上 下
15 / 38
眠らずのブラックドッグ

15. またいつか

しおりを挟む


 野盗の襲撃からもう少しで一日が経過する。

 クロウ少年とサラクと野盗達の拠点を調べ、村に戻ってきたのは日暮れに近い時間帯だった。

「ブラックドックさん、本当にもう行ってしまうんですか? もう日が傾いていますし今日は村でゆっくり休んでもらって、翌朝出発した方が安全だと思いますけど」

「そうだな、ブラックドック君には本当に世話になった。まだ碌に礼もできていないし、その右腕も完治していないのだろう? 一泊だけでもしていかないか?」

「ありがとう、でも私も先を急ぐのでね。すまないが遠慮させてもらうよ」

 元から夜が好きということもあるが、アンデットになってからは朝が若干苦手になった。

 戦闘能力が落ちるわけでは無いが、日の光に過敏になっているのか視界が少しチカチカするし、日差しが非常に暑く感じてしまう。

 できればこのまま村を出発して、夜中にのんびりと歩きたいものだ。
 急いでいるのにのんびりとはこれ如何に。

「もしかしてブラックドックさんって朝弱かったりします?」

「ああ、実はそうなんだ」

「いつも朝は機嫌が悪そうというか、目に疲れが出ている感じなんですけど夜は元気ですしね。ブラックドックさんはずっと睡眠をとっていなかったのでそのせいかなと思っていました」

「はっはっは、私は夜型なものでね。機嫌が悪いわけでは無いよ」

「なら良かったです。……ところで、ブラックドックさんは何か目的があって旅をしているんですか? 話せないことなら聞きませんが、もし協力できるようなことがあれば何でも言ってください」

 特に欲しいものは無い……いや、あるか。
 それに色々と聞いておかなければならないこともあった。

 クロウ少年がいてよかった。

「実は訳あって身分が証明できないんだ。もし出身地等を聞かれたときにこの村の名前を使ってもいいかなだろうか?」

「その程度なら全然構わない。何かあっても君がここの出身であると口裏を合わせておこう」

「あとはそうだな……君たちは“勇者”について何か知っていることはあるかな?」

「勇者ですか? 先の三大龍魔王との大戦での功労者という意味でなら、確か五人ほどいたはずですが」

 ……三大龍魔王?

 それに大戦と言ったが何かあったのだろうか。

「あの、三大龍魔王、とは」

「……本当に、何も知らないのか」

「……ああ、知らないんだ」

「なら簡単に説明していくから、知りたいことがあったら聞いてくれ。この大陸には五つの国が存在している。昔は結構頻繁に国同士で戦争が起こっていたんだが、とある魔物のせいで状況が一変した」

「もしかして、その魔物が三大龍魔王だったのかな?」

「正解だ。突如現れた三体の龍種、炎獄龍ムスペルヘイム、氷獄龍ニブルヘイム、死獄龍ヘルヘイムによって戦争どころじゃなくなった。国同士が協力しなければ全滅していたかもしれない規模の大戦だった」

 三大龍魔王の名前を聞いて思い当たるのは、手帳に記載されていた、アナスタシアの肉体に取り込まれている龍種の細胞。

 まさかこの肉体に取り込まれている細胞がそんな怪物のものだったとは驚きだ。
 取り込んでいるのが細胞だけなので炎獄龍と死獄龍の魔法使えないが、耐性があるだけでもありがたい。

 そして氷獄龍ニブルヘイム。
 手記の男は氷獄龍の遺骸から龍珠という特殊な物体を生成し、アナスタシアに埋め込んだらしい。

 この龍珠という物体の影響で、アナスタシアは耐性だけでなく《氷獄魔法》というスキルも獲得している。

 リスクが伴うため使用するつもりは無いけれど。

「そんな時急に現れて国を救った英雄が勇者様ってわけだ。確か三大龍魔王が倒されたのが二十年位前だったか。私も年を取るはずだ」

 二十年、それだけの年月があれば勇者にも娘の一人や二人いるだろう。
 三大龍魔王と相打ちになっていなければの話だが。

「勇者の家族構成とかって知っていたりするかな」

「流石に全員のものは知らないが、一人だけ知っている。私たちがいるこの国__メヒティマ国の勇者アイゼンワンド、結界の勇者と呼ばれていた英雄だ」

「ふむ、そのアイゼンワンド氏に娘はいたのかい?」

「いや、娘というか結界の勇者に子供はいない。そして既に亡くなっている。龍王の討伐時で既に結構な年だったらしい」

 残念ながら既にこの国に留まる理由はないようだ。

「なら他の勇者を順に訪ねていくことにするよ。教えてくれてありがとう、助かったよ」

「この程度の情報は何処でも聞ける。礼を言うのは此方の方だと言っているだろう」

「ブラックドックさん、この村の北東に海に面したスクリューという港街があります。一応船が出ていて他の国とのやり取りがありますし、そこなら勇者について詳しい人がいるかもしれません」

「情報感謝だ少年。それでは、そろそろ出発しようかな」

「……また、この村に来てくれますか?」

 ……恐らく、私がこの村に戻って来ることは無いだろう。

 この旅はアナスタシアを家族の元へ帰し、私もまた眠りに就くことが目的のものだから。

 この別れが、この村の人々との今生の別れとなってしまう。

 もう来ないとは言いづらいが、嘘を言うわけにもいかない。

「私はもう、この村を訪れることはできないと思う。でも、また君たちと会いたいとも思っているよ。……だから、またいつか、だね」

「……わかりました。ですが、もし困ったことがあれば、手紙でもなんでも送ってください! 俺は必ず駆け付けます!」

「な~にカッコつけてんだか。じゃあなブラックドックさんよ、世話になった」

「君の旅に幸福がもたらされることを祈っている」

 クロウ少年、サラク、ジンの三人に見送られ、私は村を出る。
 ちなみに村の住人全員に見送られるのは時間が掛かりそうだったので、見送りは遠慮してもらった。

 村から少し離れて、振り返り手を振ると、クロウ少年が手を振り返し見送ってくれる。

「ブラックドックさーん! またいつかー!!」

 私は軽く手を振り、新たな街を目指して歩き出す。



 もうすぐ夜がやって来る。

 死者が喜ぶ時間帯、私が好きな時間帯。

 私はこれから訪れる夜と新たな出会いに思いを馳せ、黄昏の下を進むのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...