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千代ちゃん
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いつだって私は地味で眼鏡で口下手だった。
「仲間にいーれて」も「かーして」も「ありがとうも」も「ごめんなさい」も上手に言えない子だった。
だからと勉強を頑張ってもそこそこいい点は取れたって根からの天才には敵わないし一番を取れることはなかった。
絵もそうだ、誰もが「上手だね」って言ってくれるけど、今一つずば抜けた個性というものがないのだろう、コンクールとなると私より絵の下手な子が入選したりして、運動もできないし何に対しても光が当たる事はなかった。
四年生の時だ。
昼休み、もう異性に対して敏感な年頃だ具体的な性知識なくても少女漫画に出てくるキスに異様にときめいて胸の膨らみが恥ずかしい時期。
校庭に遊びに行った男子の噂もそこそこに私達はその当時流行っていた少女漫画の話題で持ちきりだった。
【シンデレラ ボイス】
略してデレボ、交差点でぶつかった少女と声が似ていた主人公はケガをしてしまった少女の代わりに突然ライブのステージに立つ事に!??
から始まる、平凡な女の子がバンドのボーカルになってバンドメンバーのイケメン達と色々ありながら、最後はトップアイドルグループのリーダーと恋に堕ちてイチャイチャする話だ。
逆ハーレムで色んな種類のイケメン(マネージャーもプロダクションの社長も舞台関係者ももれなくイケメン、飼ってる猫や鳥までもがイケメン ※尚、番外編で擬人化)がわっさわっさで中高生にまで人気があったし、アニメ化して実写ドラマ化した際には人気俳優を起用しまくって大人達にまで人気になっていた。
もちろん私達も休み時間になると結局この話になる。
あなたは誰が好きー? からあーだこーだと盛り上がるのが定番だ。
それで私はと言うと、まだBLと言う言葉すら知らなかったのにこのバンドのツインギターの寛治と亘が好きだったのだ。
そう、この二人が好きだった、主人公とイチャイチャじゃなくてこの二人が。
二人は家が隣同士の幼馴染でいつもケンカしてていがみ合ってるけど、曲を作る寛治とそれに歌詞を乗せる亘のハーモニーは最強で、漫才のような二人の掛け合いが大好きで脇役だからあまり出てこないけど、単行本についてくるおまけの二人の日常がすっごい楽しみだった。
同人誌なんて知らないのに、私は二人の話をこっそりノートにしたためては読み返してほくそ笑んでいた。
それでああ、まずった……皆で話してる時に八雲さんは誰が好き? の質問に無難に明るく楽観的キャラのドラムの子でも答えれば良かったのに、つい口が滑ってツインの二人を答えてしまった。
皆にえ? どういう意味? って聞かれたけど、苦笑いしてたらああ三角関係が好きなの? みたいに恋愛対象はあくまで主人公って感じで、私の腐った思考に気付かれずに済んで良かった。
良かったと思ったんだけど、そんな私を正面からじっと見つめる子がいた……。
彼女は獅子原 千代と言った。
背が高くて走るのが大好き、髪が長くて綺麗なのに邪魔だからと毎日ポニーテールにしてて明るくて快活で皆に優しくて笑顔が似合う女の子。
そう、私と真逆の女の子だ、家は商店街で八百屋さんをしてて、野菜を食べたら病気にならないんだよ皆も買ってねっていつも言ってる、本当に野菜が好きで給食の時にピーマンやニンジンを率先して食べて先生に褒められてる、人気者で可愛くて羨ましい。
そんな獅子原さんが不思議そうに? 私を見ていてあまり話した事ないし私は怖くなって目を逸らした。
そしたらその次の日だ、まさかの獅子原さんに呼び出されてしまった。
私は怖くて怖くてたまらなかった、だって呼び出されたの体育館の裏なんだもん、こんなとこ来た事ない。
でも私の顔を見るや獅子原さんは満面の笑顔でこっち、こっちと手招きをした。
「ごめんね八雲さんいきなり」
「あ……大丈夫、何か……用ですか? 獅子原さん」
「千代でいいよ、私も寧々ちゃんって呼んでいい?」
「あ……もちろん、いい……よ」
こんなクラスの人気者を名前で呼べるなんてって嬉しかった、でもそんなのよりもっと鳥肌が立つ物を千代ちゃんは私に見せてくれたのだ。
「あのさ……それで昨日の……もしかして寧々ちゃんってこういの興味ない?」
「え……」
千代ちゃんが差し出してくれたのは、そう……寛治と亘の薄い本で、意味が分からなくて震えてしまった。
「これ、同人誌って言うの。作者が書いたんじゃなくてデレボが好きな人が書いた本なんだ。私ねお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんこういうの好きで……実は私もちょっとこういうの好きで……寧々ちゃんももしかしたらって思ったんだけど」
「あ、ああ、えっと…………中見ても、いい?」
「もちろん!」
ツルツルのカラーの表紙にはギターを掲げながら抱き合う二人が描かれてて、絵柄が違うから公式じゃないのは分かるけど、凄い上手で躍動感があって飛び出てきそうで。
その二人の距離感は呼吸を忘れる程衝撃的で、ページを捲る度に胸が締め付けられてセリフは飛ばし飛ばしだけど二人がいつのも調子で漫才してるのがわかるしケンカしてでも最後のページで………………、
キス…………して……。
「わわわわわ! 寧々ちゃん大丈夫?」
千代ちゃんは慌てて私の頬にハンカチを当ててくれた。
泣いてるのに気がつかなかった。
嘘でしょ……。
こんな世界があるの。
そうなんだ…………いいんだ。
そうなんだ、寛治と亘は結ばれていいんだ。
「こんなの……本当に? ……ありがとう千代ちゃんありがとう……」
「何だろう……すっごい嬉しい! 学校でこんな話ができるなんて!」
千代ちゃんはパアッと顔を明るくすると、このページが最高なんだよって見せてくれて、こんな事を共感できるなんて思ってもみなくて、私はこれにないくらい興奮した。
次の日、私が書いていた二人の漫画を見せると千代ちゃんは目を輝かせて感動してくれた。
「凄いよ寧々ちゃん!! 信じられない! 友達で二人を形に出来る子がいるなんて!! 私も書いてみたい」
とそこから私と千代ちゃんの秘密の交換ノートが始まった。
表向き仲が良すぎると何で? って聞かれても困るから内緒にして裏でこっそりノートを渡したり遊んだり。
小学生でも、これが一般的には受け入れられないってなんとなく分かっていた。
しかも小学生だから知識もないし、キス止まりだこの先もあるみたいだけど、千代ちゃんのお姉ちゃんは教えてくれない。
未熟な同人誌からオリジナルの話まで書き始めて、私と千代ちゃんはどんどん仲良くなっていった、ツボが似ているのか話が合って会話が楽しくて仕方ないんだ。
千代ちゃんは私はあまり絵が上手じゃないから、と小説やシナリオを書いてくれて私がそれに挿絵を描いたり漫画にしたり、時間も忘れて夢中になって創作した。
いつか一緒に同人誌を売ろうねって作者名は千代ちゃんと私でちよねでいこうって、考えるだけでわくわくした。
お母さんに小言を言われて辛くても耐えられた、公園の遊具の中でコーヒー牛乳を分け合ってひそひそ笑いながら自作の漫画を見せ合うのが心の支えだった。
唯一の悩みは漫画の中でデートが公園ばかりでおしゃれな場所に行くと途端にリアリティがなくなる所、だからもう少し大きくなったら二人でデートスポットを取材しに行こうなんて言って指切りをした。
とりあえず今度の夏休み、映画館やちょっと自転車で遠出しようねって千代ちゃんが言ってくれた、夏休みが待ち遠しくて指折り数えた。
待ちに待った夏休みは塾の夏期講習や宿題で思ったよりも楽しめなかった、でも千代ちゃんとの約束があるから頑張れたんだ。
だから、そんな楽しみにしてたから私は感情のままに言ってしまったんだ。
平凡な夏休みの夕暮れ……蝉がまだ鳴いていた。
蚊取り線香の匂いに、終わらない宿題、生温い扇風機の風、お菓子じゃ満たされない空腹。
何もかもが不満だらけだったと思う、甘やかしてくれるおばあちゃんは老人会でお母さんは仕事。
でもやらないと怒られるしとひたすら問題を解いていたらピンポンと玄関が鳴った。
後ろのソファで本を読んでいたお兄ちゃんが、俺が出ると玄関に行って直に「獅子原さん、寧々の友達だぞ」と戻ってきた。
欝々としていた中、千代ちゃんの名前を聞いて私は嬉しくて玄関に走った。
でも、待っていた千代ちゃんの顔はいつもの明るい顔じゃなかった。
「どうしたの?」
「あのね」
これ…………と差し出された私のキャンパスノートは破れてバラバラになっていた。
言葉を失っていたら、千代ちゃんは眉を寄せて泣きそうな顔で言った。
「ごめんなさい寧々ちゃん、私ね? 寧々ちゃんの書く漫画、本当に好きで大好きで、自慢したい位好きでね。本当にお話も……上手だし……だからもっと皆に知ってもらいたくて芥川さんに見せたの、芥川さんもこういうの好きだって聞いたから……でもね芥川さんの家には小さい妹がいて、ノート引っ張られて切れちゃったって……本当にごめん」
「…………」
「ごめんなさい」
お腹から沸々感情が沸いて……だってこれは私達だけの秘密だって思ってたのに、芥川さんなんて知らない、隣のクラスの子? 私の断りもなく何で勝手に見せたの? しかも破れてる……。
色んなイライラが上乗せされて、きっと一番は嫉妬? わからない私達だけの場所に他の人を勝手に入れた事、とてもじゃないけど気にしないでなんて言えなかった。
しかも明後日は千代ちゃんと遊ぶ約束してて、近場のデートスポット。
なのに、千代ちゃんは追い打ちをかけるように言ったんだ。
「後ね、明後日……というか私明日から長崎に行く事になっちゃって、お母さんの実家なんだけど……おじいちゃんの法事、来週だったのにおばあちゃんが具合悪くてお母さん早めに帰るから私も一緒に行く事になっちゃって……本当に本当に全部ごめん!!」
千代ちゃんは頭を深く、それは深く下げてくれた。
本当にごめんなさいって誠心誠意謝ってくれた。
それなのに、本気でごめんって謝ってくれてるのに、分かってるのにいっぱいいっぱいな私はそれが許せなかった。
私と千代ちゃんだけの秘密、千代ちゃんから言ってきた遊ぶ約束、破れた本。
今なら分かる、千代ちゃんは何も悪くない。
本当に私の本が好きだったから、他の人にも見せたかったんだよね。
本が破れたのは千代ちゃんのせいじゃないよ。
遊べなくなったのだって千代ちゃんは悪くないんだ。
それなのに、それなのに、ごめんねって言葉を受け止められなくて怒りが抑えられなくて幼い私は頷けなった許せなかった。
これ、クッキー作ったの、それと新しく書いた本って差し出された可愛い小袋とノートを跳ね退けてこんなのいらない、だなんて言ってしまった。
「何で勝手に本を見せたの! 私いいって言ってないのに! 本だってこんなになったらもう直せない! 遊ぶのだって千代ちゃんが言ったのに、もういいよ!!」
「ごめんね」
「千代ちゃんなんか嫌い」
「寧々ちゃん……」
ねえ神様、本当はそんな事言うつもりじゃなかったんです。
本心じゃないんです、この世界で一人しかいない一番大好きな親友なんです。
「千代ちゃんなんか死んじゃえ」
「仲間にいーれて」も「かーして」も「ありがとうも」も「ごめんなさい」も上手に言えない子だった。
だからと勉強を頑張ってもそこそこいい点は取れたって根からの天才には敵わないし一番を取れることはなかった。
絵もそうだ、誰もが「上手だね」って言ってくれるけど、今一つずば抜けた個性というものがないのだろう、コンクールとなると私より絵の下手な子が入選したりして、運動もできないし何に対しても光が当たる事はなかった。
四年生の時だ。
昼休み、もう異性に対して敏感な年頃だ具体的な性知識なくても少女漫画に出てくるキスに異様にときめいて胸の膨らみが恥ずかしい時期。
校庭に遊びに行った男子の噂もそこそこに私達はその当時流行っていた少女漫画の話題で持ちきりだった。
【シンデレラ ボイス】
略してデレボ、交差点でぶつかった少女と声が似ていた主人公はケガをしてしまった少女の代わりに突然ライブのステージに立つ事に!??
から始まる、平凡な女の子がバンドのボーカルになってバンドメンバーのイケメン達と色々ありながら、最後はトップアイドルグループのリーダーと恋に堕ちてイチャイチャする話だ。
逆ハーレムで色んな種類のイケメン(マネージャーもプロダクションの社長も舞台関係者ももれなくイケメン、飼ってる猫や鳥までもがイケメン ※尚、番外編で擬人化)がわっさわっさで中高生にまで人気があったし、アニメ化して実写ドラマ化した際には人気俳優を起用しまくって大人達にまで人気になっていた。
もちろん私達も休み時間になると結局この話になる。
あなたは誰が好きー? からあーだこーだと盛り上がるのが定番だ。
それで私はと言うと、まだBLと言う言葉すら知らなかったのにこのバンドのツインギターの寛治と亘が好きだったのだ。
そう、この二人が好きだった、主人公とイチャイチャじゃなくてこの二人が。
二人は家が隣同士の幼馴染でいつもケンカしてていがみ合ってるけど、曲を作る寛治とそれに歌詞を乗せる亘のハーモニーは最強で、漫才のような二人の掛け合いが大好きで脇役だからあまり出てこないけど、単行本についてくるおまけの二人の日常がすっごい楽しみだった。
同人誌なんて知らないのに、私は二人の話をこっそりノートにしたためては読み返してほくそ笑んでいた。
それでああ、まずった……皆で話してる時に八雲さんは誰が好き? の質問に無難に明るく楽観的キャラのドラムの子でも答えれば良かったのに、つい口が滑ってツインの二人を答えてしまった。
皆にえ? どういう意味? って聞かれたけど、苦笑いしてたらああ三角関係が好きなの? みたいに恋愛対象はあくまで主人公って感じで、私の腐った思考に気付かれずに済んで良かった。
良かったと思ったんだけど、そんな私を正面からじっと見つめる子がいた……。
彼女は獅子原 千代と言った。
背が高くて走るのが大好き、髪が長くて綺麗なのに邪魔だからと毎日ポニーテールにしてて明るくて快活で皆に優しくて笑顔が似合う女の子。
そう、私と真逆の女の子だ、家は商店街で八百屋さんをしてて、野菜を食べたら病気にならないんだよ皆も買ってねっていつも言ってる、本当に野菜が好きで給食の時にピーマンやニンジンを率先して食べて先生に褒められてる、人気者で可愛くて羨ましい。
そんな獅子原さんが不思議そうに? 私を見ていてあまり話した事ないし私は怖くなって目を逸らした。
そしたらその次の日だ、まさかの獅子原さんに呼び出されてしまった。
私は怖くて怖くてたまらなかった、だって呼び出されたの体育館の裏なんだもん、こんなとこ来た事ない。
でも私の顔を見るや獅子原さんは満面の笑顔でこっち、こっちと手招きをした。
「ごめんね八雲さんいきなり」
「あ……大丈夫、何か……用ですか? 獅子原さん」
「千代でいいよ、私も寧々ちゃんって呼んでいい?」
「あ……もちろん、いい……よ」
こんなクラスの人気者を名前で呼べるなんてって嬉しかった、でもそんなのよりもっと鳥肌が立つ物を千代ちゃんは私に見せてくれたのだ。
「あのさ……それで昨日の……もしかして寧々ちゃんってこういの興味ない?」
「え……」
千代ちゃんが差し出してくれたのは、そう……寛治と亘の薄い本で、意味が分からなくて震えてしまった。
「これ、同人誌って言うの。作者が書いたんじゃなくてデレボが好きな人が書いた本なんだ。私ねお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんこういうの好きで……実は私もちょっとこういうの好きで……寧々ちゃんももしかしたらって思ったんだけど」
「あ、ああ、えっと…………中見ても、いい?」
「もちろん!」
ツルツルのカラーの表紙にはギターを掲げながら抱き合う二人が描かれてて、絵柄が違うから公式じゃないのは分かるけど、凄い上手で躍動感があって飛び出てきそうで。
その二人の距離感は呼吸を忘れる程衝撃的で、ページを捲る度に胸が締め付けられてセリフは飛ばし飛ばしだけど二人がいつのも調子で漫才してるのがわかるしケンカしてでも最後のページで………………、
キス…………して……。
「わわわわわ! 寧々ちゃん大丈夫?」
千代ちゃんは慌てて私の頬にハンカチを当ててくれた。
泣いてるのに気がつかなかった。
嘘でしょ……。
こんな世界があるの。
そうなんだ…………いいんだ。
そうなんだ、寛治と亘は結ばれていいんだ。
「こんなの……本当に? ……ありがとう千代ちゃんありがとう……」
「何だろう……すっごい嬉しい! 学校でこんな話ができるなんて!」
千代ちゃんはパアッと顔を明るくすると、このページが最高なんだよって見せてくれて、こんな事を共感できるなんて思ってもみなくて、私はこれにないくらい興奮した。
次の日、私が書いていた二人の漫画を見せると千代ちゃんは目を輝かせて感動してくれた。
「凄いよ寧々ちゃん!! 信じられない! 友達で二人を形に出来る子がいるなんて!! 私も書いてみたい」
とそこから私と千代ちゃんの秘密の交換ノートが始まった。
表向き仲が良すぎると何で? って聞かれても困るから内緒にして裏でこっそりノートを渡したり遊んだり。
小学生でも、これが一般的には受け入れられないってなんとなく分かっていた。
しかも小学生だから知識もないし、キス止まりだこの先もあるみたいだけど、千代ちゃんのお姉ちゃんは教えてくれない。
未熟な同人誌からオリジナルの話まで書き始めて、私と千代ちゃんはどんどん仲良くなっていった、ツボが似ているのか話が合って会話が楽しくて仕方ないんだ。
千代ちゃんは私はあまり絵が上手じゃないから、と小説やシナリオを書いてくれて私がそれに挿絵を描いたり漫画にしたり、時間も忘れて夢中になって創作した。
いつか一緒に同人誌を売ろうねって作者名は千代ちゃんと私でちよねでいこうって、考えるだけでわくわくした。
お母さんに小言を言われて辛くても耐えられた、公園の遊具の中でコーヒー牛乳を分け合ってひそひそ笑いながら自作の漫画を見せ合うのが心の支えだった。
唯一の悩みは漫画の中でデートが公園ばかりでおしゃれな場所に行くと途端にリアリティがなくなる所、だからもう少し大きくなったら二人でデートスポットを取材しに行こうなんて言って指切りをした。
とりあえず今度の夏休み、映画館やちょっと自転車で遠出しようねって千代ちゃんが言ってくれた、夏休みが待ち遠しくて指折り数えた。
待ちに待った夏休みは塾の夏期講習や宿題で思ったよりも楽しめなかった、でも千代ちゃんとの約束があるから頑張れたんだ。
だから、そんな楽しみにしてたから私は感情のままに言ってしまったんだ。
平凡な夏休みの夕暮れ……蝉がまだ鳴いていた。
蚊取り線香の匂いに、終わらない宿題、生温い扇風機の風、お菓子じゃ満たされない空腹。
何もかもが不満だらけだったと思う、甘やかしてくれるおばあちゃんは老人会でお母さんは仕事。
でもやらないと怒られるしとひたすら問題を解いていたらピンポンと玄関が鳴った。
後ろのソファで本を読んでいたお兄ちゃんが、俺が出ると玄関に行って直に「獅子原さん、寧々の友達だぞ」と戻ってきた。
欝々としていた中、千代ちゃんの名前を聞いて私は嬉しくて玄関に走った。
でも、待っていた千代ちゃんの顔はいつもの明るい顔じゃなかった。
「どうしたの?」
「あのね」
これ…………と差し出された私のキャンパスノートは破れてバラバラになっていた。
言葉を失っていたら、千代ちゃんは眉を寄せて泣きそうな顔で言った。
「ごめんなさい寧々ちゃん、私ね? 寧々ちゃんの書く漫画、本当に好きで大好きで、自慢したい位好きでね。本当にお話も……上手だし……だからもっと皆に知ってもらいたくて芥川さんに見せたの、芥川さんもこういうの好きだって聞いたから……でもね芥川さんの家には小さい妹がいて、ノート引っ張られて切れちゃったって……本当にごめん」
「…………」
「ごめんなさい」
お腹から沸々感情が沸いて……だってこれは私達だけの秘密だって思ってたのに、芥川さんなんて知らない、隣のクラスの子? 私の断りもなく何で勝手に見せたの? しかも破れてる……。
色んなイライラが上乗せされて、きっと一番は嫉妬? わからない私達だけの場所に他の人を勝手に入れた事、とてもじゃないけど気にしないでなんて言えなかった。
しかも明後日は千代ちゃんと遊ぶ約束してて、近場のデートスポット。
なのに、千代ちゃんは追い打ちをかけるように言ったんだ。
「後ね、明後日……というか私明日から長崎に行く事になっちゃって、お母さんの実家なんだけど……おじいちゃんの法事、来週だったのにおばあちゃんが具合悪くてお母さん早めに帰るから私も一緒に行く事になっちゃって……本当に本当に全部ごめん!!」
千代ちゃんは頭を深く、それは深く下げてくれた。
本当にごめんなさいって誠心誠意謝ってくれた。
それなのに、本気でごめんって謝ってくれてるのに、分かってるのにいっぱいいっぱいな私はそれが許せなかった。
私と千代ちゃんだけの秘密、千代ちゃんから言ってきた遊ぶ約束、破れた本。
今なら分かる、千代ちゃんは何も悪くない。
本当に私の本が好きだったから、他の人にも見せたかったんだよね。
本が破れたのは千代ちゃんのせいじゃないよ。
遊べなくなったのだって千代ちゃんは悪くないんだ。
それなのに、それなのに、ごめんねって言葉を受け止められなくて怒りが抑えられなくて幼い私は頷けなった許せなかった。
これ、クッキー作ったの、それと新しく書いた本って差し出された可愛い小袋とノートを跳ね退けてこんなのいらない、だなんて言ってしまった。
「何で勝手に本を見せたの! 私いいって言ってないのに! 本だってこんなになったらもう直せない! 遊ぶのだって千代ちゃんが言ったのに、もういいよ!!」
「ごめんね」
「千代ちゃんなんか嫌い」
「寧々ちゃん……」
ねえ神様、本当はそんな事言うつもりじゃなかったんです。
本心じゃないんです、この世界で一人しかいない一番大好きな親友なんです。
「千代ちゃんなんか死んじゃえ」
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