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第4章《旅立ち~獣人国ガルヴィオ》編

第203話 ルギニアスの涙

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 ゴポリゴポリと自分の口から泡が零れて行くのが分かる。私の身体はサパルフェンの触手に引き摺られ湖底へと沈んだ。

 触手はサパルフェンの身体と共に、水に溶けるように消えて行ったが、いまだに激しくうねる水は私の身体の自由を奪った。
 水に煽られ、まともに泳ぐことも叶わない。水は流れが激しくなり、薄暗くなっていく。水面からどんどん離れて行っているのだということだけは分かったが、動かない身体が気力を奪う。

 苦しい。息が続かない。苦しい。こんなところで私は死ぬの?

 嫌だ……こんなところで死にたくない……。お父様とお母様を見付けてもいない。私がなぜルギニアスと共にこちらの世界に生まれ変わったのかも分からない。真実をまだ全て見付けていない……なにより……

 ルギニアスを独りにしたくはない……。

 私やお母さんを死なせたと思っているルギニアス。助けられなかったとずっと悔やんでいたルギニアス。

 そんなルギニアスを今度は私が守りたい……独りで苦しんで欲しくなんかない。

 傍にいて欲しいと思った……でも、違う……私がルギニアスの傍にいたいのよ……。あんな悲しそうな辛そうな顔をさせたくないのよ……。

 だから死にたくない!! 死にたくはない……ルギニアスの傍にいたい!!


 ガボッと残りの空気が抜けるように息が口から溢れた。

 薄っすらと開いた目から見えたものは遠くに見える光。そこに映るひとつの影。

 あれはなんの影だったのか……差し込む光のせいでよく見えない……。

 あぁ……もう……。





「ルーサ!!!!」

 驚くディノたちよりも素早く、一瞬の躊躇いもなく、ルギニアスは湖に飛び込んだ。水は荒れ狂い渦巻いている。ルーサはあっという間に湖底まで引き摺り込まれていた。
 周りにはすでにサパルフェンの姿はない。おそらく魔石精製が完了し、消え去ったのだろう。それなのにルーサは水の流れのせいなのか、どんどんと湖底へと沈んでいく。

 ルギニアスは自身の周りに結界を張り巡らせた。球体に広げた結界は水すらも遮り、ルギニアスの身体を濡らす水すらもない静かなものとなった。
 足元に魔法陣を浮き上がらせたかと思うと、ルギニアスの身体はまるで空を飛ぶかのように進んだ。

 くそっ、流れが速いせいで追い付けない。

 ルーサが死んでしまうのではないかという恐怖が心を占めた。

 また失ってしまう。それが怖い。

 焦りのままに、この湖自体の水を全て吹っ飛ばしてやろうか、とすら思う。しかし、そんなことをすれば、ルーサごと吹っ飛んでしまう。ルギニアスはグッと拳を握り締めた。

 ルーサの気配を探りつつ必死に追うが、流されていく方向に気付く。

 まずい……これは……滝壺の横穴!!

 湖底に現れた暗闇の広がる横穴。そこに湖の水が引き込まれている。水の流れがどうなっているのかは分からないが、今現在明らかにそちらへと流れて行っている。
 横穴は海へと続く。一体どれほどの長さなのかが分からない。そんな長時間水に流され、呼吸を奪われてみろ。魔法の使えないルーサなどすぐに死んでしまう!

 ルギニアスは手に魔力を込めた。そして横穴に向け、風魔法を発動させた。勢い良く噴き出た風は横穴に向け水を吹き飛ばし、水中に空洞の道を作った。しかし、それは一瞬だ。すぐさまその水中の道は圧し潰される。その一瞬の隙にルギニアスは一気にその道を進んだ。

 ルーサの額に赤く光るルギニアスの印。どこにいても、遠く離れていても、気配にたどり着けるように印を付けた。ルーサの状態が分かるように。ルーサの居場所が分かるように。

 目の前に光る赤い光。必死に手を伸ばした。

「ルーサ!!!!」

 ルーサの腕を掴んだルギニアスは一気に自分の結界内へと引っ張る。そして、ルーサの背と頭に手を添え、グッと力強く抱き締めた。

 ルーサを抱き締め、ほっとしたのも束の間、腕のなかで反応なくぐったりとしているルーサに酷く不安になる。
 ルギニアスは抱き締める力をさらに強くし、横穴の流れの勢いに乗り、一気にその先を目指した。

 流れに逆らうより、一気に海まで出てやる!

 横穴は少しの湾曲ではあったが、複雑に入り組んでいることもなく出口へと向かった。

 一気に眩しい光が差し込み、目が眩む。思わず目を細め、外へと飛び出すと、そこは前日見にやって来た横穴出口だった。遠目に獣人たちの姿が見える。驚いた様子ではあるが、そんなことはどうでもいい。

 ルギニアスはザバァッと海から浮き上がると、結界を消滅させ、ルーサを抱き抱えたまま飛んだ。そして近くの岩場に降り立ち、ルーサを寝かせた。

「ルーサ!!」

 ルーサの顔は真っ青になり、呼吸をしていない。

「ルーサ!! ルーサ!! 死ぬな!! 死なないでくれ……頼むから……」

 ルギニアスはルーサの顔を両手で包み訴えた。冷たい身体に冷たい頬。唇は紫に変色していた。
 風魔法を発動させ柔らかな風がルーサを包む。その風が優しくルーサの濡れた身体を乾かしていく。

 ルーサの額に自身の額を合わせたルギニアスの瞳からはホロリと涙が落ちる。

 そして、ルギニアスはルーサの冷え切った唇にそっと自身の唇を重ねた……。

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