【R18】モブキャラ喪女を寵愛中

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 恥じ、と言う言葉を明確に感じたのは小学生の時だった。
 お母さんに怒られるのも、小言や文句を言われるのも、別にどこの家庭にだってあるし、子供が悪い事をしたり道を外れようとしているなら親がそれを正すのは当然だと思う。
 でもそれを家で言われるならいいけれど、お母さんは人前で言うから耐えられなかった。

 例えばテストの点数とか、お友達の誕生日会に私だけ呼ばれなかった事とか、水泳の記録、寝言、お風呂に入りたくないとごねた事、読書感想文のコンクールに選ばれなかった、伸びない身長、どもる話し方、爪を噛む癖、小さな事から大きな事まで家で言われるならまだいい。

 でもお母さんはスーパーや友達の前、塾に迎えに来た時、電車の中、他の人も乗ってる密室のエレベーター……場所問わず周りに人がいるのお構いなしで咎めて責めてくるから苦痛だった、むしろ家だとお父さんや当時はおばあちゃんもいたせいか、外で言われる方が多かった。

 恥ずかしい、そう“恥じ”という感情、ただただそこから逃げ出したいって思うの、晒し者にされて立ってるだけなのに足が痛くてたまらなかった。

 周りの視線が気になって、それ以上言わないで、居たたまれない、もう止めてって思う気持ち、恥じ、恥ずかしい。
 逃げたいって感情に頭が支配される、悪くなくてもごめんなさいと謝って一秒でも早く話を終わらせた。


 その恥じが恐怖に変わっていく。



 あんな思いしたくないって、周りにくすくす笑われたり引かれたり、次の日学校で何か言われたらどうしようって、普通に言われるより何倍も苦しい、人の目が怖くてこんな目に遭う位ならと、今度はそれを回避しようと勉強なり頑張ってしまうからお母さんの思う壺だ。


 そしてまた、悲しくなる。

 こんな辛い仕打ちをするのが私のお母さんなんだと涙が出る、でも逃げられないから従う。
 いっぱい泣くいっぱい泣く、影で止められない水を拭う、結果笑うのはお母さんだ。







 無償の愛と言う言葉を何かで知った。

 それは献身的に何の見返りも求めず子に尽くす親の愛だと書いてあった。

 そしてそうか、これが愛かと寂しい気持ちになる。
 罪悪感や羞恥心、恐怖で私の心をコントロールするこの行為を無償の愛と呼ぶのかと愕然とする。

 そしてそんな、愛なんてモノはこの世にないんだと確信させられる、親から愛はないと学ぶ。

 表向きは素晴らしいよ、私の為に乱暴な言葉だって掛けたって私も胸が痛かったって美談、パートして習い事もさせてくれてた塾にも通わせてくれた、それに偽りはない、三食食べさせてくれるお風呂も入ってる服も綺麗だ、自分の部屋がある何不自由がないから漏らせる不満がない。

 それが無償の愛なんだって、結果私はいい大学を出た、正社員になった。
 親戚や近所の話ではお母さんは子育て上手で通ってる仲良し親子で羨ましがられてる、おばあちゃんの最期まで家で介護して、働き者でできた嫁だと皆感心してる。

 いつからか全てを冷めた目で見ている私がいた、愛を直視できない、そんな上部だけの他人に対して温かい言葉が湧かない、何をしても苦しい、自分で物事の判断ができない。


 だからこんな私を他人が愛してくれるなんてそんな事あるのか、と当前の様に思う。
 相思相愛、両想いなんて二次元の世界だと。


 肉親ですら、見返りの愛なんだ。
 お兄ちゃんは懺悔の愛だ。
 お父さんは罪悪感の愛だ。

 この世の愛は、欺瞞の愛で厭世の愛で偽りだ。

 ネガティブな愛ばかりが蔓延っている。
 世界は欲で満ちている。

 だから、理想を漫画に書き殴る。

 書き換えられない性別を越えて愛し合おうとする二人は異様に美しく見えるんだ。
 飢えてるなって自分でも思う腐ってるなって。
 でも二次元は私を否定しない、触れていると気持ちが楽になる。


 それなのに分かっている癖に、ふとした瞬間、純粋な好きに憧れる。




 君が好きだって真っ直ぐ言ってくれる瞳、言葉、仕草、行為、感情。


 それが欲しい。
 全身で受け止めたい。


 でも人を信用できない、卑屈に見るのが当たり前の私は子供を産むべきじゃないと心のどこかで思う、あんなお母さんでさえ子供を産んだのに。
 子供を真っ当な愛で包める自信がない。

 でも親友に出会えたのも、面白い漫画にたくさん出会えたのも、お兄ちゃんやお父さん、尾台さんも辰巳さんも、全ては両親に始まる事だからお母さんを否定できない。
 お母さんだって我慢して頑張って生きてきたんだから、私が理解して受け止める、仕方なかったって諦める。
 だって私には孝行する目的があるから。

 あれ、これって所謂無償の愛じゃないのって思う。
 だって私はお母さんに何の見返りも求めてないし。





 溜め気吐いて、誰もいない家の中。


 朝お母さんに渡された医療事務のパンフレット。

 切手不要のハガキにコートも脱がずに私は名前を書いていた。
 これを送れば直にテキスト来る、それを見てお母さんは満足するだろう。
 名前と住所を書いているだけなのに泣いている私なんて誰にも見られたくない。



 分かってる、私は辰巳さんに上司以上の感情を抱いてるけど、こんな私をどこまで受け入れてくれるか分からないんだ。

 こんな気持ち知らないから、好きよりも不安の方が大きすぎてもう抱えられない。

 一緒にいたい抱っこされたい慰めて欲しいってそんな感情でどこまで頼っていいのか分からない。

 今ならあの時もっと一緒にいたらよかったって処女を散らしてしまえば良かったって思う。
 もっと素直に抱き締めてもらえば良かった。


 だって私はまた耐えられなくなって、このコートを脱ぐ頃にはきっと診療所で受付をしていると思うから。


 辰巳さんを考える一瞬は楽しいけどずっと見てもらえるはずなんてないんだから、別れが辛くなる前にそろそろ目を逸らした方がいいんだ。
 愛が芽生えて失う前に消えてしまいたい。

 だって辰巳さんモテモテだし、そもそも何で私が隣にいるのか分からない位不釣り合いだ。
 電波とか良くわからない、私は変に真面目に考えて引いてしまうけど、皆は案外そういうの平気なのかもしれないし。
 あの見た目でお金だってあるんだもん、少しくらい性格が変わってても受け入れてもらえるよ。


 見た目も性格も暗い私とは違う。


 玄関が開く音が聞こえてお兄ちゃんが帰ってきた、涙を拭いて書きかけのハガキを鞄に隠した。


  
 そして皆で夕飯を食べた。













 明くる日、辰巳さんを避けるようにしてしまって胸が痛かった、それでも仕事をしていたら、まさかの袴田君に声を掛けられた。

「八雲さん、少しお時間ありますか」

 と…………。
 え?  怖い、怖すぎる何で?

「…………」

 黙って頷いたら「ではミーティングルームで待っています」と同じ階の部屋を指差されて、作業の手を止めた。
 意味が分からなくて瞬きをしていたら尾台さんが、

「ごめんねー寧々ちゃん~」

 って両手を合わせて泣きそうにしてる。

「何で尾台さんが謝るんですか」

 聞いたら、肩を叩かれて見上げれば辰巳さん。

「僕も同席するから大丈夫、行こうか」
「…………はい」

 え? 本当に何? 私何か悪い事しちゃったかな。
 辰巳さんに腰を支えられて部屋に入ったら袴田君は先に座っていた。
 その前に辰巳さんと二人で並んで座る。

 一息ついて袴田君は膝に置かれていた本を私の前に差し出した。

「この本は八雲さんが執筆された物で間違いないですね」
「?!!」

 置かれた本は、あのはい、それ私が書いて尾台さんに渡したBがLする本な訳ですが……黙っていたら。

「ええっと……この主人公が勃起する度に異世界に転移して射精、その世界の神にお尻」
「ちょちょちょちょっと待って下さい! 内容言わなくていいですから。はい私が書いたものです!」
「へえ、世界の神に何何?」
「食いつかなくていいですよ! やだやだ読まないで下さい」

 辰巳さんは置かれた本手に取って捲り出して、止めて見ないでぇ!

「では単刀直入に言います」
「はい」

 三人で眼鏡直しちゃってこの雰囲気何。







「八雲さんは副業をしていますか」






「え……」
「自作の本を販売し利益を得ていますか。調べた所、現状会社には副業で上乗せされた住民税の通知は来ていません。しかしあなたが会社に通知が行かないよう住民税を個人で納付していれば話が変わってきます。原則、我が社は就業規則で副業を禁止しています。それは会社の信用に影響がでたりブランドの失墜、不要なトラブル、情報漏洩等、会社に不利益を被らせないためです。ですが憲法は職業選択に自由を定めていますので副業を個人の意思に委ねています。よって八雲さんが副業をしていても犯罪にはなりませんが会社としては規則違反になるので懲戒処分の対象です」
「袴田君、懲戒なんて威圧的な言葉を使うのは止めてもらえないかな」


 ああ、副業か……何かと思ったら、はあ良かった。
 それで尾台さん謝っていたのか、私がばらしちゃったみたいな感じかな。

 とりあえず少し頭を下げてから顔を上げた。

「えっと……副業はしていないです。私は利益を得るために漫画を描いていませんから、描く事に意味があると言うか……これからもお金を貰ったりはしません」

 答えたら袴田君は良かったっと頷いだ。

「そうですか、俺が一番心配していたのは会社がどうこうよりも、嫉妬が怖かったのでその言葉を聞いて安心しました」
「嫉妬?」
「はい、利益が20万円以下であれば確定申告もする必要ありませんし副業しても会社にはバレないでしょう、でも月一円でも会社と別に収入を得ていると聞けば、ずるいと嫉妬する人って必ず出てくるんですよ。そういう人に攻撃されて八雲さんが漫画を描くのを止めてしまったら俺の恋人が悲しむので……時間を取らせてすみませんでした。お話ししたかったのはコレだけです」

 と袴田君が笑ったら部屋がノックされて外から袴田くーんって呼ばれてる。

「では、俺はこれで」
 袴田君は頭を下げて部屋を出て行った。

 辰巳さんと残されて、横見たら。
「やぁああだ!! 読まないでって言ったじゃないですかぁ!!」
「どうして、凄く面白いよ。全知全能だったはずの神様の傷を癒せるのは異世界人の精液だったんて!!」
「もう怒りますよ!!!」
「ふふふ怒っていいよ」

 辰巳さんは悪戯に笑いながら本を自分の頭の上にやって取りに行ったら抱き締められてしまった、ああダメ距離近い。
 指なんか直ぐ絡め取られちゃって額にキスされる。

「やっと捕まえた」
「なっ」




 耳に唇がくっついて低い声が脳を揺らす。

「ねえ今日僕と全然目合わせてくれないよね。どうして避けるの?」

 違う…………違くない、けど……首少し横に振る。





「まさか会社辞めようだなんて思ってる?」
「……」



 顎掴まれて無理矢理視線が合って。








「There's no escaping from God.」
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