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変人、オススメされる

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 馬車に揺られる事4時間。
 王都までは流石に今日中には辿り着けない為、ロアノーク辺境伯邸に泊めさせて貰う事となった。



「キャシー、大丈夫?」

「予定時刻を過ぎてしまったわ。ごめんなさいディリィ」

「それはいいのよ!気にしないで!さっ、家の料理長の渾身の一作が待ってるわ!行きましょ?」



 コーデリアには、予めザカリーに呼ばれたので遅れるという旨を早馬で知らせてあった。ザカリー関連という事もあり、コーデリアはキャサリンの顔を何度も伺って心配げに声を掛ける。



「私は大丈夫よ。何時もと同じだったもの」

「本当に?本当に本当にそう?暴言吐かれたりしてない?」



 キャサリンの肩を掴み迫るコーデリア。それにキャサリンは肩を竦めて苦笑いを返した。

 

「やっぱり……あんの馬鹿王太子。あの国も終わるわね。もうこの際女関係で拗らせてトラウマ植え付けてやりたいわ!」

「待って、誰かに聞かれていたりしたら大変だわ。冗談だとは分かっているけれど……」

「冗談な訳ないわ。何時だって本気だもの」



 ニヤリと唇の片端を上げて挑戦的な笑みを浮かべたコーデリアは、庭のよく見える部屋にキャサリンを案内した。ソファーに向かい合って腰掛けた彼女達は、侍女に紅茶を入れて貰いつつ、趣味の話に花を咲かせる。



「でもなぁ……アレ、私は大嫌いだけれど、物凄く悔しいし癪だけれど……彼奴いい匂いしたのよっ……!」



 コーデリアは眉間に皺を寄せ、窓の外を睨む。相変わらずの匂いフェチだ。キャサリンは控えめに笑みを漏らし、美しい模様のティーカップを静かに机に置いた。その所作は、王太子の最有力婚約者と呼ばれるのに相応しく洗練されているもので、コーデリアは益々ザカリーを憎く思った。



「殿下は……確かに素敵な香りね」

「中身が一致してないわよ!全くもう!」



 ザカリーは華やかだがしつこくない薔薇のパルファンを好んでおり、よくそれを付けていた。愛情、等とは掛け離れているザカリーだが、薔薇の刺々しさとはピッタリだ。



「もうアマ王太子の話は終わりにしましょ。キャサリンは明日王都に向かうのでしょう?私と一緒に行かない?」

「えぇ、明日よ。お誘いは嬉しいけれど止めておくわ。少し王都の空気に慣れておきたいのよ。それよりもディリィ。貴方は入学の前日に到着する事になるけれど大丈夫……?」

「勿論!私は調香器具と学校指定のものしか必要なものが無いから、寮に入れる荷物も少な……くはないけれど、自分の国だから……大丈夫よ。多分」



 語尾が大分萎んでいるが本当に平気なのだろうか、とキャサリンは一抹の不安が残るが、コーデリアなら大丈夫そうだと思い直す。



「そう言えばキャシー。私的オススメ貴公子、知りたくありませんこと?」



 頬に手を当て、悪戯っ子の笑みを浮かべたコーデリアは、「オススメ貴公子」のワードでキャサリンを釣る。キャサリンはマカロンに手を伸ばし、落ち着いているように見せてはいるが、その錆色の瞳は輝き、詳細を聞きたくて聞きたくて、うずうずとしているのがよく分かる。コーデリアは忍び笑いをすると、更に追い打ちを掛けるように言った。



「あぁ、あの素敵な方、精霊のような幻想的な雰囲気を持つ、女性にも丁寧な対応で、貴公子然としていて、まるであの小説の騎士様のような、あの方よ。ねぇ、タイプよね?キャシー?」

「………その方、詳しく教えて下さらない?」



 コーデリアの挑発にまんまと引っかかったキャサリンは、身を乗り出して食いつく。



「ヴァーノン=レイゼル様。レイゼル公爵家のご子息で、次期公爵様よ。歳は私達と同じ15歳。背は高くて美丈夫な方よ。香りも素敵だったわ」



 レイゼル公爵家はルシャド王国の筆頭公爵家で、王家との関係も深い。その経済力と政治の腕力は凄まじく、隣国でも知らない者はいない程名を馳せる非常に高貴な家である。

 その「レイゼル」の名を聞いた瞬間、キャサリンは好奇心と怯えとが入り交じった複雑な思いを抱いた。
 描きたい。今すぐ観察して紙面に起こしたい。
 コーデリアのプレゼンはキャサリンの興味を大いに引いた。
 だが、そのレイゼル家の嫡男を見るのは、不躾でない見方を身に付けたとは言えかなり緊張するものだ。不敬罪で斬られたら、と思うのも無理ない。



「……そうなのね。是非ともお目にかかりたいわ」

「うふふっ、あんなに素敵な方、キャシー以外似合わないわよ?」



 コーデリアはキャサリンの趣味を知らない。ザカリーから離れ、恋を見つけ、最愛の人と幸せになって貰いたいという願いからだ。勿論そんな事を露知らずなキャサリンは、絵の題材にとでしか考えていない。



「学園に入学するそうだから、近くで見られるわ。どう?キャシー。お近付きになりたいと思わない?」



 えぇ。お近付きになりたいと思うわ。
 心の距離ではなく物理的な距離で。

 キャサリンは何度も肯首する。それを見たコーデリアは、アイスブルーの瞳を柔らかく細め、何かを確信したのだった。



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