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本編

第一話 鳥居をくぐればそこは異世界でした

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『何てことしてくれてんだ!!』
「はい!?」

 思い切り怒鳴られた。
 何かしたっけ? うーん、怒鳴られる理由が分からない。いやいや、それよりも!
 目の前には胴体をしっかり掴まれ、ぶらんとなったまま暴れまくる黒猫が一匹……。誰もいないよね?

 え? この黒猫喋った!? え!? 化け猫!?

 呆然と黒猫を眺めながら、なぜ私が化け猫に怒鳴られているのか記憶を辿った。




 私、柚月ゆずきひなたは日本で平和に暮らしていた只の二十二歳成人女性だ。就職したてで毎日必死に仕事を覚えながら残業の毎日。帰って来ると泥のように眠り、そういう毎日を繰り返していた。パソコンに向かって大好きなラノベを読むのが唯一の癒し。
 今日は珍しく定時で帰ることが出来たのよ! コンビニで買ったお弁当とお菓子を片手に、今日は読みまくるぞー! と、ウキウキで一人暮らしの家に帰る途中だったはず。

 コンビニから出ていつもの道。通り道にある神社にお詣りしてから帰るのが日課だった。
 神社のある通りは表通りから一本中に入った道で、人気ひとけも少なく不用心なのだが、どうにもこの神社の幻想的なところが好きでお気に入りのスポットなのだ。

 所謂いわゆるお稲荷さん。よくある神社。白いお狐さんが入口に鎮座している。そのお狐さんがまた美形! いや、狐に美形ってどうなの、って思うけど、でも何だか美形なのよ!
 まあそれはさておき、その神社は何故か夜もずっと灯篭や行燈が灯されていて、とても幻想的な雰囲気で綺麗なのよね。だから夜に来るのが最高! 今日はまだ夕方なんだけど、見上げれば満月も一緒に見えてさらに神秘的!

 とか、呑気に思っていたはず……。

 その神社の鳥居をくぐろうとした時、何やら眩暈を起こしたかのように視界がぐにゃりとした。
 シャボン液のようなゆらゆらとした虹色の何かが目の前で揺れ動き、驚いたときにはすでに遅く、その虹色の揺らめきに身体が触れてしまい、歩いていた勢いでそのまま身体全部がそれに触れた。
 その揺らめきはまるでスライムの中に飛び込んだような、身体に纏わり付くような感覚だったが、それはすぐに身体から離れた。その虹色の揺らめきは薄い膜のようなもので、そこを通り抜けたようだ。

 慌てて振り返るとその虹色の揺らめきはすでに薄くなり消えようとしていた。

「え?」

 その揺らめきの向こう側にはすでにぼやけたようにしか見えないが、先程までいた神社が見える。
 しかし周りを見回すと明らかに揺らめきの部分だけが切り取られたように違う。まるで絵を飾っているかのように、その部分だけ切り取られた違う風景だった。

「えぇ!?」

 呆然としているとその揺らめきは完全に消えてしまった。そして私はポツンと森の中……。

「えーっと、ここはどこでしょう」

 呆然として周りを見回すが、森だね。木々が鬱蒼としているからか薄暗い。
 森の中にここだけが違和感。何やら遺跡? 立っている足元には森にあるにしては不自然な石畳が円形に広がっている。鳥居のような門のような? 石造りの門構えらしきものがある。
 それだけだ。他には何もない。

 誰もいないね。ここはどこだ? 私は何でこんなところに?
 腕組みし、うーん、と考えた。神社にいたはず……。お詣りして家に帰って大好きなラノベの続きを読もうと思ってて………………。

 大好きなお話でようやく主人公がイケメン王子とくっつくかどうかのところだったのよ! まだ読めてないのよ! 続きどうなったの!!
 悔しいぃ!! それだけが楽しみで毎日の辛い仕事も頑張ってたのに!!

 いやまあ、今はそれどころじゃないんだけど。夢でもなさそうだし、ここは一体どこなのよ。

「まさか異世界転移? ……なぁんちゃって。んな訳ないよね。ラノベの読み過ぎ」

 一人で呟き、一人で突っ込んだ。

「いやでも……、まさかねぁ……、ほんとここはどこなの……。あのゆらゆらしてたものは夢で、実は誘拐されて森に捨てられた? コンビニ弁当片手に?」

 手元には買ったばかりのコンビニ弁当とお菓子。なんでやねん!
 残念なことに持っていた財布やらスマホやらが入っていたカバンは落として来てしまったらしい。
 コンビニ弁当とお菓子か~、まあお腹は空いてるから有難いけど……、なんでこれやねん……。思わず関西弁で突っ込みたくなるし。

 本当に異世界転移なのかは置いておいたとしても、よくある異世界転移もののお話、好きでよく読んでいたけれど、実際問題本当に異世界に放り込まれたらただ呆然よね。
 何も出来ないわ、これ。頭真っ白ですわ。

「うーん、まずはここがどこなのかが分からないとね。驚くのはそれからかな」

 意外と冷静だな、自分。うん、パニックになんかならない。訳分からないから。パニックになるってあれ状況が自分で分かるからなれるのよね。
 状況すら分からないとどうしたら良いのか全く分からないし、リアクション取れないね。
 あまりの冷静っぷりに自分で苦笑する。だから冷めてるとか言われるんだよねぇ。

 その時草むらからガサガサという音がして……、

「ぎゃ――――!!!!」

 可愛くもない悲鳴を上げて走り出す。パニックになったね。うん。
 勢い良く走り出したは良いけど、万年運動不足状態、毎日のデスクワークでの体力低下、まあ上手くは走れないよね。盛大にこけましたよ。そりゃあもう派手に。

「痛い……」

 顔は辛うじて守れたけど、両手はズル剥け。不格好にうつ伏せで倒れて泣きそうになっていると、何やら落ち葉を踏む足音が……。ひぃいい、何!? 何か来る!? 死ぬ!? 私、好きなラノベの結末読めない上にこんなどこか分からない場所に放り込まれた挙句、いきなり死ぬの!? いーやー!!

 そう思いながらも地面に倒れ込んだまま。足音が近付くと私の顔の横で止まった。
 ひぃいい、何!? 誰!? 何もしてこない!?

 しばらく固まっていても何も起こらない。仕方がないのでそーっと目を開け、足音がしたほうへ目をやると……。

『にゃ~』
「…………、え?」

 少し大きめで綺麗な黒猫がいた。

「え?」

 状況が分からずまた固まった。
 えーっと、草むらから出てきたのはこの可愛い猫ちゃんてことよね?
 私は盛大にこけて今地面にうつ伏せで倒れているのよね? 痛いし。

 その黒猫は襲ってくる様子もなく、こちらをじっと見詰めている……、というより私の横に落ちているコンビニ弁当を見詰めている? ん?

「痛たた……」

 身体を起こし、服に着いた砂を払い落とす。手は血が滲んでいた。
 その間も黒猫はただじっとコンビニ弁当を見詰めている。いやいや、コンビニ弁当をって……。

「これ食べたいの?」

 そう声を掛けると、

『にゃ~』

 黒猫はこちらの言葉が分かるかのように返事のような鳴き声を上げた。

「うーん、しょうがないな。私もお腹空いてるから半分こね」

 盛大にこけたせいでコンビニ弁当の中身はくちゃっと偏っていたが、まあ仕方ない。食べたら一緒!
 石畳に腰掛けると同じように黒猫はちょこんと横に座った。
 可愛いなぁ。触りたいなぁ。ご飯あげたら触らせてくれるかな。ちょっとウキウキしながら、お弁当を開ける。
 割り箸で弁当の蓋におかずを分けて黒猫の前に置いてやると、黒猫はふんふんと匂いを嗅いで確認してからかぶり付いた。

 猫って人間の食べ物あげても良いんだっけ? どうだったかな……、とってもお腹空いてるみたいだし、今回はまあ良いか。許してもらおう。

 その黒猫は普段よく見かける猫よりも少し大きく、中型犬くらいの大きさはあるかな。結構この大きさの猫ってのもインパクトあるわね。抱き枕状態で抱っこしたら気持ち良さそうだな~とか考えてしまった。

 黒い毛並みは何やら光の加減で虹色に見えたりもし、とても綺麗だった。そして印象的なスカイブルーの眼。真っ黒な毛並みの中、澄んだ空のようにとても綺麗。

 そして不思議に思ったのが、何やら首輪らしきものをしている。飼い猫か! と心配になったのも当然だが、その首輪、何だか不思議な首輪なんだよね。
 留め具がないのよ。金属っぽい円形の繋ぎ目のない真っ直ぐな黒い輪。どうやって首を通したのだろうか……。そしてその正面に金色の宝石のようなものが付いている。

 不思議な猫だ。

「ねぇ、猫さん。あなた飼い猫? ご主人は?」

 食べながら声を掛けると黒猫は『にゃ~』とすました顔で一声鳴くだけ。
 う~ん、どうしたもんか。

 コンビニ弁当を食べ終え、ついでにお菓子も食べていると、これまた黒猫が欲しがり、良いのかなぁ、と思いつつも仕方なく分けてやった。

 全て食べ終わると黒猫は顔を洗い始めた。ん、雨が降る!? いやいや、そんなことはどうでもよく。
 しかし黒猫は顔を洗っていたかと思いきや、ハッとしたような仕草で動きを止めた。
 何だか面白い猫だな。

 せっかくご飯分けてあげたんだし、何かお礼もらわないとね! ニヤッとし、黒猫の脇に両手を差し込みサッと抱き上げた。

 黒猫は驚いたのか眼を見開き、無防備にだらんと持ち上げられたまま私を見ていた。

「うわ、やっぱり大きいから結構重たいね! でももふもふ~!!」

 その言葉に黒猫は我に返ったのか『ふにゃ~!!』と怒り暴れ出す。
 持ち上げた私の腕から逃れようと暴れ回る。

「こら! じっとしなさいよ! ご飯分けてあげたんだから、少しくらい良いじゃない!」

 そう言いながら暴れる黒猫の爪に気を付け、スリスリスリスリ顔を擦り付けた。もふもふ気持ち良いわぁ、しかも何だかこの黒猫良い香り~。
 やっぱりどこかで飼われている猫っぽいな……、飼い主探さないといけないかしら。

 とか、呑気に考えながらもふもふを堪能していると、暴れるせいでゴリッと首輪が顔に当たり痛かった。

「痛っ」

 丁度首輪から少しだけ飛び出ている金色の宝石に頬と口に当たったようだ。痛い。

 すると突然首輪の宝石が光った。物凄い光を放ち辺り一面真っ白になる程。目が眩む。

「な、何!?」

 光が収まりそっと目を開けると、黒猫がだらんと力なくぶら下がっている。そしてその首輪の金色だったはずの宝石が真紅に……。


『何てことしてくれてんだ!!』
「はい!?」

 え? この黒猫喋った!? え!? 化け猫!?

 はい! ここで冒頭に戻る訳ですね!

 黒猫が喋ったかと思ったけど……、空耳よね? 猫が喋るなんてねぇ、そんなはずある訳ないでしょ。
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