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第四章 ヴィルヘルミーナ、海へ!

4-11.さらわれたステラ その5

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「今の見た? ミーナちゃん?」
「ん?」
「どうやら、顔を見て、相手のセリフを聞いてから催眠術が発動したわ」

 えっ、そうなんですか? エマリーさん。
 貴女はえらいですね。
 私は、まったく気がつきませんでしたわ。
 おほほ!

「それにこれが催眠術なら、何らかの刺激で戻る場合があるわ。殴るとか」
「ああ、エマリー。ぶん殴ればよいのか。しかも、相手は動かないし、楽だねぇぇぇ」
「ちょっと、二人とも、二人が殴ると危ないですよ」
「うん? ヤスミン、何か良い方法でも?」

 そう言と、ヤスミンはビアンカの手を握っていた。
 なんと、今、危ないと言ったのに、顔を見つめている。
「騎士のお嬢さん!」とヤスミンがビアンカに話しかけているが、私が、つい「はいぃ」と甘い声で返事してしまった。
 
 イカンわ!

 エマリーが咳払いしている。

「はっ!」と、ビアンカの目が覚めた。

 うわぁ、なんじゃ。
 ヤスミンの宝塚パワーか?

「ヤスミン、どういうこと?」
「いえ、後から発動した人ほど、セリフが短いのです。催眠が浅いのではと思い」

 思い?
 どうした?
 手を取って、見つめ合って、ダンスでもしたら催眠術が解けるのか?

 まあ、私にできることと言ったら、握ることぐらいか?

 ということで、動かなくなった者の顔をとりあえず、握っておこう。
 握られた女に「ググググ」と言われても、正気に戻ったのか、どうかよくわからん。
 もう少し圧をかけておくか?

「ミーナちゃんんん。やめてあげてぇ」
 また、倒れてしまったわ。

 で、意外なことに、尻を叩くと、正気に戻ることを発見した。
 仙骨から背骨が、ビリッと来るらしい。
 
 さて、最初に話し始めた女は、駐在所で取り調べてもらうべく、騎士たちに預けることにした。

「この感じだと、まだまだ、いそうね」

 ステラの演説を聞いて催眠術にかかったのだろう。
 このままでは、ネズミ講なのだが、子、孫と進んで行くと、催眠術のかかりが浅い。
 やはり、ステラが何らかのカギを握っていそうな気がするわ。
 となると、ステラ本人を抑えないと。

 さあ、ステラはどこだ?

***

 ステラは、騎士団の聞き取り調査を自宅で受けていた。
 まあ、騎士団長とは言え、父親の言うことは身内の証言なので、正式に聞き取るということだろう。

「では、ステラさん。覚えていることを話してくれますか?」

「はい、でも、わたし、おぼえてないのです。いつのまにか、いえをでて、いつのまにか、かえってきていましたから」と、回答するステラは、うつろな目で片言だ。

「では、覚えているところまで、話してください」
「はい……」

 後ろで見ていた騎士が、「なんか、行方不明になる前と雰囲気が違うな」と言うと、もう一人の騎士が、「でも、あんな感じだったぜ。いつも、ボーっとして」と答えたのは、父親の団長が席を外しているからだろう。

 そして、窓の外のカラスが、「カァー」と鳴いた。
 赤い目を光らせて……

***

 偶然にも、私たちは催眠術にかかった者は、尻を叩くと正気に戻るのが分かったので、私は、こう言った。
「ビアンカッ! 尻を蹴り上げろ。それでも正気に戻るわ」
「えっ、ヴィルマ姉さん。尻を?」
「そうだ、男も女も尻を蹴り飛ばせ」

「ちょっと、ミーナちゃん。女の子のお尻を蹴り飛ばすなんて」
「夢から覚めないのなら、蹴り飛ばすしかないッ」
 そりゃ、ヤスミンみたいに「お嬢さん」なんて出来ませんからね。
 そして、手っ取り早い。動かない相手の尻を蹴るなんぞ。簡単で良いわ!

「ヒィー」
「うわっ」
と、言いながら、皆、目を覚ましていく。

 そして、ある女の尻を蹴った際、乾燥苔が落ちてしまった……
 これは……
 すまん。見て見ぬふりして、去って行こう。

「あの女は、カルソンを履いてなかったのか?」※1

「ビアンカ、催眠術が伝播するみたいだ。やはり、ステラから伝播したと思う。彼女は、どこに?」
「自宅で取り調べがあるはずです」
「なら、取り調べている騎士が危ないわ」
「ええ? まさか」
「行ってみましょう。エマリーとヤスミンもお願いするわ」と言うと二人も頷いている。

「ねえ、ヤスミン?」
「なんですか? エマリーさん」
「私たちも、『ヴィルマ』って言わないといけないの?」
「そうでしょうねぇ。折角の変装ですからね」
「そうねぇ」と、二人が笑い合っている。
 二人が、何を言っているのか聞えなかった私には、二人が笑い合っていることが不思議に感じた。


 そして、キルヒナー宅へ到着した。
 ビアンカがノックをしているが、誰も出てこない。
「団長?」
「ミー……ヴィルマさん、入りましょう」と、エマリーが言う。
「よし、入ろう」と、ドアを蹴り飛ばしたので、ビアンカが軽く悲鳴を上げたようだが、無視だ!

「なんだ、リヒテル殿。居るではないですか」と、ビアンカがコマンダー・リヒテルに近づこうとしたとき、リヒテルが立ち上がった。

「私は白魔術師だ。お前ら黒魔術関係者は、異端裁判にかけて殺してやる」

「遅かったか! とにかく尻を蹴るんだ」と言うも、逆にリヒテルが蹴って来た。
 吹っ飛ぶ、ビアンカ!
 続いて私にも蹴って来た。

 しかし、私は、リヒテルの蹴り足のブーツの踵を左手で救い上げた。
 なので尻が蹴れない。
 ブーツなので金蹴りも出来ない。

 だが、ケンケン状態のリヒテルの股間目がけ、ブーツの先で蹴り上げておいた。
 蹴り足に、リヒテルの恥骨が、数センチ上がったのがブーツ越しにも分かったわ。
 そして、この技が、空手で言う「七段蹴り」の一つだとは、私は知らない。

 困ったことに、リヒテルはうずくまり、動かなくなったので、催眠術が解けたのかどうかわからなかったのは、失敗だっただろうか?

――動かないのだ、害はない。これで良かろう!

 さらに、もう二人コマンダーが出てきたが、難なく蹴ることが出来た。
 どこを?
 ふふふ。

 さらに徘徊している男を発見した!

 キルヒナー団長だ!
「よし、“思いっきり”蹴っ飛ばすぞ」

 しかし、四人で蹴っても、逃げるのであたらない。
 こんな時に!

 すると、一階のドアから、出て行く女が見えた。
「あれはステラさんです」とビアンカの声が聞えた。

――イケない。ステラが外に出てしまったら、また、街は催眠術で混乱するわ。

※1 カルソン 女性用ステテコ。ドロワーズと違い、シンプルな下着。
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