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めぐちゃん

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「私ね…………うん、私自身がね不倫で出来た子供なの」
「へ?」

 予想外の一言にふわふわしていた頭をいきなりガツンと殴られて、何も返せなかった。
 めぐちゃんはワインを足して真っ赤な液体をぐるぐるさせながら独り言みたいに続けた。


「お父さんはね、一度だけ見た事あるの。ずっといないって言われてたのに、ある日突然お母さんに「ほら恵、あの人がお父さんよ。お父さんって呼んで抱き付いてきなさい」って言われた昼下がり、場所はショッピングモールのフードコートでその人は赤ちゃんと女の人と一緒にご飯を食べてた。え、あの人に? って思ったけど見上げたお母さんは私なんか見てなくて、それよりも肩に食い込む爪が痛くて、仕方なくお父さんって駆け寄った。その人は私を見て「席間違えてるよ迷子かな?」って笑った。笑った後、スッと私の後ろに立ったお母さんを見て顔色を変えた。「ねえやっぱり違うよって」って振り返る私にお母さんは「いいえ、この人があなたの父親よ」って怖い顔で言った。お父さんらしき人に会ったのはその日だけ、たまたま見掛けたのだと思う本当に偶然に。だってそれまで普通に買い物してたし、映画見たらご飯食べに行く約束してたんだよ、結局どちらも行かなかったけどね。どういう経緯で私が生まれたのか一切知らないし、聞く余裕もなかった。それまで優しいお母さんだったのに、その日を境に私を生んだって何の意味なかっただの、恵を見ているとあの人を思い出してムカつくだの言うようになって、ネグレクトは当たり前、お母さんの叫び声聞いて近所の人に通報されて児相に連れてかれた事もあったよ。でもあそこ嫌いなの、自由にできないし可哀想感がひしひし伝わってきてさ、どんな言葉かけられても同情の愛情って感じで何か居心地悪かったんだよね。今思うとさ、きっとお母さんはお父さんと約束していたんだと思う、何かのタイミングで一緒になろうねって。小学校の時自分の名前の由来を聞いて来いって授業があってさ、あああれは確か道徳だったかな、お母さんに聞いたら恥ずかしそうに「恵は……愛を恵んでくれる子」だって笑ったんだよ。きっとお母さんにとって私はお父さんとの愛を恵むような子になって欲しかったんだと思う、そう考えたら裏切ったのは私だね。もっと迫真の演技で抱き着いてたらまた違った未来があったのかもしれない。まあいいか済んだ事は。それでさ、そんなお母さんとの関係が崩れ始めた頃、学校帰りに時間潰してた図書館で、優しいお兄さんが声かけてくれたの。 「その本いつも読んでるよね」って、何でもない芋虫がただひたすらご飯食べて蝶になるだけの絵本、独特な色使いで綺麗だったの、最後に見開きいっぱいに蝶になるのも好きだったし、美味しそうな物をお腹痛くなるまで食べてるのも好きだった。子供達に人気の絵本でね何冊か置いてあったから私はその中でボロボロになった本を持って隅で眺めてた。そしたらお兄さんが言ったの、小さい頃は自分もよく読んでたって、その一言から始まって色んな話して、時には聞いてくれて凄い仲良くなった。私は小学生で相手は高校生で接点なんてないはずなのに、ああ、違うな、寂しいとか愛されたいとか負の共通点で私達は繋がっていた。彼はねお金持ちらしくて、生活に何の不自由はないんだけど親や周囲からのプレッシャーに耐えられないんだって、本当に自分を愛してるなら、こんなに子供に重圧なんて掛けるはずないよな。って嘆いて手首の傷を見せられた、私はまだ小学生だったからその意味が良く分からなかったけど、その秘め事が胸に大きく響いたよ。辛い者同士傷舐め合って同情心のないお互いを支え合ってるような関係が歪だとわかっていても最高に居心地が良かった。何か生きるために必要とされてるって感じがした、彼といるのは空いた穴が埋まるようなそんな感覚だった。そしたらね、私さ妊娠しちゃったの。赤いランドセル背負ってる私がその彼の子を、異変に気が付いたのはお母さんだった。私は怖くて図書館に走った、そこにはめーちゃんっていつも通りに笑う何も知らない彼が居た。お母さんに後をつけられていた、まあ結果的に堕ろすしか選択肢がないのだけれど、翌日には彼の親がお金の入った分厚い封筒を持って私達に頭を下げにきたよ。同席していた彼の顔は腫れて血が滲んで浅黒くなっていて見るに堪えなかった。何度も髪掴まれて床に顔擦りつけられて目が合っているのかも分からないの怖くて見ていられなかったよ。そこでようやく、私達がしていた行為は悪い事なんだと知った。気持ち良くて温かくて心が満たされたあの時間は、この世では犯罪なんだって信じられないよね。お母さんと会ったのはねそれが最後。ようやく役に立ったってやっと恵んでくれたって私の頭を撫でて封筒片手に去ってった。少し壮絶かもしれないけど別に悲しい話じゃないんだよ、その後お母さんの祖父母に引き取られるんだけど、それが凄く優しくて素晴らしい祖父母でね? 綺麗な服に温かいご飯に、ただいまって言えばお帰りって返ってくる、学校の話も聞いてくれる、汚れたハンカチを洗ってくれて、お風呂上りに髪を乾かしてくれるの、小さくなった上履きを一緒に新しい物に買いに行ってくれるそんな人達、行きたかった大学まで行かせてくれたよ。歩く時は自然と手を繋いでくれた。共働きだったし娘にはあまり時間が割けなかった。反抗期がキツくて出て行ったきり何もしてやれなかったから、恵には辛い思いさせないよって手厚く育ててくれた。私がお母さんの代わりとか今までの事を知っての同情だとか、そんなの忘れるくらい温かい家庭でいつも私を受け入れてくれた。祖父母に反抗する気なんてなれなかった。病院に付き添ってくれたのも私に避妊の方法を教えてくれたのもおばあちゃんだったよ。だからねこれは何だって誰が言おうと悲しい話ではないの。だってえっちゃん、知ってる? 地球にはさ人間が七十五億人もいるんだよ、それを皆幸せにするなんて、そんなの神様疲れちゃうじゃん。だからね? たまには神様も手抜いちゃうんだよ、その位許してあげようよ神様休みないしお給料貰ってないんだからさ神様凄い頑張ってるよ。今私はちゃんと自分の足で立ってるし真っ直ぐ前を向いてる。それはおじいちゃんとおばあちゃんが居てくれたから、本当に感謝してるよ大好き。父の日も母の日も敬老の日も誕生日も、年に何回お祝いするのって話だけど、プレゼント考えるのなんて苦になんないんだよ。ただただありがとうを伝えたいだけ、面と向かって言うのは恥ずかしいから、むしろ決められた日があるのが有り難かった位よ。だって手紙一つで泣くんだよ、朝ご飯よそってあげただけでありがとうありがとうって二回は言うのウケるでしょ? でさ、そんな二人がちょっと事故に遭っちゃってね? もう会えなくなっちゃったの。うんこれはとっても悲しい所だね、泣いていいとこ。別れが唐突なんて私が一番良くわかっていたのに全然準備なんて出来てなくてさ、朝笑って出てった二人がちっちゃな箱になんか収まっちゃって軽くなちゃって…………そんな二人を前に、この私も抜け殻になっちゃったよ。住んでたとこね、おっきいお家だったの、遺産相続とか? ドラマで見るような骨肉の争いになったら、どうしようって思っても何にも考えらんないやって頭空っぽ……線香ってね、一本燃焼するのに大体二十五分位かかるんだよ。一時間に二、三本火点けるの煙が部屋にある間はね、一人じゃない気がするから。柱に寄りかかって、手の平に乗せたおりん鳴らしてずっとずっと煙を見て火を灯し続けるんだよ……二人に話し掛けてもさ、写真は返事してくれないじゃん? だからリンリンって自分で相槌打って会話したつもりになってさ、ありがとうって大好きなんて今更言っても遅いのにね。ああお坊さんにおりんの使い方違うって怒られちゃうかな、ふふ……やだ、傍ら見たらホラーだね。それでやっぱり、大人達が集りに来たよ。でも二人はちゃんと生前整理してて、全てのお金も土地も私にあげるって遺言を残してた、その時のための弁護士も用意してくれてた。私が一人になった時困らないよにって。笑うよね、お金で困ってる訳じゃないのにねでも優しいよね。それで一人になっちゃったらさ、家にいるのが無性に寂しくてね、どうしても家族が欲しくなっちゃたんだ。あんな誠実なおじいちゃんとおばあちゃんに全うな人間に戻してもらったのに、根が腐ってるのかな。私みたいな境遇の子が欲しいって思っちゃたの。そりゃさ、戸籍も家柄も綺麗でお金持ちの優しいイケメンもいいけどさ、でも私がそんな人と結婚なんて出来ないじゃん? 親……いないし、結局今となったら私はどこの誰の子かわかないんだよ、誰もそんな女と結婚なんてしたくないでしょ。それでさ私は、子供ができたらその子の事たくさん愛して大好きだよっていっぱい言うの。その子が立派になるまで二人きりで暮らしたいの、そうしたら私が救われるような気がしてね。こんな事言ったら、親の身勝手で子供を利用してるとか、私生児なんて可哀想って外野は言ってくるよね、でもその人達が面倒見てくれる訳じゃないじゃん。自分が叶わなかった夢を子供に押し付ける親の方が私には身勝手に見えるよ。私は私で私達で幸せの形を紡いでいきたいと思ってるんだ。幸い私には子供一人位なら働かなくたって大学まで行かせてあげられる位のお金と家はあるから…………どうかな、私が不倫してる理由納得してもらえた? って!!」
「めぐちゃぁあああああんんんん!!!!」

 何これ、もう滝の様に涙が流れてきますよ!! お酒飲んでるしぃいい!!
 ばかぁ! もうばかぁ!!

「※尚、ガールズちゃんねるより引用」

「いいよ! そんな重い長文見た事ないからぁ!! ヘビー過ぎて地核まで潜り込むかと思ったぁ!! もう分かった! よし! えっちゃんと結婚しよう!! あなたは今日から尾台 恵さんです! 宜しくお願いします」
「は? 何でそうなんの」
「私が毎日めぐちゃん大好きだよって言うから! 今まで言わなくてごめんね! 言葉にするのが恥ずかしかっただけですあいらぶゆう! これは同情じゃないです! えっちゃんは恵さんを好きだと言ってます! 家族! ファミリー! 大好きだよ愛してるこっちにおいで」
「いやいやいや、酔ってるからって何でそうやって直ぐ感情的にちゃうかなぁ~もう、ふふふ可愛い」

 救済せねばってほっぺにちゅっちゅしてたら、めぐちゃんはおっきなおっぱいに私の顔を埋めた。

「大丈夫だよ心配しないで? 私もこんな風に自分の話をしたの初めて、話してみたらスッキリしたし客観的に自分を見られたよ。聞いてくれてありがとう」
「心配しないとか無理だからぁあ!」

「本当は誰かにずっと話したかったの……」
「めぐたん……」

 よし!! 今日はいっぱい付き合っちゃう!

 ってもっかい乾杯したところまでは覚えてる。
 うん覚えてるの。
















 頬を叩かれて視界が薄く開いた。



「大丈夫ですか、俺の尾台さん」


 それは覚えてねぇ。
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