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最終章《因果律》編
第234話 アシェリアンの願い
しおりを挟む「この世界を本来のあるべき姿に戻して欲しくて……お互いが干渉し合わない世界、お互い殺し合うこともない世界に……お互いが平和に暮らせるように、魔界への大穴を塞いでもらいたい」
アシェリアンは俯きながら言葉にし、私の手をグッと握り締めた。そして顔を上げると真っ直ぐに見詰めた。銀色に輝く瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、まるで星が散りばめられているようにキラキラと輝いていた。
「私が……あの大穴を?」
私にそんな力があるはずがない。私は聖女ではないのだ。それはアシェリアンが一番よく知っているじゃないの。それなのにアシェリアンは躊躇いも、迷いもなにもない。ただ、ひたすらに真っ直ぐ見詰めてくる。
「えぇ、貴女しか出来ないの……アリシャの血族であり、アリサの血を引く貴女だけが、アリシャの魔石を扱える……」
「アリシャの血族……アリサの血を引く……私はただの魔石精製師なのに……?」
「そうよ。貴女だけがアリシャの魔石を扱える。アリシャの魔石でしかもうあの大穴を塞ぐことは出来ない……」
本当に私だけがこの魔石を扱えるの? 聖女でもない私が? ただの魔石精製師でしかない私が?
私の胸元で仄かに輝く紫の魔石。本当に私に扱える? この魔石で大穴を塞ぐ? 私にそんなことが出来るの?
紫の魔石を手に取り見詰めた。温かい優しい光。ルギニアスが封印されていると知らないときにはもっと暗い色をしていた。今は柔らかく優しい色で輝いている。
私にしか出来ないことなら……やるしかない。いまだに自分自身で信じられてはいないけれど……でも……私は皆を死なせたくない……。ルギニアスと一緒に生きていくって決めたんだから。ルギニアス……
「ルギニアスはなぜ? なぜルギニアスまでこんなに長い間巻き込んだの?」
紫の魔石に向けていた視線をアシェリアンに向けた。ルギニアスをこれほど長い間、アリシャやアリサ、そして私の転生にまで付き合わせる意味が分からない。ルギニアスはアリシャやアリサの死を、サクラの死を、目の前でずっと見続けていた。助けられない苦しさを味わい続けていた。
そうまでしてルギニアスを苦しめる必要があったの? それがどうしても理解出来なかった。
睨むようにアシェリアンを見てしまったかもしれない。でもどうしてもそれだけは確かめたかった。
アシェリアンは悲しそうな瞳になり、目を伏せた。
「ルギニアスの封印は私には解けなかった……アリシャ、彼女の魔石は誰にも解くことが出来なかった。アリシャしか封印は解けなかったの……だから、ルギニアスに違う人生を歩ませたいのなら……転生させたいのなら……アリシャは彼を殺さねばならなかったのよ」
『殺す』という言葉にギクリと身体が強張った。
「でもアリシャは殺せなかった。封印という道を選んだ。封印では転生は出来ない……だからアリシャと共に異世界へと送った……あちらの世界でアリシャもルギニアスも幸せになれると思ったわ。でも……アリシャはアリサに転生して、ルギニアスの封印を解く力は失っていた……それはアリシャが望んだ、普通の人として生きたいという願いが、力を奪ってしまった。アリサは自分だけが生まれ変わり、ルギニアスの人生を巻き込んでしまったことを酷く後悔していたわ……」
お母さんもルギニアスを巻き込んだと後悔していたのね……。
「私は貴女をこちらの世界に欲しかった。でもね、アリサが生を終えるとき、あの子が願ったの。サクラとルギニアスは必ずお互いが必要な存在となる。だから決して離さないで、と」
「お母さんが?」
「えぇ」
アシェリアンはまるでお母さんのような微笑みで私を見た。愛おしい子を見るようなそんな温かい微笑み。
「こちらの世界のために貴女を死なせて転生させたことは、とても申し訳なく思っているわ。でもアリサは貴女がこちらで幸せになれることを確信しているようだった……貴女がルギニアスを解放することを知っているようだった……だから私が貴女を欲することも受け入れていたのよ」
「お母さん……」
お母さんは今後なにが起こるかを知っているような、そんな不思議な人だった。私とルギニアスのことも、どうなっていくのか分かっていたのかもしれない……そうなのかもしれないけれど……でも……
「お母さんがルギニアスと出逢わせてくれたことにはとても感謝しています……でもルギニアスを好きになったのは私の意思。それは誰にも動かされたりしていない」
たとえ出逢いがお母さんとの絆からだったとしても、私がルギニアスを好きになったのは私だけの意思よ。それだけは絶対に譲らない。誰が何と言おうと私は私の人生を歩んで、そしてルギニアスのことを好きになった。
「私は……私の意思でルギニアスを愛したの」
真っ直ぐにアシェリアンを見詰めた。その先にはアリシャとアリサの姿も見えた気がした。きっと傍で見守ってくれているのね……。ありがとう、お母さん……。
「フフ、そうね」
アシェリアンは今までのなかで一番の微笑みを見せた。涙ぐみ、頬を赤らめながらとても嬉しそうに……心躍るかのように……とても幸せそうな笑顔だった。
「貴女はこれからたくさん幸せになる権利があるわ。私の加護は貴女を一生護ることでしょう」
そして私の背に腕を伸ばしたアシェリアンは、私を力強く抱き締めた。
「ルーサ、どうかアリシャの分までも幸せに……」
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