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失踪

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 ネクタイ締めたのが大学の入学式ぶりって俺大丈夫かよ。

 鏡の前でジャケットを羽織って背筋を伸ばして髪をかき上げてみる。
 こないだずっと金髪だった髪を黒く染めた、特に理由もなく付けていたピアスも外した、タイに行った時に次のバスまで暇だからってタトゥー彫らなくて良かったと思った。(路上のヤツ、ワンポイント首にサクヤンでも入れようと思ったら前の客と同じ針使おうとしてたから止めた)

「なんだ、ちゃんとすりゃそれなりになるじゃないか」
「どうも」
「後はその目つきだな、家の時は眼鏡なんだから眼鏡でいいのに」
「眼鏡って何かと面倒臭いんだよ」
「そうか」




 病室でとりあえず体調も気になるから俺じーちゃん家で暮らすよって世田谷の成城に引っ越した。
 じーちゃん独り身だったし、俺も家賃払わずにすむしな。

 急に他人と同棲なんて大丈夫かよと思っていたけど、まあなんと快適な事かと、分かっていたけど金って正義だなと思った。
 母さんも変な意地なんて張らなけりゃこの恩恵を受けられたのに。

 それで母さんはやっぱりじーちゃんを心配してた。
 大丈夫、じーちゃんの会社に就職するし俺が側にいるよって言ったら、ごめんありがとうって電話口で泣いた、じーちゃんにも言っといてって。
 そんなの直接本人に言えよって思ったけど、なんだやっぱり親子って似てるなってこないだ泣いてたじーちゃんを思い出した。



 大学を卒業して、お前スーツあるのかって聞かれてこれって出したら却下されフルオーダーで作らされたスーツは体にしっくり馴染んで着心地が良かった、就職祝いって貰った腕時計はすげー高そうだった。


 大学を卒業する時、俺が就職するって言ったら友人、教授誰もが驚いていた、何言ってんだよお前はコスプレとカメラにしか興味のない社会不適合者だっただろって、うるせえよ。
 でも間違ってないな、正直今だってそんな感じだよ。
 でもしょうがないだろ、目の前で泣いてる年寄り見捨てるってハイパー外道だろう、しかも身内だぞ。

 幸か不幸か俺とじいちゃんは苗字が違うし、会う機会もそんなになかったから、俺を孫だと知ってるのは叔父さんと数名の役員だけだったので、まあそこら辺家族関係は伏せて入社した。
 会社を作るってのは先ず営業からだとって配属先は営業部。


 にゃんにゃんさんは丁度就活を頑張っている時期で凡人は面接もしてもらえないにゃってぼやいていて、なんだそのクソ会社共は片っ端から潰してこうぜって俺達ファンは密かに盛り上がっていた。

 仕事は……まあ仕事自体は順調だったと思う、なにせ俺はいつも旅だ新しいカメラだって、短期で稼げる歩合のつくバイトばっかしてたからセールスやスカウトに慣れていた。
 少しくらい強引だって売ってしまえばこっちのもんだし、買った方の責任だろ、何言われたって聞く耳持たなきゃいいんだって犯罪じゃなきゃオッケーって前働いていた先輩に教わった、金が欲しいなら良心なんて家にお留守番だよそれが商売だって目的があって金が必要なんだろ? って。

 好調な売り上げに反比例して、社内からも社外からも下がっていく俺の評価は何なんだろうって思うけど仕事するってこんなものなのかなって、俺は会社の中なんか見ずに与えられた業務と趣味、それだけに没頭していた。
 じーちゃんに再三、会社って何か分かるか、社会って何か分かるかって聞かれても首を傾げるだけだった。

 そんな中にゃんにゃんさんは内定が決まって、お休みしていたコスプレ活動も再開できますにゃ、と愛犬と共に写真を上げてくれた、もう可愛くて死ぬかと思った、それだけで仕事頑張ろうって思える、にゃんにゃんさんは偉大、好きマジで好きすげー好き超好き。

 ただ、仕事はできてもコミュニケーションというのが難しくて大変だった。
 男はいい、問題は女の人だ。

 初めてできた後輩の女の子に手取り足取り教えていたら、残業中に好きだと言われその気はないと断ったら次の日飛んだ。
 次は程々に仕事を教えてやって、上手くできたので褒めたら昼休みに好きだと言われ断ったら飛んだ。
 仕方がないから、次は必要最低限しか話さず距離を保って接していたら、それでもなぜか好きだと言われ断ったら飛んだ。
 別に、モテ自慢をしてるわけじゃない、知らんよそんなのは、俺はにゃんにゃんさんが好きなんだってただそれだけなんだけど。

 そしてもう、面倒臭いからなるべく冷たく、必要以上に口も利かず褒めなくもなった、そしたら感じ悪いって俺を殺す気か。

 何なんだよ、女は会社に何しに来てんだよ、と社会不適合者の俺が言ってみる、イヤちゃんと仕事してる人もいるけどさ。


 にゃんにゃんさんは仕事……自体は楽しいみたいだけど、ちょっと人間関係が上手くいってにゃいと話していた。
 あんな可愛くて性格の良い子でも人間関係に息詰まるんだなって本当日本の社会は腐っているなと思った。
 そんなんで俺の仕事のストレスはにゃんにゃんさんへの気持ちで誤魔化して毎日均衡を保ちながら春夏秋冬が過ぎていった。
 そして冬、まさかのクリスマスににゃんにゃんさんが参加するイベントが被った。

「皆さんの貴重なクリスマスを一緒に過ごせるなんて光栄です!」

 ってこっちこそ、クリスマスに会えるなんて、と真面目に仕事しているといい事あるんだなと思っていた。

 それで最高潮にドキドキしながら迎えたクリスマスいつもの通り写真を撮っていたらにゃんにゃんさんが俺の番になって言ったのだ。









「ハッピークリスマスです。もっと下から撮ってもいいにゃ?」





 もうちょっと意味不明だった、なんか勝手に性に疎い人だと思ってたけどそういう訳じゃないのかな。
 それくらいにゃんにゃんさんの瞳は艶めかしくて、俺は初めてローアングルで彼女を被写体に収めた。


 少し下着も見えていて、自分から誘ってきた癖に恥じらうにゃんにゃんさんは天使かと思った。
 初めから誰かに見せるつもりはないけど、これは公表したら国宝になる写真だなと画像を確認していたら、すかさず。

「はいはい、お兄さんボクのにゃんにゃんさん独占しないで下さいね?」

 と黒耳に真っ赤なリボンの付いた子が俺を睨み上げてくる。
 アリア……にゃんにゃんさんのファンで、今では自分もメルルの位置についてにゃんにゃんさんと一緒にコスプレをしている子。

 親衛隊のように常に張り付いて正直ウザいけど、個人で活動するようになった今、アリアさんの存在って正直大きい。
 ルールを守らないカメコやファンをにゃんにゃんさんに近付けまいと徹底的に排除しているのがアリアさんだからだ。

 まあ志は同じだ、これから先もにゃんにゃんさんには活動を続けてもらいたいから、トラブルに巻き込まれないように全力で死守だ。

 だが、アリアさんのにゃんにゃんさんを見つめる視線はファン以上のもの感じるから気に食わないんだな。









 あの日の写真をベッドで眺めて、すらりとした綺麗な足の内側に二つ並んだほくろがあるのに気が付いた。
 きっとこんな所にほくろがあるのを知ってるのは世界で俺だけなんだろうなってほくそ笑んで写真にキスするの必死に堪えてる俺マジ気持ち悪すぎだ誰か殴ってくれ。
 でもにゃんにゃんさんって異性にまつわる発言一切しないし、大人にはなったけれどずっと雰囲気が中学生から変わらないんだよな。

 と昔の写真と比較して……あれ、こないだのイベントより彼女が痩せている……足細くなってるなと思った顔もフェイスラインが違う。

 仕事、キツいって言ってたもんな俺達はいつもにゃんにゃんさんからもらってばかりで、彼女は常に笑顔で幸せを分けてくれるけど、疲れないんだろうか。

 いつも声を掛けたいなと思っているけど、本人を前にすると言葉に詰まって何を話せばいいのかわからないし、わからないまま何年も経ってしまって、俺に出来ることは毎回かかさずイベントに参加する事だ!
 と勝手に思ってたんだけど、よし今度は何か一言声を掛けてみようと心に誓った。





 その晩だ、






 ふと夜中に目が覚めて、タバコを手探りで探しながら眼鏡をかける、何となく携帯を眺めてにゃんにゃんさんのツイッターを更新したら、見慣れない一文が表示された。
























【このアカウントは存在しません】

























 彼女が消えた。
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