を見て、スージーはクスリと笑った。
「先生? 知ってた? ――私の初恋の人は先生なの。で、今、好きな人も先生。そして、私の夢は先生のお嫁さんになる事よ」
「――」
絶句している僕に、至って穏やかな口調でスージーがそう言うと、僕の頬に唇を触れさせた。
「おやすみなさい」
「おや、すみ」
スージーは立ち上がるとやんわりと微笑みながら、扉の向こうへと姿を消した。
一定のリズムを刻む針の音はまるで催眠術のようだ。引越しの作業で疲れ果てていた僕の頭を、否が応にももたげさせた。
「せめて本でもあれば、時間を潰す事が出来るのに」と、積み重ねられたダンボールの前でひとりごちる。掠れた声で「そうね」と呟くスージーもまた、降りてくる瞼と戦っていた。
◇◆◇
「え?」
僕は息をするのを忘れるくらい呆然となった。
余計な事を考えて後で沈むよりかは、何も考えない方が身の為だと自分に言い聞かせ、スージーが話し出すのをただじっと待っていた。
スージーは両手の指先同士をあわせ、視線を逸らす。僅かに頬が紅潮していた。
「あの、私がちょっと他の部屋に行ってる隙にね、二台ともこの部屋に入ってたの。ちゃんと私が説明してなかったから、おじさん達間違えちゃって」
ほら、やっぱり。
スージーが僕と“そうなりたい”と思ってそうしたのかなとか、変に勘繰らなくて良かった。幾らなんでも勘違い甚だしい。
「ああ、そっか。それじゃあ仕方ないね。今度ウィルでも呼んで手伝ってもらうよ」
スージーはまだ下を向いたままで、なんだか落ち着きが無い。その様子を不思議に思った僕は、彼女にもう一度尋ねてみた。
「何? まだ何かある?」
すると、更に顔を真っ赤にして、コクンと頷いた。
「あ、あの……本当はね、ベッド離れてたんだけどね、おじさんに『奥さん達、新婚さんでしょ? ベッドくっ付けときましょうか?』って言われて。奥さんって言われたのが嬉しくて、つい『お願いします』って言っちゃったの」
「……」
そう言うと、スージーはもう無理と言わんばかりに両頬を押さえ、部屋から飛び出していった。
「――え?」
改めてピッタリと仲良く寄り添っているベッドを見ると、僕の顔は一気に火が着いたみたいに顔が熱くなった。
◇◆◇
頭を何度ももたげさせている僕を見かねて、スージーが声を掛けてきた。
「先生? 疲れてるなら、もう休んだ方がいいんじゃない?」
「ん? ああ、そうだね。僕はこの辺で寝るから、スージーは――」
そう言い掛けてスージーに目をやると、眉間に皺を寄せて悲しそうな顔をしていた。
「スージー?」
「先生。昨日、ウィルさんに言った事は嘘なの?」
「昨日?」
昨晩、スージー、ウィル、直海の三人の前で『スージーを愛している』と啖呵を切った事が脳裏に蘇り、顔中に熱が集まるのを感じた。
「い、いや、嘘じゃないよ。でもね」
「じゃあ、どうしてそんなに私を避けるの? 好きだったら、その人の側に居たいって思うものじゃないの?」
「さ、避けてるんじゃないんだよ? 困ったなぁ、何て言ったらいいのか」
「だって、今でも避けてるじゃない! こんなに離れて座って」
僕は改めてスージーとの距離を見ると、確かにスージーの言う通り、彼女を避けてると思われても仕方が無い程、僕達は離れて座っている。
彼女を避けているつもりは毛頭無かったが、この落ち着かない空間に彼女と寄り添うように座るのもどうかなと思った僕は、あえて離れて座っていたのだった。
彼女への気持ちを露にした事で、僕一人だけ意識してしまったのか、今まで通り接する事が出来なくなっていた。
誤解を解くために、僕は立ち上がりスージーのすぐ側に座り込んだ。拗ねた風の彼女の顔を覗き込むと、「これでいい?」と尋ねた。一瞬、首を縦に振ろうとしていたが、慌てて口を尖らせながら横に振りなおした。
「ふむ」
組んだ手を何度も顎に打ち付け、どうすれば彼女のご機嫌を直すことが出来るのかと考える。やがて一つの答えにたどり着いた僕は、思いきってスージーの肩に腕を回すとそっと引き寄せた。
「どう?」
コツンッと、スージーの頭が僕の鎖骨に当たる。僕の腕の中でニッコリと微笑むと、そのまま僕にもたれかかってきた。
良かった、これが正解だったんだ。と、ホッと胸を撫で下ろした。
さて、スージーの機嫌も直った事だし、今後の為に今の内に彼女に僕の思っている事を理解してもらわなければ。
コホン、と一度咳払いをすると、僕の肩で目を閉じながら微笑んでいるスージーの顔を覗き込むようにして声を掛けた。
「あの、スージー? もう昨日、あんな事言ってしまったから洗いざらい言うけど。僕は君の事を意識し過ぎてしまって、以前の様に添い寝する事はもう不可能なんだよ。――僕の言ってる意味、わかる?」
「……うん、なんとなく」
「冷静な振りしてるけど、それは照れ隠しで。今だって実はね、心臓が口から飛び出そうなんだよ?」
スージーの手を取り、自分の胸にあてた。
「ほんとだ、手が跳ね返ってきそう!」
笑顔で顔を上げたスージーと、彼女を見下ろす僕との視線が交差する。僕は一体、今、どんな顔をしてるんだろうか。僕の顔を見た途端、スージーの笑顔が徐々に消えていくのがつぶさに感じ取れた。
しばらく、お互い目を離す事が出来ないで居ると、スージーの視線が徐々に僕の口元へ下がっていく。
「ほ、ほら! そんな顔されちゃあ、もう、僕どうしていいかわからないよ」
いつからスージーはこんなに艶っぽい表情をするようになったんだろう。僕と離れている間に、誰かを想っていた事があったのだろうか?
場の雰囲気を変えるためにたまらずおどけてみたものの、明らかに僕が動揺しているのはバレていた。
やけに男性に慣れてる風なスージーを感じて、やきもきする自分がどうしようもなく情けなく、もう、どっちが年上なのかもわからない。
混乱している僕を見て、スージーはクスリと笑った。
「先生? 知ってた? ――私の初恋の人は先生なの。で、今、好きな人も先生。そして、私の夢は先生のお嫁さんになる事よ」
「――」
絶句している僕に、至って穏やかな口調でスージーがそう言うと、僕の頬に唇を触れさせた。
「おやすみなさい」
「おや、すみ」
スージーは立ち上がるとやんわりと微笑みながら、扉の向こうへと姿を消した。
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