前略、僕は君を救えたか

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手紙3

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 オーナーは、60代の夫婦、客層は地元民からサラリーマン、OL、近場の大学生とと雑多だ。1000円ピッタリのデザート付きランチが人気でそこそこ忙しい。

 店の裏手に自転車を停めて、業者から納品された食材の段ボールを抱えた。肘でドアノブを開けて足で蹴っ飛ばせば。

「梧! お前次ドア壊したら給料から天引きだからな!!!」
「なら自動ドアにしてくれよ。どう見ても両手塞がってるだろ」
「荷物を置いて、ドアを開けて、荷物を運べばいいだろうが」
「手間かかりすぎ、こっちの方が早いし。むしろ若者がちょっと蹴ったくらいで壊れるようなドアは防犯上宜しくないから、顔認証で開閉する最新式のドアにしたらいーんじゃないの。あーおもてーおもてー」

 カウンターに段ボールを置いて、オーナーのじじいを睨んでおく。言い忘れたが、僕を介抱してくれたのは奥さんの方であって、じじいはうるさくて面倒臭い典型的なウザイタイプのじじいである。

「梧君おはよう、はいコーヒー」
「おはようございます、翔子さん。ありがとうございます」

 柔らかい湯気と、コーヒーの香り、奥さんの翔子さんがあの日と変わらない笑顔でカウンター越しにカップを置いてくれた、受け取って一口すすれば、深いため息が漏れる。

「美味しいです」
「コーヒーの味なんてわからない癖に」

 と、じじいがいつのも憎まれ口を挟んでくるのがお決まりで。

「はあ? するよコーヒー味。コーヒーなんだからコーヒーの味しかしないだろ、頭可笑しいんじゃねえの」

 舌打ちして睨み合って、今日も元気で何よりだな。
 正直コーヒーの味なんてよく分かっていなかった、どこでどんなコーヒーを飲んでも、うんコーヒー! というしょうもない感想しか抱かなかった僕だけど、翔子さんのコーヒーを飲んで、ああ、巷のコーヒーは大して美味しくないんだなって気付いてしまった。

 さすがこの小さなカップで500円取るだけの事はあるよなあー……頭がシャキッとするもんな。
 カップを目線まで上げれば、その向こうで翔子さんが使用したマキネッタのパーツを洗っていた。
 マキネッタ……なんてのも、ここで働いて初めて知った、コーヒーなんてペーパードリップとドリンクバーのマシーンくらいしか知らなかった僕だ。後、そうそうたまに喫茶店で何の意味があるの? って聞きたくなるようなでかいサイフォン式のドリップ方法。
 それで、うちの【イタリアン ヤマダ】(店名がクソダサい)はこの小さなヤカンでコーヒーを抽出する。
 ヤカンっつーか、ポットか? 蓋を開けると三つのパーツに分解できてな。ボイラーと呼ばれる底の部分に水を入れて直火にかける、するとその上のコーヒー粉を入れたバケットに水蒸気が充満してコーヒーが抽出される。んで上部のサーバーにエクスプレッソが溜まるって構造だ。
 翔子さん曰く、イタリアではどこの家庭にも一台あるのよ、だそうで、ペーパードリップみたいに技術がいらないし、火にかけるだけだから楽ちんでしょだと。

 フィルターを通していないから、わずかに粉が残るのが苦手な人もいるみたいだけど、この味を知ってしまうと、フィルターの紙臭さやアッサリした普通のコーヒーじゃ物足りなくなってくるんだよな。
 半分飲んでカップをカウンターに置いたら、じじいが勝手に牛乳を足してきた。

 「砂糖は金取るから」
 「たかがスプーン一杯の砂糖が有料ってどんだけ経営緊迫してんだよ、自営業向いてないんじゃないの」

 じじいはうるせえと咳払いしながらスプーン一杯砂糖を入れてきて、砂糖の量くらい普通に聞けよな、本当面倒くせーじじいと歯ぎしりしたくなるけど、翔子さんは僕達を見てマキネッタを拭きながら笑っていた。
 この職場に制服なんて洒落たもんはない、着てきた服の上から翔子さんお手製のエプロンをかぶるだけだ。
 これまたじじいとお揃いというのが羞恥心特盛で死にたくなる格好だけど、当のじじいは気にする様子もないから何も言えない、ここぞと文句言えよ、そうしたら僕もペアルックなんていやだ! って訴えるのに。

 店内に置いてある冷蔵庫にフルーツや生クリームをしまって、天井から吊るされた神棚に拍手と一礼、その下に置いてあるアンティーク調のキャビネットの上には卵形のガラス位牌と線香立て。
 ゆらりと壁のランプに向かって煙が昇ってる、その前には湯飲みと最中。

 「せっかくのコーヒーの香りがくっさい線香と混じるから、いい加減これ止めたら」
 「おい梧! 勝手にお供え物を食うなって言ってんだろ」
 「まだ今日は言われてなかったけど? 早く食べないと乾燥するだろ」

 何気なく摘まんだ最中をくわえながら、僕も線香を供える、まあ母さんみたいに一日何回もお経唱えないだけマシかなと思う、んで拍手して一礼。

 「仏様に手を叩くな」
 「あ、そっかこっちは南無南無か」

 安らかに寝とけ、と拝んでいたら、かぶったエプロンの後ろの紐を翔子さんが結わいてくれた。

 「そうだ梧君、昨日ちょっと話したけど今日は昼過ぎに雑誌の取材が来るから」
 「あー……何でしたっけ、【あなたの町にも一件はある! 魔訶不思議!! 潰れないお店!】でしたっけ」
 「潰れたらお前の給料ないからな」
「もちろん連絡がくればそのオファーも受けるけど、そうじゃなくて、ええっと……なんとか48の子が実はうちのナポリタンとプリンが好きなんだって、変装して来てたみたいだから私は気付かなかったけど」
「へえ、なんとか48って……アイドルの?」
「そうそう、雑誌が発売されたらファンの子が来たり? 忙しくなるかもしれないね」

 なので宜しく! と背中叩かれたけど、僕一応犯罪者だから、表に出るのはやめておきたいな。

「接客もじじいがしろよ、っつか知ってるのアイドル」
「彼女は俺の推しじゃない」
「知ってんのかよ、キモ」

 カウンターに入って、料理の仕込みをしてるじじいの隣でまずは手を洗った、翔子さんがカウンターから身を乗り出してスマホを見せてきた真ん中辺りを指差して。

「ほら梧君、この子」
「なるほど」
「あら、タイプじゃなかったって反応」

 うん正解、タイプじゃなかった、ので全員ではないだろうが三十人位いる女の子を眺めていたら、じじいが肘で押してきた。

「梧、せーので指差すぞ」
「え?」
「ほら、いくぞ。こういうのは直感なんだよ、せーの!」

急いでエプロンで手を拭いて、後ろの列の好みの子を差せば、まさかのじじいと一緒で。

「げッ!!」

 にやりと笑いながら、じじいは玉ねぎをあめ色に炒め始めた。

「本当仲良いわね! あ、そうだそんなんだから表の看板、後で書き直しておいて欲しいの。写真撮影があるからね、外観と、店内の写真を一枚ずつ、それと料理のアップと彼女が食べてる所だったかな、ね? お父さん」
「うん、梧はその野菜全部洗い終わったら、細かく刻んで、サラダのドレッシング作って、ランチの仕込みして、看板直して窓ガラス拭いて、店の周り掃いて、花植え替えて、店の中も徹底的に掃除して、切れそうな電球取り替えて、買い出し行って、ディナーの準備な」
「どんだけこき使うんだよ、時給1050円分の仕事しかしねえよハゲ」

 肘を押し返して、野菜を洗っていたら翔子さんがクスクス笑いながらドレッシングを作り始めた。
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