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第三章 踊るように笑え
24.ベルギー人ですか
しおりを挟むヴィレム達が、ライン川を急いで下ろうとしていた頃、日も傾き始めていた。
ロッテルダム支店では、その日の仕事を終えた従業員が酒場で酒を楽しんでいる。
「あぁ、オレも大型船の船長をやらせて欲しい。そろそろ、そういう時期だろう。そう思うよな」
その言葉はヘニーだ。
小型船の船長は務めたことがあるが、大型船では副船長の役目までだ。
「次の航海で副船長なら、もう他社へ行くことも考えないと」
「ちょっと、ヘニーさん。何を言っているんですか」
「あぁ、すまん。今日は、これぐらいで帰るわ」
そう言うと、ヘニーは酒場を出て行った。
しかし、そのまま帰宅することは無く、別の酒場で一人で飲み直すことにしたのだ。
「うん。仲間といると愚痴が多くなってイケない」
そこに、男女二人が寄って来た。
「隣りは良いですか」と。
「あぁ、良いよ」と言うと、ヘニーは、さらに付け加えた。
「ベルギーだ」
二人は「はっ」としたようだ。
「ベルギー人だ。船乗りはニオイで分かる」
「さすがですね。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ははは、オレの名前なんぞ聞いても、誰も知りゃあしない」
「いえいえ、逆ですわ。これから有名になるかもということです。だって、一目見ただけで出身地が分かるなんて、素晴らしいですわ」
「ああ、そうだとも」
そう載せられてヘニーは良い気分にでもなったのだろうか。
「アインス商会のヘニー一等航海士だ」
「ヘニーさんですか。実は、私たち、海運業者を買収する予定なんです」
「へぇ、あまり感心しないね」
「あら、どうしてかしら」
二人の男女は、海運業者の買取の話を続けた。
そして、男が言った。
「ヘニーさん、貴方なら良い"船長"になれますよ。うちに来ませんか」
「はっ!? な、何を冗談を言っているんです」
「船長になる気は無いのですか。それなら仕方がないですが」と、男は少し大きな声になった。
「いや、まあ、いきなり今日、出会った人からそう言われましても」
「そうですか。私たちは、しばらくアジアへ行く予定です。いつ、お会いできるか……」
「そうですわ。今が、決断の時ですわ」
ヘニーは、自分が酒で酔っているのはわかっていた。
酔うと言っても、へべれけでなく、冷静な判断をするのに適していないと言う意味でだ。
なので、ここは回答すべきではないと判断はしているが、何故か、自分の欲していることを初対面の相手から言われると、
運命の出会いではないかと思えてしまう。
だから、下を向いて考えているのだ。
「まあ、アインス商会のお仕事を満足されているのですね。なら、貴方、仕方がありませんわね」
「あぁ、でも、もし気になるのなら、ここへ訪ねて来てください。あるいは、手紙でも」と、名刺を渡された。
「わ、わかった……」
そう言うと、二人は行ってしまった。
「クレマンティーヌ様は、『ベルギー人』でしたか」と、男が女に尋ねた。
「バカおっしゃい! 私はれっきとしたフランス人だよ。フランス人」
「ベルギーもフランス語を話しておりますので、間違えても仕方がないかもしれませんね」
「ふん。あの男は大馬鹿野郎だね」と、言うと女は踊るように笑った。
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