前略、僕は君を救えたか

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生と死と5

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「なっ」

 シーツで顔を半分隠した右目が言う、こんなドラマみたいな展開、本当に僕に起きているのか、むしろ逆ならわかるんだ。高級ホテルで、僕が世界で通用するミュージシャンでお金があって再会して女の子の方が恋に落ちるって。

 でも僕は夕飯全額払おうと思ってるけど手持ちで足りるか焦ってる平民だぞ。いや、大丈夫だ! そうだライブもいくらだかわかんなかったから、とりあえずって給料袋ごと持って来てるんだった。
 答えを濁していたら恩田さんが溜息をついて、起き上がると同時に僕の腕をぐっと引っ張った。神のいたずらか。急展開だ、僕はベッドに倒れて必然的に恩田さんに覆いかぶさってしまう。
 至近距離で目が合って、体温が急上昇して唇を噛んだ。

「お、恩田さん」
「なに?」

 恩田さんの視線がキリッと澄まされて、息を飲んだ。僕と彼女の唇は少しでも気が緩めば触れそうな距離だった。
 それなのに、恩田さんは嫌がる素振りも見せないし、僕が上にいる状態なのに何も抵抗してこない。それは何を意味してるんだろう。

 押せば行ける! な状況なのか、でも僕は恩田さんへの下心はさっき消したはずだ、それに僕等は付き合ってもいないのに何考えてんだ! と理性を連れ戻す。

「さすが兵藤君、狼にならないね」
「可笑しいかな、恩田さんが言う通り、損得じゃないけど欲よりも色々考えちゃう」
「好きだったの」
「ん?」













「烏丸君が好きだったの」






 唐突の告白だった。アニメや漫画、ドラマでだって、この流れは僕の名前を言いそうだったけど、恩田さんは真っ直ぐ僕を見て、視線をブラさずに桔平が好きだったと言った。

「うん、そっか」

 僕の返事はそれだけだ。そうだろ、反論なんてない。
 クラスの女子は大抵桔平が好きだった。そりゃそうだ、格好いい頭がいい運動神経がいい「好きだったのは烏丸君」に何の疑問もない。
 苦し紛れに、僕も桔平が好きだったよって答えた、変な空気が流れた。
 そして恩田さんの大きな瞳に見る見る涙が溜まっていく、人が泣く瞬間を初めて間近で見た。瞬きをしなくても目尻から涙が零れて僕は居たたまれなくなって言う。

「ごめん、恩田さん」
「ううん」

 と恩田さんは顔を横に振るけど、謝る以外に言葉がないじゃないか。だから真剣な声で真面目にもう一度。

「僕のせいで桔平が死んでごめんなさい」
「私の方こそごめんなさい」

 そうだ恩田さんも桔平の紙粘土を落としてしまったあの瞬間を今までずっと後悔して苦しんできたはずだ。
 迷ってた、桔平の手紙を見た後、もし恩田さんに会ったら、桔平が死ぬのは彼が決めた結末だから、自分を責めないでほしいと言おうか。
 でも、そもそも手紙を信じて貰えないかもしれないし、いや、普通なら信じないだろう。でも再会した恩田さんは信じてくれた、けれど彼女にそんな話をしても喜ばない気がして言えなかった。

 恩田さんはぎゅっと枕で涙を拭った、女性が泣いているのになんて声を掛けていいのかわからない。そして桔平が好きなのだとしたら、この状況はなんだ。
 それでもこのまま帰るのも可笑しいし、何より震える肩に触れたいと思った。どうやったら慰められるだろう、もう一度名前を呼んで手を伸ばそうとした瞬間に突然、僕の携帯が鳴った。

 心臓が止まるかと思った、テーブルの上で振動してる、二人で携帯を見てランプの色で桜からの着信だと分かった。

「妹だ」
「出てあげて? ごめん本当に。私は大丈夫だから…………あの、お酒飲んで、ちょっと感情的になっちゃった」
「うん、もう謝らないで」
「うん」

 恩田さんは赤い目で笑顔を作ってみせて、僕は頷いてベッドを降りた。深呼吸して改めて携帯を見れば、やっぱり桜。この時間に起きてるのはいいとして、一体何の用だろう?

「もしもし?」
「出た!! お兄ちゃん今どこ?!」

 それは聞いた事もない緊迫した声色で、いつも以上に大きい妹の声だった。

「えっと……西新宿」
「新宿? うん……そっか、そっかそうだよね。うん良かった」
「どうしたの?」
「ああ……っと今近くにテレビある?」
「テレビ?」

 見渡せば、恩田さんと目が合って、彼女はベッドから降りるとリモコンを取りに行ってくれた。

「火事だよ、火事! 全焼してるって隣にも火が移ってて」
「は? うち?」
「違うよ! あっ……と、お母さんそれ何チャン? …………………うん」
「桜?」
「8チャンだって、燃えてるの、お店」
「お店?」
「お兄ちゃんのバイト先だよ!」
「えッ」

 テレビが起動すると直に映像が出て、恩田さんは桜の声が聞こえていたんだろう、チャンネルを合わせてくれた。映し出されたのは真っ暗な街並みにポツンと赤い光。
 言葉が出なかった、上空からの映像だからリアリティがないとか、そういうんじゃない。信じられない、信じられないけど右上の赤い文字に寒気がした。


【池袋で火災、飲食店全焼一人の遺体】


 現場は住宅の密集地、炎は隣の民家にも燃え移って今懸命に消火活動が続けられているって。

「お兄ちゃん? お兄ちゃん大丈夫!?」
「あ、ああ、いや、あ、大丈夫じゃ……ない、何コレ」
「さっき友達から電話が来たの、桜のお兄ちゃんのお店じゃないのってこないだ残ったプリンをあげたから」
「うん」
「お店の方はもう鎮火してる、今は隣の民家の消火活動してるって、ね? お母さん」
「この遺体って……」


 と聞いたら、現場に立ってる記者がイヤホンの調整をしながら早口で言う。



【遺体で発見されたのは、この店の店長の男性と見られ、救出された女性も負傷し現在病院で手当てを受けているとの事です】



 言葉は理解できるのに、頭に入って来ない、近所の人がパジャマのままインタビューに答えてる。


【最近アイドルが来たって混んでたのよ、ここら辺までずらっと人が並んでてね。仲良し夫婦で……煙の中奥さん支えて出てきたんだけど、位牌を取りに行くって旦那さんがお店戻っちゃって…………ねえ、そのまま……うん、出てこなかっ……】



 涙声でハンカチで顔を押えていた。
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