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第一章 赤いゼラニウム
09.疑似『転移』の奇跡
しおりを挟む「いきますよ。準備は良いですか?」
「大丈夫です」
「いつでもオッケーです。ゴーゴー」
謎の襲撃者の侵入から三日経った。
相変わらずマオちゃんは目覚めないけれど、エイルさんがしっかりと治療してくれているため、容態は落ち着いている。目覚めなければ衰弱する一方だけど、肌つやは良いままだ。
流動食という、スープのような栄養価の高い食事があればこそだろう。本当、エイルさんの治療技術は凄まじいと思う。
そんなマオちゃんは、今、僕の背中に居る。
静かな寝息をたてて眠っているマオちゃん。眠った侭ではあるけれど、今すぐに起きたとしても不思議ではないくらい、落ち着いた表情をしていた。
今すぐ起きてくれたらどんなに嬉しいか。
一方で、マリアさんとエイルさんは、必要な荷物を全て収納に仕舞ってお出かけスタイルだ。そして二人とも、マオちゃんを背負う僕の手に触れている。
僕達が何をする心算か。
それは、簡単に言えば『転移』だ。魔王城ダンジョン限定だけどね。
「行きます」
二人からの了解の意を得た僕は、改めて皆の身体が触れ合っていることを確認して、破界のネックレスに魔力を篭めた。
ペンダントトップの魔石が怪しく輝き、マリアさんの結界が破壊された。
その瞬間に、奇跡が起こった。
まるで世界が壊れてしまったかのように、三六○度全てに亀裂が入る。壊れた硝子細工の中に居るように、空も、周囲の森も、地面も、全てに霹靂のような亀裂が入って、世界がズレる。
しかし、それはほんの数瞬の話。
マリアさん曰く、世界の自己修復機能によって部分的に破壊された世界が再修復するのだそう。その辺の機微は結界魔術を得意とするマリアさんにしか分からない部分ではあるのだけれど、実際、目に見えていた亀裂は直ぐになくなり、その瞬間に、僕達はさっきとは違う場所に立っているのだ。
「何度体験しても、不思議な感覚ですね」
マリアさんが不思議そうに空を見上げた。
彼女曰く、さっきの『転移』のような現象は、自分の結界魔術が破界のネックレスで内部から壊れる際に、外――つまりはダンジョンの一部も一緒に壊してしまうことで発生しているらしい。彼女の結界が周りの世界に働きかける程強力だから起きているらしいけど、理屈は僕にも良く分からない。
また、壊れたダンジョンをそのままにしておくことを世界が許さないらしく、壊れた部分が自己修復されて元に戻る。この自己修復が曲者で、壊れる前の状態に戻るのではなく、壊れたところを修復するような形で辻褄を合わせているというのが、マリアさんの見立てだ。生物が傷を治す時に、新しい肌を生み出して傷を治すのと同じ理屈らしいが、そもそも世界という概念が良く分からないので、完全な理解は出来ないでいる。
ただ一つ確かなことは、マリアさんが全力で張った結界の中で破界のネックレスを使用すると、ダンジョン内の別の場所に飛ばされるという事だ。
「――川がありますね」
エイルさんが周囲を確認しながら言う。
確かに、直ぐ近くには川幅が二メルト程の川が流れていて、周囲は自然豊かな森となっている。
「ようやく、森林エリアに戻ってきたか……」
僕は胸を撫で下ろした。
こんな感じで何度か転移を繰り返しているのだけれど、行き先がランダムだと言うことと、魔王城ダンジョンが広大だということが相まって、本当に何処に飛ばされるかが分からないのだ。
もう、僕も完全に迷子です。
一回目は、地下迷宮の何処かに放り出された。
その時は各々が触れ合っていなかったため、それぞれ別の場所に転移され、合流するのに手間取った。全員がそう遠くない場所に転移できていたことと、マリアさんの魔力探知のお陰で合流できたけれど、色んな奇跡が重なった結果だと思う。
今後の対応を話していた時、マリアさんが「全力の結界魔術を張った場合に、破界のネックレスで結界が破られてしまうのかどうかを検証したい」と意見し、僕達もその検証が必要だと判断したから試したことが切欠だから、手を繋いでいなかったのは仕方ないのだけれど。
もう少し慎重に検証しても良かったかな、と今になって思う。
そんなこんなで、マリアさんが全力で張った結界を破界のネックレスで壊すと、そんな『転移』現象が起きるということが分かったわけだ。
その発見の代償は、完全なる迷子。行き先がさっぱり分からないから、転移先がダンジョン内のどの辺りなのか、全く見当が付かないのだ。特に地下迷宮のような場所なんて、恐らく未発見エリアだろうし。
ただ、マリアさんの魔力にはまだ余裕があるとの事だったので、直ぐさま二回目の検証を行うことにした。
すると、今度は湿地エリアに飛ばされた。
森林地帯の隣に湿地エリアがあるのは知っているけど、此処が僕の知っている湿地エリアかどうかは分からない。
つまり、迷子はまだ継続中だ。
因みに、皆仲良く泥濘みに嵌まって身動きが取れなくなったところを、巨大スライムに襲われるというハプニング付だ。死ぬかと思った。
そして慌てて、逃走の為に三回目の『転移』を行う。
――というような事を何度も何度も繰り返して、漸く見覚えのある森林エリアまで戻って来たのだった。
「流石に大分魔力を使ってしまいました……。今日はここで野営しませんか?」
かなり疲れた様子のマリアさん。
転移の度に全力で結界を張って貰っているわけだから、相当な疲労度合いなのだろう。やり過ぎるとマオちゃんと同じように、魔力欠乏症になってしまいかねない。
僕達は、彼女の提案に同意した。
「助かります。まだ魔力は少し残っているので、結界はちゃんと張っておきますね」
そう言うと、マリアさんは結界魔術を発動する。
もう見慣れてしまった彼女の魔術。相変わらず構築速度と言い、魔力密度と言い、非の打ち所がない術だ。
魔物を通さない絶対安全領域が出来たことを確認した僕は、マオちゃんを地面に寝かせる。そして、荷物の中から寝袋を取り出して、マオちゃんを寝袋へ。
「マリアさんは疲れていると思いますので、ここでマオちゃんを見ていて下さい」
「ノアさん、ありがとうー。お言葉に甘えて、少し休ませて頂きます」
「ゆっくり休んでくださいね。――僕は食べられそうな物を探してきます。川があるから、魚とかがいると嬉しいですね」
「確かに! 山菜と魔物のお肉が多かったですから、お魚食べたいです!」
「では、私は薪代わりになりそうなものとか、薬草とかを探してきます。少しでもマリアさんの魔力回復の助けになるような物があれば良いのですが」
「うー、エイルさんも優しい。私は幸せだぁ」
出来る人ができることをやる。これが、少人数で力を合わせてやっていくための鉄則だからね。
ここまで力を振るってくれたマリアさんの為にも、それ以前に、僕がこうして動けるようになるまで面倒を見てくれた二人の為にも、僕にできることは何でもやらないと。
僕は頑張って幾つかの野菜と、川魚をゲットした。
久しぶりの魚はとても美味しかった。
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