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未来

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 広いベッドに寝転がって二枚の写真を頭上にかざして深く重いため息を吐いた。
 一枚はラブリスがステッキにキスしながらウィンクしている俺が撮った写真、もう一枚は見知らぬ女性が草木をバックに清潔感のある白いワンピーズでこちらに微笑んでいる写真。






「本社に戻って来ないか」



 の後、出会いがないならいくらでも作れるぞと見合いの写真を大量に渡された。
 身元もしっかりした学歴も良いお嬢さん達ばかりだ何の不満もないだろう、だそうだ。

 だから! そういうとこが母さんに嫌われたんだってば!! なんて思いつつも口には出さなかった。
 嫌われたくてやってんじゃないって分かってるから心配だから首突っ込みたくなる訳で……だって俺が彼女欲しいくらいに言ったし。

 あんまり深く考えてこなかったけど、そりゃ男手一つで大事に育ててきた娘が大学の卒業旅行で現地のダイバーに一目惚れして妊娠して結婚するって帰ってきても頷けないよな俺が親の立場だったらちょっと待って!! ってなるよ。

 でもまた二人にも運命みたいなものが合って引けなくてボロボロになるまで意地張ってたんだ。
 認めて貰いたかっただろうし、認めてやりたかっただろうし……なんだか苦しいな。







 複雑すぎて直に答えが出なかった。

 結局俺は尾台さんがにゃんにゃんさんだって分かったのに、何も関係を進展させていない。

 だって彼女は俺なんて眼中にないし、好きな人がいる。



 そしてその人も尾台さんが好きで、俺の好きは尾台さんの心を乱す。



 俺は…………彼女を守りたいって思っていたはずなんだ。
 だから、それっていうのは……彼女の気持も……桐生さんを好きって気持ちも守らないといけないんじゃないかって……。
 だって俺が好きだって言っても彼女を戸惑わせるだけだろう、消去した過去を暴露しても彼女を戸惑わせるだけだろう。













 どうしたらいいのか教えてくれよ。











 ああ。やっぱり神様なんていねーんだなって思う。
 寝る前にお願いしたってなんの答えもくれないじゃないか。

 桐生さんはやっと平穏になったのだからともう少し彼女の好きにさせてあげようって距離を狭めないんだ全く意味が分からない、のびのびとしてる尾台可愛いって親みたいな視線で彼女を語っていた。



 その癖俺もこのまま飲み会後の尾台さんを独占できれば、それでいいやって満足してた。
 彼女に手出す男もいなかったし。


 背徳感……とでも言うのだろうか、皆が知らない尾台さんを俺は知ってるって優越感に浸ってあの時間を楽しんでいた。
 リンスの後のシャワー、指から滑り落ちる髪の毛の感触、濃密な泡が体の凹凸の覆い撫で洗うあの感覚、乳首にシャワーを当てられて悶える体、脇をなぞられると反射的に出てしまう甘い吐息、俺しか知らない乱れる尾台さん。

 朦朧とした瞳で俺を捕らえて体に縋り付いて来て抱っこ抱っこって腰に手を回してくる。
 どんな夢を見ているのか、抱き締めてあげたら泣きながら眠りにつく彼女を知ってるのは俺だけだ。







 でもそんな時間にも刻々と終わりが近付いてきているんだ。



 考える猶予は一ヶ月、御茶ノ水も持ち直したし、皆お前を評価している。
 ならばまた本社でやってみないかと、成長したお前を見せてくれと言われた。
















「ねー先ー輩!! えったん家の鍵手に入れたっしょ?」
「ん?」

 人が寄り付かない屋上の喫煙所に明るいハイトーンが空に響いた。

「昨日飲み会の後、いつものテンプレメール送ったら、えったんに「え? 鍵は鞄に入ってたよ」って言われちゃった。ああそうだ! 昨日はえったん一人で帰ったんだったーって誤魔化したけど、袴田君爪が甘いよぉ」
「すみません」
「いやぁ……あんだけ皆にプレッシャー掛けられてる中、感情殺してるだけ偉いか。こんな関係二年も続けてればボロくらいでるよねん」
「気を使わせてすみません」
「別に? いいよ袴田君がえったんの合鍵持ってる事はかなり前から知ってたし、誰にも話すつもりなかったから言わなかった。えったん飲み会楽しそうだから水を差したくなくて」
「随分尾台さんが気に入ってるんですね」
「だって可愛いじゃん素直でさ、人の悪い部分なんて見ようとしない、ほんといい子なのほっとけないよね」
「同感です」
「叶わぬ恋をしている者同士、仲間意識が湧くのかな、何か応援したくなっちゃうんだ袴田君」

「久瀬さんの恋は叶わないんですか」


 小さな体が精一杯伸びをしてこっちも見た。



「叶わせないよ」


 そして笑った。

「私のせいで巻き込まれる子供や傷付く人これ以上見たくないし。これでいいの、だからさ………………」
「はい」
「だから……彼もう少しどうにかできない?」
「どうにか、とは」
「彼……ちょっと私に深入れしすぎ……このままじゃバレちゃうよ。それ一番皆に迷惑かかる終わり方だから」
「あなたはそれでいいんですか」
「いいから言ってるんでしょ? 好きな人をね、困らせたくないのだから私から遠ざけて? 袴田君ならできそうじゃん。どっかに異動させちゃってよ理由位適当に作れるでしょ? 私はえったんの側にいたいの癒されるじゃんあの子ってああやだこんなの逃げる口実だけど……でも私が突然消えるのは彼、耐えられないだろうから」
「…………わかりました」

 頷いたら久瀬さんは伏せた目の端から涙を溢した。

「私も袴田君も表面だけ見たらこんなに優良物件なのに何で手前の恋すら叶わないんだろうね? 別に高望みしてる訳じゃないじゃんね。目の前にいるのに、世界で一番大好きだって胸を張って言えるのに」
「そうですね」
「あなただけ…………あなた以外は愛せないって、他にはもう何もいらないのにね」
「少しだけ…………慰めてもいいですか」
「うん、頭位ならいいよ? 体は彼のものだから」
「分かってます、俺も心も体も尾台さんしか受け付けません」

 そっと久瀬さんの頭を撫でたら彼女は泣きながら俺の胸に額を寄せた。
 一呼吸置いて栗色のボブが上を向く。

「袴田君はさ何を意地張ってるの、ずるいよ。見てて凄くむかつく、真面目に恋愛する気がないなら消えて?」
「はい」
「自分が傷付きたくないからでしょ、あなた達がそういう風にしているのは。彼女のためとか都合のいい免罪符を立ててさ、どいつもこいつも男の癖に度胸がなさすぎなんだよいい年してさ。気持ち悪い、やる気がないなら帰りなよ私がえったん取っちゃうよ?」
「それは困ります」
「だったら早くどうにかしろ」

 弱い力で胸を殴られて酷く胸に響いた。








 久瀬さんと別れて廊下を歩いていた、偶然にも前から尾台さんが来た。
 彼女は俺に気付いてなくて両手で持っていた缶コーヒーに頬を当てている。


 俺は知っている。






 大事そうに抱えるそのコーヒーの意味を……。






 そして缶を見て彼女は微笑んだ。
 俺との距離が近付くと、はっとして缶を下ろして足を止める、ゆっくり言葉のない挨拶をしてすれ違って彼女はまた歩き出した。

 ズキンと胸の底が痛んで唇を噛んだ。


 その通りだ、振られるのが怖いんだ。

 ここまで好きな人に、想いを寄せる人に。
 そうだ、俺達が踏み止まっているのはしょうもないプライドだ。
 なんだよ、俺が変われたのは上面だけだったのかよ。





 また飲み会が開かれたいつもと変わらない和気藹々とした雰囲気、尾台さんに興味がないと装う俺の態度、でも一応送る事も視野に入れて近くの席をキープしていた。
 
 いつもの飲み会かと思っていたらなぜかその日は少し違っててもちろんそれまでの会話も聞いていたけど、尾台さんは突然総務の人!! って助けを呼んだ、尽かさず間に入っていつもの総務の顔で相手を牽制した。



 そして、彼女の家に向かうタクシーの中、尾台さんは俺の胸に寄り掛かって寝ていた。
 時折鼻がスンスン動いて可愛い。
 そっと髪を撫でて運転手から見たら俺達はカップルのように見えているのだろうか。

 俺は……このまま御茶ノ水を去るべきなのか。

 この先にストーリーなんて簡単に予想できる。
 佐々木さんが異動になって桐生さんが課長に昇進する、缶を全て渡し終えて桐生さんは彼女にプロポーズするだろう、皆もそれを祝福して尾台さんも頷くんだ。

 そこに俺はいない。


 そうだな、いない方がいいな……。
 そんなの見ていられない、ああ何だよこの二年間何してたんだよ。
 せっかく見えたモノまた俺は見失うのか。
 この手にあるのに、今この胸にあるのに。






【今を真剣に生きていないお前に明るい未来なんてない】






 何年か前に言われたじーちゃんの言葉を思い出した。
 そうか、また俺はフラフラしてる真剣に生きる事を忘れていた変なエゴが邪魔をして、明日も尾台さんがいる事を当然のように思っていた。

 もうこの人が消えたら耐えられないって分かってる癖に愛せる人はこの人しかいないと分かってる癖に。

 寝息を立てる唇を指でなぞって額にキスをした。




「運転手さん」
「はい」
「行き先、新御茶ノ水のマンションに変更してもらえますか」










 もう一度彼女に恋をしよう、三度目の正直だ傷付いたって構わない。
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