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はじまり

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 大好きな人の涙はこんなにも痛い、俺は二人の幸せを壊してしまったんだ。
 素顔もさらさず性を利用して彼女を騙して俺は何をしてるんだろう。

 きっと、桐生さんはアリアさんに辿りついていただろう。
 俺が首を突っ込まなくても二人は運命を手繰り寄せ結ばれていたのかもしれない。

 それなのにやっぱり彼女を前にしたら抱き締めてしまうし、キスしたいし口を開けば好きしか出ない。
 どうしても好きなんだ、俺だってずっとずっと、ずっとずっと昔から好きだった。

 でももう俺の仮面も剥がれてきている。
 隠しきれない。
 違うな、そうじゃない本当の俺を好きだって言ってもらいたい。



 車の中、彼女は何かを考えていた。
 きゅっと口を結んで怖くて堪らなかった。
 そして、家の前には甥と名乗るどう見ても尾台さんに気がある男がいた。

 桐生さんに有沢さんにこの彼に。
 皆実直に尾台さんを愛している、俺だけが歪んでいる。
 そして尾台さんはまだ全てに答えを出していないようだった。

 こんなことをしたら彼女が混乱するってわかっていた泣かせてしまうって、でも……俺に誠実な心が一ミリでも残っているなら、全てを話して柵を解いて彼女に幸せの選択させる余地を与えるべきじゃないだろうか。

 だって尾台さんはもう俺がいなくても大丈夫なくらい自分で立って他人の気持ちを受け入れられる人になったから。

 それなのに、女々しいよな尾台さんの背中を押して家まで送って門の閉める瞬間、愛してますなんて縋るように言ってしまった。






 家に帰って何も考えられなかった。






 木曜日、週明けから本社勤務の佐々木さんは明日は引っ越し作業をするため今日が御茶ノ水の最終日だった。
 抱えられない程の花束と笑顔で見送られる佐々木さんは一人一人にありがとうとお礼を言っていた、尾台さんは何かプレゼントを渡していて、久瀬さんの番になったら「久瀬さんに会えなくなるなんて俺死んじゃうよぉ!!」とオーバーにリアクションして抱き着いて周囲の笑いを誘っていた。
 最終日にセクハラ! って引きはがされて、佐々木さんは久瀬さん耳元で何か呟いて彼女は目を見て泣きそうな顔で小さく頷いていた。






「袴田君の紹介したい人が見られなくて残念だよ」
「すみません」
「色々ありがとう異動の事も…………ここじゃ言葉にできなくてごめん」
「いえ」




















必ず愛する人と結婚をして幸せになるんだぞ」













 それが佐々木さんが俺にくれた最後の言葉だった。










 金曜日になった。
 今日の夜か、あるいは月曜日か、それくらいにはじーちゃんから電話が掛かってくるのだろうか。
 尾台さんは何を考えてるんだろう、俺からはとてもじゃないけど連絡できない。
 桐生さんの伝言は伝えられなかった。
 

 今日は外で仕事があって、会社に着いたのは夕方だった。
 出社したら必ず確認するホワイトボード、尾台さんの席を昨日と今日は見ていない。



 席に着いて俺のいなかった間の話を聞きながら雑務をこなしていたら、



「袴田君ッ」


 ドンっと机に手を突かれて顔を上げたら桐生さんが立っていた。

「はい何」
「尾台、無断欠勤してる」
「え」
「一切連絡が取れない、袴田君何か知ってる?」

 無意識に目を逸らしてしまった。

「いえ、何も」
「そうか…………僕、家に行ってもいい?」
「それは」
「五分後に会社出るからそれまでに返事頂戴」



 桐生さんは席を離れて、携帯には何の連絡もなかった。
 何をしてる? どこにいる? 全く推測できなくて下がった眼鏡を直したら。

「さっさと行って下さいよ」
「こないだ俺は生まれ変わるとか格好つけて言ってたじゃないですか、弱ってる所に桐生さんとか二日酔いの朝に飲むしじみの味噌汁みたいな存在ですよ体に染渡っちゃいますよ」
「それは凄くほっとするし効果も絶大だな」
「ああちなみに最近こそこそなんかやってますけど、自分だけ本社戻るとか言ったらぶッ殺しますからね」
「オレ達を無理矢理ここに連れてきて居場所まで作っといてお前だけ本社に戻るなんてまさに外道!!」
「もっと愛情のある引き止め方ないの?」
「上司に似るんスよ可愛いでしょう」
「後一分二十秒で五分になりますよ早く立って下さい、そんなとこでいじいじされたら仕事の邪魔です消えて下さい」
「ありがとう」

 二人に背中を押されて席を立ったら桐生さんと目が当てって軽く頭を下げて会社を出た。

 まずは足が必要だとマンションに帰る。
 玄関を開けたら、

「ん?」

 そこには俺のではない既視感のある花瓶と……花瓶にはピンク色の胡蝶蘭が活けられてて。
 部屋に入って、その様変わりした部屋に俺の足は止めた。

 可愛いテーブルクロスの上にはお揃いの食器が並べられてて、お皿の上には空欄の埋められた茶色い紙。
 キッチンを見たら見覚えのある調理器具が置かれていた。

 テーブルの青いグラスの前には小さな冊子が置かれてて……。

「旅のしおり NO,1…………袴田君と尾台さんが行く一泊二日熱海旅行」

 可愛い字と黒猫が温泉に入ったり魚食べたりしている表紙、その下には小さな字で「月末のため大変ご多忙とは存じ上げますが、万障お繰り合わせの上奮ってご参加下さいますようお願い申し上げます」と、もの凄く低姿勢で一言書かれていた、万障お繰り合わせの所でちょっと吹いた。

 いや、もう尾台さんがこの家にいるのは分かったんだけど、どこにいるの可愛い。
 部屋見渡したら、カレンダーに今日から全部ハートマークついてるし、たまにあるこの星に囲まれたハートは何を意味するんだ。

 リビングにいないようだから寝室に入れば、ベッドカバーが淡いピンク色に変えられていた。


 電気を点けようとしたら背中をとんっと押されて背後から細い腕がお腹に巻き付いて来た。
 ぎゅって後ろから抱き着かれて隠れちゃって顔が見えない、でもこえが聞こえて。


「お!!!」




 後ろ向きたいんだけどピッタリくっ付かれて身動き取れなくて体を揺らしたらピンクのミニスカートが見えた。
 背中にグリグリ額を擦り付けられて、一旦止まって彼女は深呼吸してるようだった。
 そしていっそう腕に力を込めて今度は小さな声で言った。














「お嫁に来たにゃ」



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