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そうだ、アカウント停止しよう

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「桐のインスタ、フォロワー増えすぎじゃね?」

――インスタクラブ。
今や若者のほとんどがスマホに入れているといっても過言ではない写真特化型のSNSアプリ。
バイト先の先輩に誘われるがままに始めてから早半年、一般人よりはそこそこフォロワーがいるくらいだったオレに、最近転機が訪れた。

「この前バズってからすっげーフォロー来るんだよね」
「あー、あの写真か。やっぱバズるとすげーんだな。フォロワー数、若手芸能人レベルじゃん」

先日、バイト先のアパレル店が今人気のアニメとコラボすることになった。
ショップの宣伝も兼ねて、コラボ服を着て写真を撮りアップしたところ、その写真のいいねが異常なまでに付いたのだ。
何でも、そのアニメに登場するキャラクターの一人と容姿が似ていたようで、「まるで、〇〇がコラボ服着てるみたい!」と噂が噂を呼び、オレのいいね通知を鳴らし続けたらしい。

「まーこれが?オレの実力ってやつ?」
「調子乗んな。お前は普通よりちょっと顔が良くて、すこぶる運が良かっただけだ」
「何の話?」

オレと幼馴染の雅人が、スマホに表示されたインスタの画面を見ながら話していると、もう一人の幼馴染が話しかけてきた。

「理久はインスタやってないの?」
「やってない。名前は知ってるけど」

興味津々に理久が俺のスマホを覗き込む。
急に詰められた距離にドキリとして、思わず上体を後ろに逸らしかけたのをすんでで押し留める。
視線を感じて顔を向ければ、雅人が馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
言うならば、エアー鼻笑いみたいな。

仕方ないだろ。
こちとら何年片思いしてると思ってんだ。

オレと雅人と理久は、小学生の時からの幼馴染だ。
中学生の思春期に理久への気持ちに気付き、気付いたと同時に何かと察しの良い雅人にすぐバレた。
二人とオレじゃ偏差値に大きな差があったから、高校はもともとオレだけ違うとこを志望していた。
けど、理久と同じ高校に通うため、オレは志望校を変更し、中学三年の一年間血反吐を吐く思いで勉強した。
そして、何とか二人と同じ高校に進学することが出来た。
今思えば、あれはほとんど奇跡だったと言っても過言ではない。

高校も小中と変わらず三人で一緒に過ごし、次は同じ大学に…という時、問題が起きた。
理久と雅人が受験する大学は、オレの偏差値では到底進学が不可能な超難関大学だったのだ。
高校受験以上に勉強したが、結局合格することは叶わず、一人家から近い大学に通っている。
今はオレの提案で、二週間に一度こうしてファミレスに三人で集まり、定期的に近況報告をすることになっている。

「このアプリ、桐も雅人もやってるの?」
「やってるよ。っても、半年前に始めたばっかだけど」
「オレは桐に誘われて始めたけど、あんまり使ってはないよ。時々みんなの投稿確認するくらい」

うーん、と口元に指をあてて理久が考え込む。
どうやら気になってはいるけど、新しいことに挑戦するのに多少不安があるようだ。
その時、ピカーンと脳内の豆電球が光るがごとく、オレの頭の中に名案が浮かぶ。

「じゃあさ、今から一緒にアカウント作ろうよ」
「え?」
「簡単なアプリの使い方、オレ教えるし」

オレの提案に、理久は嬉しそうに顔を綻ばせた。
よし、と心の中でガッツポーズを作る。

オレは現在、圧倒的理久不足に陥っている。
小中校とほとんど毎日一緒に過ごしていたのにもかかわらず、今では月二回会えるかどうか。
けれど、インスタで理久が投稿してくれるのであれば、定期的に最新写真の供給に有りつける。

オレの説明を真剣に聞く理久に口元を緩ませながら、アプリを入れ、アカウントを作成する。
雅人が眉を顰めていたことに、この時のオレは気付いていなかった。



「やばくね?」

スマートフォンから「は?」と声が聞こえる。

「急に電話かけてきたと思ったら何?」
「理久のフォロワー、オレに追い付く勢いなんだけど…?」

理久がアカウントを作ってから、一カ月が経った。
説明の時、理久の写真を見たい欲のままに、「結構みんな自撮りや、自分の写った写真を上げている」「大体2、3日に一回くらいで投稿している」と告げたためか、理久は2、3日の頻度で自分の写った写真を投稿していた。
オレは全てにいいねとブックマークを付け、定期的に見返しては、毎日の励みにしていた。のだけど。

「だろうね」
「は?」
「お前、一緒にいすぎて忘れてんのかもだけど、理久はいわゆるイケメンってやつだから」

雅人の言葉に、雷に打たれたような気持ちになる。
忘れてた事実を急に思い出させられたような、その事を忘れていた自分に驚いたような、そんな気持ち。

「それもどちらかといえば、最近女子に人気の中性的イケメン。すぐにお前を追い抜くんじゃね?」
「え、ちょ、こうなることが分かってたなら何で止めてくんなかったの!?」
「オレはインスタをさせない方向に持ってこうとしてたよ。そしたらお前が嬉々として説明し始めたんじゃん。今回のは全部お前のせいだから、オレを責めんのはお門違い」

ぐうの音も出なくて押し黙る。
沈黙を返せば、電話越しに呆れた様なため息が聞こえた。

「つか高校受験の時は、高校じゃ理久モテるだろうから隣で見張るんだーってすっげー勉強してたじゃん。なんですっかり忘れてんの?」
「高校三年間、結局理久誰とも付き合わなかったし」
「お前が休み時間も放課後も独占してたからな。けど、告白はされてたっぽいけど」
「まじ?オレ知らないんだけど?」

お前鈍感だからな、と嘲笑を含ませた返答を聞き流す。
震える指でオレは理久の投稿に付いたコメントを確認した。

『かっこいいしかわいい!』
『ずっと推します!だいすきです!』
『これからも写真アップ待ってます』

――などなど。大多数は女子からのコメントだけど、その中に時折男子からのコメントが混じっていることに気付いて、スマホを持つ手に冷や汗が滲む。

「ねぇ、どうすればいいと思う…?」
「どうって…、理久は律儀にフォロー返しちゃってるみたいだし、今更鍵アカにしても遅いだろうし」

うーんと唸る声を聞きながら、無い頭を捻りながら考える。
アカウントに鍵を付けて、オレ達だけに限定公開するよう設定するのはすでに手遅れ。それなら。

「そうだ、アカウント停止しよう」

理久に対する多数のコメントをスクロールしながら眺める。
可能性としては低いけど、相手が好意を寄せてる以上ここから恋愛に発展しない可能性がないわけではない。
なら、不安要素は早々に摘むべきだ。

オレは理久に電話をするべく、雅人に一度電話を切りたい旨を告げる。
雅人は何度目か分からないため息を吐きながら、「まあ、頑張れよ」と応援してくれたのだった。
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