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君。4
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戸を閉める瞬間、中山は再度こちらを振り返り目を細め言った。
「兵藤! お前が責任持って片付けろ! 終わるまで帰るな」
「は、はい!」
ああ、本当に僕はダサいな。ヒーロー気取りで立ち向かった癖に、結局情けない声で言いなりになっただけだった。
力任せにビシャンッと戸の閉まる音が教室に反響して、また静寂が戻る。
そこに会話なんてもちろんなくて、恩田さんと桔平の鼻をすする音だけ。
そしたら恩田さんが、引きつった呼吸の合間にポツリと言った。。
「ごめん……ね、烏、丸く……ん」
その言葉に桔平は大丈夫と泣きながら首を横に振るだけだった。
恩田さんは泣きながら続ける、
「違う、あの、い……っ、いつも、ごめん……ね?」
服の袖で顔を隠し、かみ殺すような声で恩田さんは泣き続けた。
僕は胸が痛くて呼吸を整えたかった、ふと彼女から視線をはずした時に気付いた、他の生徒も下を向いて泣いていた。
「俺もごめん」
「私も…」
と皆、桔平に謝った。
胸が痛くて、喉まで痛くなって、鼻が鳴って、勝手に涙が出た。そうなんだよ、本当は僕達、仲良しなクラスだったんだ。
イジメもないし、ケンカもない、それはさ陰で桔平がクラスを引っ張ってくれてたって事、本当は皆分かってた。
見て見ぬふりじゃないけど、あの時の僕達には中山は恐怖の塊でしかなく自分を守るのに精一杯だった。
親に言ったら自分が標的にされるんじゃないかとか、きっとさ桔平は優しいから皆に目が向けられないように一身にそれを受けてくれていたんだと思う。
いや、考え過ぎかな? ただ怖くて言えなかっただけかな? でもそのお陰で僕達に危害がなかったのは事実だ。
クソが、今思い出しても胸糞悪すぎだ。
それで桔平は涙を拭くと、
「皆は…帰っていいよ」
と顔についた紙粘土を払いながら言った眼鏡をかけ直して笑った。
もちろん皆その場に留まったよ、でも先生がまた来た時に残っていたら怒られるから、俺は大丈夫だよっていつもの苦笑いをして見せたんだ。
でも僕は残って掃除の手伝いをした、もし中山から言われてなくたって僕だけは残ったし、終わるまで絶対待つつもりだったよ。
桔平は塵取りに、カラカラと乾いた音を立てながら、原型を留めない紙粘土を掃き入れた。
僕は黙って、溜まっていく紙粘土を見ていたら段々と手が震えてきたんだ。だってもうこんなになっちゃったら直しようがないじゃないか、せっかく作ったのに……。
そんな僕に気付いてか桔平は何も言わずに手から塵取りを取り上げると躊躇なく紙粘土をゴミ箱へ捨てた。
アルミ製のゴミ箱に塵取りを数回叩き付けカスを落とすと振り返ってやっぱりあの顔で言うんだよ。
「梧がいたから早く終わったよ、ありがとう。付き合わせてごめんね、じゃあ帰ろう?」
どうして、
何で、
何で、笑ってられるんだ、今の状況で可笑しい事ってあるか、僕は泣きそうだ。
僕だってこんな辛いんだから、お前はもっと辛いはずなのに……。
その日の帰り道は無言だった。と言うか、僕は考えていた。
もういい、明日から僕も中山に目を付けられたっていいよ、今までの事を母さんや父さんに全部言ってやるんだ。
クラスの気持ちだってわかったし、きっと皆だって味方をしてくれるはずだ。
いや、味方がいなくたっていい、僕はもう逃げない。こんなのは間違っている。
いつもより力を込めて地面を踏み込む靴音は桔平に気を使わせてしまったようだ、僕が不機嫌だと思ったらしくて、
「ねぇ、梧はさー? 将来の夢ってあるの?」
なんて、普段は話題なんか振ってこない癖に桔平は聞いてきた。
「なんだよ、急に」
「へへへ…」
僕はむず痒そうに鼻の頭を指先でこする桔平の顔を見て、騒ついていた胸が落ち着いたのを感じた、それでやっと会話ができたと思ったら、そこはもう別れ道だった。
僕は中途半端な気持ちで帰るのも嫌になって、桔平を引き止めてしまった。
「ちょっと飛鳥山にでも行かない?」
少し間を置いて桔平は頷いた。
「……うん、少しならいいよ」
僕はその後、桔平に塾があるのも知っていた。でもちょっとだけ陰鬱とした気持ちを払拭させたかったんだ、無理を言ってしまった。
その後あんな事になるなんて思わなかったから……。
僕達は行きつけの駄菓子屋に寄ってから飛鳥山の頂上に向かう階段を駆け上がった。
夏も近付いた暑い日、僕等はもう半袖だった。少し走れば額に汗が滲んだ、いつもの鳥が鳴く、それを消す子供達の声、青い空、切れた雲、湿った土の匂いに、蟻の行列、たまに吹く風、砂埃、揺れる前髪、かさぶたの目立つ足、汚れた手、僕達の息遣い、草の感触、桔平の声、桔平の体温。眼鏡のレンズが木漏れ日に反射していた。そしてあの日も、やっぱり君は早かった。
先に階段を登りきると頑張れもう少しって手を叩きながら僕を応援してくれた。
引き上げてくれた桔平の手は温かかった。飛鳥山公園には頂上にSLが展示してある。僕達は汽車の側面に座ると、桔平は駄菓子屋で買った凍ったチューペットを折って一口舐めた尻尾を僕にくれた。
僕も違う味の持っていたチューペットの半分を渡す、いつもやってるチューペットの交換だ。
「兵藤! お前が責任持って片付けろ! 終わるまで帰るな」
「は、はい!」
ああ、本当に僕はダサいな。ヒーロー気取りで立ち向かった癖に、結局情けない声で言いなりになっただけだった。
力任せにビシャンッと戸の閉まる音が教室に反響して、また静寂が戻る。
そこに会話なんてもちろんなくて、恩田さんと桔平の鼻をすする音だけ。
そしたら恩田さんが、引きつった呼吸の合間にポツリと言った。。
「ごめん……ね、烏、丸く……ん」
その言葉に桔平は大丈夫と泣きながら首を横に振るだけだった。
恩田さんは泣きながら続ける、
「違う、あの、い……っ、いつも、ごめん……ね?」
服の袖で顔を隠し、かみ殺すような声で恩田さんは泣き続けた。
僕は胸が痛くて呼吸を整えたかった、ふと彼女から視線をはずした時に気付いた、他の生徒も下を向いて泣いていた。
「俺もごめん」
「私も…」
と皆、桔平に謝った。
胸が痛くて、喉まで痛くなって、鼻が鳴って、勝手に涙が出た。そうなんだよ、本当は僕達、仲良しなクラスだったんだ。
イジメもないし、ケンカもない、それはさ陰で桔平がクラスを引っ張ってくれてたって事、本当は皆分かってた。
見て見ぬふりじゃないけど、あの時の僕達には中山は恐怖の塊でしかなく自分を守るのに精一杯だった。
親に言ったら自分が標的にされるんじゃないかとか、きっとさ桔平は優しいから皆に目が向けられないように一身にそれを受けてくれていたんだと思う。
いや、考え過ぎかな? ただ怖くて言えなかっただけかな? でもそのお陰で僕達に危害がなかったのは事実だ。
クソが、今思い出しても胸糞悪すぎだ。
それで桔平は涙を拭くと、
「皆は…帰っていいよ」
と顔についた紙粘土を払いながら言った眼鏡をかけ直して笑った。
もちろん皆その場に留まったよ、でも先生がまた来た時に残っていたら怒られるから、俺は大丈夫だよっていつもの苦笑いをして見せたんだ。
でも僕は残って掃除の手伝いをした、もし中山から言われてなくたって僕だけは残ったし、終わるまで絶対待つつもりだったよ。
桔平は塵取りに、カラカラと乾いた音を立てながら、原型を留めない紙粘土を掃き入れた。
僕は黙って、溜まっていく紙粘土を見ていたら段々と手が震えてきたんだ。だってもうこんなになっちゃったら直しようがないじゃないか、せっかく作ったのに……。
そんな僕に気付いてか桔平は何も言わずに手から塵取りを取り上げると躊躇なく紙粘土をゴミ箱へ捨てた。
アルミ製のゴミ箱に塵取りを数回叩き付けカスを落とすと振り返ってやっぱりあの顔で言うんだよ。
「梧がいたから早く終わったよ、ありがとう。付き合わせてごめんね、じゃあ帰ろう?」
どうして、
何で、
何で、笑ってられるんだ、今の状況で可笑しい事ってあるか、僕は泣きそうだ。
僕だってこんな辛いんだから、お前はもっと辛いはずなのに……。
その日の帰り道は無言だった。と言うか、僕は考えていた。
もういい、明日から僕も中山に目を付けられたっていいよ、今までの事を母さんや父さんに全部言ってやるんだ。
クラスの気持ちだってわかったし、きっと皆だって味方をしてくれるはずだ。
いや、味方がいなくたっていい、僕はもう逃げない。こんなのは間違っている。
いつもより力を込めて地面を踏み込む靴音は桔平に気を使わせてしまったようだ、僕が不機嫌だと思ったらしくて、
「ねぇ、梧はさー? 将来の夢ってあるの?」
なんて、普段は話題なんか振ってこない癖に桔平は聞いてきた。
「なんだよ、急に」
「へへへ…」
僕はむず痒そうに鼻の頭を指先でこする桔平の顔を見て、騒ついていた胸が落ち着いたのを感じた、それでやっと会話ができたと思ったら、そこはもう別れ道だった。
僕は中途半端な気持ちで帰るのも嫌になって、桔平を引き止めてしまった。
「ちょっと飛鳥山にでも行かない?」
少し間を置いて桔平は頷いた。
「……うん、少しならいいよ」
僕はその後、桔平に塾があるのも知っていた。でもちょっとだけ陰鬱とした気持ちを払拭させたかったんだ、無理を言ってしまった。
その後あんな事になるなんて思わなかったから……。
僕達は行きつけの駄菓子屋に寄ってから飛鳥山の頂上に向かう階段を駆け上がった。
夏も近付いた暑い日、僕等はもう半袖だった。少し走れば額に汗が滲んだ、いつもの鳥が鳴く、それを消す子供達の声、青い空、切れた雲、湿った土の匂いに、蟻の行列、たまに吹く風、砂埃、揺れる前髪、かさぶたの目立つ足、汚れた手、僕達の息遣い、草の感触、桔平の声、桔平の体温。眼鏡のレンズが木漏れ日に反射していた。そしてあの日も、やっぱり君は早かった。
先に階段を登りきると頑張れもう少しって手を叩きながら僕を応援してくれた。
引き上げてくれた桔平の手は温かかった。飛鳥山公園には頂上にSLが展示してある。僕達は汽車の側面に座ると、桔平は駄菓子屋で買った凍ったチューペットを折って一口舐めた尻尾を僕にくれた。
僕も違う味の持っていたチューペットの半分を渡す、いつもやってるチューペットの交換だ。
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