13 / 247
第1章《因果律》編
第12話 別れ
しおりを挟む
私が泣き止むまでお母様はずっと抱き締めてくれていた。お父様もずっと頭を撫でてくれている。それが余計に悲しかった。
「どうして? どうして住み込みなの?」
落ち着いてくるとゆっくりと聞いた。
「どうして屋敷に帰ってからじゃ駄目なの? どうして今すぐなの? せめてみんなにお別れを言いたい」
「すまない、今は理由を言えない。いつかルーサ、お前が大人になったときに分かるだろう。今はそれしか言えないんだ……すまない」
お父様はそれしか言わなかった。
屋敷のみんなに別れを告げることも出来ない。会うことすら出来ない。このまま私はダラスさんの元へ修行に……。
「私は捨てられるの?」
そんな言葉が口をついて出てしまった。
「そんなわけがないだろう!!」
お父様は怒り出し、私の頬を両手で包んだ。その瞳は怒りと悲しさを映し出していた。
「お前は私たちの大事な一人娘だ!! お前を捨てるわけがない!! ダラスさんの元へ行かせることがそう感じてしまうのは仕方がないかもしれないが……決して私たちはお前を見捨てるわけじゃない。私たちはお前を愛しているんだから」
「そうよ、ルーサ、そんなことを言わないで。私たちは貴女を愛している。それだけはどうか忘れないで……」
お母様は涙を流しながら微笑んだ。
「いつかお前が独り立ち出来たら、そのとき私たちに会いに来ておくれ」
「分かった……」
もう頷くしかないということは嫌というほど分かった。愛している……でも私を置いていくのね……。二人の愛を疑うことはなかった……けれど……一人置いて行かれる寂しさはどうしても心に少しばかりの影を落とした……。
貴族の娘だということが周りの人間に与える影響は良いものとは限らない。そのため身分を偽るように、とも言われた。
長い髪は短く切り揃え、お母様譲りの綺麗な銀髪は若草色に染め上げられた。名前もサラルーサ・ローグという名は捨て、平民『ルーサ』として生きるように言われた。
私はサラルーサ・ローグではない別人となった……。
王都まで共に来てくれていた護衛騎士や侍女たちとは別れを告げることが出来た。それだけが救いだった。屋敷に残るみんなによろしく伝えて欲しいと頼んだ。みんな泣きながら別れを告げてくれる。
私はお父様から話をされたあと、その夜にひとしきり泣き尽くした。
だから、もう泣かない。
私は魔石精製師になって独り立ちしたら必ず屋敷に戻る。そう覚悟を決めた。
両親と共に歩くのはこれが最後。三人でダラスさんの店へと向かう。
魔石屋の扉を開けるとダラスさんとリラーナが待っていた。
「ルーサ!! その髪!?」
リラーナが驚いた顔でこちらに駆け寄って来た。
ダラスさんはお父様と話す。
「今朝短くして色を変えたの。似合う?」
極めて明るく話す。リラーナはダラスさんからどう聞いているのだろう。
「うんうん、似合うよ! 前の銀髪もとっても綺麗だったけど、その髪色と短いのも可愛い!」
リラーナは私の髪をそっと触りそう言ってくれた。
「今日からうちで修行するんだってね? しかも住み込みなんでしょ!? ルーサと一緒に暮らせるなんて嬉しいわ! 妹が出来たみたい! フフ」
「ありがとう、リラーナ」
「フフ、姉妹になったからには遠慮はしないからね!」
ニッと笑ったリラーナがおかしくて、二人でアハハと笑い合った。うん、きっと私は大丈夫。
お母様はそんな私を見てホッとしたようだった。
「ダラスさん、こんなことを頼んでしまい本当に申し訳ない。感謝致します。どうか、ルーサのことをよろしくお願いします」
お父様とお母様はダラスさんに向かって丁寧にお辞儀をした。本来なら平民のダラスさんに貴族であるお父様が頭を下げるなんてことは絶対にないのでしょうけれど、今回の話はどうやらかなり無理を言って頼み込んだようだったので当然のことなのだろう。
そうまでして私を一人修行させようとする理由は結局分からないままなのだけれど。
「…………分かりました」
ダラスさんは仕方ない、といった表情で溜め息を吐くと、私の頭に手を置いた。
「これからは俺とリラーナが家族だ、ルーサ」
普段あまり笑わず強面のダラスさんだが、ほんの少し優しい顔でワシワシと頭を撫でてくれた。
「はい、よろしくお願いします、師匠」
「し、師匠!?」
驚いた顔をしたダラスさんはレアだな、と、ちょっとおかしかった。だって魔石精製師の師匠だもんね。間違ってないはず。
「だって師匠でしょ?」
「う、いや、まあ……」
たじろぐダラスさん。
「アハハ! 良いじゃない、ルーサに「父さん」と呼ばれるのもなんか変でしょ」
リラーナが笑いながらダラスさんをバシバシ叩いていた。さすがのダラスさんもリラーナには負けるみたいね、フフ。
「はぁぁ、好きに呼べ……」
がっくりと項垂れながらダラスさんが「師匠」呼びを認めた。
「では、我々は屋敷に戻るよ……ルーサ、元気でな……」
「ルーサ……元気でね……身体に気を付けて……」
「お父様……お母様……お元気で……」
二人にぎゅっと抱き付いた。お父様もお母様も最後にキツく抱き締めてくれる。
別れを告げた両親は魔石屋を出ると街を後にした。
そうして私は両親と別れた……。
私、サラルーサ・ローグはこれから『ルーサ』として生きる……。
******
第一章 完
「どうして? どうして住み込みなの?」
落ち着いてくるとゆっくりと聞いた。
「どうして屋敷に帰ってからじゃ駄目なの? どうして今すぐなの? せめてみんなにお別れを言いたい」
「すまない、今は理由を言えない。いつかルーサ、お前が大人になったときに分かるだろう。今はそれしか言えないんだ……すまない」
お父様はそれしか言わなかった。
屋敷のみんなに別れを告げることも出来ない。会うことすら出来ない。このまま私はダラスさんの元へ修行に……。
「私は捨てられるの?」
そんな言葉が口をついて出てしまった。
「そんなわけがないだろう!!」
お父様は怒り出し、私の頬を両手で包んだ。その瞳は怒りと悲しさを映し出していた。
「お前は私たちの大事な一人娘だ!! お前を捨てるわけがない!! ダラスさんの元へ行かせることがそう感じてしまうのは仕方がないかもしれないが……決して私たちはお前を見捨てるわけじゃない。私たちはお前を愛しているんだから」
「そうよ、ルーサ、そんなことを言わないで。私たちは貴女を愛している。それだけはどうか忘れないで……」
お母様は涙を流しながら微笑んだ。
「いつかお前が独り立ち出来たら、そのとき私たちに会いに来ておくれ」
「分かった……」
もう頷くしかないということは嫌というほど分かった。愛している……でも私を置いていくのね……。二人の愛を疑うことはなかった……けれど……一人置いて行かれる寂しさはどうしても心に少しばかりの影を落とした……。
貴族の娘だということが周りの人間に与える影響は良いものとは限らない。そのため身分を偽るように、とも言われた。
長い髪は短く切り揃え、お母様譲りの綺麗な銀髪は若草色に染め上げられた。名前もサラルーサ・ローグという名は捨て、平民『ルーサ』として生きるように言われた。
私はサラルーサ・ローグではない別人となった……。
王都まで共に来てくれていた護衛騎士や侍女たちとは別れを告げることが出来た。それだけが救いだった。屋敷に残るみんなによろしく伝えて欲しいと頼んだ。みんな泣きながら別れを告げてくれる。
私はお父様から話をされたあと、その夜にひとしきり泣き尽くした。
だから、もう泣かない。
私は魔石精製師になって独り立ちしたら必ず屋敷に戻る。そう覚悟を決めた。
両親と共に歩くのはこれが最後。三人でダラスさんの店へと向かう。
魔石屋の扉を開けるとダラスさんとリラーナが待っていた。
「ルーサ!! その髪!?」
リラーナが驚いた顔でこちらに駆け寄って来た。
ダラスさんはお父様と話す。
「今朝短くして色を変えたの。似合う?」
極めて明るく話す。リラーナはダラスさんからどう聞いているのだろう。
「うんうん、似合うよ! 前の銀髪もとっても綺麗だったけど、その髪色と短いのも可愛い!」
リラーナは私の髪をそっと触りそう言ってくれた。
「今日からうちで修行するんだってね? しかも住み込みなんでしょ!? ルーサと一緒に暮らせるなんて嬉しいわ! 妹が出来たみたい! フフ」
「ありがとう、リラーナ」
「フフ、姉妹になったからには遠慮はしないからね!」
ニッと笑ったリラーナがおかしくて、二人でアハハと笑い合った。うん、きっと私は大丈夫。
お母様はそんな私を見てホッとしたようだった。
「ダラスさん、こんなことを頼んでしまい本当に申し訳ない。感謝致します。どうか、ルーサのことをよろしくお願いします」
お父様とお母様はダラスさんに向かって丁寧にお辞儀をした。本来なら平民のダラスさんに貴族であるお父様が頭を下げるなんてことは絶対にないのでしょうけれど、今回の話はどうやらかなり無理を言って頼み込んだようだったので当然のことなのだろう。
そうまでして私を一人修行させようとする理由は結局分からないままなのだけれど。
「…………分かりました」
ダラスさんは仕方ない、といった表情で溜め息を吐くと、私の頭に手を置いた。
「これからは俺とリラーナが家族だ、ルーサ」
普段あまり笑わず強面のダラスさんだが、ほんの少し優しい顔でワシワシと頭を撫でてくれた。
「はい、よろしくお願いします、師匠」
「し、師匠!?」
驚いた顔をしたダラスさんはレアだな、と、ちょっとおかしかった。だって魔石精製師の師匠だもんね。間違ってないはず。
「だって師匠でしょ?」
「う、いや、まあ……」
たじろぐダラスさん。
「アハハ! 良いじゃない、ルーサに「父さん」と呼ばれるのもなんか変でしょ」
リラーナが笑いながらダラスさんをバシバシ叩いていた。さすがのダラスさんもリラーナには負けるみたいね、フフ。
「はぁぁ、好きに呼べ……」
がっくりと項垂れながらダラスさんが「師匠」呼びを認めた。
「では、我々は屋敷に戻るよ……ルーサ、元気でな……」
「ルーサ……元気でね……身体に気を付けて……」
「お父様……お母様……お元気で……」
二人にぎゅっと抱き付いた。お父様もお母様も最後にキツく抱き締めてくれる。
別れを告げた両親は魔石屋を出ると街を後にした。
そうして私は両親と別れた……。
私、サラルーサ・ローグはこれから『ルーサ』として生きる……。
******
第一章 完
10
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です
堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」
申し訳なさそうに眉を下げながら。
でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、
「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」
別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。
獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。
『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』
『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』
――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。
だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。
夫であるジョイを愛しているから。
必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。
アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。
顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。
夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる