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本編 リディア編

第六十九話 冷徹王子の事情!? ⑭

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 リディアを誘ったものの断られ、ディベルゼと盛大に喧嘩を繰り広げた翌日、何もすることがなくなってしまったシェスレイトは結局仕事をすることにしたのだった。

「仕事人間ですねぇ。少しは休まれたほうが良いですよ? いくらリディア様に断られすることがなくなってしまったにしても」

 ディベルゼさんはやれやれといった顔で溜め息を吐いた。

「貴方が休んでくださらないと我々も休めないのですよ?」
「わ、分かっている! だから休んで良いと言っただろう!」

 嫌味をずっと聞かされ続けるくらいなら、休んでくれたほが幾分かましだ。シェスレイトはそう思ったが、そんなことを言おうものなら、何倍にも嫌味を返される。大人しく仕事をし、ディベルゼの嫌味は聞き流す。

 休憩を挟み、昼食を挟み、ひたすら一日執務室で仕事をこなすシェスレイト。
 ディベルゼはそんなシェスレイトを心配するが、一度仕事を始めるととんでもない集中力でこちらの話などほとんど聞いていない。
 ディベルゼが執務室を少し外し、外出しても気付いていない。

 執務室を離れ、ディベルゼは辺りに人がいないことを確認し、人目に付かない場所で誰かと話し込む。
 ディベルゼは跪き頭を下げる人物の前に立ち、その人物から報告を受けていた。

 ディベルゼはリディアに影を付けていた。密かにリディアについて調べるためだ。シェスレイトは調べなくても良いと言っていたが、念には念を入れるのがディベルゼの仕事。
 婚約発表があったあの日からリディアの情報を集めていた。

 リディアはやはり誕生日を迎えた日から人が変わったかのようだ、そういう噂が使用人たちに出回っていた。
 大きな噂ではなかったため公にはなっていないが、世間話程度には噂されていたのだった。

 ディベルゼはそれをシェスレイトに伝えるかどうか、ずっと迷っていた。
 大した噂ではない。そう思うが気になる。
 気になるが、リディアに好意を持ち出したシェスレイトにそれを伝える必要はあるのか。
 わざわざ疑いの心を持たせる必要はあるのか。

 調べて分かるようならこちらだけで対処をすれば良い、と思いずっと報告は避けていた。
 しかしいくら調べても何故そんな噂が出るのか理由が全く分からない。

 ディベルゼは結論の出ないまま思い悩む日々が続いていた。

 今日の影からの報告はまた理解しがたい内容だった。

「リディア様が泣いていた?」
「はい」

 何故泣いていたのだろう。何があったのだ? 最近のリディア様の様子から泣いたりするようなことが起こるとは考えられない。ますます疑惑の目を向けてしまいそうだ。
 ディベルゼは溜め息を吐いたかと思うと、影に再び任務に戻れと指示をした。

 一体リディア様は何者なのだ。ルーゼンベルグ侯爵の一人娘なのは間違いないのだ。宰相である父親が目の前にして間違うはずがない。確実にリディア・ルーゼンベルグその人なのだ。
 なのに、何だこの違和感は……。

 ディベルゼは悶々としながら執務室へと戻った。

「ディベルゼ、何をしていた?」

 戻ると普段気付きもしないシェスレイトに声を掛けられディベルゼは不覚にもビクッとした。

「殿下、どうされたのですか? 普段私が部屋を出入りしても全く気付かれないのに」
「ふん、気付いている。ただ特に気にしていないだけだ。だが今日は……」
「へぇ、気付かれていたのですか! それは失礼いたしました!」

 軽口を叩くディベルゼにシェスレイトは少し苛立ち睨む。

「お前……、まあ良い。で、何だ?」
「何だ、とは?」
「何かあったのだろう? いつもと何か違う」

 ディベルゼは普段表情や態度には自分の感情は出さない。まさかシェスレイトにそんなことを指摘されるとは思っていなかった。
 不覚にも少し動揺し、しかしすぐにその動揺を隠す。

「いえ、何やらリディア様が泣かれている、と噂が入ってきまして」
「!?」

 別人のようだ、という噂を逸らすために泣いていたという話の方を報告した。
 一応本当のことだしな、とディベルゼはしれっと言った。

「何だ!? 何故リディが泣く!? 何故泣いている!?」

 シェスレイトは動揺を隠せない。まさかあのリディアが泣いているなんて信じられない。本当だとすると余程辛いことでもあったのか、とおろおろし出す。

「さぁ、何でしょうね。そこまでは私も分かりません」
「お前は何故そのことを知っているのだ!?」
「まあそこは私の情報網を甘く見ないでいただきたい、としか言いようが」

 笑って誤魔化そうとするディベルゼにシェスレイトは苛立ちを覚えるが、どうせ問い詰めたところでディベルゼは本当のことは言わない。
 必要のある事なら必ず口にするが、知らなくても良いことだと判断したことは絶対に言わない。
 それが分かっていたシェスレイトはそれ以上問い詰めることはなかった。

 シェスレイトはリディアが気になったが、今ここで側に行ける程自分はまだ信頼を得ている訳ではない、そう思うと少し切なさを感じ、結局は考えないように仕事にさらに打ち込むしかなかった。


 翌朝、いつも通りに執務室で仕事をしていると、その日はオルガが訪ねて来た。
 ディベルゼが対応していたが、どうやらリディアが会いたいと言っていると……。

 何だ、何をしに来るのだ。急にそわそわし出す。

「殿下、嬉しくてそわそわするのは分かりますが、ちゃんと仕事してくださいね」
「うるさい!」

 ディベルゼに指摘され恥ずかしくなり、虚勢を張る。
 午後からリディアがやって来る、そう思うと中々仕事が手に着かない。

「昨日休み返上で仕事をたくさんこなしておいて良かったですね」

 ディベルゼが胡散臭い笑顔で言う。


 午後になり執務室の扉外で話し声が聞こえた。

「おや、リディア様が来られましたかね」

 そう言うとディベルゼは扉を開け、外に顔を出した。

「リディ、今日も綺麗だな! ん? いや、何かいつも以上に綺麗だな……」

 ギルアディスがリディアを口説いていた。

「ギルさん、何、リディア様を口説いているのですか。殿下に殺されますよ?」
「く、口説いて!? 口説いてない!」

 焦るギルアディスにクスリと笑っていると、痺れを切らしたシェスレイトも近付いて来る。

「遊んでないで早くしろ」

 しかしディベルゼはシェスレイトを無視しリディアを見た。

「おや? 確かに今日のリディア様はいつもよりさらにお綺麗ですね」

 おや、これはもしかしてもしかすると……、ディベルゼはリディアが綺麗になった理由が何となく分かったような気がした。女性は恋をすると綺麗になりますからねぇ、と内心うんうんと頷くのだった。

「だろ? 何かいつもよりも……」

 分かっていないにしろ、ギルアディスも恐らくその恋する乙女の魔力で美しくなったリディアに何かを感じたのだろう。

「おい!!」

 シェスレイトが限界を迎えた。
 扉の中でイライラとしていたシェスレイトは外に顔を出す。

「シェス、ごきげんよう……」
「リ、リディ」

 あぁ、リディ、確かに今日は一段と美しい。何だ? 何故こんなに美しく見えるのだ?
 服装や髪型や化粧だけではない、ほんのり赤く染まる頬も可愛らしく、リディアの姿全てがキラキラと煌めいて見えるようだ。シェスレイトは動揺する。

「おやおや、リディア様大丈夫ですか? お顔が赤いような……」

 ディベルゼが何か言っているが、リディアの姿に見惚れたシェスレイトには聞こえていない。

「殿下も今日のリディア様は一段とお綺麗だと思われるでしょう?」

 そう言われ頬を両手で隠すリディアが可愛くて仕方ない。とても言葉に出来ない。

「あ、あぁ……」
「殿下、もう少し何かないのですか?」

「き、綺麗だ! リディはいつも……」

 それが精一杯だった。それすらも恥ずかしくなり慌てて執務室の中へと戻った。

「殿下、照れ屋も良いですが、言った言葉はちゃんと最後まで言いましょうね?」

 またディベルゼに嫌味を言われるが、何と言われようと、言えないものは言えないのだ。
 まともにリディアの顔を見ることが出来ず横を向く。顔が火照るのが分かった。

 このまま立っている訳にも行かないため、何とかリディアの手を引き椅子までエスコートする。
 触れた手に変な汗をかきそうだ。
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