10 / 20
【番外編】ほしこよい 前編
しおりを挟む
街外れの川を渡ればすぐ他県の、東京都の端っこにある都立有川中学校。
既に一日の授業が終わった、2階の教室。
部活動の賑やかな声や吹奏楽の音色が、ゆっくりと蛇行する流れのように、開け放った窓から入って来る。
2年3組。
他の生徒は皆、部活や帰宅に足を向けた教室では、日直当番の高木咲花が、まるでラスボスに立ち向かう勇者の面持ちで、黒板に向き合っていた。
襟元にストライプのリボンが付いた白い半袖シャツに、グレーと紺を基調としたチェック柄の、膝丈プリーツスカート姿。
肩先でぱつんと切った真っすぐな黒髪を揺らしながら、『えいっ!』と背伸びをする。
「んーっ、やっぱ無理かぁ?」
思い切りぐいっと、黒板消しを持った手を伸ばしても。
155cm――女子の中では真ん中位の身長――では、黒板の一番上に書かれた文字まで、あと少し届かない。
「あとちょっと、なんだけどなー!」
つま先にぐっと力を入れて、再度伸ばした右手。
その指先からすっと、黒板消しが抜き取られた。
「あっ……」
「『板書消すのは、俺の担当』って言ったよね――高木さん?」
オレンジ色の持ち手を右横で軽く掴む、二回りは大きな左手。
15cm差のある長身を少し屈めて、ダークブルーの瞳で不満げに見下ろしてくる男子生徒。
クラスメイトで同じ日直当番、3年前の夏に出会った、立花大雅だった。
「だって立花くん、3年の月野先輩に呼び出されてたんでしょ? あの『学校一の美少女で、放課後は他校の男子まで出待ちしてる』ってウワサの!」
「何で知ってんのっ!?」
咲花の声に被せる勢いで、質問を返す大雅。
普段はクールな整った顔に、驚きと焦りがくっきり浮かんで見える。
「呼び出された時、佐々木くんが一緒だったでしょ? 大興奮で報告して来たよ」
佐々木陽太。
東駅前商店街にある、佐々木鮮魚店の次男坊。
3年前に陽太の母親が、クーラーボックスを貸した縁で大雅と知り合い、たちまち意気投合した。
今では部活も同じバレー部の親友で、ついでにお調子者のムードメーカー。
『皆の者、ビッグニュース!』の叫び声と、その後に巻き起こった騒動。
そして思いがけずツキリと、子猫の爪で引っかかれた様な動揺が、胸に走った事は忘れたフリで、淡々と返した咲花の言葉に
「あいつーっ!」
右手で額を押さえた大雅が、『陽太のサーブ練、全球外れろ!』と。
地を這う様な声で、呪詛を吐いた。
「ここは俺が消すから、高木さんは日誌書いて?」
「わかった」
何とか立ち直った大雅に黒板消しを任せて、学級日誌を開く。
『欠席・遅刻・早退』に0を記入してから、『今日の出来事』欄で手が止まった。
「ねぇ、立花くん?」
「なに?」
黒板を向いたままの、真っ白な半袖シャツの背中。
また肩幅が広くなった気がするそこに、再度問いかける。
「月野先輩と、付き合うの?」
ばこんっ……!
一瞬で固まった大雅の手から、滑り落ちた黒板消しが床に跳ね返り。
真っ白な粉が、盛大に飛び散った。
既に一日の授業が終わった、2階の教室。
部活動の賑やかな声や吹奏楽の音色が、ゆっくりと蛇行する流れのように、開け放った窓から入って来る。
2年3組。
他の生徒は皆、部活や帰宅に足を向けた教室では、日直当番の高木咲花が、まるでラスボスに立ち向かう勇者の面持ちで、黒板に向き合っていた。
襟元にストライプのリボンが付いた白い半袖シャツに、グレーと紺を基調としたチェック柄の、膝丈プリーツスカート姿。
肩先でぱつんと切った真っすぐな黒髪を揺らしながら、『えいっ!』と背伸びをする。
「んーっ、やっぱ無理かぁ?」
思い切りぐいっと、黒板消しを持った手を伸ばしても。
155cm――女子の中では真ん中位の身長――では、黒板の一番上に書かれた文字まで、あと少し届かない。
「あとちょっと、なんだけどなー!」
つま先にぐっと力を入れて、再度伸ばした右手。
その指先からすっと、黒板消しが抜き取られた。
「あっ……」
「『板書消すのは、俺の担当』って言ったよね――高木さん?」
オレンジ色の持ち手を右横で軽く掴む、二回りは大きな左手。
15cm差のある長身を少し屈めて、ダークブルーの瞳で不満げに見下ろしてくる男子生徒。
クラスメイトで同じ日直当番、3年前の夏に出会った、立花大雅だった。
「だって立花くん、3年の月野先輩に呼び出されてたんでしょ? あの『学校一の美少女で、放課後は他校の男子まで出待ちしてる』ってウワサの!」
「何で知ってんのっ!?」
咲花の声に被せる勢いで、質問を返す大雅。
普段はクールな整った顔に、驚きと焦りがくっきり浮かんで見える。
「呼び出された時、佐々木くんが一緒だったでしょ? 大興奮で報告して来たよ」
佐々木陽太。
東駅前商店街にある、佐々木鮮魚店の次男坊。
3年前に陽太の母親が、クーラーボックスを貸した縁で大雅と知り合い、たちまち意気投合した。
今では部活も同じバレー部の親友で、ついでにお調子者のムードメーカー。
『皆の者、ビッグニュース!』の叫び声と、その後に巻き起こった騒動。
そして思いがけずツキリと、子猫の爪で引っかかれた様な動揺が、胸に走った事は忘れたフリで、淡々と返した咲花の言葉に
「あいつーっ!」
右手で額を押さえた大雅が、『陽太のサーブ練、全球外れろ!』と。
地を這う様な声で、呪詛を吐いた。
「ここは俺が消すから、高木さんは日誌書いて?」
「わかった」
何とか立ち直った大雅に黒板消しを任せて、学級日誌を開く。
『欠席・遅刻・早退』に0を記入してから、『今日の出来事』欄で手が止まった。
「ねぇ、立花くん?」
「なに?」
黒板を向いたままの、真っ白な半袖シャツの背中。
また肩幅が広くなった気がするそこに、再度問いかける。
「月野先輩と、付き合うの?」
ばこんっ……!
一瞬で固まった大雅の手から、滑り落ちた黒板消しが床に跳ね返り。
真っ白な粉が、盛大に飛び散った。
69
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
おにぎりが結ぶもの ~ポジティブ店主とネガティブ娘~
花梨
ライト文芸
ある日突然、夫と離婚してでもおにぎり屋を開業すると言い出した母の朋子。娘の由加も付き合わされて、しぶしぶおにぎり屋「結」をオープンすることに。思いのほか繁盛したおにぎり屋さんには、ワケありのお客さんが来店したり、人生を考えるきっかけになったり……。おいしいおにぎりと底抜けに明るい店主が、お客さんと人生に悩むネガティブ娘を素敵な未来へ導きます。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
チェイス★ザ★フェイス!
松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。
※この作品は完全なフィクションです。
※他サイトにも掲載しております。
※第1部、完結いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる