B級彼女とS級彼氏

まる。

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第2章 真実

第2話〜対峙〜(小田桐視点)

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「……」

 まだ小さな赤ん坊ならまだしも、いきなりあんなでかい奴を自分の子供だと言われても、はい、そうですかとすんなり受け入れられるはずもない。しかも、自分には子供を作る能力がないのだと今の今まで信じて疑わなかったというのに、だ。

「はぁ……」

 突然聞かされた破壊力のあり過ぎる言葉の数々に、俺の頭の中の整理が未だに出来ないでいた。

「もうちょっと小出しにしろっての。あの人は俺を殺す気か」

 あの人らしいと言えばそうなのかもしれない。昔からいいことも悪い事も隠す事はしないが、聞かなければ言わないというような人だった。きっと、今回の事だって何で今まで言わなかったのかと問い詰めれば、聞かれなかったからだって答えが返って来るに違いない。あの人はそういう人なのだから。

 しかし、こんなに長い年月をかけて出会いと別れを繰り返し、しかも出来ない筈の子供が実は芳野の身体の中に宿っていただなんて。

「――」

 やはりあいつとは何かあるのだろうか。あれだ、運命の人? 的な。……って、おいおい、俺はそんなもん信じるタイプじゃなかったろ? 

「……ああ゛っ! 鬱陶しい!」

 ――さっきから、俺は何をグダグダやってんだろうか。
 ソファーに座ってこんな事ばかりを考えていてもいっこうに埒が明かない。とにかく、一つずつ片付けていきゃあいいんだ。
 再び携帯電話を握り締めると、俺の代わりに動いてくれる信頼出来る相手に電話をかけた。

「……ああ、俺だ。人を探している。名前は芳野 なかば、年は多分――」

 よし、この件はあとは時間が解決してくれるだろう。次がある意味一番手強い相手だと言えるのかも知れんな。 
 ジュディスが持ってきたノートパソコンを開くと、検索窓に“有限会社 サンセット”と打ち込んだ。


 ◇◆◇

 三十分程した後、誰かが訪れたのを知らせるベルが鳴る。扉を開けると二度と会うことはないだろうと思っていた男が息を切らして立っていた。

「案外早かったな」
「……なっ、あんっ……あゆ……ど、な!?」
「とりあえず落ち着け。話にならん」
 
 俺でも優に見上げる事が出来る、相変わらず大きな男。桑山はゴクリと息を呑むと、大きく深呼吸した。

「中へ」

 そのまま芳野が眠る寝室へと案内すると、桑山はすぐさまベッドの側に跪いた。

「さっき医者にせたが、疲労とストレスによるものだそうだ」
「……だ、大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。今は薬が効いてるからぐっすり眠ってる」
「そ、そうか」
「実は――」

 何があったのかを一通り説明する。安堵の溜め息を漏らす桑山を見て、こいつの芳野に対する思いはやはり特別なものなのだと感じた。

「ちょっといいか」
「……? あ、ああ」

 壁に預けていた背中を起こすと桑山をリビングへと呼びつけた。桑山は芳野の側から離れるのを惜しむかのように、何度も振り返っていた。
 ソファーに座る様に誘導し、お互い向かい合わせで腰を沈める。桑山はどうにも落ち着かないのか、両手で太ももを何度も擦りながらキョロキョロと部屋の中を見回していた。

「悪いな。普段誰も住んでないから何もないんだ」
「……あ、いや」

 そう言うと、何故か鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺の顔をじっと見ている。その事を不審に思っているとハッとした顔で桑山は視線を外した。

 ――んだよ、言いたいことがあれば言えよ。
 気にはなりつつも、ひとまず話を進めることにした。

「芳野は今あんたのとこにいるのか?」
「あ、ああ、そうだ。俺んとこで働いて貰ってる」
「あいつは今、どんな仕事をやっているのか教えてくれないか」
「……」
「?」
「あ、ああ、歩の話だな、すまんすまん」
「……さっきからあいつの話しかしていないが」
「ああ、そ、そうだな! えーっと……、歩には俺が撮ってきた写真の加工修正をやって貰ったり、クライアントとのやりとりなんかも任せてる感じかな。なんせ、俺がいつも日本に居るとは限らんからな」
「成人向けの?」
「いや、もうあの類いはやってない。お陰様でそれ以外でも食ってける位までには成長したよ」
「ふん」
「あとは簡単な…、そうだな料理写真なんかの依頼なら歩に任せる事もある」
「芳野はそれだけでやっていける程の収入はあるのか?」
「まぁ、そうだな。贅沢な暮らしは出来ないだろうが親子二人位ならなんとかなる位の給料は支払ってるつもりだ」
「そうか。良かった」
「……」

 相変わらず桑山はキョトンとした顔をしている。まるで奥歯に物が挟まっているかのようなその様子に、俺のイライラが限界を超えた。

「さっきからなんだ。言いたいことがあるなら遠慮せずに言ったらどうだ」
「や、そのー」
「気持ち悪いからさっさと言え」

 我慢できないとばかりにぷっと吹き出したかと思いきや、今度は大声でゲラゲラ笑い始めた。

「誰も笑えとは言ってない」
「わはは! すまんすまん! いやぁな、最初あんたを見たとき全然変わってねぇなぁって思ったのに、いざ話しだしたら昔と違ってえらく丸くなってるなーって思ってさ」
「……そりゃ人間二十年も経てばそれなりになるだろ」

 ――くそ、なんだコイツ。そんな事考えながら人の事じっとみてやがったのか。
 悔しいが、俺の知らない芳野をこいつは知っている。この二十年もの長い間、こいつが芳野達を守ってくれていた筈だ。現在の二人の関係が一体どういうものかはわからないし、わかりたくもない。だが、俺は俺で本気でぶつかっていこうと決めたからには、ちゃんと戦線布告じゃないがハッキリさせておかなければならないと思った。

「とにかく、もうあんたの役目はこれで終わりだ。後は俺が芳野達の面倒をみる」

 ゲラゲラ笑われたことにいら立ちを覚える。半ば吐き捨てる様にそう言うと、笑うのをピタリと止めた桑山は真剣な眼差しで俺をじっと見つめた。
 ふざけた態度を見せたと思えば急に真剣な表情を見せる。この男のこういう所が俺は昔から嫌いだった。

「ふん、やっぱり変わってねーな。自分の事しか考えてないお坊ちゃんだ」
「――なに?」
「どうせ歩にはなんも言ってねーんだろ?」
「……」
「はは。図星か」

 ああ、こいつ昔とちっとも変わっていない。何もかも全部見透かした様なこの態度が冷静に振る舞おうとする俺の心をかき乱す。

「あの歩が素直にあんたの世話になるわきゃないだろ」
「あいつにその気がなくても、俺にはその義務がある」
「義務?」

 聞き返された時、自分が口を滑らせてしまった事に気が付いた。これ以上この男と話すのは危険だと感じた俺は、もう帰ってくれと言わんばかりにソファーから立ち上がった。

「……話はもう終わりだ。後は芳野と話し合う。あんたも早く芳野の後釜でも探すんだな」

 だが、あいつはピクリとも動こうとしない。帰ろうとするどころか膝の上に両肘を置き、また俺の頭の中を覗き見するかの様な眼差しを向けた。

「なんだ」
「あんたさ、いくら俺がNGOの仕事を請けてるの知ってるからって、二十年も単なる仕事仲間の世話をしてやる程出来た人間だと思ってんの?」
「――何が言いたい」
「いい歳した男と女が一緒にいて、二人の間に何もなかったなんてこと言い切れないだろ? ってことだよ」
「っ」

 勿論、その可能性を全く考えなかったわけではない。だがそれはこの男だけではなく俺の知らないこの長い時を考えると、疑い始めれば切りがないことなのだ。現時点で芳野が未婚であると言うこと、そして芳野に一番近い存在はこの桑山であるという事を考えると、こいつを一番に疑うべきなのはわかっている。
 だが、結果を恐れた俺は見てみぬ振りをしようとしていた。

「……もし、二人に何かあるんだったら、それこそ結婚ぐらいしててもいいんじゃないのか?」

 苦し紛れに吐いた台詞に、桑山は余裕の笑みを浮かべた。

「はは。もう既に歩が未婚だってのも知ってんだ」
「少し前に本人に聞いた」
「まぁ、いいや。そうだな、俺たちはなんというか事実婚? っていうのかな。昔と違って今は割と多いだろ?」
「――っ!」

 事実婚。その言葉を聞き、自然と手に力が入る。と、同時に、やはり芳野の心を今更取り戻すことなど、不可能に近いのだと思い知らされた。
 ざまぁみろとばかりに桑山は俺を嘲笑うのだろう。そう思っていたが、あいつは何故か小さな溜息を吐き、頭の後ろに手を組み直すとソファーの背にもたれかかった。

「……と言いたいところだが、それは冗談だ」
「冗談?」
「そ、冗談。ってか、俺の妄想ってやつ。わはは!」
「……」

 ――ムカつく。

「俺をからかうのがそんなに楽しいか」
「ああ、楽しいね。しかし、こんなに素直に信じるんだったら冗談だって教えなきゃ良かったな」
「どういう意味だ?」

 頭の後ろに組んでいた手で膝をパンっと叩くと、桑山は勢いよく立ち上がった。

「どういうって……、そういう意味だよ。嘘一つ吐くだけでいらん虫が排除できるならそうしておけば良かったって事。だが、そんな姑息な手を使う程、俺も落ちぶれちゃいないんでね」
「あんた、やっぱり芳野の事――」

 桑山は俺の前に立ちはだかると、少し間を置いてから話し始めた。

「ああ。好きだよ、歩の事。やることだけやって面倒になったら捨てる様な男よりかはよっぽどね」

 鋭い眼光で睨み付けられ、思わず言葉を失う。桑山が芳野の娘の事を言っているというのが図らずもわかる。そんな風に思われるほど無責任な人間ではないつもりだが、結果だけを見てみれば桑山の言っていることは間違ってはいない。芳野の事を探そうと思えば探せたのに、あの頃の俺はそうすることが出来なかったのだから。

「どうせもう知ってんだろ? 央の父親が自分だってことも」
「……ああ」
「まぁ、そんなだから『義務』だなんて言葉を軽々しく言えるんだろうな。――二十年近く放ったらかしにしてたくせに」
「――っ!」

 奥歯がギリっと音を立てる。一度は力が抜けていたはずの掌は、再び拳を作っていた。
 俺が何も言い返さない事が余程満足だったのか、桑山の口元が僅かに上がる。スッと横を通り過ぎるとそのまま玄関へと向かった。

「おいっ! まだ話は――」
「今日の所は歩の無事も確認したしこのまま引き上げる事にする。目を覚ましたら俺に電話しろと言っといてくれ」
「チッ……余裕かよ」
「ははっ、まぁそうだな」

「んじゃぁ、後はよろしく」と桑山は終始余裕の態度を見せつけると、振り返りもせず去って行った。




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