237 / 247
最終章《因果律》編
第234話 アシェリアンの願い
しおりを挟む「この世界を本来のあるべき姿に戻して欲しくて……お互いが干渉し合わない世界、お互い殺し合うこともない世界に……お互いが平和に暮らせるように、魔界への大穴を塞いでもらいたい」
アシェリアンは俯きながら言葉にし、私の手をグッと握り締めた。そして顔を上げると真っ直ぐに見詰めた。銀色に輝く瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、まるで星が散りばめられているようにキラキラと輝いていた。
「私が……あの大穴を?」
私にそんな力があるはずがない。私は聖女ではないのだ。それはアシェリアンが一番よく知っているじゃないの。それなのにアシェリアンは躊躇いも、迷いもなにもない。ただ、ひたすらに真っ直ぐ見詰めてくる。
「えぇ、貴女しか出来ないの……アリシャの血族であり、アリサの血を引く貴女だけが、アリシャの魔石を扱える……」
「アリシャの血族……アリサの血を引く……私はただの魔石精製師なのに……?」
「そうよ。貴女だけがアリシャの魔石を扱える。アリシャの魔石でしかもうあの大穴を塞ぐことは出来ない……」
本当に私だけがこの魔石を扱えるの? 聖女でもない私が? ただの魔石精製師でしかない私が?
私の胸元で仄かに輝く紫の魔石。本当に私に扱える? この魔石で大穴を塞ぐ? 私にそんなことが出来るの?
紫の魔石を手に取り見詰めた。温かい優しい光。ルギニアスが封印されていると知らないときにはもっと暗い色をしていた。今は柔らかく優しい色で輝いている。
私にしか出来ないことなら……やるしかない。いまだに自分自身で信じられてはいないけれど……でも……私は皆を死なせたくない……。ルギニアスと一緒に生きていくって決めたんだから。ルギニアス……
「ルギニアスはなぜ? なぜルギニアスまでこんなに長い間巻き込んだの?」
紫の魔石に向けていた視線をアシェリアンに向けた。ルギニアスをこれほど長い間、アリシャやアリサ、そして私の転生にまで付き合わせる意味が分からない。ルギニアスはアリシャやアリサの死を、サクラの死を、目の前でずっと見続けていた。助けられない苦しさを味わい続けていた。
そうまでしてルギニアスを苦しめる必要があったの? それがどうしても理解出来なかった。
睨むようにアシェリアンを見てしまったかもしれない。でもどうしてもそれだけは確かめたかった。
アシェリアンは悲しそうな瞳になり、目を伏せた。
「ルギニアスの封印は私には解けなかった……アリシャ、彼女の魔石は誰にも解くことが出来なかった。アリシャしか封印は解けなかったの……だから、ルギニアスに違う人生を歩ませたいのなら……転生させたいのなら……アリシャは彼を殺さねばならなかったのよ」
『殺す』という言葉にギクリと身体が強張った。
「でもアリシャは殺せなかった。封印という道を選んだ。封印では転生は出来ない……だからアリシャと共に異世界へと送った……あちらの世界でアリシャもルギニアスも幸せになれると思ったわ。でも……アリシャはアリサに転生して、ルギニアスの封印を解く力は失っていた……それはアリシャが望んだ、普通の人として生きたいという願いが、力を奪ってしまった。アリサは自分だけが生まれ変わり、ルギニアスの人生を巻き込んでしまったことを酷く後悔していたわ……」
お母さんもルギニアスを巻き込んだと後悔していたのね……。
「私は貴女をこちらの世界に欲しかった。でもね、アリサが生を終えるとき、あの子が願ったの。サクラとルギニアスは必ずお互いが必要な存在となる。だから決して離さないで、と」
「お母さんが?」
「えぇ」
アシェリアンはまるでお母さんのような微笑みで私を見た。愛おしい子を見るようなそんな温かい微笑み。
「こちらの世界のために貴女を死なせて転生させたことは、とても申し訳なく思っているわ。でもアリサは貴女がこちらで幸せになれることを確信しているようだった……貴女がルギニアスを解放することを知っているようだった……だから私が貴女を欲することも受け入れていたのよ」
「お母さん……」
お母さんは今後なにが起こるかを知っているような、そんな不思議な人だった。私とルギニアスのことも、どうなっていくのか分かっていたのかもしれない……そうなのかもしれないけれど……でも……
「お母さんがルギニアスと出逢わせてくれたことにはとても感謝しています……でもルギニアスを好きになったのは私の意思。それは誰にも動かされたりしていない」
たとえ出逢いがお母さんとの絆からだったとしても、私がルギニアスを好きになったのは私だけの意思よ。それだけは絶対に譲らない。誰が何と言おうと私は私の人生を歩んで、そしてルギニアスのことを好きになった。
「私は……私の意思でルギニアスを愛したの」
真っ直ぐにアシェリアンを見詰めた。その先にはアリシャとアリサの姿も見えた気がした。きっと傍で見守ってくれているのね……。ありがとう、お母さん……。
「フフ、そうね」
アシェリアンは今までのなかで一番の微笑みを見せた。涙ぐみ、頬を赤らめながらとても嬉しそうに……心躍るかのように……とても幸せそうな笑顔だった。
「貴女はこれからたくさん幸せになる権利があるわ。私の加護は貴女を一生護ることでしょう」
そして私の背に腕を伸ばしたアシェリアンは、私を力強く抱き締めた。
「ルーサ、どうかアリシャの分までも幸せに……」
4
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる