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変人、出会う
しおりを挟む「関係者以外立ち入り禁止」の看板を潜り、キャサリンはゆっくりと丘の上に歩いて行った。仰向けになって眠る男の姿は彫刻のように美しい。
無事に到着したキャサリンは、起こさぬ様、スーから受け取ったブランケットを掛けようとして―――手首を掴まれて驚く。閉じられていた瞼が引き上げられ、その奥に眠っていたアメジストの瞳が顕になった。
上半身を起こした男は、キャサリンの手を掴み直す。握る力は強くなく優しい。しかし、絶対に振り解けない強さだ。末恐ろしい。
「どちらから迷い込んだのですか、お姫様」
乱れた髪はそのままに、にっこりと人の良い笑みを浮かべる男。他の令嬢だったならば、彼の甘いマスクにまんまと引っ掛かるのだろうが、残念ながらキャサリンは普通ではない。
キャサリンの男の第一印象は、
胡散臭っ。
だった。
不自然な笑みに危うく顔を顰めそうになったキャサリンだった。今までの王妃教育が役に立ち、アルカイックスマイルで動揺を隠す事が出来たから良いものの。
「………失礼ながら、もうすぐ空気が冷えますから、掛物をお持ちした次第でございます。お邪魔してしまったのなら申し訳ありませんわ。では失礼致します」
「そうですか、ありがとう。ところで君の名前は?」
ゆるりと柔らかく細められたアメジストは生易しいものでは無く、瞳の奥にはピンと張り詰めた警戒心が渦めいていた。
「名乗る程の者でもありませんわ。それに……またお会いするかもしれませんし」
学園に通うと匂わせれば、男は整った眉をくいと上げた。そして突然吹き出すと、腹を抱えて笑い出す。キャサリンは男の不可解な行動に若干引くと、男はひーひー言いながら宥めた。
「くっ……いや、待ってくれ。…ふっくっ」
「わたくしはこれで」
キャサリンは掴まれている手を払うと、背中を翻し、はしたなく見えない早歩きで寮に戻ろうと歩き出した。が、追いかけてきた男の手によって迫れる。振り見上げれば、中性的な顔立ちの美男が形の良い唇に薄らと笑みを浮かべていた。
「疑って悪かったよ、まさか気が付かれるとはね」
へらっと笑って頭をやれやれと横に振るそれだけで色気の粒子が飛ぶのは何故だろうか。キャサリンは、げんなりと顔を歪ませた。折角創作意欲が掻き立てられていた所なのに、非常に残念だ。
「くっ…はははははっ!面白いな、君。そんな反応は女性に初めてされたよ」
「……そうですか。確かに珍しいかもしれませんわね」
男はくつくつと笑いながら肩で切り揃えられた髪を掻き上げ、器用に瞳と同色のリボンで縛った。その凛とした姿勢からなのか、その美貌からなのか、はたまたレイゼルの名からなのか、人柄なのかは分からないが、シャツにジャケット、トラウザーズとシンプルな装いなのにも関わらず、宝石を纏ったように輝きに充ちている。キャサリンは、あら、と目をぱちくりとさせた。腹の底からふつふつと沸き起こる熱を感じる。無論、それが恋の始まり、なんて乙女な発想になる訳がないけれど。
「私はヴァーノン=レイゼルだ。よろしく」
「あぁ、この人が」と納得するのと同時に、名乗られてしまった、とキャサリンの急上昇したご機嫌は急降下して行く。
「………キャサリン=フィッツと申します」
「………っくっっ……ふっ……はははっ!」
決して宜しくとは言わないキャサリンが面白可笑しくて、ヴァーノンは涙を流す程笑い転げる。冷笑を浮かべるキャサリンに気が付いたヴァーノンは、咳払いを1つするとふわりと目尻を下げた。極めて英断である。
「そろそろ戻らなければな。ルシャドはそんな格好だと冷える」
そう言ってジャケットを脱ぎ、彼女の肩に掛けるヴァーノンには、流石のキャサリンも少しドキリとしてしまう。温もりの残る上着が変に心地良い。
「送る」
キャサリンは、エスコートをするヴァーノンをチラリと見上げ決意した。
―――決めた。この人を描こう。
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