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生と死と15
しおりを挟む何とも、見慣れないニュースだった、けれど僕はナゼか他人事のように思えなかった。
僕達はもう戦争という言葉にリアルがない。同じ地球上で起きていたって、別世界のような気がしてる。
イラク戦争が終結して、テレビやネットで当時のように情報が流れなくなった、もう何が理由で戦争していたかなんて知っている人はいないだろう。
アラブの春にジャスミン革命、同時多発テロ、そういうのはもう昔話になっていたのに。それがまた、なぜ今?
画面に映るのは砂漠地帯、人質の女性と黒装束の男、字幕のアラビア語の日本語がナレーションで流れる。
【我々は神の使命が元、今も聖戦を続けている。お前等に今に地獄が訪れよう、これは過去の話ではない。悪魔の囁きに加担し、我らの忠告を無視し続け愚かな戦争に参加した日本の罪は重い。悪夢はまだ終わっていない。恐怖しろ、このナイフは全ての日本人に向けられている】
黒装束の男がナイフを持ちながら日本政府に向けたメッセージを語っていた、そしてその横で膝をついている女性がいた。
黒いロングヘアの…………それはそう、恩田さんだった。後ろ手に縛られて少年兵に銃口を向けられている。
「何で急に音大きくしたのお兄ちゃん」
「人質に身代金か、戦争に内戦が長引いて資金がなくなったか、それとも存在を忘れられるのを恐れたか」
「身代金は1億ドルって日本円だと108億円くらいかな……想像もつかない金額ね」
三人は他人事だ、僕は無意識に箸が指から滑り落ちた。じっと画面越しに見つめてくる恩田さんと目が離せないでいた。
単純に意味が分からない、その一言だ。何で行ってしまったんだ、なんて思えない。最後の電話でそんな雰囲気微塵もなかっただろ? 拘束? 身代金? 処刑? だから、それは別世界の話だって、さっき言ったじゃないか……。
理解できないでいたら、トルコで取材を続けているジャーナリストに画面が切り替わった、拘束されるまでの恩田さんの足取りを歩きながら伝えている。
恩田さんは成田空港から直行便でトルコへ渡りイスタンブールに到着、シリアと国境にある南部ハタイに向かっている最中で消息が途絶えたと。
僕にはそれがどのあたりを指しているのか分からないが、渡航危険区域なのはわかる、でもやっぱりそこにいる意味は分からない。
次に画面は日本政府、世界の反応だ。日本と同盟を組んでいる国はこの状況を強く非難している、もちろん日本もお得意の遺憾の意を表明だ。では身代金の要求に関してはというと、専門家と相談し、まずは交渉を進めていく方針だと。
心臓の動きが可笑しくなる、言いたい事はわかる。108億円だ、わかった返してくれと出せる金額じゃないし、そもそも身代金を要求されて簡単に払えば、直ぐお金を払う国として他からも日本は標的にされてしまうだろう、それに脅迫に屈した事になる。
そして僕等は知ってる、このまま時間が立てば人質がどうなるのかを。
テレビは、恩田さん紹介を始めた。
彼女の生い立ちが動画で流れる。恩田さんは東京都出身で、留学を機にドイツに移住、そこで音楽活動を始め、様々な慈善活動に取り組んでいたと。
初めこそ、僕が見たあの赤いレーザービームの中、髪を振り乱して音楽を躍らせる恩田さんが映っていたが、直に子供達に囲まれ笑顔で両手を広げる恩田さんの写真に切り替わった。
彼女は、音楽活動の傍ら、難民保護活動や地雷撤去費用の寄付、少年兵の自立支援、学校建設、他にも色んな慈善活動を行っていた。
音楽を通して、少しでも皆が元気になれたらと、自分は演奏に徹して恩田さんの周りを子供達が囲んで歌って踊る映像も流れる。「世界の主役は君達、明日も生きていられるって素晴らしいね」とカメラに向かって微笑んでいた。そして画面は後ろ手を縛られた恩田さんに戻る。
「うッ」
「お兄ちゃん?」
「ごめん、あの、これ」
直視に耐えなくて、思わず茶碗を置いて下を向いた、待ってよ。どうすればいい? あの時一緒に行くって言えば……? 何を、どうしたらいいのかわからない。すると父さんが、
「あ、おんだ……恩田ってそうか、え? この子、あの恩田さんなの?」
「大樹さん知ってるんですか?」
「恩田さん? ……ああ、そうかお兄ちゃんのクラスの恩田さん?」
二人は気付いたようだが、僕は小刻みに首を縦に振るに留めた。
「そうか……といってもどうしたらいいんだろうな」
「お兄ちゃん大丈夫? 血の音可笑しいよ」
桜はそっと肩に置いた手の指先を伸ばして僕の首に通る太い血管の音を感じ取ると、見えない目で顔を覗き込んでくる。
いつもなら何ともないのに、今日は見られたくないと手を振り払ってしまった。
「痛ッ!」
「梧君?!」
桜は後ろに倒れそうになって、美鳥さんが体を支える、父さんは僕の様子を見てる。
「ごめん桜、僕ちょっと……本当にごめん」
出国する前に会ったなんて言えないし、手紙も初恋の話も、今言って何になる? 僕はもう一度ごめん、と言って部屋を出た。
今日帰る予定だったのに、気持ちが整わない、誰に電話する? どうしたら救える? 僕に何ができる?
頭の中を解答のない疑問だけがグルグル回って頭痛がして部屋に駆け込んだ。
戸を締めて画面の点かない携帯を充電した。敷きっぱなしの布団に転がって最後に恩田さんと会話した言葉を思い出す、一方的に電話を切った。僕が断ち切ったんだ。
手で顔を覆って、また叫びたくなる、感情がどうしようもできなくなる。充電が少し貯まって携帯を起動した。
恩田さんからの新しいメッセージはない、母さんからもなかった。
自分からもうかけるなって言った癖に恩田さんにかけて繋がらなくて、落ち込んで、まさかあの電話が最初で最後にならないよなって悲しくなって、表示された恩田 りょう の名前を擦る、塀の中でも会いに行くよって言ってたじゃないか。
どうしたらいいのか分からなくなって事件を検索すれば、予想はできていたけど、そこには恩田さんへのバッシングが溢れていた。
【危険な場所に自分から出向いておいて拘束されたら税金を使うって意味不明】
【自業自得!】
【自己責任!】
【悲劇のヒロイン】
【日本の恥】
と見るに耐えなかった。
耐えなかったし、もし自分と関係のない人が拘束されれば僕も一緒になって自分から行っておいて何言ってんだって書き込むんだろうか。
でもそれと同じくらい恩田さんを擁護するコメントもあったし、海外では恩田さんの活動は高く評価され、注目も集まり彼女を救出する運動も広がっていた。
ただ、府に落ちないのはやっぱり彼女がシリアにいる理由だった。テレビではトルコ入りしたのは支援活動を行う為と言うが、僕にはピンとこなかった。だって恩田さんは日本で凱旋ライブツアーを行っている最中だったんだ。
それでも僕が考えたところで何か変わる訳でもなく、時間だけが過ぎていく、緩和ケア中なのに父さんに気をつかせてしまって、昼ご飯はどうするか、なんて聞かれる始末だ。
気分を変えようと居間に行けば桜は仕事が休みの美鳥さんと一緒に裁縫をしていた。
桜は元々編み物が得意だ、談笑しながら冬に使うこたつ布団を縫っている。
桜が父さんと使えるといいね、と目を瞑りながら言って、美鳥さんは間をおいて、そうねと答えた。ちょっと目を潤ませていた。
食卓についたら、もう皆はご飯を食べ終えていた。時刻は二時、冷めた皿うどんを食べながら、謝るのも可笑しいし会話も上手く振れなくて、またテレビを見る。
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