B級彼女とS級彼氏

まる。

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第4章 恋の手ほどきお願いします

第13話〜秘密のお話〜

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 魔法使いの魔法に掛かったシンデレラのように、鏡に映る自分はみるみる変化を遂げいてく。普段何もしていないから眉毛を整える所から始め、梨乃さんには随分手間を掛けさせてしまった。だが梨乃さんにとってはその手間も楽しいとさえ思えるのか、あれやこれやと考えながら自分の思うがままに仕上げようとしている姿を見ていると、いらぬ心配だったのだと言う事がわかった。
 初めてフルメイクをし、髪もアップにされる。ラベンダー色のドレスを身に纏い、ピンヒール履けばなんとかそれなりに見える気がしてきた。
 きっと、今日の出席者は上流階級の人達ばかりだろう。普段は決してお目にかかる事はないであろう人たちの中に、自然と紛れ込めるくらいには……なれたと思いたい。
 ――にしても……、

「このドレス、選んだのって梨乃さんなんですか?」
「ええ、そうですよ。何か?」
「あっ、いえ。……その、立ってるだけだと別に問題ないんですが、歩くと足が結構露出するんですよねぇ」

 そう言いながらその場を数歩歩いて見せたのだが、当の梨乃さんはと言うとそれが一体どうしたのかとでも言いたげな表情でニコニコしながら首を傾げていた。
 そりゃあ太腿丸出しにしている梨乃さんに比べれば膝頭がたまに見えるくらいなんとも無いのだろうが、いつもくたびれたジーンズばかり穿いている私からするとこれはかなり落ち着かない状況だ。ショールを掛けてはいるものの剥き出しになった肩も寒々とする。やはり着慣れないものを着るとついあれやこれやと気に掛かってしまうのか、梨乃さん色に染められていく自分の将来を悲観しながら鏡の前を何度も往復していた。

「ふふふ。歩さん、とてもお綺麗ですよ。聖夜さんもきっと驚くでしょうね」
「はぁ」

 一体全体何のためにこんな格好をさせられているのかますますわからなくなりながらも、梨乃さんの後をついていくようにして寝室を出た。

「――、……あ」
「――? ……」

 いつの間に戻っていたのか、ソファーの側で小田桐が立っていた。先程までは普通のビジネスマン風なスーツ姿だったのが、今ではウィングカラーの白シャツにダークシルバーのユーロタイとタイリング。タイと同系色のベストと言う、なんともどこぞの小国の王子の様な出で立ちに変わっていた。
 普段はイタリアのマフィアと見粉う程の極悪っぷりが、服装一つで清廉潔白に見えるから不思議だ。私はその姿に完全に見惚れてしまっていたのだがどうやら小田桐も同じだったのか、袖口のボタンを留めながら瞬きもせずじっと目を丸く見開いていた。
 自分も見られている事に気付いた途端、スカートから飛び出した足を隠すようにして布を合わせ、これ以上隠しようが無い腕は組んでしまう事でその場を凌ごうとした。

「ちょっと、あんまジロジロ見ないでよ。ドレスと中身が伴ってないのは自分でもよくわかってんだから」
「ああ、すまん。思わず感心してしまった。梨乃の手に掛かれば流石の芳野でも“それなり”に化けれるんだなって思ってな」

 皮肉満載の言葉だったが、下手にお世辞を言われるよりかは全然良かった。幾ら化粧をして綺麗なドレスを着ていても、昨日今日で庶民が貴族になれるわけが無い。ついさっきまで乗り気では無かったが、その言葉で一気に肩の力も抜け今日と言う日を思う存分楽しんでやろうとまで思えるようになった。

「ちょっともう兄さん! 途中でほっぽって勝手にどっか行かないでよ!」

 ガチャッと扉が開いたと同時に少しご立腹な様子のジャッ君が入ってきた。ネクタイを片手で緩めながらズンズンとした足取りで部屋の中央までやってくる。

「お陰で散々あっちこっち引っ張りまわされ……、――えっ? あゆむ??」

 二度見してやっと私の存在に気付いたジャッ君はピタリとその場で足を止めた。ネクタイに手を置いたまま猫背になり、下から覗き込むようにして私を見ている。

「ジャッ君、ひ、久し振り」

 珍しいものを見たという顔でこう何度も上から下まで舐め回す様に見つめられると、先程ついた自信もあっさり失いそうになる。口元を引き攣らせながらジャッ君の視姦とも言える行動にしばらく耐え忍んでいた。

「うわっ! ほんとに歩だ!」

 両手を思いっきり広げながら近づいてくるジャッ君に少なからず危機感を覚える。この勢いでハグでもされればハイヒールの所為で覚束ない足元はすぐに崩れ、見るも無残に尻餅をついてしまうだろう。
 ジャッ君を制止するように両手を前に突き出し後ずさりを始める私を余所に、ジャッ君は勢いを変えずに突進してきた。

「すっごい綺麗……、っぐぅ」
「馬鹿かお前は。芳野が怖がってるだろ」

 そんな私の様子を逸早く察知した小田桐が、ジャッ君の襟首を掴んで制止する。まるでアニメの様な二人のやりとりに私は思わず噴出してしまった。
 ふと、昨夜の小田桐の様子を思い出す。二人の間に何か隔たりのようなものがあるのだろうかと推測していたのだが、こうしてみると仲の良い兄弟にしか見えない。気にはなりつつもいつか小田桐が自分から話してくれるのではないかと、深く追及するような真似はしないでおくことにした。
 突然、けたたましく部屋に備え付けてある電話が鳴り響く。梨乃さんがすぐに受話器を上げその電話の相手とニ、三、言葉を交わすとすぐに受話器を下ろした。

「お父様がご到着されたようです」

 梨乃さんのその一言で部屋中にピンと何かが張り詰めた。小田桐からはジャッ君が来ることくらいしか聞いていなかった私は、ついでに丸まった背筋もピンとなる。彼等の父親と会った事は無いが、あまりいい印象は持っていない。挨拶する事になった場合、ちゃんと愛想笑いが出来るかどうか心配になった。
 梨乃さんのその言葉を聞いた小田桐は、ジャッ君に目配せしてニヤリと口の端を上げた。

「役者は揃ったな。ジャック、お前は時間になったら――」
「大丈夫。ちゃんと連れてくよ」

 私にはさっぱりわからない会話を終えると、ブラックジャケットに袖を通しながら梨乃さんと一緒に小田桐は部屋を出て行った。

「え? 何? 行かなくていいの??」

 置いてけぼりを食らった私とジャッ君を交互に指で指し、最後に扉を指し示した。ジャッ君がソファーに腰を下ろしたので、私もつられて腰を下ろす。

「うん。兄さん達は父さんを出迎えに行っただけだし」
「そうなんだ。セレモニーとやらはいつ始まるの?」

 その時のジャッ君の顔を見て、私が的外れな質問をしてしまったのだと気が付いた。目を丸くして首を傾げるジャッ君と一緒に首を傾げていると、意外な返事が返ってきた。

「……セレモニーはもう終わったけど? 歩、もしかして出たかったの?」
「え!? そうなの!?」
「うん、ビルのエントランスでテープカット」

 鋏の形に模した手で、ジャッ君がテープを切るふりをした。
 冷静に考えてみればわかる事だった。新しくオープンするビルなのだから当然そこでセレモニーをするのが一般的なのだと。
 ジャッ君曰く、セレモニーが一通り終わるとマスコミやゲストと共に新しく出来たビル内をジャッ君とお父さんで案内して回っていたらしい。小田桐も一緒だったのだが突然姿を消したと言っていた。それはきっと私を迎えに来たからだろう。

「これはその後のパーティってとこかな。といっても立食だし肩肘張らなくていいからね」
「そ、そう。にしても何でいっつも小田桐はちゃんと説明してくれないのかなぁ」
「事細かく説明すると、歩が逃げ出すとかって思ったんじゃない?」

 何か思い浮かべてしまったのか、ジャッ君はクスクスと笑いながらそう言った。

「兄さんは昔っから歩には弱いよね」
「そう??」
「うん。……これ、内緒なんだけどね。絶対誰にも言わないって誓える?」
「うんうん! 誓う、誓う!」

 世の女性と言うものは、“内緒”や“秘密”が大好物だ。勿論、私もその一人であった。特にあの減らず口の小田桐の弱みを握れるとなると聞かずにはいられない。
 二つ返事をして身を乗り出すと、ジャッ君は組んでいた足を下ろし身を乗り出した。

「元々兄さんは僕とは違って天才肌だから大抵のことはそつなくこなすんだ。父さんもそれがわかってるから、何かと僕を引き合いに出してプレッシャーを与えるんだよね。僕は精一杯努力して今の立場にやっと立てたんだけど、兄さんが本気を出せば僕よりももっと凄い結果を出せる人なんだ。ったく、双子だってのに神様はどうしてこうも意地悪するんだろうね」

 そう言うと、ジャッ君は眉をひそめながら両手を上げ、天を仰いだ。

「そうなの? てっきりジャッ君の方が仕事が出来るんだとばかり。小田桐は仕事が終わる時間も結構早いみたいだし」

 家に来る時は大抵私より先に待ち構えて居るし、後で来た場合でも『今日ここへ来たの二回目』とかぶーたれた顔でよく言っていたのを思い出してそう言ったのだった。

「要領がいいって事だよ」
「あー、なる」
「兄さんってさ、長男ってだけでかなり厳しく育てられたんだ。どんなに辛い事があっても絶対涙を見せない人なんだけど、一回だけ兄さんが泣いてる所を見た事があってね。って、まぁ後でその時の話をしたら『泣いてない』ってあっさり否定されたんだけど」
「はは、小田桐らしい……」

 かわいくない所はもはやチャームポイントだと言っても過言ではないかも知れないと、ジャッ君の話を聞いて思ってしまった。

「兄さんが日本に居た時、僕暇だったから遊びに来てたでしょ? 初めて僕が歩に会ったあの日、歩の家から帰ってきた兄さんの様子がなんだかおかしくってね。どうかしたのって言ったら、どうしたら歩を救えるのかなって僕に訊いてきた事があったんだよ。その時彼の目に薄っすらと……ね」
「え……私?」

 ジャッ君は嬉しそうな顔で頷いた。

「そんな何でも要領よくこなす兄さんでも歩は苦手だったんだね。……ああ、苦手って悪い意味じゃなくて、そうだな。――“攻略できない”って表現した方が適してるのかな」

 小田桐と言う人物は自分が思っていたよりもっと深い感情を持っていたのだと知り、心が掻き乱される。小田桐が涙を見せたと思われる日はきっと私が家族の話をした日に違いない。泣きじゃくる私の話を淡々と聞いていたのだと思っていたのが、実はそうではなかったのだ。感情を表に出さない不器用な男だと知っていながら何故そんな事に気付けなかったのだろうかと、自分が情けなくなった。

「だから――、もっと自信持っていいよ、歩」

 動揺を隠し切れない私を気遣ってか、ジャッ君はそう言ってウィンクをするともう一度足を組んでソファーに背中を預けた。




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