46 / 49
生と死と16
しおりを挟む朝と変わらず、テレビは恩田さんのニュースで持ち切りで、父さんに消すか聞かれたけど、消しても気になるから、そのままでいいと言った。
最近報道されなくなった、イラク、シリア情勢の話が続いて、半分まで食べ終えた所で画面の上に速報の文字が点滅した。
もちろん恩田さんの速報だ。アナウンサーが原稿を読み上げる。
【誠意を見せない政府のせいで、二十四時間後、りょうに裁きの刃が振り下ろされるだろう】
直にアナウンサーはスタジオの専門家に意見を聞いている。
元から腹なんて減っていなかったけど、美鳥さんが作ってくれたぞ、の気持ちを汲んで付けた箸だったが、止まってしまった。
だって後二十四時間したら恩田さんは死んでしまうんだろ? 飯なんかどうでもいいよ。
じっとテレビを見つめている僕に、もう誰も近寄ってこない。桜は大分距離を取った場所でニュースに耳を澄ませてる。
無性にイライラして、ごめんなさいもご馳走様も言わずに立ち去る。
縁側に腰を降ろして、携帯を見る。あの時はよくわからず呆気にとられるだけだった恩田さんの音楽を再生した。
目の奥に刺さるレーザービームに体が浮く重低音、暴れるヴァイオリン、脳の奥まで響くフルート、重なって混ざり合って、今ならこの音が何となく分かる気がした。
叫んでるんだ、こうだよって答えはないけど、君が伝えたい想いみたいのは、胸の痛みと共に勝手に体に染み込んでいく。
こんな状況になったから僕にも理解できたのかもしれない、でもだったら、初めから僕と同じような境地にまで達っしていた人達は彼女の音楽がいかに凄いかってわかっていたんだろう。
助けてあげたい、もっと聞いていたいのに、もうこの先恩田さんの新しい音楽が聞けないのかと思ったら悔しさでどうにかなりそうだった。
僕と同じ気持ちの人がいるのか、話題になったせいか、前回視聴した時より爆発的に動画再生回数が伸びていた。
コメントには
【メンヘラ系音楽ww】
【お触り禁止の人w】
って恩田さんを知りもしないで揶揄、侮辱するヤツもいたけど、国境のない音と差別のない共鳴を支持する人も多かった。
コメント欄は色んな言語で埋め尽くされていた。
僕も何か力になりたいって考えても、動画の彼女を見つめる事しか出来なくて悔しい。
でもそうしてる間にも刻々と時間は過ぎていく、夜になって携帯でどのニュースサイトを見ても、テレビを見ても恩田さんについての速報は流れなかった。
長崎だからか? 僕のらくがきの話もない。アクセルを踏み間違えてコンビニに突っ込んだ高齢者の車と、熊が町中に現れたニュース、ストーカー、詐欺、ローカルニュースはあれど恩田さんに進展はなかった。
夕飯なんて食べてる暇はない、僕はもっと恩田さんの情報がほしくて、PCまで借りた。桜はその夜、美鳥さんの部屋で寝た。
バカだ、調べたところで、彼女の経歴が分かれば分かるほど、その栄誉ある功績と絶え間ない努力と、幅広い人望に自分がいかに劣ってるか虚しくなるだけだし、助けたいのに出来ないジレンマに駆られるし。
誹謗中傷の記事を見れば腹が立って、お前は何がしたいんだって何度も床を殴った。
どうにもできない、できないのにこれで夜が明けて昼になったら、24時間経ってしまうんだ。
何にもできないけど、何も出来ないからって寝てられるか? 寝ないだろ? 眠くない、恩田さんだって寝てないよ。
目が重く腫れてきた、翌日を知らせる朝日が部屋を照らした、恩田さん解放の進展はない。
鳥が鳴いてる、月も星も、もう帰ってしまった。勝手に太陽が昇ってる。
昨日宣言した24時間まで後10時間を切っていた。何も思いつかないまま焦ってる。戸が少し開いて、外で「わッ!」って声がした。
「ご、ごめん! おはよう梧君、寝てないの? まさか起きてると思わなくて」
「おはようございます」
美鳥さんが一旦、戸に身を隠して、少し顔を覗かせる。
「夕飯食べていなかったから、大丈夫かなって……これお水」
「本当にごめんなさい、迷惑かけて」
すっと戸の向こう側からペットボトルが出てきて、受け取ったら美鳥さんは僕の様子に安心したのか、戸の向こうに座った。
「謝らないで? お友達だったんでしょ? わかんないけど……ちょっと顔見知りの同級生位だったら、もっとこうだってああだって、話すじゃない? でも梧君は本当にショックを受けていたから、もっと親密な子だったのかなって」
「はい……えっと、詳しくはあれだけど、最近話したばかりだったから」
「そっか」
ペットボトルの蓋を開けて一口水を喉に流した、胃に冷たい感覚が響いてお腹が空っぽだったことに気が付く。美鳥さんが静かに言う。
「何もしてあげられないって歯痒いよね」
「…………」
「何か一つでもいいから、代わってあげたいって思っちゃう」
「……そうですね」
「あ、ごめん。私とは違うのにこんな話して。おにぎりもあるから、食べてね」
僕が返事をする前に、美鳥さんはおにぎりと漬物が乗ったお皿を置いて部屋から離れていった。
もう大丈夫ですって返したかったけど、まだ無理で僕はその後トイレにいって部屋を出なかった。
昼過ぎだ、父さんがお祭りに行くって誘いに来た。気分じゃないと言えば、そうかと直に引き下がって、庭から車の音がした。
最悪だが、少し意識が飛んでて僕は寝ていたみたいだ、昼ご飯は適当に食えって言うから、空のペットボトルを置きに台所に向かう、そしたらまさかの桜がいた。
「あれ? 桜、一緒にお祭りに行ったんじゃなかったの?」
「行かないよ、お父さん達の邪魔したくないし」
「ああ……」
「それに私がいない間にお兄ちゃんが逃げるかもしれないし」
「何だそれ」
一応笑っておいたが、桜はクスリともせずに僕を睨んだ。すると家の電話が鳴って、出ようか迷う。
電話を見ていたら、桜が、
「お兄ちゃんが出たらまずいでしょ、警察かもしれない」
「そうだな」
「でもお兄ちゃんが来ていないか聞かれて来てないって答えたら時間が稼げるし、警察がここまで嗅ぎつけてるって判断できるから出た方がいいよね」
「何かお前凄いな」
「サスペンス大好き」
「そう」
桜の手を取って電話の前まで連れて来て、受話器の上に乗せれば、妹は緊張した様子もなく受話器を上げた。
「はい、もしもし…………え?! うん、そうだよ。えっと……ああ、うん。お金は大丈夫、うんうん、元気だったよ。あ、そーだったんだ、もちろん、いい人いい人。私も元気、そっちは? ……そっか、わかった、また連絡するね。はい、じゃあまた」
桜が受話器を置いて一分位の電話で何となくその相手が分かる。
「母さん?」
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
迷探偵ごっこ。
大黒鷲
ミステリー
これは、中学生同士のまだ子供っぽさが残ってるからこそ出来る名探偵ごっこである。
日常のくだらないことをプロのように推理し、犯人を暴く。
「「とても緩い作品である」」
だが...
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる