上 下
9 / 12
第一章 赤いゼラニウム

09.疑似『転移』の奇跡

しおりを挟む

 「いきますよ。準備は良いですか?」
「大丈夫です」
「いつでもオッケーです。ゴーゴー」

 謎の襲撃者の侵入から三日経った。
 相変わらずマオちゃんは目覚めないけれど、エイルさんがしっかりと治療してくれているため、容態は落ち着いている。目覚めなければ衰弱する一方だけど、肌つやは良いままだ。
 流動食という、スープのような栄養価の高い食事があればこそだろう。本当、エイルさんの治療技術は凄まじいと思う。

 そんなマオちゃんは、今、僕の背中に居る。
 静かな寝息をたてて眠っているマオちゃん。眠った侭ではあるけれど、今すぐに起きたとしても不思議ではないくらい、落ち着いた表情をしていた。

 今すぐ起きてくれたらどんなに嬉しいか。


 一方で、マリアさんとエイルさんは、必要な荷物を全て収納に仕舞ってお出かけスタイルだ。そして二人とも、マオちゃんを背負う僕の手に触れている。


 僕達が何をする心算つもりか。
 それは、簡単に言えば『転移』だ。魔王城ダンジョン限定だけどね。

「行きます」

 二人からの了解の意を得た僕は、改めて皆の身体が触れ合・・・・・・・・っていること・・・・・・を確認して、破界のネックレスに魔力を篭めた。
 ペンダントトップの魔石が怪しく輝き、マリアさんの結界が破壊された。

 その瞬間に、奇跡が起こった。


 まるで世界が壊れてしまったかのように、三六○度全てに亀裂が入る。壊れた硝子細工の中に居るように、空も、周囲の森も、地面も、全てに霹靂のような亀裂が入って、世界がズレる。
 しかし、それはほんの数瞬の話。
 マリアさん曰く、世界の自己修復機能によって部分的に破壊された世界が再修復するのだそう。その辺の機微は結界魔術を得意とするマリアさんにしか分からない部分ではあるのだけれど、実際、目に見えていた亀裂は直ぐになくなり、その瞬間に、僕達はさっきとは違う場所・・・・・・・・・に立っているのだ。


「何度体験しても、不思議な感覚ですね」


 マリアさんが不思議そうに空を見上げた。

 彼女曰く、さっきの『転移』のような現象は、自分の結界魔術が破界のネックレスで内部から壊れる際に、外――つまりはダンジョンの一部も一緒に壊してしまうことで発生しているらしい。彼女の結界が周りの世界に働きかける程強力だから起きているらしいけど、理屈は僕にも良く分からない。

 また、壊れたダンジョンをそのままにしておくことを世界が許さないらしく、壊れた部分が自己修復されて元に戻る。この自己修復が曲者で、壊れる前の状態に戻るのではなく、壊れたところを修復するような形で辻褄を合わせているというのが、マリアさんの見立てだ。生物が傷を治す時に、新しい肌を生み出して傷を治すのと同じ理屈らしいが、そもそも世界という概念が良く分からないので、完全な理解は出来ないでいる。

 ただ一つ確かなことは、マリアさんが全力で張った結界の中で破界のネックレスを使用すると、ダンジョン内の別の場所に飛ばされる転移するという事だ。


「――川がありますね」

 エイルさんが周囲を確認しながら言う。
 確かに、直ぐ近くには川幅が二メルト程の川が流れていて、周囲は自然豊かな森となっている。

「ようやく、森林エリアに戻ってきたか……」

 僕は胸を撫で下ろした。

 こんな感じで何度か転移を繰り返しているのだけれど、行き先がランダムだと言うことと、魔王城ダンジョンが広大だということが相まって、本当に何処に飛ばされるかが分からないのだ。


 もう、僕も完全に迷子です。


 一回目は、地下迷宮の何処かに放り出された。
 その時は各々が触れ合っていなかったため、それぞれ別の場所に転移され、合流するのに手間取った。全員がそう遠くない場所に転移できていたことと、マリアさんの魔力探知のお陰で合流できたけれど、色んな奇跡が重なった結果だと思う。

 今後の対応を話していた時、マリアさんが「全力の結界魔術を張った場合に、破界のネックレスで結界が破られてしまうのかどうかを検証したい」と意見し、僕達もその検証が必要だと判断したから試したことが切欠きっかけだから、手を繋いでいなかったのは仕方ないのだけれど。
 もう少し慎重に検証しても良かったかな、と今になって思う。


 そんなこんなで、マリアさんが全力で張った結界を破界のネックレスで壊すと、そんな『転移』現象が起きるということが分かったわけだ。
 その発見の代償は、完全なる迷子。行き先がさっぱり分からないから、転移先がダンジョン内のどの辺りなのか、全く見当が付かないのだ。特に地下迷宮のような場所なんて、恐らく未発見エリアだろうし。

 ただ、マリアさんの魔力にはまだ余裕があるとの事だったので、直ぐさま二回目の検証を行うことにした。
 すると、今度は湿地エリアに飛ばされた。
 森林地帯の隣に湿地エリアがあるのは知っているけど、此処が僕の知っている湿地エリアかどうかは分からない。
 つまり、迷子はまだ継続中だ。

 因みに、皆仲良く泥濘みに嵌まって身動きが取れなくなったところを、巨大スライムに襲われるというハプニング付だ。死ぬかと思った。


 そして慌てて、逃走の為に三回目の『転移』を行う。

 ――というような事を何度も何度も繰り返して、漸く見覚えのある森林エリアまで戻って来たのだった。

「流石に大分魔力を使ってしまいました……。今日はここで野営しませんか?」

 かなり疲れた様子のマリアさん。
 転移の度に全力で結界を張って貰っているわけだから、相当な疲労度合いなのだろう。やり過ぎるとマオちゃんと同じように、魔力欠乏症になってしまいかねない。
 僕達は、彼女の提案に同意した。

「助かります。まだ魔力は少し残っているので、結界はちゃんと張っておきますね」

 そう言うと、マリアさんは結界魔術を発動する。
 もう見慣れてしまった彼女の魔術。相変わらず構築速度と言い、魔力密度と言い、非の打ち所がない術だ。

 魔物を通さない絶対安全領域が出来たことを確認した僕は、マオちゃんを地面に寝かせる。そして、荷物の中から寝袋を取り出して、マオちゃんを寝袋へ。

「マリアさんは疲れていると思いますので、ここでマオちゃんを見ていて下さい」
「ノアさん、ありがとうー。お言葉に甘えて、少し休ませて頂きます」
「ゆっくり休んでくださいね。――僕は食べられそうな物を探してきます。川があるから、魚とかがいると嬉しいですね」
「確かに! 山菜と魔物のお肉が多かったですから、お魚食べたいです!」
「では、私は薪代わりになりそうなものとか、薬草とかを探してきます。少しでもマリアさんの魔力回復の助けになるような物があれば良いのですが」
「うー、エイルさんも優しい。私は幸せだぁ」

 出来る人ができることをやる。これが、少人数で力を合わせてやっていくための鉄則だからね。
 ここまで力を振るってくれたマリアさんの為にも、それ以前に、僕がこうして動けるようになるまで面倒を見てくれた二人の為にも、僕にできることは何でもやらないと。


 僕は頑張って幾つかの野菜と、川魚をゲットした。
 久しぶりの魚はとても美味しかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。 その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。 地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。 失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。 「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」 そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。 この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。

勇者召喚に巻き込まれた俺はのんびりと生活したいがいろいろと巻き込まれていった

九曜
ファンタジー
俺は勇者召喚に巻き込まれた 勇者ではなかった俺は王国からお金だけを貰って他の国に行った だが、俺には特別なスキルを授かったがそのお陰かいろいろな事件に巻き込まれといった この物語は主人公がほのぼのと生活するがいろいろと巻き込まれていく物語

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~

影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。 けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。 けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...