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おしまいの後

桐生君と尾台ちゃん5

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「大和って凄いよな」
「ん?」

 昼休み、一緒に行った定食屋さんで割り箸を割りながら桐生君はポツリと言った。
 箸つける前に頂きますってちゃんと手のひら合わせて頭下げて、なんともまあ礼儀まで正しくていい男だこと。

「なにがよ」
「あんな色んな女の子と同時に付き合えて」
「もうしてないったら」
「どういう才能なの、あんなたくさん人から愛してもらえるって」
「…………愛してって……」

 サラリーマンで埋まった店内で、よくもそんな単語を口にできるよな豚の生姜焼き食いながら、冷たい視線を向けたのに桐生君は続ける。

「好きになるは意外と簡単だった。というよりも好きになるって自分じゃコントロールできない感情だったから勝手に好きになってた」
「ああ……」
「でも、好かれるって難しいよな。こっちが好きだって意思表示した分、相手が返してくれる訳じゃないし」
「そうだね」
「その点、大和はさ色んな女の子から好意をもらってただろ。あれどうやってたの」
「知らないよ、優しくしてあげたら好きだって言ってくんだもんよ。っつか桐生君だってモテモテじゃん。今じゃ俺なんかより女の子達から羨望の眼差しで見られてる癖に」
「それは営業成績いいのと、体格がいいから何となく付き合いたい的な感じだろ大和は違うじゃん」
「え」
「色んな子に手出して何股かけて、それ分かってるのに、それでも好きだって皆言ってただろ。あれ凄くない? クズなのに愛されるって」
「褒めてんの? けなしてんの?! 昔の話だろ!! もう俺そういうのは辞めたし……」
「そうか」
「それに……皆に好かれたって肝心な子に好かれなきゃ意味ないって」
「…………なるほど」


 ここの店のアジフライすっげー好きなのに今日はあんま美味くない、本当俺様って繊細ー!


 で、だよ。
 奥手野郎桐生君は、あんな格好つけてヒーローみたいに尾台ちゃんを悪の手から救ったというのに告らねえってどういうことだよ。

 尾台ちゃん医務室まで連れてってさ、中々帰ってこないもんでこれはヤッてるなって皆思ってましたよ。
 一時間位してか、桐生君から「このまま今日は尾台帰宅させるから荷物持ってきて」って連絡きて渡してやれば、十分後一人で桐生君は医務室から出てきた。



「ハッピーエンドきちゃった?」

 聞けば、桐生君は首を傾げる。
「エンドって勝手に人の人生終わらせるなよ」
 って乾いた笑い、え? 意味がわかんねえけど。
 告白したりしてないの? あ? 何で? ここが落としどころだろ。

 でも、桐生君はそれだけで、尾台ちゃんも翌日、昨日はご迷惑おかけしました! って少し目を腫らして出勤してから何もない。

 それでまあ葛西さんも抜けて、取り巻きだった奴らもバックレたり配置転換されたり営業部は忙しくなって、そういうのは一旦お休みって感じだった。
 そんで……そんで……それでも俺は桐生君は尾台ちゃんに告れる機会はあったと思うよ? 尾台ちゃん明るくなって笑うようになって、二人で仲良く仕事してるじゃん。でも桐生君は彼女の確信に触れないまま時間だけが過ぎて、ある日総務部の歓迎会が開かれることになった。


 尾台ちゃん初めての飲み会、気を利かせて席は隣同士、二人は楽しそうに飲んでた。
 でも他の人に挨拶に行きたいって桐生君が移動してる間に尾台ちゃんは潰れて…………そんでここまで来たらもう桐生君が家まで送るだろうと思ってたのに、桐生君から出たのはまさかの「袴田君頼める?」だった。

 どうしてそうなるんだよ! けど、最近桐生君は忙しさに加え何か悩んでるようで、でも俺にはその理由を教えてくれない。

 体のいい理由つけて身を引いて、抱き上げた尾台ちゃんの髪に唇まで寄せといて、なんで袴田君に送らせるんだよ、お前が行け!! と思う反面背中を押さないのは、本当はどこかでまだ桐生君と尾台ちゃんにくっ付いてほしくないって思ってんのか、俺は。

 とりあえず、最後に一言言っておこ! 表に出て変な気起こすなよって牽制したら、アイツは尾台ちゃんに興味ないって言う。

 タクシーが見えなくなって、酔ってるし、イライラして桐生君の背中を一発殴っといた。

「何なんだよ桐生君、慎重派通り越してヘタレかよ! 何考えてんの」
「色々考えてる、考えすぎて、答えが出ない」
「答えなんて出てるだろ、あんなニコニコ笑って仲良くやって近い距離で今以上に何を求めてんだよ」
「…………にこにこ」

 桐生君は復唱して俺の頭をポンと叩いてきて。

「そうだな、笑ってくれると……思ったんだけどな、難しいな」
「は?」

 意味が分からなくて、店の中から桐生君を呼ぶ声がして、桐生君は店に戻った。

 俺は二人が走り去った道を見つめていた。

 何だか急に、袴田君と尾台ちゃんを二人きりにさせてしまうのが怖くなったけど、一時間後に戻ってきた袴田君はさっきまでの尾台ちゃんに興味のない袴田君だった。

 付き合われるのは怖い癖に、二人の関係が気になって、飲み会があれば袴田君が送って、桐生君を突けば今は尾台仕事楽しそうにしてるしとか、もう少し会社が落ち着いてからとか、のらりくらりだよ。

 やり場のないもどかしさっつーのが蓄積してく日々。
 金曜日の残業中、総務の席の近く通ったら会社に定着してきた三人が笑いながら仕事してるもんで、疲れもあって嫌味を言ってしまった、あれは自分でも反省している。



 袴田君と目が合って、


「お金稼いでない部署が何で残業してるの」


 なんて心にもないこと言ったら、袴田君は眼鏡を直して口を開いて…………と声を出す前に隣に座っていたヤツが席立って言った。
「何ッスかその言い方」睨んできて袴田君はそいつに座れと肩を引っ張った。

「すみません、少し事務作業に時間を取られていて、うるさかったですか。以後気を付けます」

 そう言ってる目が新井君何んかよりガンくれてんだけど、俺も何でこんなこと言っちゃったのかなって返答に困ってたら。

「何やってんだよバカ」

 と書類で頭叩かれて、やっぱり桐生君。

「ごめんね袴田君気悪くしないで? こら有沢、総務部がなかったら今頃僕達どうなってたよ。変なとこに当たるな」
「わかってるよ、うっせーな」

 僕からちゃんと言っとくからって桐生君にスーツ引っ張られて、あーあーあーあーあー格好わりー!!

 でもどーにもできねーんだもん!
 もういっそのことムカつくから尾台ちゃんに手出していい? って聞いたら桐生君は、そんなの尾台もお前傷付くだろって、はあああああ? じゃあどうしろと?!

 でも尾台ちゃんと触れられる日常は楽しくて、もやもやする反面彼女の笑顔に触れればこれでもいいかとか思ってる俺もいる、が、敵も多くて葛西さんがいなくなったお陰で他方面から尾台ちゃんは声掛けられまくってて追い払うのに必死だよ。






 そんな毎日続けてたら、週明けいつもの尾台ちゃんがちょっとそわそわしてる。
 なんか、いつもと違って仕事中にため息ついちゃって。

 え? ちょっと待って、それって何の変化?
 先週は、飲み会で……いつもの通り袴田君が家まで送った。





 けど、あいつは二次会に現れなかったんだ、え? どういうことだよ、何があったんだよ。





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