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本編 リディア編

第七十二話 冷徹王子の事情!? ⑰

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 街に入ってからもしっかりと手を繋ぐ。やたらと人に見られている気がして恥ずかしいが、しかし離したくはない。
 シェスレイトは握る手をさらに強めた。

「さあ、シェス、まずはどこに行きますか!?」

 リディアに引っ張られ嬉しくなる。そんな些細なことですら嬉しくなるとは重症だな、と自分が可笑しかった。

 しかし舞い上がった気持ちでどこに行けば良いのか咄嗟に出て来ない。
 シェスレイトは焦る。そのせいで余計に頭が真っ白だ。リディアが不思議そうに見詰める。
 あぁ、可愛いな。と、違う! 今はそれどころではない! シェスレイトは完全にパニックだ。

「えっと、ぶらぶらとお店を見て回りたいのですが、それでも良いですか?」

 リディアが逆に提案してくれた。情けない。自分に嫌気が差す。

「あぁ」
「じゃあ、行きましょう!」

 リディアは勢い良くシェスレイトを引っ張り、そして腕を組んだ。
 !? シェスレイトは驚きリディアの顔を見たが、リディアは楽しそうだ。
 そんなリディアが可愛く、嬉しい気分だが……、掴まれた腕が気になって仕方ない。
 胸が…………、いや、考えては駄目だ。そんな下品な考えは捨てろ。
 シェスレイトは理性を保つのに必死だった。

 リディアはあちこち店を見て回る。本当に楽しそうに。その姿が微笑ましく可愛い。
 初めての経験で何もかもが珍しいが、リディアと共に過ごす時間はとても幸せだった。
 何より自分と共に過ごして喜んでいるリディアを見るのが嬉しかった。

 ひとしきり歩いて回った後、リディアが露店でお昼にしようと言い出した。
 以前街に来たときのリディアの行動で、外で何かを食べるという行為にも慣れた。
 外で食べるという行為は距離感が近い、という下心もあった。しかしシェスレイトは一瞬そう思ったが、すぐさまその考えは振り払う。

 露店の揚げたパンは熱々過ぎてすぐには食べられなかった。
 横では美味しそうにリディアがパンを頬張る。
 そのような姿で口いっぱいに頬張る令嬢など見たことがない。
 そんな姿ですらも可愛い。好きになると何もかもが可愛く見えるのだな、不思議な気分だ。

 熱っ! と声を上げてしまい、情けなくなるが、リディアはそんな姿を見て微笑んだ。

「フフ、大丈夫?」

 そう呟くと、リディアはシェスレイトの唇に指を触れた。

 何が起こった!? リディアの指が自分の唇に触れている。恥ずかしさと混乱とで、頭が真っ白になるが、ふとその指が火傷をしていないか、汚れてはいないか気になった。

 咄嗟にリディアの手を掴み、指を見るとシェスレイトの唇に付いていたであろう汚れがあり、ドキリとした。
 そしてその指が酷く艶かしい気分になり、思わずその指を舐める。

 しまった、何をしているのだ! シェスレイトは動揺したが、リディアはそんなシェスレイトには気付かず違うことに謝る。

「あ、あ、あ、あの!! ごめんなさい!! 急に触れて!! しかも普通に話してしまいました!!」
「敬語は止めてくれと言った」

 いつまでも敬語で話されることが切ない。

「そ、そうですね……、シェ、シェス!! 手を、手を離して!!」

 顔を伏せそう訴えるリディアが可愛くもあり、いつまでも敬語で話すことに憎たらしくもなり、苛めてやりたい心境にもなる。

 恥ずかしがるリディアの指を再び舐めた。リディアはビクッとし顔を上げこちらを見た表情は恥ずかしさからか、少し泣きそうな顔だった。

 それを見たシェスレイトは少しの満足感と、後悔を感じた。

 シェスレイトは掴んだ手を下ろし、おもむろにハンカチを取り出し、リディアの指先を拭いた。

「私の口に触れたりするからだ、指先が汚れていた」
「え……そ、そうでしたか……、ありがとうございます……」

 何をしているのだ。リディアを苛めてどうする。嫌われたら意味がないではないか。
 指先が汚れていたのは事実だし、それを綺麗にしてやりたかったのも事実だ。なのに、この後ろめたさは何だ。

「早く食べてくださいね!」

 リディアが怒ったような口調で言う。リディアは何に対して怒っているのだ? 先程指先を舐めてしまったことにではないのか?
 シェスレイトには早く食べろと怒られた意味が分からない。
 仕方がないので、熱いのを我慢して急いで食べる。


 リディアは再び歩き出すと宝飾店に入った。
 店の中に入るとアクセサリーや髪止め、時計やら、他にも様々な宝飾品が置かれている。
 リディアは何やら物色していた。

 シェスレイトはあまり興味がなかったが、ぼーっとしている訳にも行かないので、商品を見て回る。

 すると一つのものに目を奪われた。

 それは銀で出来た指輪。
 指輪には瑠璃色の宝石が一つ。宝石の周りには銀の細かい細工があしらわれ、瑠璃色の宝石の中には金色の粒がちりばめられた、とても美しい指輪だった。

「こ、これは……」

 自分の色とリディアの色。シェスレイトは今日のリディアの服装に目が行った。

「お客様、こちらの指輪をお求めですか? 貴方様の瞳と髪の色にぴったりですね! お連れの女性もお喜びになるでしょう」

 店の者が満面の笑みでそう訴えた。

「あ、いや、その……」

 買うつもりはなかった。しかし……、これほど心惹かれるものと出会ったことがない。
 リディアに渡したい。そう思った。

 もうすぐリディアの誕生日だ。その時に自分の気持ちを出来ることならば、はっきりと伝えたい。

 そう決意するシェスレイトは店の者に、リディアの誕生日までに間に合うよう、自分の身分を明かし指輪に刻印を頼んだ。王家の紋と、シェスレイトとリディアの名を。

 店の者は大層驚き態度が急変したが、シェスレイトはリディアにバレないよう、普通に接してもらうよう頼んだ。

「何か気になるものでもありましたか?」

 突然背後からリディアに声をかけられビクッとなり、慌てて振り向いた。
 今見られる訳にはいかない。シェスレイトは背後にその指輪を隠す。

「な、何でもない。ただ見ていただけだ」
「そうなんですか? 購入されないのですか?」
「今は良い!」
「? そうですか……、では、他のところへ参りましょうか」

 リディアはそれ以上気にする様子もなく、店の者に後日取りに来ると伝え、店を後にした。

 店を出るとリディアが改まった様子で言う。

「一つ行きたいところがあるのですが、良いでしょうか?」
「? どこだ?」
「以前、連れて行っていただいた国営病院に」
「国営病院? 何故?」
「えっと……、どこまで進んでいるのか見てみたいと思いまして」

 何故急に国営病院を見たいのか、シェスレイトにはその理由は分からない。
 しかし意味のないことをするとも思えない。

「今日は鍵を持っていない。中に入っては見れないぞ?」
「そうですか……、構いません。外からだけでも」
「……、分かった」

 そこまでして見たいのならば、何か理由があるのだろう。シェスレイトは頷き、国営病院へと向かった。

 リディアに向かって手を伸ばし、再び手を繋ぐ。今日は一日手を繋ぐと決めて来たのだ。
 リディアは躊躇いながらもそっとシェスレイトの手を取り握る。
 シェスレイトは差し出した手を確かめるように少し親指でなぞると、慌てて踵を返し歩き出した。
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