B級彼女とS級彼氏

まる。

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第2章 真実

第13話〜謝罪〜(小田桐視点)

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「ああ、わかった……じゃあ。……――ふぅ」

 受話器を置き、パソコンへ向かう。最近私生活がバタバタしていた所為で、後回しにしていた仕事のツケが今になって回って来た感じだった。
 私生活の方はあらかた片付いたには片付いたが、俺の役目はまだまだ終わってはいない。今日もこれから芳野を央に会わせるという大事な役目が待っていた。

「――? しまった、もうこんな時間か」

 仕事に集中しだすと、ついつい時間が経つのを忘れる。芳野との約束の時間が差し迫って居る事に気付いた俺は、急ピッチで仕事を進めた。

「――」

 ――『“パパ”って呼んでいいですか?』

「……っ」

 不意に、昨夜央が言った言葉が頭の中に浮かび、スムーズにキーボードへ打ち込んでいた手元が乱れ始めた。画面に意味不明な言葉の羅列が表示されている事で、動揺しているのが顕著に現れ出ている。それだけではなく勝手に上がり始めた口角に驚き、慌てて片手で口元を塞いだ。

「……マジかよ」

 嬉しいような照れくさいような。それでいて、少し困ったなといった幾つもの感情がぐるぐると頭を駆け巡る。誰かが見ているわけでもないのに、このままにやけた顔で仕事をする気にもならず、顔の筋肉が落ち着くまでしばらくじっとしていた。

 集中力を取り戻し、仕事の方も何とか目処がついた。外していた腕時計を手に取り時間を確認すると、いい時間になっていた事に気付く。

「そろそろ行くか」

 両手をぐんと伸ばして凝り固まった筋肉をほぐすと、俺はようやく椅子から立ち上がった。

「……?」

 ノックもなしに社長室の扉が開く音が聞こえる。誰が入って来たのだろうかと後ろを振り返ったものの、入口で手間取っているのかその人物の姿はまだ見えない。が、扉にかかっている大きな手とチラッと見える黒髪。そして、すぐそこに居るジュディスの声がいつもより半音上がっている事で、誰が訪ねて来たのか自ずとわかった。

 ――タイミング悪いな。
 そう思いながら再び扉に背を向け、シャツの袖にカフスリンクスを留め始めた。

「あっ、じゃあ、また後で。……うん」

 がさがさと沢山の紙袋がぶつかる音と共に、扉が閉まる音が聞こえる。俺はかわらず背を見せながら、その突然の訪問者に声を掛けた。

「今帰ったのか? ――ジャック」
「あ、うん、ただいま。お土産持ってきたんだ」
「それはそれは、ご丁寧にどうも」

 デスクの上に置いた腕時計を取り、それを腕に巻き付けながらジャックのいる方へと向かう。長椅子に座ったジャックの手には、予想通り複数の紙袋が握りしめられていて、その中の一つから少し大きめの箱を取り出すとテーブルの上に置いた。

「これ、ブランドンのね」
「サンキュー。ところでカナコは? 一緒じゃないのか?」

 コートハンガーにかかっているジャケットを取り、袖を通しながらそう言った。

「下で待ってる。自分は部外者だからーとかなんとか言っちゃってさ。僕の奥さんだから部外者ってわけでもないのにね。って、あれ? もしかして今から出るとか?」

 ジャックの相手をしながらも、俺が出かける用意を着々と進めていた事にやっと気付いた様だ。仕方ない。せっかく土産を持って来てくれた事だし少し相手でもしてやるかと、ジャックの向かいに腰を下ろした。

「ああ、ちょっと約束があってな」
「えー? おっかしいなー。さっきジュディスに聞いたら、今日はもう何も予定は無いって言ってたんだけど?」
「あ」
「え?」

 しまった。ジュディスにそれを言っておくのをすっかり忘れていた。
 またどやされるのが目に見えてわかる。どうすれば逃げ切る事が出来るのかと、大きなため息を吐きながら片手で顔を覆った。

「……ジャック、お前今日は何時までここにいる?」

 こうなったらジャックを頼るしかない。少しでいいからジャックがジュディスの相手をしてくれるだけで、彼女の機嫌が随分違ってくるのをわかっての事だった。

「んー? お土産配り終わったからもう帰るよ?」
「そこを何とか! ――……何だこれ?」

 ガバッと顔を上げると、俺へのお土産だと言っていたものをジャックが勝手に開けていた。いや、まぁ、その事自体は特段問題ないのだが、それよりも何よりもその土産と言うものが俺の予想を遥に超えるものだった。

「何ってブランドン、知らないの? アフリカンマスクだよ。クールだよね」

 ジャックはそう言って細長い木製の仮面を手に取ると、自分の顔に当てがった。
 ……確か、新婚旅行はヨーロッパに行くと聞いたと思ったが、違ったのか。

「新婚旅行って……南アにでも行って来たのか?」
「いや? ドイツにフランス、あとイタリアだけど?」
「……だよな」

 じゃあ何故この土産を選んだのか、そして何故俺にこれをやろうと思ったのか。問い質すのも面倒になり、俺はその不気味な仮面を何も言わず有難く頂戴する事にした。

「……? あっ、まずい。――ジャック悪いが、俺そろそろ行かないと」
「――」

 お面をかぶったままのジャックにそう言うと、立ち上がって足早に扉へと向かう。ドアノブに手を掛けた時、俺が急いでいるのを知っているはずなのに、何故かジャックに呼び止められてしまった。

「あのさ――」
「あー……? ――っ」

 振り返ると、ジャックは長椅子に座ったままでゆっくりと顔から仮面を剥がした。そして、仮面の下から現れ出たジャックの表情を見て、俺は激しく動揺した。
 まさか、不気味な仮面の下にそんな顔が隠されていたとは思えない程、ジャックは酷く辛そうな表情を浮かべていた。

「さっき、……父さんにもお土産渡しに行ってさ」

 そう言うと、俺へ顔を向ける事無く、手にした仮面をじっと見つめながら小さな溜息を吐いた。言おうか言わまいかと悩んでいる様なその表情が何を物語っているのか、父親に会ったと聞いた時点で何となく理解する事が出来た。

「ごめん。まさか歩とそんな事になってたなんて、僕全然知らなくて」
「……何でお前が謝るんだ?」
「だって、――僕がブランドンと歩をもう一度引き合わせたから」

 手にしていた仮面をテーブルへと置くと、膝に両肘をつき、がっくりと力なく首を垂らした。

「ずっと気になっていた女性にやっと会えたと思ったら、自分の知らない内に自分との子供が居て。しかも、実の父親が二人の仲を裂こうと裏で手を引いてただなんて。僕がブランドンの立場だったら……辛いよ」

 俺と芳野の間であった事をどうやらジャックは全て知ってしまったらしい。かなり精神的ダメージを食らったのか、左手で額を覆うと特大の溜息を吐いた。

「正直、俺もこの感情をどこに向ければいいのかわからなかったよ」

 誰かを憎んで済む話であれば、俺はきっとそうしただろう。だが、誰かを憎んだ所でもうどうにもならない。過去はやり直せないのだとわかっているからこそ、今のこの現状を素直に受け入れるしかないのだ。

「お前には感謝してるよ。……ジャック」

 ジャックは何故か自責の念に駆られている。少しでも楽にさせてやるつもりで俺がそう言うと、やっと顔を上げて俺の方を見た。
 だが、眉根をぐっと寄せ、今にも泣きそうになっている顔を見ると俺の方が辛くなってくる。このままここに居てはまずいと思った俺は、そろそろ切り上げようと再びドアノブを握った。

「それと、前に言ってた“あの”話だけど……」
「――」

 背を向けたまま、ピタリと動きを止める。大きく深呼吸をすると心配そうにしているジャックに振り返った。

「ああ、わかってる。大丈夫、お前は何も心配することはない」

 ジャックが僅かに安堵の表情を浮かべるのを見届け、今度こそはと芳野の待つところへと向かった。

「――」

 不思議だな。芳野と再会する前までは、そんな話をした事すら覚えていなかったと言うのに、今となっては頭の片隅にずっとその事が気にかかって仕方が無い。

「さてと。……どう立ち回るべきか」

 考えた所でいい案がすぐに思いつくはずもなく、とりあえず今目の前にある問題を先に片付ける事に集中した。





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